第二十八話 『作中認識について再調整を実施。』
朝。
リサは普通だった。
「ルーク。ジャム取って」
「はい」
「それじゃない」
「赤いの?」
「そっちは辛いやつだ」
「何でパン屋の朝食に辛いやつ置いてあるの?」
「女将に聞け」
「俺に振るんじゃないよ」
女将が奥から笑う。
セリアはパンを食べている。
ミレアは焼き上がったパンを籠へ移している。
そしてリサは。
何事もなかったように朝食を食べている。
昨夜。
俺の部屋であれだけ騒いだ人間とは思えない。
「……」
「何だよ」
「いや」
「さっきからこっち見てるだろ」
「普通だなって」
「朝飯食ってるだけだぞ」
「そうなんだけど」
昼と夜の差が。
すごい。
「昼間と夜で別人みたいだなって」
ぶっ。
セリアがむせた。
ミレアが顔を伏せる。
女将は何も言わず厨房へ戻った。
リサの手が止まった。
「ルーク」
「はい」
「あとで話がある」
「嫌な予感しかしない!」
「安心しろ。短い」
「何が短いの!?」
「お前の人生」
「殺す気じゃん!」
そこまでは。
いつもの朝だった。
胸元が熱くなるまでは。
「……今度は何だよ」
開く。
『作中認識について再調整を実施。』
「認識?」
『これまで、主人公が日記帳の記載へ反応する際、周囲の登場人物が日記帳そのものへ注意を向ける場面が発生していた。』
『当該描写を再評価。』
『物語上の必要性――低。』
「まあ……」
『主人公以外が日記帳について認識をしないよう、再度調整を実施。』
「え?」
『以後、日記帳は主人公ルークのみが意味を認識する物語媒体として固定する。』
『他キャラクターは、日記帳の存在、外観、記載内容、閲覧行為そのものについて原則として意識を向けない。』
「そこまで?」
『主人公が突然叫ぶ。』
『立ち止まる。』
『顔色を変える。』
『独り言を発する。』
『以上については認識可能。』
『ただし原因を日記帳へ関連付けない。』
「つまり」
『他キャラクターから見れば、主人公が理由もなく突然奇妙な反応をする。』
「俺だけ社会的に不利!」
思わず声が出た。
「朝からうるさい!」
リサが怒鳴る。
「ごめん!」
それだけ。
手元へ視線を向けたりはしない。
何を読んでいるのかとも聞かない。
『削除対象例。』
『「その日記は何だ」』
『「何が書いてある」』
『「またその日記か」』
『「貸せ」』
『その他、主人公以外が日記帳そのものを話題とする発言。』
「完全に俺専用になった……」
『再調整完了。』
『今後の本文へ恒常的に適用する。』
「分かったよ」
その下へ。
すぐ新しい文章。
『主要女性キャラクター・リサについて再評価を実施します。』
「切り替え早いな!」
「何なんだよ!」
「何でもない!」
「なら静かにしろ!」
「はい!」
日記帳について。
誰も聞かない。
俺が何へ反応しているのか。
誰も気にしない。
代わりに。
突然叫ぶ変な奴としてだけ認識される。
……本当に俺だけ損してないか?
*
『評価対象。』
『リサ。』
『成人女性。』
『魔術師。』
『地下水路編より本格登場。』
『大型変異スライム事件生存者。』
『現在、主要女性キャラクターとして継続運用中。』
「運用って書くなよ」
『第一項目――キャラクター識別性。』
『高。』
「採点始まった」
『赤髪。』
『黒ローブ。』
『攻撃魔術主体。』
『口調――強め。』
『主人公への遠慮――少。』
『既存女性キャラクターとの差別化――十分。』
俺は食卓を見る。
セリア。
ミレア。
女将。
確かに。
リサは誰とも似ていない。
『第二項目――戦闘能力。』
『高。』
『大型変異スライム戦において孤立後も状況観察を継続。』
『味方へ弱点を伝達。』
『拘束状態から自己脱出を試行。』
『武器を再取得。』
『最終的に敵内部から凍結魔法を発動。』
『生存者との共同攻撃によって分離核を破壊。』
「そこは本人が聞いたら喜びそう」
「何が?」
リサが聞く。
「何でもない!」
「またか」
『単純な魔力出力だけではなく、危機下での判断能力を評価。』
『戦闘キャラクターとして継続価値――高。』
「価値って言うな」
*
『第三項目――被害後の主体性。』
俺の指が止まった。
『維持。』
『身体反応と本人意思の分離――成功。』
『恐怖。』
『屈辱。』
『嫌悪。』
『以上を経験しながら、精神的屈服には至らず。』
『「身体がどう反応するか」と「本人が何を望むか」は別であるという認識を維持。』
「……」
第24話。
あのとき。
リサは身体をまともに動かせなかった。
声まで勝手に崩れた。
それでも。
「身体が勝手に反応してるだけだ」
そう言って。
最後まで敵を殺そうとした。
『被害後も意思決定能力を維持したことで、単なる救出対象への固定化を回避。』
『評価――高。』
その下。
『第四項目――精神的安定性。』
『低。』
「ですよね」
思わず声に出る。
「何が?」
「何でもない!」
『表面的社会生活能力――高。』
『単独時の精神安定性――低。』
『症状。』
『幻触。』
『侵入感覚。』
『身体記憶の再現。』
『強迫的確認行動。』
『透明液体への過剰警戒。』
『スライムへの過剰な研究欲。』
『スライムへの過剰な殲滅欲求。』
『一個体残存の可能性を許容できない。』
見る。
リサはジャムを塗っている。
普通だ。
あまりにも。
普通。
「……」
「また見てるぞ」
「ごめん」
「何なんだ」
「一見すると普通だなって」
「その言い方やめろ!」
『表裏差――物語的価値あり。』
「そこ高く評価するの!?」
『他者の前――正常に近い。』
『単独時――症状増悪。』
『主人公同席時――安定性上昇。』
『読者に対し、表面上の正常性と内部症状を並行して提示可能。』
嫌な言い方だけど。
事実ではある。
セリアも。
ミレアも。
昨夜のリサを知らない。
存在しないスライムを探し続けて。
身体が痙攣して。
俺に何度も。
「本当にいない?」
と確認を求めた姿を。
知っているのは。
俺だけだ。
*
『第五項目――主人公との関係。』
「来た」
『初期。』
『地下水路同行者。』
『中期。』
『共同戦闘者。』
『被害後。』
『現実確認を求める対象。』
『その後。』
『安全対象。』
『信頼対象。』
『親密対象。』
『現在。』
『本人が自発的に求める異性。』
「並べると進行早いな!」
「何が?」
「何でもないです!」
『主人公ルークへの依存性――上昇。』
「……」
『ただし全面依存ではない。』
『戦闘判断を主人公へ委任しない。』
『職業上の判断を主人公へ委任しない。』
『生活上の全意思決定を主人公へ委任しない。』
『単独活動能力――維持。』
『依存は主として心理的安全、親密性、現実確認に限定される。』
「そこはよかった」
『したがって現時点では「主人公なしでは何もできない女性」には該当しない。』
『むしろ。』
『主人公を必要としながらも、自身の目的と行動能力を維持している。』
『評価――高。』
そう。
リサは俺に頼る。
特に夜。
でも。
昼になれば。
勝手にギルドへ行く。
勝手に資料を漁る。
勝手に魔法の練習をする。
止めても。
「危険個体の記録見るだけだから」
と言って行く。
俺に許可なんて取らない。
*
『第六項目――狂気的要素。』
「そのまま項目名にするんだ」
『有。』
『ただし理性喪失型ではない。』
『限定対象型。』
『対象――スライム。』
『通常の魔物への判断――概ね正常。』
『スライムに対してのみ、確認、研究、討伐、再生阻止を過剰に要求。』
『恐怖と接近欲求が併存。』
『本人認識――』
『「見たくない」。』
『「触れたくない」。』
『「しかし自分の知らない場所に存在する方が怖い」。』
「……」
これは。
本人が実際に似たことを言っている。
『単純な恐怖症であれば、対象から離れる方向へ固定される。』
『単純な復讐心であれば、戦闘へ接近する方向へ固定される。』
『リサは双方を同時に保持。』
『逃げたい。』
『しかし殺したい。』
『見たくない。』
『しかし存在確認をしたい。』
『この内部矛盾をキャラクター特性として利用可能。』
「人間を設計図みたいに見るなよ」
『評価――高。』
「狂気で高評価取るの嫌だな」
*
『第七項目――回復過程。』
「回復も評価するのか」
『完了していない。』
「まあ、そうだよね」
『悪夢――残存。』
『透明液体への警戒――残存。』
『身体記憶――残存。』
『単独時の不安――残存。』
『ただし。』
『本人が忌避していた身体反応および発声について、自身の意思による経験と区別する能力が上昇。』
「……」
『過去。』
『本人の意思とは無関係な発声。』
『現在。』
『本人が出すか否かを選択可能。』
『過去。』
『声そのものを被害の象徴として忌避。』
『現在。』
『主人公との間では本人自身が選択して使用可能。』
昨日。
リサが言った。
「あの声も私のだ」
スライムのものじゃない。
出すか。
止めるか。
自分で決める。
『被害記憶を消去するのではなく、新しい意味を追加することで心理的支配を弱化。』
『部分的回復――成立。』
「……ここはいい」
珍しく。
文句はなかった。
『ただし。』
「何」
『発声量――過剰。』
「そこ評価に入れるな!」
「急に叫ぶな!」
「ごめん!」
『発声種類――多。』
「いらない!」
『主人公の予想を大幅に超過。』
「知ってる!」
リサが俺を見る。
「本当に朝からどうしたんだ?」
「色々あるんだよ……」
「病院行くか?」
「優しい!」
「うるさいから言ってる」
「そういうこと!?」
*
『第八項目――コメディ適性。』
「本当に項目あるの!?」
『高。』
「即答!」
『強い口調。』
『通常時の羞恥心――高。』
『主人公と二人きりの場合のみ、羞恥より欲求表現を優先。』
『結果。』
『二人きりの際の行動と、翌朝に他者へ露見した際の反応との落差が大きい。』
「分析しないであげて」
『主人公――引く。』
『リサ――主人公が引くほど面白がる。』
『発声パターンを増加。』
『翌朝――社会的羞恥により強く後悔。』
『コメディ構造として再利用可能。』
「再利用するな!」
思わず大きな声。
リサがパンを置く。
「ルーク」
「はい」
「今日ちょっとおかしくないか?」
「今日だけじゃないと思う」
「自覚あるなら大人しくしろ」
「はい……」
『本人の観察力――高。』
「今それ追加するな」
*
午後。
ギルド。
リサは資料室にいた。
「これ」
「何?」
「先月のスライム討伐報告」
「普通種でしょ?」
「ああ」
「読む必要ある?」
「ある」
「何で?」
「本当に普通種だったか確認する」
「報告に普通種って書いてあるよ」
「報告者が分裂を見落とした可能性」
「出た」
「何だ」
「一匹残ってる可能性を許容できないやつ」
リサの目が細くなる。
「悪いか?」
「悪いとは言ってない」
「ならいい」
読み始める。
一頁。
二頁。
三頁。
真剣。
本当に。
普通の魔術師が資料を調べているようにしか見えない。
胸元が熱い。
『第九項目――物語牽引力。』
「まだ続いてたの!?」
『高。』
『理由一。』
『スライム関連事件へ自発的に接近する動機を保有。』
『理由二。』
『被害後症状について、悪化と回復の双方を描写可能。』
『理由三。』
『主人公との関係進展を継続可能。』
『理由四。』
『戦闘、心理、恋愛、コメディを単独で複数担当可能。』
「一人に仕事させすぎじゃない?」
『理由五。』
『スライム再登場時、説明を必要とせず個人的因縁へ接続可能。』
「そこは本当にやめて」
「何が?」
「何でもない!」
リサが資料から顔を上げる。
「スライムがまた出たら困るのか?」
「困るよ!」
「私は困らん」
「怖くないの?」
手が止まった。
「怖い」
「……」
「今も」
「じゃあ」
「でも、いるなら殺す」
即答。
「やっぱりそこは変わらないんだ」
「当たり前だ」
『評価内容との一致を確認。』
「確認するな」
*
夜。
『総合評価。』
「やっと最後?」
『リサ。』
『キャラクター識別性――高。』
『戦闘能力――高。』
『危機判断能力――高。』
『主体性――高。』
『主人公との関係性――強。』
『物語牽引力――高。』
『回復可能性――有。』
『コメディ適性――高。』
『精神安定性――低。』
『スライム遭遇時の予測可能性――低。』
「最後だけ危険人物だな」
『読者関心維持能力――高。』
「結局アクセスも見るのか」
『主要ヒロインとしての優先度を上昇。』
「勝手に順位つけるなよ」
『理由。』
『主人公との個人的関係を既に形成。』
『主人公のみが把握する被害後症状を複数保有。』
『危機。』
『戦闘。』
『被害後回復。』
『恋愛。』
『コメディ。』
『以上すべてに接続可能。』
『さらに主人公との関係深化後も、戦闘能力および個人目的を喪失していない。』
「……」
そこは。
確かに。
リサは俺との関係が変わっても。
俺の付属品にはなっていない。
『最大の懸念点。』
「何?」
『スライムへの執着。』
『今後さらに進行した場合、主人公からの制止より殲滅欲求を優先する可能性あり。』
「……」
『現時点。』
『主人公の制止を検討可能。』
『将来的保証――なし。』
「爆弾として残すの?」
『物語上利用可能。』
「だから利用って書くなよ!」
*
夕食後。
「ルーク」
「何?」
「今夜」
「……はい」
「何だその返事」
「昨日の反省があります」
「何の?」
「騒音」
リサが固まった。
「言うな」
「でも女将に」
「言うな!」
「はい!」
顔が赤い。
日中は。
本当に普通だ。
「今日は静かにする?」
「……」
「リサ?」
「対策した」
「対策?」
毛布。
厚い布。
さらに毛布。
「何それ」
「防音」
「本気だ!」
「女将から借りた」
「女将から!?」
「『静かになるなら好きに使え』って」
「完全にバレてる!」
「もう言うな!」
「ごめん!」
リサが布を抱えて階段を上がる。
「早く来い」
「はい」
「何だその顔」
「いや」
「何」
「昼間は普通なんだよなあ」
「その言い方本当にやめろ!」
「ごめんなさい!」
胸元が熱い。
『総合評価補足。』
「まだあるの?」
『リサは、被害によって壊れて終了したキャラクターではない。』
『被害以前の状態へ完全に戻ったキャラクターでもない。』
『恐怖。』
『狂気的執着。』
『依存。』
『回復。』
『戦闘能力。』
『欲求。』
『羞恥。』
『主体性。』
『以上を同時に保持する。』
『これらは相互排他的ではない。』
「……」
確かに。
怖いから。
弱い。
ではない。
狂気があるから。
全部壊れている。
でもない。
俺に頼るから。
一人で何もできない。
でもない。
回復したから。
もう平気。
でもない。
全部。
同時にある。
『最終評価。』
見る。
『リサは現在、物語内で最も変化量の大きい女性キャラクターの一人である。』
『しかし人格の核――』
『強気。』
『戦闘時の判断力。』
『自分で決めたことを自分で実行する性質。』
『以上は維持。』
『したがって、変化後も同一人物としての連続性を保持している。』
「……それなら」
悪くない。
『今後も変化させる価値――高。』
「価値って言い方だけ嫌だけど」
さらに。
『なお。』
「何?」
『発声量――依然として過剰。』
「最後までそれ引っ張るな!」
「ルーク! うるさい!」
階段の上からリサ。
「今そっちに言われたくない!」
「何だと!」
「何でもない!」
『コメディ適性――再確認。』
「再確認するな!」
新しい頁。
『次話候補。』
『第二十九話 スライム討伐依頼を見つけました』
「……」
止まった。
「ルーク?」
上から声。
「何してる、早く来い」
「リサ!」
「何だよ!」
「明日ギルド行くの禁止!」
「はあ!?」
「絶対禁止!」
「何でだよ!」
「嫌な予感がするから!」
「意味分からん!」
日記帳のことは。
リサは認識しない。
セリアも。
ミレアも。
女将も。
誰も。
俺が何を見て。
何を知って。
何に怯えているのか。
知らない。
だから。
俺だけが。
次に何が来るか知っている。
『第二十九話 スライム討伐依頼を見つけました』
「……また始まる」
俺は頭を抱えた。
もちろん。
日記帳がその姿を誰かに意識されることも。
その題名を誰かに読まれることもない。
次に書かれたことが。
現実になるまでは。
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