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世界改稿日記 ~なろうによる世界破綻~  作者: 黒瀬 量衡


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第二十五話 十人で帰る

 十人で帰る。


 昨日、日記がそう題名をつけた。


 最初から十人だったわけじゃない。


 地下水路へ入ったのは二十人。


 一度は二十人全員で外へ出た。


 それを日記が改稿した。


 倒した大型変異スライムには分離核が残っていたことになり、地下水路を出た直後に再び襲われた。


 ほんの数十秒。


 それだけで十人が死んだ。


 だから今。


 俺の前を歩いている人間は九人しかいない。


 俺を入れて。


 十人。


「……数えたくねえな」


 昨日までは、日記が勝手に人数を書いた。


『二十名。』


『十九名。』


『十八名。』


 あの数字が頭から離れない。


 俺の背中では、リサが眠っている。


 少なくとも、そう思っていた。


「……右」


「え?」


「右の水溜まり……避けろ」


 掠れた声。


 起きていた。


 道の端を見る。


 昨夜の雨が残っているだけだ。


「ただの水だよ」


「分かってる」


「じゃあ何で避けるの?」


「いいから」


「はい」


 大きく迂回する。


 その瞬間、俺の首へ回されたリサの腕が少しだけ強くなった。


 本人は何も言わない。


 俺も何も言わなかった。


 胸元の日記が熱くなる。


「……今度は何だよ」


 片手で開く。


『被害後処理を開始する。』


「処理って言うな」


 前を歩いていた男が振り返った。


「何だ?」


「何でもないです」


 当然、こいつには日記の文字なんて読めない。


 読めるのは俺だけだ。


 ただ、最近の俺は日記を開くたびに独り言を言うから、周りから見ればかなり怪しいと思う。


『前話において、討伐隊二十名中十名が死亡。』


『生存十名。』


『事件規模を考慮した場合、生存者全員を即時通常状態へ復帰させる展開は不自然。』


「……そこは、そうだな」


『主人公ルークおよび主要女性キャラクター・リサを除く、生存者八名について事件後状態を設定する。』


「モブまで?」


『死亡者のみを被害として処理し、生存者を無傷の背景人物へ戻すことは、因果的整合性を欠く。』


 また正論。


 日記は人を殺すときも酷いけど。


 殺した後だけ妙に丁寧だ。


     *


 最初に止まったのは、昨日まで前衛をやっていた男だった。


 王都へ入る直前。


 横を通った荷馬車から、水を詰めた小樽が落ちた。


 ばしゃん。


「うあああああ!」


 男が剣を抜いた。


「待て!」


 隣の男が腕へ飛びつく。


「離せ! 来るぞ!」


「水だ!」


「嘘だ!」


「見ろ! ただの水だ!」


 男は剣を両手で握ったまま、路上へ広がった水を睨んでいた。


「……動いた」


「風だ!」


「今、こっちに来た!」


「来てない!」


 昨日。


 こいつは最後まで前に立っていた。


 凍結したスライムへ真っ先に槌を叩き込んだ。


 今は。


 ただの水溜まりへ剣を向けている。


 日記。


『前衛一名。』


『透明な流体に対する強い恐怖反応。』


『即時戦線復帰――困難。』


「帰ろう」


 仲間が静かに言う。


「でも、あれ……」


「俺が見てる」


「……動いたら?」


「俺が斬る」


「本当か?」


「ああ」


 男はようやく剣を下げた。


 二人で水溜まりを大きく迂回する。


 リサが俺の背中で小さく言った。


「……分かる」


「え?」


「何でもない」


     *


 ギルドへ到着すると、報告より治療が先になった。


 残った魔術師の一人は、診療室へ入った直後に飛び出した。


「無理だ!」


「どうした?」


 神官が追いかける。


 魔術師は入口から中を指した。


「瓶!」


「瓶?」


「透明な奴!」


「あれは消毒薬だぞ」


「分かってる!」


 叫んだ。


 直後、自分で驚いたように口を閉じる。


「……分かってるんだ」


 壁へ背中をつけた。


「あれじゃない」


「うん」


「でも……中で揺れると」


 そこで止まった。


『魔術師一名。』


『透明粘体を想起させる視覚刺激により集中困難。』


『魔術行使能力そのものに異常なし。』


『実戦復帰――要観察。』


 別の生存者。


 斥候だった男は。


「冒険者辞める」


 そう言った。


「え?」


「もう地下には行かない」


「洞窟も?」


「無理」


「ダンジョンは?」


「無理だ」


 淡々としていた。


「俺、斥候なんだぞ」


「……うん」


「暗い穴に一番先に入る仕事なんだ」


 笑った。


「無理だろ」


『斥候一名。』


『地下・洞窟環境への強い忌避。』


『現在職種の継続困難。』


『冒険者廃業を検討。』


「人生まで変わるんだな……」


 返事はない。


 日記が勝手に人生を壊したくせに。


 その後まで記録する。


     *


 地下水路管理担当だった男は、死者の名前を書いていた。


 一人。


 二人。


 三人。


 途中で筆が止まる。


「俺が道を決めた」


「え?」


「旧沈殿槽を使おうって言った」


「でも、作戦決めたのは隊長だよ」


「地図を出したのは俺だ」


「それは――」


 日記が決めた。


 そう言いかけて。


 止めた。


 言えるわけがない。


「俺が別の道を勧めていれば」


「でも」


「十人は生きてたかもしれない」


 そんなこと。


 誰にも分からない。


 俺以外には。


『地下水路管理担当一名。』


『生存者罪悪感。』


『職務判断と死亡結果を過剰に関連付けている。』


『配置転換希望へ接続可能。』


「可能とか書くなよ」


     *


 神官の一人は。


 ずっと手を洗っていた。


「まだ粘つく」


「何も付いてないよ」


「分かってる」


 洗う。


「もう取れてる」


「分かってる」


 また洗う。


「でも」


 手を見る。


「まだ付いてる感じがする」


『反復洗浄行動。』


 運搬役は荷物を置くたび、底を確認する。


 一回。


 二回。


 三回。


「何もいないぞ」


「……」


 四回目。


「さっき見ただろ」


「……」


 五回目。


『反復確認行動。』


 もう一人は。


 最初は普通だった。


「酒飲みに行こうぜ」


 そう言って笑った。


「今日は隊長の奢りだ」


 誰も笑わない。


「あいつ、前に賭けで負けただろ?」


「……隊長は死んだぞ」


 笑顔が消えた。


「知ってる」


「なら」


「知ってるよ!」


 拳が机へ落ちる。


「知ってるから言ってんだろ!」


 椅子を蹴った。


 そのまま床へ座り込む。


「……知ってるよ」


 両手で顔を覆った。


『感情反応の遅延。』


 俺は日記を閉じた。


「もういい」


 八人。


 生き残った。


 でも。


 誰も昨日までと同じじゃない。


     *


 夜。


 俺とリサはパン屋へ戻った。


 セリアとミレアが店先に立っていた。


 二人とも俺たちを見る。


 そして。


 後ろを見る。


「……他は?」


 セリアが聞いた。


「十人死んだ」


 それ以外に言い方がなかった。


 ミレアが口元を押さえる。


 セリアはしばらく目を閉じた。


「リサは?」


「生きてる」


「勝手に死人にするな」


 背中から声。


「起きてたの?」


「ずっと起きてる」


「寝ててよ」


「嫌だ」


「なんで?」


 少し間。


「寝ると出てきそうだから」


 俺は黙る。


 日記が熱くなった。


「……拾ったな」


 開く。


『リサの被害後人格変化について検討する。』


「人格まで変えるな」


『公開情報上の成人向け作品傾向を参照。』


『ノクターンノベルズ由来作品、フランス書院作品、その他成人向け作品について、被害後も継続登場する成人女性キャラクターの展開を分析。』


「本当にやるのかよ」


『性的被害を原因として単純に狂人化することを、普遍的な定型として採用する根拠は不足。』


「じゃあやるな」


『一方、以下の継続要素は利用可能。』


『再遭遇時の恐怖。』


『悪夢。』


『屈辱の記憶。』


『脅威への異常な警戒。』


『復讐。』


『再戦。』


『敵への執着。』


『屈服しない戦闘女性。』


『人格変容および執着の極端化。』


 嫌な単語が増えていく。


『リサの既存人格と統合。』


「統合するな!」


「何叫んでる?」


 セリアが怪訝そうに見る。


「何でもない!」


 当然。


 日記が何を書いているかは誰にも分からない。


『リサは理性を失わない。』


『通常会話――維持。』


『魔術判断――維持。』


『対人関係――維持。』


『自己認識――維持。』


『ただし、スライムに関連する事項のみ判断基準を極端化する。』


 俺の背中から。


「ルーク」


「何?」


「王都の周りにスライムって何匹いる?」


「知らない」


「普通のも?」


「知らないよ」


「変異種は?」


「知らない」


「分裂する奴は?」


「リサ」


「核が複数ある奴は?」


「待って」


「人間の魔力を吸う種類は?」


「休もうよ!」


 止まった。


「……知りたい」


「明日でいい」


「今知りたい」


「身体ぼろぼろだよ」


「分かってる」


「だったら寝て」


「寝たくない」


「なんで」


「言っただろ」


 俺の肩を掴む。


「目閉じたら、まだ中にいる気がする」


 日記。


『恐怖対象への回避と接近が同時に発生。』


『見たくない。』


『触れたくない。』


『しかし、未知の場所に存在することを許容できない。』


『強迫的狩猟傾向を設定。』


「設定するなよ……」


     *


 女将がリサへ湯を用意した。


 しばらくして。


 二階から派手な音がした。


「何!?」


 俺とセリアが走る。


「リサ!」


 扉の向こう。


「女だけ来い!」


「俺駄目じゃん!」


「当たり前だ!」


 セリアだけ入る。


 数分後。


 出てきた。


「どうだった?」


「湯だ」


「湯?」


「揺れた」


「……」


「スライムに見えたらしい」


「本人は?」


「湯だって分かってる」


「じゃあ」


「分かってるのに、火を撃った」


「女将に怒られるな」


「そこじゃないだろ」


「分かってるよ!」


 日記。


『視覚トリガー――透明液体の揺動。』


『即時攻撃反応。』


『数秒後、対象が通常の湯であることを認識。』


『現実検討能力――維持。』


『恐怖を攻撃性へ変換する傾向あり。』


 俺は閉じた。


     *


 その夜。


 眠れなかった。


 水を飲もうと思って廊下へ出る。


 奥で。


 がたっ。


 音。


「……リサ?」


 返事がない。


 もう一度。


 がたっ。


 リサの部屋。


「大丈夫?」


 ノック。


 返事なし。


「入るよ?」


 扉を少し開けた。


 そして。


「――っ!」


 すぐに顔を背けた。


 リサが服を脱いでいた。


 何をしていたのかまで確認するより先に、扉を閉めようとする。


「ご、ごめん!」


「待て!」


 切羽詰まった声だった。


「ルーク」


「何?」


「そこにいて」


「え?」


「見るな」


「見ない!」


「でも、行くな」


「……分かった」


 俺は扉へ背中を向けた。


「どうしたの?」


 返事がない。


 荒い呼吸だけ。


「リサ?」


「いる」


「何が?」


「スライム」


 背筋が冷えた。


「いないよ」


「いる」


「今日、神官が診ただろ」


「分かってる!」


 叫ぶ。


 すぐ小さくなる。


「分かってるんだよ……」


「じゃあ」


「でも、まだいる感じがする」


「リサ」


「中に残ってる」


「残ってない」


「取らないと」


「何もないよ」


「取らないと!」


 部屋の中で物音。


 自分の身体を必死に確認しているらしい。


 日記が熱くなる。


『症状追加。』


「追加するな」


『幻触。』


『侵入感覚の残存。』


『実際の異物――なし。』


『対象は理性上、スライム残存の可能性が低いことを理解。』


『しかし身体感覚との矛盾を解消できず、強迫的確認行動を開始。』


「リサ、やめよう」


「もう少し」


「傷になるよ」


「取れれば終わる」


「何もないんだって!」


「じゃあ何で!」


 声が震える。


「なんでまだ感じるんだよ!」


 俺には答えられない。


 その直後。


「ぐっ……ぁ……!」


 俺の身体まで固まった。


「リサ?」


 知ってる。


 その声。


 昨日。


 スライムに捕まったリサが何度も出した声。


「リサ!」


「大丈夫……!」


「大丈夫じゃないだろ!」


 次。


「あ゛……っ!」


 また。


 第24話と同じ。


 呼吸が崩れる。


 何かが床へ当たる。


「ぐ……ぁあっ!」


「リサ!」


「来るな!」


 身体が勝手に痙攣している。


 本人が止めようとしている。


「止まれ……!」


 息。


「止まれよ……!」


 また。


「ぐっ……!」


 日記。


『身体記憶の再現。』


『前話で生じた筋痙攣、呼吸制御異常、発声異常の一部が再発。』


『外部からのスライム刺激――なし。』


「ならそう本人に教えてやれよ!」


 日記は返事をしない。


「ルーク」


「何?」


「……今」


「うん」


「昨日と同じ声だったよな」


 嫌な質問。


「……うん」


「やっぱりいる」


「違う」


「同じだ!」


「それは証拠じゃない!」


「でも!」


 また。


「あ゛……っ!」


 息を呑む。


「ほら!」


「ほらじゃない!」


「同じ反応してる!」


「身体が昨日のこと覚えてるだけかもしれない!」


「身体が覚えてるなら、何か残ってるんだろ!」


「違うよ!」


「じゃあなんで止まらない!」


 答えられない。


 さらに。


 どさっ。


「リサ?」


 返事なし。


「どうした?」


「……見るな」


「見てない!」


「絶対見るな」


「だから何が」


 長い沈黙。


「……漏れた」


「え?」


「身体が……勝手に」


 声が震えている。


 日記。


『自律神経反応の異常。』


『膀胱制御の一時的喪失。』


『失禁。』


「そこまで書くな」


「やっぱりだ」


 リサが呟く。


「何が?」


「まだいる」


「違う!」


「違わない!」


 怒鳴る。


「昨日と同じ声!」


「うん」


「同じ痙攣!」


「うん」


「身体も勝手に動く!」


「だから、それは昨日の影響で――」


「それなら!」


 息が切れる。


「まだ昨日が身体の中に残ってるってことだろ!」


 俺は言葉を失った。


 それは。


 スライムが残っているという話とは違う。


 でも。


 リサにとっては。


 区別できなくなっている。


「……ルーク」


「何?」


「頼む」


 声がさらに小さくなる。


「確認してくれ」


「何を?」


「スライム」


「……」


「私、自分じゃもう分からない」


「リサ」


「何でもスライムに見える」


 息を吸う。


「外から見える範囲だけでいい」


「……」


「床とか」


「うん」


「服とか」


「うん」


「身体に、透明なのが付いてないか」


 俺は一瞬迷った。


 でも。


「分かった」


「本当か?」


「ただし、ちゃんと身体を調べるのはセリアか神官に頼む」


「……分かった」


「今、何か羽織れる?」


 衣擦れ。


「着た」


「じゃあ開けるよ」


「ああ」


 少しだけ扉を開ける。


 リサは大きな布を身体へ巻いていた。


 顔は真っ青。


 目だけが異様に鋭い。


 俺は床を見る。


 水。


 こぼれた湯。


 でも動いていない。


「床にはいない」


「本当に?」


「うん」


「ちゃんと見た?」


「見た」


「動いてない?」


「動いてない」


「透明な粒は?」


「ない」


「服」


 床へ落ちた服。


 リサ自身に広げてもらう。


「ない」


「裏も」


「広げて」


 広げる。


「ないよ」


「本当に?」


「本当に」


 リサが自分の腕を出した。


「ここ」


「何?」


「何か動いてないか」


「動いてない」


「膨らんでない?」


「普通」


「皮膚の下は?」


「分からない。それは神官」


「……」


「リサ」


「もう一回」


「何を?」


「床」


「いない」


「服」


「いない」


「腕」


「何もいない」


「……」


 肩から少しだけ力が抜ける。


「本当に?」


「本当に」


「じゃあ」


 自分の身体を見る。


「なんで反応するんだ」


 また。


 びくっ。


 肩が震えた。


「っ……!」


 リサの顔が引きつる。


「ほら」


「違う」


「まただ」


「今、何もいないの見ただろ!」


「見えないだけかもしれない!」


「それ言ったら終わらないよ!」


「でも!」


 リサは口を閉じた。


 そして。


「……分かってる」


「うん」


「分かってるんだ」


 目を伏せる。


「私がおかしいんだろ」


「そういう言い方しなくていい」


「じゃあ何なんだよ」


「俺にも分からない」


「役立たず」


「そこはいつものリサだな!」


 少しだけ。


 笑った。


 ほんの一瞬。


 でも。


 その笑顔が消える。


「怖い」


「……うん」


「スライムが怖いんじゃない」


「え?」


「いや、それも怖い」


 腕を抱く。


「でも今は」


 身体がまた小さく震える。


「何もいないのに、身体が勝手に昨日と同じになる方が怖い」


「……」


「自分の身体なのに」


 声が掠れた。


「私の言うこと聞かない」


 日記。


『自己身体への不信。』


『症状原因を自身の内部へ求めることに強い恐怖。』


『そのため、原因を外部の「残存スライム」へ固定しようとする認知傾向を形成。』


『スライムが残っているなら、発見して殺せば解決可能。』


『原因が自己身体に残った反応である場合、対象自身には容易な解決方法が存在しない。』


「……だからか」


 リサがスライムを残っていることにしたがる理由。


 その方が。


 殺せる。


 敵にできる。


 自分の身体そのものが敵になったと思わなくて済む。


「ルーク」


「何?」


「明日、ギルド行く」


「休もう」


「スライムの記録を見る」


「やっぱり!」


「王都近郊全部」


「全部って」


「普通種。変異種。分裂種。大型化。魔力吸収。核の数。生息場所」


「何するの?」


 答えは即座だった。


「全部殺せる方法考える」


「リサ」


「一匹残ったから十人死んだ」


「……」


「あんなの二度と嫌だ」


「うん」


「だから今度から」


 目が変わる。


「一匹も残さない」


 日記。


『狂気的要素を更新。』


『リサは理性を喪失しない。』


『他者との会話、戦術判断、魔術判断は維持。』


『一方、スライムに限定して強迫的確認・研究・狩猟・殲滅欲求を形成。』


『殺害後、核確認。』


『核破壊後、再生確認。』


『周辺探索。』


『分離個体確認。』


『一匹残っている可能性を許容しない。』


「やめろよ」


 でも。


 日記が作っただけじゃない。


「一匹も残ってないって、自分で確認したい」


 リサ自身が言った。


     *


 翌朝。


 他の八人についても日記は結論を出した。


『生存者八名。』


『即時現役復帰可能――〇名。』


「ゼロか」


『二名――長期休養。』


『一名――冒険者引退予定。』


『一名――地下任務からの配置転換希望。』


『一名――透明液体への強い恐怖。』


『一名――反復確認行動。』


『一名――反復洗浄行動。』


『一名――感情反応不安定。』


『十名死亡。』


『十名生存。』


『生存者を無傷とは判定しない。』


 死んだ人間だけじゃない。


 生き残った奴らも。


 みんな何かを地下水路へ置いてきた。


 リサも同じだ。


 一見すると普通。


 悪口も言う。


 考えられる。


 戦える。


 昨日までと同じように笑う。


 でも一人になると。


 存在しないスライムを探す。


 身体が痙攣すれば。


 まだいると思う。


 昨日と同じ声が出れば。


 やっぱりいると思う。


 自分で判断できなくなれば。


 他人に確認を求める。


「ルーク」


「何?」


「昨日」


「うん」


「本当に、いなかったよな」


「いなかった」


「床にも?」


「いない」


「服にも?」


「いない」


「腕にも?」


「いない」


「……そうか」


 数秒。


「でも、今日神官にも確認してもらう」


「それはいいと思う」


「その後ギルド」


「休めって!」


「記録見るだけ」


「絶対それだけじゃない!」


「うるさい」


 いつものリサ。


 少なくとも。


 外から見れば。


 日記に文字。


『リサの人格変更処理を完了。』


「変更って言うな」


『一見正常。』


『単独時に症状悪化。』


『幻触。』


『侵入感覚。』


『身体記憶の再現。』


『痙攣。』


『発声異常。』


『自律神経反応。』


『失禁。』


『第三者への確認要求。』


『これらの身体反応を、残存スライムの存在証拠として誤認する傾向。』


『同時に現実検討能力は部分的に維持。』


『「いないと理解している自分」と「いると感じる自分」が併存する。』


『結果。』


『スライムに対する恐怖、嫌悪、研究欲、狩猟欲、復讐心を極端化。』


「……本当に嫌な書き方するな」


 日記はさらに続ける。


『公開情報上の成人向け作品を参照した結果、被害による単純な狂人化ではなく、再遭遇恐怖、悪夢、屈辱記憶、再戦、執着、復讐、不屈の戦闘女性等を既存人格へ組み合わせる方が、リサの継続キャラクターとしての整合性が高い。』


『また、残存したモブ生存者八名についても、死亡を免れたことのみを理由に通常状態へ戻さず、異なる恐怖・強迫・罪悪感・職業復帰困難を付与することで、前話の被害規模を継続的に物語へ反映できる。』


「人間の後遺症まで作品構成扱いかよ」


 返事はない。


 日記は会話をやめている。


 だから。


 最後に新しい題名だけが現れた。


『第二十六話 スライムを一匹残らず殺したい』


「……そのまんまじゃん」


「何が?」


 リサが聞く。


「何でもない」


「またその日記か」


「読めないでしょ」


「ああ。何も書いてないようにしか見えない」


 やっぱり。


 俺にしか見えていない。


「それよりルーク」


「何?」


「ギルド行くぞ」


「神官が先!」


「分かってる」


「診てもらって!」


「ああ」


「今日は休んで!」


「それは考える」


「考えるじゃない!」


 リサは笑った。


 普通に。


 本当に。


 普通に見えた。


 だからこそ。


 昨夜を知っている俺だけは。


 もう。


 普通だとは思えなかった。


 リサの中には。


 実際には一匹も残っていない。


 でも。


 本人にとっては。


 まだスライムとの戦いが終わっていなかった。


 この作品の品質向上のため、ぜひ感想をお寄せください。今後の展開・キャラクター・構成・描写方針の参考として利用します。


`https://novelcom.syosetu.com/impression/list/ncode/3306613/?ref=ncodeheader`


次話へは、このまま**「リサがギルドのスライム討伐記録を異常な集中力で洗い始める」→「普通の低級スライムの討伐依頼にまで食いつく」**と進めると、第25話で生じた狂気を行動へ移せます。


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