第二十九話 スライム討伐依頼を見つけました
朝。
俺はリサより先にギルドへ行った。
理由は簡単。
日記に昨日こう書かれたからだ。
『第二十九話 スライム討伐依頼を見つけました』
「見つける前に剥がせばいい」
完璧な作戦だ。
依頼掲示板の前に立つ。
ゴブリン。
薬草採取。
街道護衛。
畑を荒らす角兎。
納屋に住み着いた大鼠。
「スライム……スライム……」
ない。
「よし!」
「朝から何喜んでるんだ?」
「うわあっ!」
振り向く。
リサ。
「何でいるの!?」
「ギルドだから」
「もっと寝ててよ!」
「昨日も寝た」
「一晩寝たら完全回復する世界じゃないんだよ!」
「お前、私を何だと思ってる」
「療養中の人」
「冒険者だ」
「そこを休んでほしいの!」
リサは俺を押し退けて掲示板を見る。
「何か面白いのあるか?」
「ない!」
「まだ見てないだろ」
「俺が全部見た!」
「信用ならん」
「なんで!?」
見る。
右。
左。
上。
下。
リサの視線が動く。
俺も追う。
ない。
本当にない。
「今日は帰ろう」
「まだ朝だぞ」
「パン屋手伝おう!」
「お前、何でそんな必死なんだ?」
「働くことの尊さに目覚めた!」
「昨日まで冒険者やってた奴が?」
「人は変わる!」
リサが怪訝そうな顔をする。
そのとき。
「お、ちょうどいい」
受付の男が一枚の紙を持ってきた。
「追加依頼だ」
「待って!」
「何だ?」
「貼らなくていい!」
「何でお前が決める」
「いや、その……」
紙。
見える。
題名。
『南側農業水路に発生したスライムの駆除』
「…………」
終わった。
「あ」
リサの声がした。
見つかった。
日記が熱くなる。
『予定どおり。』
「黙れ」
「何が?」
「何でもない!」
*
「受ける」
「駄目」
「何で」
「療養!」
「普通種だぞ」
「だから!」
依頼内容。
王都南側。
畑へ水を引く細い水路。
そこで最近、スライムが増えた。
目撃数。
三から五。
被害。
野菜が少し溶けた。
農具の柄が一本駄目になった。
人間への被害。
なし。
推奨。
新人冒険者二名以上。
「ほら」
リサが紙を指で叩く。
「最低級だ」
「問題は強さじゃない」
「分かってる」
即答された。
俺は黙る。
「怖い?」
「ああ」
リサは依頼票を見たまま答えた。
「行きたくない?」
「行きたい」
「どっちなの」
「両方だ」
やっぱり。
第28話で日記が分析した通り。
見たくない。
でも。
いるなら自分で確認したい。
「リサ」
「何」
「無理して克服しなくていいんだよ」
「克服しに行くんじゃない」
「じゃあ何しに」
「殺しに行く」
「言い方!」
「討伐依頼だぞ」
「そうだけど!」
リサが受付へ向かう。
「これ受ける」
「二人で?」
「ああ」
俺を見る。
「ルークも来る」
「決定事項!?」
「嫌ならいい」
止まる。
「……本当に?」
「ああ」
少しだけ。
声が低くなった。
「一人でも行く」
「それが一番嫌!」
「なら来い」
「行く!」
「決まり」
「誘導された!」
受付の男が笑った。
「仲いいな、お前ら」
「よくない!」
「悪くない」
「リサ!?」
依頼票に受領印が押された。
日記。
『スライム討伐依頼受領。』
「知ってる!」
*
出発前。
リサの装備確認がおかしかった。
「火炎杖」
「うん」
「予備杖」
「うん」
「凍結触媒」
「うん」
「油」
「……うん」
「石灰」
「待って」
「密閉瓶」
「何に使うの?」
「核確認」
「持って帰らないよね?」
「場合による」
「絶対持って帰るな!」
「再生確認には必要だ」
「現地でやって!」
「現地だと時間が」
「持ち帰った分離核で十人死んだんだよ!」
止まった。
一瞬。
本当に。
一瞬だけ。
リサの顔から血の気が引いた。
「……そうだな」
「リサ」
「瓶はいらない」
置く。
「ごめん」
「何でお前が謝る」
「いや」
「私が変なこと言った」
息を吐く。
「現地で全部潰す」
「その結論も怖い!」
さらに。
「松明六本」
「多い」
「予備」
「三本でいい!」
「凍結用の魔石」
「いくつ?」
「十二」
「相手三匹くらい!」
「五匹かもしれない」
「十二はいらない!」
「分裂したら」
「普通種!」
「普通種と報告されてるだけだ」
「出たよ!」
結局。
荷物だけなら。
小規模ダンジョン攻略くらいになった。
『過剰準備。』
「俺もそう思う」
「何が?」
「何でもない!」
*
南側農業水路。
晴天。
畑。
農夫。
鳥。
平和。
「本当にここ?」
「ああ」
依頼主の農夫が指差す。
「朝方はあっちの水門の近くにいたぞ」
リサが止まる。
「色は?」
「透明」
「核は?」
「核?」
「身体の中心に濃い部分は」
「知らん」
「分裂した?」
「してないと思うが」
「跳ねた?」
「普通に這ってた」
「人間へ接近した?」
「逃げたぞ」
「魔力への反応は?」
「……嬢ちゃん」
「何」
「スライムだぞ?」
「知ってる」
「普通の」
「だから調べてる」
農夫が俺を見る。
助けを求める顔。
「すみません」
「お前が謝るな」
リサが怒る。
「行くぞ」
「はい」
*
水路沿い。
リサは異常に慎重だった。
一歩。
止まる。
水を見る。
二歩。
止まる。
草を見る。
三歩。
「リサ」
「何」
「普段の十分の一くらいの速度だよ」
「分かってる」
「大丈夫?」
「大丈夫じゃない」
「帰る?」
「帰らない」
声が少し硬い。
「手、震えてる」
「見れば分かる」
「怖い?」
「何回聞く」
「心配だから」
「怖い」
正直。
「でも」
杖を握る。
「今回は私が探しに来た」
「……うん」
「前とは違う」
一歩。
進む。
水が。
ぴちゃっ。
リサが杖を向けた。
「待って!」
「……水か」
「水だよ」
「分かってる」
「魔法撃つ前に分かって!」
「努力する」
努力なんだ。
まだ。
*
「いた」
リサが止まった。
水路の向こう。
半透明。
拳二つ分くらい。
小さなスライム。
ぷるん。
動く。
リサの呼吸が止まった。
「……」
「リサ」
「黙ってろ」
「うん」
杖。
構える。
手。
震えている。
スライムはこっちへ来ない。
ただ。
水路脇の苔を食べている。
「普通種だよ」
「まだ分からない」
「形は普通」
「分裂するかもしれない」
「リサ」
「分かってる!」
怒鳴った。
スライムが驚いたのか。
ぷるん。
跳ねた。
「っ!」
火球。
「リサ!」
ぼんっ!
スライム。
消滅。
地面。
黒焦げ。
水路の縁。
少し崩れる。
「……」
「……」
「倒したな」
「倒したね」
リサ。
近づく。
「待って」
「核」
「ないよ!」
「確認する」
棒で灰を崩す。
一回。
二回。
三回。
「ない」
「うん」
「再生は?」
「灰だよ」
「五分待つ」
「必要ない!」
「十分?」
「増やすな!」
『第一個体討伐。』
『対象リサ――強い恐怖反応あり。』
『攻撃能力――正常。』
『火力――過剰。』
「最後同意」
「何が?」
「何でもない!」
*
二匹目。
見つけた。
今度は。
リサはすぐ撃たなかった。
「……普通種」
「うん」
「核、一つ」
「たぶん」
「分裂兆候なし」
「うん」
「逃げてる」
「うん」
スライムは。
俺たちから離れようとしている。
「リサ」
「何」
「倒せる?」
「倒す」
杖。
今度は。
小さい火球。
ぼっ。
討伐。
水路も壊れない。
「……」
「上手」
「子供扱いするな」
「そういう意味じゃない!」
近づく。
灰。
確認。
「核なし」
「うん」
「周辺」
「見る?」
「ああ」
一緒に見る。
草。
石。
水路。
「いない」
「うん」
リサが息を吐いた。
さっきより。
少し。
肩の力が抜けている。
*
三匹目。
四匹目。
五匹目。
全部普通だった。
リサは。
一匹ごとに。
確認した。
「核」
「ない」
「周辺」
「いない」
「水路下」
「何もない」
「草の裏」
「いない」
「土の中」
「そこまで潜らないよ!」
「念のため」
「掘るな!」
一時間。
討伐。
十分。
残存確認。
一時間。
「依頼より確認の方が長い!」
「当然だ」
「当然じゃない!」
農夫が見に来た。
「終わったか?」
「五匹確認」
「おお」
「全部討伐」
「助かった」
「残存個体を確認中」
「まだやるのか?」
「ああ」
「もういないぞ?」
「何で分かる」
「今まで五匹しか見てないから」
「六匹目がいない根拠にはならない」
農夫。
俺を見る。
またこの顔。
「すみません」
「お前が謝るなって言ってるだろ!」
*
結局。
二時間。
水路を全部歩いた。
六匹目。
いない。
卵。
ない。
分離核。
ない。
粘液痕。
なし。
リサは最後の水門の前に立った。
「……いない」
「うん」
「本当に?」
「一緒に全部見た」
「……そうだな」
リサが水を見る。
透明。
流れている。
少しだけ。
足が止まる。
でも。
杖は向けない。
「ルーク」
「何?」
「手」
「え?」
「ちょっと貸せ」
握られた。
「……」
「……」
「何か言え」
「いや」
「何」
「珍しいなって」
「離すぞ」
「待って!」
「どっちだ!」
「握ってていい!」
「なら黙れ」
しばらく。
流れる水を見た。
「怖い?」
「ああ」
「帰る?」
「ああ」
「今日は帰るんだ」
「依頼終わったからな」
当たり前。
でも。
俺には。
少し嬉しかった。
スライムがいるかもしれない。
だから永遠に探す。
ではない。
今日のリサは。
自分で。
終わりを決めた。
日記が熱くなる。
『行動評価。』
『スライム遭遇時の恐怖――残存。』
『初回攻撃――過剰。』
『確認行動――過剰。』
『しかし第二個体以降、攻撃出力を調整。』
『討伐終了後、主人公との共同確認を根拠として残存探索を終了。』
『主人公による制止――有効。』
「……よかった」
『現時点では。』
「余計な一言!」
*
ギルド。
「依頼完了」
リサが報告する。
「五匹?」
「ああ」
「水路被害は?」
「一箇所」
俺を見る。
「最初の一発で」
「言わなくていい!」
受付が笑う。
「修理費は報酬から引くぞ」
「……分かった」
リサが不満そう。
「普通のスライム相手に水路壊す魔術師、初めて見た」
「初回だったんだ」
「何の初回だ」
「……久しぶりだった」
それ以上。
受付は聞かなかった。
報酬。
銅貨。
少ない。
「赤字じゃない?」
「修理費引かれたからな」
「魔石も使った」
「使いすぎだ」
「保険だ」
「十二個持ってきた人が言う!」
リサが笑った。
普通に。
その笑顔を見て。
俺も。
少しだけ安心した。
日記。
『スライム討伐への復帰――成功。』
「復帰っていうのかな」
『ただし。』
「また?」
『対象のスライム殲滅欲求は消失していない。』
「……」
『今回の成功体験により、「スライムは怖いが、自分で殺せる」という認識を強化。』
「それなら」
『同時に。』
「嫌な続き」
『「怖いから避ける」より「怖いから先に殺す」という行動原理が強化される可能性。』
「そっちか……」
俺はリサを見る。
報酬袋を振っている。
「ルーク」
「何?」
「帰りに市場寄るぞ」
「何買うの?」
「凍結魔石」
「なんで!?」
「今日四個使った」
「普通種五匹に!?」
「補充」
「もうスライム依頼受けないよ!」
「何で」
「何でって!」
「今日問題なく倒せただろ」
「問題あったよ!」
「全員生還」
「二人しかいない!」
「被害なし」
「水路壊した!」
「依頼達成」
「それはそう!」
リサが満足そうに笑った。
日記。
『成功体験による自己効力感――上昇。』
「急に心理学みたいなことを」
『スライム討伐への抵抗――低下。』
『スライム討伐欲求――上昇。』
「逆効果じゃん!」
「うるさいぞ」
「ごめん!」
*
帰宅。
女将へ報酬を見せる。
「今日は少ないねえ」
「水路修理代引かれた」
「何したんだい?」
「リサが普通のスライムに――」
「ルーク」
「はい」
「言うな」
「はい」
女将が笑う。
「まあ、生きて帰ってきたならいいさ」
その言葉で。
一瞬。
空気が止まった。
十人。
前は。
帰ってこなかった。
「……うん」
リサが答える。
静かに。
「今日は全員帰った」
二人だけだけど。
全員。
帰った。
*
夜。
日記がまた熱くなった。
「今日はもういいだろ」
『リサについて評価を更新。』
「昨日一話使って評価しただろ!」
『スライム遭遇後データを追加。』
「データ扱いするな!」
『恐怖――残存。』
『逃避欲求――有。』
『戦闘意思――有。』
『殲滅欲求――有。』
『主人公への信頼――高。』
『主人公同伴時の行動安定性――上昇。』
『単独討伐――現時点では非推奨。』
「そこは絶対守れ」
『本人が守る保証――なし。』
「怖いこと書くな!」
さらに。
『重要な変化。』
『前話まで、主人公ルークは主としてリサの夜間症状および親密関係における安全対象として機能していた。』
『今回。』
『戦闘時においても、主人公の存在が残存確認終了の判断材料として機能。』
「……」
『関係性を更新。』
『心理的安全対象。』
『親密対象。』
『現実確認対象。』
『共同戦闘者。』
『スライム討伐における停止判断補助。』
「役職増えてない?」
『増加。』
「だから会話するな!」
そこへ。
さらに一行。
『リサ単独では「念のため」が無限化する可能性あり。』
「……ありそう」
『主人公同伴時。』
『ルーク――「もういない」。』
『リサ――確認。』
『終了可能。』
「俺、終了ボタン扱い?」
なんだか。
恋人とか。
そういうものとは。
ずいぶん違う気がする。
でも。
今のリサには。
必要なのかもしれない。
*
こんこん。
「はい」
扉。
リサ。
「今日も?」
「ああ」
「スライム確認?」
「違う」
「……即答するようになったね」
「悪いか」
「悪くない」
入る。
「今日」
リサがベッドの端へ座る。
「怖かった」
「うん」
「一匹目」
「うん」
「本当は逃げたかった」
「……そうだったんだ」
「でもお前いたから」
「俺?」
「前みたいになったら止める奴がいると思った」
「……」
「だから撃てた」
「火力過剰だったけど」
「黙れ」
「はい」
少し。
笑う。
「二匹目は」
「ああ」
「ちょっと楽だった」
「三匹目は?」
「もっと楽」
「五匹目」
「普通に殺せた」
「……そっか」
「ああ」
リサが手を見る。
「まだ怖い」
「うん」
「でも」
握る。
「殺せる」
嫌な方向にも聞こえる。
でも。
今日は。
それでいい気もした。
「ルーク」
「何?」
「次も一緒に来い」
「スライム?」
「ああ」
「……少し休んでからね」
「考える」
「そこ『分かった』にして!」
「考える」
「リサ!」
笑う。
そして。
「今日は」
「うん」
「昨日より静かにする」
「本当に!?」
「防音布増やした」
「そっち!?」
「我慢するとは言ってない」
「社会性を防音で解決する思想やめないんだ!」
「合理的だろ」
「合理的なのかなあ!」
胸元。
日記が熱くなる。
「……もう嫌な予感」
『リサの社会性維持手段――物理的防音。』
「分析しなくていい!」
『有効。』
「認めるんだ!」
リサが眉を寄せる。
「さっきからうるさい」
「ごめん!」
「今日一番うるさいのお前じゃないか?」
「今のところね!」
「なら静かにしろ」
「はい!」
*
翌朝。
日記。
『今回の結論。』
『リサはスライムへの恐怖を克服していない。』
『しかし、恐怖が存在していても行動可能であることを確認した。』
『完全な治癒ではなく、恐怖と共存した上での行動範囲拡大として扱う。』
「……それなら」
悪くない。
『同時にスライムへの殲滅欲求も強化された。』
「やっぱり悪い!」
『物語上の危険性――上昇。』
「上げるなよ!」
次の頁。
『次話候補。』
『第三十話 スライム専門になります』
「ならない!」
即答した。
「何が?」
朝食を食べていたリサが聞く。
「何でもない!」
「朝から元気だな」
「リサ!」
「何だ」
「スライム専門になる気ないよね?」
リサ。
止まる。
「……悪くないな」
「ある!」
「需要あるだろ」
「考えないで!」
「魔術師として差別化できる」
「日記と同じこと言い始めた!」
「何だそれ」
「何でもない!」
リサは首を傾げた。
それから。
「でも」
「何」
「スライムなら」
少しだけ。
笑った。
「他の奴にやらせるより、私が殺した方が安心だ」
「……」
駄目だ。
次の話。
もう始まってる。
『第三十話 スライム専門になります』
「ならないからな!」
「だから何がだ!」
朝から。
また。
俺だけが知っている未来に。
全力で抵抗することになった。
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