第三十話 『残りのヒロインを利用した惨劇を検討します。』
朝。
「スライム専門にはならないからな」
「まだ言ってるのか?」
リサがパンを齧りながら言った。
「大事なことだから」
「私は一言もなるとは言ってない」
「昨日、『悪くない』って言った!」
「悪くないとは言った」
「同じだよ!」
「違うだろ」
「俺の中ではかなり近い!」
リサが呆れたようにため息をつく。
その向こうでは、セリアが朝食を食べていた。
ミレアは女将と一緒に焼き上がったパンを棚へ並べている。
普通の朝。
本当に。
久しぶりに。
全員いる。
誰も死んでいない。
誰も魔物に捕まっていない。
誰も地下水路で叫んでいない。
「……平和だ」
「何だ急に」
「いや」
俺はパンを食べた。
それだけ。
それだけのはずだった。
胸元が。
熱くなった。
「……」
嫌な予感しかしない。
開く。
『アクセス推移を確認。』
「やめろ」
最初の一行で。
もう嫌だった。
『地下水路編終盤――上昇。』
『大型変異スライムによる惨劇――上昇。』
『討伐隊十名死亡――上昇。』
『リサ被害後描写――初動上昇。』
『その後――漸減。』
「……」
『リサとの関係性描写――短期的反応あり。』
『スライム恐怖克服。』
『残存確認。』
『親密関係。』
『発声忌避の克服。』
『スライム再討伐。』
『以上を連続してリサ中心に配置した結果、キャラクター展開の偏りが発生。』
「偏り」
『リサを中心とした展開の結果、アクセス数が減少しました。』
「言い切った!」
思わず声が出た。
「朝からうるさい」
リサが言う。
「ごめん!」
日記帳へ戻る。
次の一行。
『残りのヒロインを利用した惨劇を検討します。』
「するな!」
「だから何なんだよ!」
「何でもない!」
リサが眉をひそめた。
セリアが笑う。
「朝から元気だな」
「元気じゃない!」
「どっちだよ」
誰も。
日記帳の存在には触れない。
俺が何へ向かって叫んでいるのかも。
気にしない。
ただ。
変な奴がまた急に騒いだ。
それだけ。
俺だけが。
次に誰が酷い目に遭うかもしれないことを知っている。
*
『ヒロイン運用状況を整理。』
「運用って言うな」
『リサ――直近複数話で中心運用。』
『一時的に中心展開から外す。』
「外すって」
リサを見る。
「何だ」
「いや」
「また見てる」
「今日も普通だなと思って」
「それまだ言うのか!」
『残存候補。』
俺は顔を戻した。
『セリア。』
『ミレア。』
『女将。』
「……三人」
嫌な汗が出る。
『候補一――セリア。』
文字が増える。
『成人女性。』
『冒険者歴九年。』
『戦闘能力――高。』
『六人パーティー唯一の生存者。』
『仲間五名死亡。』
『生存者罪悪感。』
『悪夢。』
『単独状態への恐怖。』
『現在は一定程度回復。』
「だから放っておけよ」
『惨劇適性――高。』
「適性って何だよ!」
思わず机を叩いた。
「お前本当にどうした?」
セリア本人が聞く。
「……何でもない」
「最近そればっかりだな」
「人生色々あるんです」
「十代みたいな顔して深いこと言うな」
「成人だよ!」
「そういやそうだった」
本人は笑っている。
日記だけが。
その笑っている人間を。
『惨劇適性――高。』
と評価している。
『理由。』
『一度全滅級事件から生還した人物が、再び集団壊滅へ遭遇することで「また自分だけ生き残るのか」という既存恐怖を再利用可能。』
「再利用するな!」
『ただし、同種の展開をそのまま反復すると既視感が強い。』
「なら却下!」
『変奏が必要。』
「聞けよ!」
*
『候補二――ミレア。』
俺の手が止まった。
『成人女性。』
『冒険者。』
『過去のゴブリン事件被害者。』
『パーティー四名中二名死亡。』
『生存した婚約者との婚約解消。』
『宿泊場所喪失。』
『悪夢。』
『男性への恐怖。』
『自己価値を「役に立つこと」と結びつける傾向。』
「……」
ミレアは。
厨房にいる。
女将に言われて。
パンを運んでいる。
「これで全部ですか?」
「ああ、それ棚の右側へね」
「はい」
普通に。
少しずつ。
生活を取り戻している。
『惨劇適性――中。』
「低くていい」
『過去被害との重複率――高。』
「そうだよ」
『再度、同系統の性的被害を与える展開はキャラクター進行として冗長。』
「……」
そこだけ。
日記は冷静だった。
『また、現在のミレアは「被害者としての反復」より「生活再建」「戦闘復帰」「自己価値の再構築」へ進めた方が展開差別化しやすい。』
「だったら惨劇候補から外せ!」
『直接的被害対象としての優先度――低。』
「よし!」
『ただし。』
「要らない!」
『他者が惨劇へ遭遇した際、過去の経験を理由に行動する人物として利用可能。』
「それくらいなら……」
まだ。
本人をまた同じ目に遭わせるよりは。
ずっといい。
*
『候補三――女将。』
「……」
嫌だ。
一番。
嫌な予感。
『成人女性。』
『パン屋経営者。』
『主人公の生活基盤。』
『主人公を「うちの倅」と呼称。』
『セリア、ミレア、リサへ居住場所を提供。』
『戦闘職ではない。』
『ただし過去、店舗へ侵入した魔物を鉄鍋で殴打した実績あり。』
「そこ評価するんだ」
厨房。
女将が。
「ルーク! 食べ終わったなら皿持ってきな!」
「はい!」
いつも通り。
『惨劇適性――非常に高。』
「非常に!?」
「返事したなら早く持ってきな!」
「今行きます!」
皿を運ぶ。
戻る。
読む。
『理由。』
『主人公の生活基盤そのもの。』
『本人への被害は、主人公だけでなくセリア、ミレア、リサの日常生活にも同時に影響。』
「……」
『一人を被害対象とするだけで複数キャラクターへ波及可能。』
「効率で考えるな!」
『また。』
『パン屋は過去に一度半焼済み。』
「そうだよ!」
『再度破壊する場合、「また店が壊れる」という反復コメディにも接続可能。』
「やめろ!」
『ただし。』
「……」
『同一店舗を短期間に複数回破壊すると舞台の安定性が低下する。』
「もう十分低下してるよ!」
『生活拠点は、ヒロイン集合場所として有用。』
『完全破壊は非推奨。』
「よし」
『女将死亡も非推奨。』
「よし!」
『理由――代替生活拠点構築コストが高い。』
「理由が最低!」
人間一人の命より。
舞台装置として便利だから。
殺さない。
本当に。
こいつは。
公平で。
最悪だ。
*
『候補比較。』
日記が勝手に表みたいなものを作り始めた。
『セリア。』
『危機対応能力――高。』
『既存因縁――強。』
『精神的再発リスク――高。』
『戦闘展開への接続――容易。』
『惨劇後も自力行動可能。』
『総合――第一候補。』
「やっぱり……」
『ミレア。』
『既存被害――重。』
『同種反復――非推奨。』
『回復展開優先。』
『総合――第三候補。』
『女将。』
『主人公への影響――最大。』
『生活基盤への波及――最大。』
『死亡・店舗完全破壊――非推奨。』
『総合――第二候補。』
「順位つけるなよ」
俺は。
セリアを見る。
本人は。
食後のお茶を飲んでいる。
「……何だ?」
「いや」
「またこっち見てるな」
「今日、予定ある?」
「あるぞ」
「何?」
「ギルド」
嫌な予感。
「行かない方がいい」
「何でだ」
「今日は休もう」
「昨日休んだ」
「明日も休もう!」
「冒険者辞めさせたいのか?」
「そういうわけじゃないけど!」
セリアが笑った。
「軽い依頼だよ」
「軽い?」
「ああ」
「どこ?」
「北門の外」
「何するの?」
「護衛」
「誰の?」
「薬師」
「何人で?」
「四人」
「やめよう!」
「何で人数聞いた瞬間そうなるんだよ!」
俺は。
日記を見る。
熱い。
絶対。
拾った。
『既存イベントを確認。』
「やっぱり!」
「何がやっぱりなんだ?」
「何でもない!」
『本日、北門から薬草採取班が出発予定。』
『護衛冒険者四名。』
『参加予定者――セリア。』
「……」
『依頼登録――昨日。』
『日記による新規生成ではない。』
「そういう言い訳いらない」
『既存事件候補を検索。』
「検索するな!」
文字が増える。
『採取予定地周辺で、三日前から魔物の移動増加あり。』
「……」
『ギルド未把握。』
「待て」
『原因――現在調査中。』
「止めろ」
『惨劇へ接続可能。』
「接続するな!」
俺は立ち上がった。
「セリア!」
「何だよ!」
「今日の依頼、本当にやめよう!」
「だから何でだ!」
「嫌な予感!」
「それだけ?」
「それだけだけど!」
「お前の勘で仕事休めるか!」
「俺の勘、最近すごく当たるんだよ!」
「そうなのか?」
「めちゃくちゃ!」
セリアが少し考えた。
よし。
通じた?
「じゃあ」
「うん!」
「帰ったら奢ってやる」
「違う!」
「行ってくる」
「セリア!」
立つ。
装備。
剣。
「大丈夫だ」
「その台詞が一番大丈夫じゃない!」
「薬草採取だぞ」
「そういうのから始まるんだよ!」
「何が?」
「惨劇!」
言ってしまった。
セリアが止まる。
「……何だそれ」
「あ」
「本当に今日変だぞ」
「ごめん」
説明できない。
日記帳のことは。
そもそも。
誰にも。
認識されない。
「まあ」
セリアが俺の頭を軽く叩いた。
「心配してるのは分かった」
「なら!」
「でも仕事だ」
「……」
「夕方には帰る」
笑う。
「パン残しとけ」
そして。
出ていった。
*
扉が閉まった。
「……」
俺は動けない。
リサが言う。
「心配しすぎじゃないか?」
「そうならいい」
「軽い護衛だろ」
「そうなんだけど」
日記。
『対象――セリア。』
「やめろ」
『既存依頼参加を確認。』
「やめろって」
『惨劇候補として採用。』
「採用するな!」
「急に叫ぶな!」
リサ。
「ごめん!」
さらに。
『今回の方針。』
「……」
『セリアは過去、一人だけ生還した。』
『同一展開の単純反復は避ける。』
少し。
安心しかけた。
『したがって。』
「したがって?」
『今回は、セリアだけが帰らない。』
「……は?」
止まった。
『同行者は帰還させる。』
「待て」
『セリアのみ行方不明。』
「待て待て待て!」
『過去――仲間が死亡し、セリアが生還。』
『今回――仲間が生還し、セリアが未帰還。』
『構造を反転。』
「そんな反転いらない!」
『既存トラウマとの重複を回避しつつ、新規危機を形成可能。』
「やめろ!」
閉じる。
開く。
文字。
消えない。
『アクセス回復施策として採用。』
「人でアクセス稼ぐなよ!」
*
夕方。
俺はずっと。
店の入口を見ていた。
四時。
帰らない。
五時。
帰らない。
女将が言う。
「落ち着きな」
「うん」
六時。
「遅いな」
リサまで外を見る。
七時。
暗くなった。
「……ギルド行ってくる」
「私も行く」
リサが立つ。
ミレアも。
「私も」
「ミレアは待ってて」
「でも」
「誰か戻ってくるかもしれないから」
女将が言った。
「私とここにいな」
「……はい」
俺とリサ。
ギルドへ走る。
*
入口。
人がいる。
騒いでいる。
「何があった!」
俺が叫ぶ。
受付が振り向く。
「お前、セリアの」
「護衛班は!?」
「今戻った」
「戻った!?」
見る。
一人。
二人。
三人。
薬師。
いる。
護衛。
いる。
でも。
「セリアは?」
誰も。
答えない。
「どこ?」
三人のうち。
若い冒険者が。
震えながら言った。
「……置いてきた」
「は?」
「違う」
別の男。
「置いてきたんじゃない」
「じゃあ何!」
「戻れなかった」
「意味分かんないよ!」
「セリアが!」
叫ぶ。
「セリアが残ったんだ!」
胸元。
熱い。
見たくない。
でも。
開いた。
『惨劇開始。』
「……」
次。
『セリア――未帰還。』
『同行者――全員生還。』
『構造反転――成立。』
「成立って書くな」
指が震えた。
『アクセス回復を確認予定。』
「……ふざけんな」
日記は。
何も答えない。
ただ。
次の頁へ。
『次話候補。』
『第三十一話 セリアだけが帰ってこない』
俺は。
その題名を。
しばらく。
見続けた。
昨日まで。
リサだった。
その前は。
ミレアだった。
その前は。
セリアだった。
日記にとって。
誰が傷つくかなんて。
たぶん。
本当に。
どうでもいい。
アクセスが上がるなら。
順番に。
使うだけだ。
「ルーク」
リサが横にいる。
「行くぞ」
「……うん」
「セリアを取り返す」
「うん」
そこだけは。
日記に決められるまでもない。
「絶対」
俺は言った。
「絶対、連れて帰る」
日記の頁には。
もう。
次の話が始まろうとしていた。
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