第三話 王都のパン屋の倅
鐘が鳴った翌日、ダンジョンから魔物が溢れた。
何が起きたのか、俺にはほとんど分からなかった。村の男たちが武器を持って集まり、親父と兄貴たちも家を飛び出した。母さんに手を引かれて逃げようとしたところまでは覚えている。その直後、家の向こうから巨大な何かが突っ込んできて、壁も屋根も一緒に吹き飛んだ。
次に目を覚ましたとき、俺は瓦礫の下にいた。
「おい! 生きてるぞ!」
誰かの声がして、上に積もっていた木材が次々と取り除かれた。俺を引っ張り出したのは、村の人間ではなかった。鎧を着た冒険者たちだった。
「立てるか?」
「……村は?」
冒険者は答えなかった。
答えなくても分かった。家は潰れ、畑は踏み荒らされ、あちこちから煙が上がっている。親父も母さんも兄貴たちも見つからなかった。生き残った村人はわずかで、ダンジョンから溢れた魔物を討伐したころには、村を立て直せるような状態ではなくなっていた。
俺は行く場所を失った。
助けてくれた冒険者たちは王都から来ていた。討伐を終えれば帰るというので、俺も連れていってもらうことになった。生き残った十六歳の農民の三男を、焼け跡に一人置いていくわけにもいかなかったらしい。
王都までの道中、俺はほとんど日記を開かなかった。
『一週間後、俺は王都のパン屋の倅になっている。』
あの一文が頭から離れなかったからだ。
村が滅びたのは、たまたまだ。ダンジョンから魔物が溢れることくらい、この世界なら起こり得る。冒険者が来たのも討伐依頼を受けたからで、俺を助けたのも偶然だ。
そう思おうとした。
だが、俺は今、王都へ向かっている。
六日目の夕方、王都へ着いた。俺を助けた冒険者の一人が、「まず何か食わせないとな」と馴染みの店へ連れていった。そこは大通りから一本入った場所にある、小さなパン屋だった。
「ずいぶん汚い子を連れてきたね」
店の女将は俺を見るなりそう言った。
「村が魔物にやられた。家族も見つかってない。行くところがないらしい」
「そうかい」
女将はそれ以上聞かず、焼きたてのパンと温かいスープを出してくれた。俺が夢中で食べている間に、冒険者と何か話していたらしい。
食べ終わるころ、女将が俺の向かいに座った。
「あんた、働けるかい?」
「畑仕事なら」
「パンは?」
「作ったことない」
「なら覚えな。あたし一人じゃ店も大変なんだ。住むところがないなら、二階が空いてるよ」
「……いいの?」
「嫌なら別にいいけどね」
「いや、お願いします」
考える余地なんてなかった。
その夜から、俺はパン屋の二階で暮らすことになった。
翌朝。店先で荷物を運んでいると、近所の男が俺を見て女将に尋ねた。
「なんだい、その坊主?」
女将はパンを棚へ並べながら、なんでもないことのように答えた。
「ああ、うちの倅だよ。昨日からね」
俺の手からパン籠が落ちた。
慌てて二階へ駆け上がり、荷物の底から日記を取り出す。
『一週間後、俺は王都のパン屋の倅になっている。』
その下に、新しい文字があった。
『完了』
「…………」
七日だった。
本当に、ちょうど一週間。
俺はパン屋の倅になった。
そのために故郷が滅びたのかどうかは、分からない。
ただ一つだけ分かった。
「……一週間って書かなきゃよかった」
世界は、俺の書いた通りに辻褄を合わせた。




