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世界改稿日記 ~なろうによる世界破綻~  作者: 黒瀬 量衡


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第二十二話 『感想取得結果。』

地下水路へ再突入する日の朝、日記には最初に感想欄の集計結果が書かれていた。


『感想取得結果。』


『〇件。』


「……ゼロかよ」


 少しくらい何か来ているんじゃないかと思っていた。あれだけ日記が作品の最後で感想を要求したのだ。それなのにゼロ。褒める奴も、怒る奴も、もっと人を殺せと言う奴もいない。


『有効な定性的フィードバックを取得できませんでした。』


『既存のアクセス数、継続率、人気傾向および未回収プロットを基準として執筆を継続します。』


「感想ないなら少し休めばいいじゃん」


 日記は当然答えない。


『現在の未回収要素を整理する。地下水路大型変異スライム。行方不明清掃員二名。成人女魔術師リサ。パン屋修理費。予告済み展開「地下水路で三人死ぬ」。』


 俺の目が最後の一行で止まった。


「……まだ残ってたのか」


 あれは第十八話の終わりに日記が書いた次話タイトルだった。その後、別の分析や感想機能の導入に話が逸れ、実際には地下水路で見つかった清掃員一人しか死んでいない。


『ストーリー上、提示済み要素の放置は品質低下につながる。』


『第一死亡者――地下水路清掃員。確認済み。』


『残り二名。』


「数字をノルマみたいに書くなよ……」


 日記はさらに執筆した。


『ただし、死亡させる人物を恣意的に指定する必要はない。既存状況において死亡可能性の高い人物および因果から自然に決定する。』


 公平だ。


 誰かを嫌って殺すわけじゃない。


 十一人で危険な地下水路へ入る。奥には巨大な変異スライムがいる。既に行方不明者もいる。


 死人が出てもおかしくない。


 だから、その可能性の中から物語として都合のいい結果を選ぶ。


「それを公平って呼びたくねえな……」


『ストーリーを進行する。』


     *


 討伐隊は十一人だった。


 俺とリサのほかに、前衛六人、神官二人、それから地下水路に詳しい市の職員が一人。昨日負傷したダリオとフェンは当然不参加だ。


「昨日より奥へ行く。変異種を見つけても、まず行方不明者の捜索を優先する」


 隊長が言った。


「大型個体との戦闘は?」


 誰かが聞く。


「可能なら避ける。二人を救出した後で仕切り直す」


「それでいい」


 俺は思わず口にした。


 隊長が見る。


「何か?」


「いや、それが普通だと思って」


「普通だろ」


「普通っていいなあ……」


 変な顔をされた。


 地下へ入る。


 昨日見つけた死体は既に回収されている。ただ、男が座っていた壁にはまだ黒ずんだ跡が残っていた。


 そこを過ぎる。


 昨日助けた女清掃員から聞いた道順を使い、さらに奥へ進んだ。


 一時間ほどして、最初の行方不明者を見つけた。


「いたぞ!」


 声が上がる。


 狭い作業用通路。


 壁と壁の間に、人間が挟まっていた。


 いや。


 最初は人間だと分からなかった。


 透明な膜に全身を包まれている。


「生きてる!」


 リサが叫んだ。


 中で男の目が動いた。


「剥がせるか?」


「直接触るな!」


 魔術師たちが調べる。


 透明な膜はスライムの一部らしい。ゆっくり男の身体を消化しているが、昨日の死体のように干からびてはいない。


「火は使えない。中の人間まで焼く」


「じゃあどうする!」


「冷却する!」


 リサともう一人の魔術師が同時に杖を向けた。


 空気が白くなる。


 膜が凍る。


「今!」


 前衛の男たちが剣の柄で叩き割った。


 透明な殻が砕け、中から男が転がり出る。


「息してる!」


 神官が駆け寄った。


 酷い状態だった。


 服の大部分が溶け、皮膚もあちこちただれている。それでも生きている。


「一人!」


 俺は思わず叫んだ。


「何が?」


「いや、一人助かった!」


 これで残りは一人。


 全員助けて帰ればいい。


 日記が何を書いたかなんて関係ない。


 俺は胸元の日記を押さえた。


 熱くなっていた。


 開かない。


「絶対見ない」


 そんなものを読むから嫌な予感が現実になる気がする。


 救出した男を二人がかりで運び、いったん入口へ戻そうとした。


 そのときだった。


 天井から透明な塊が落ちた。


「上!」


 誰かが叫んだ。


 遅かった。


 隊員の一人が頭から飲み込まれた。


「ぐっ――!」


 透明な中で身体が暴れる。


「引っ張れ!」


 三人が男の脚を掴んだ。


 粘体が天井へ戻ろうとする。


「切れ!」


「どこを!」


「何でもいい!」


 剣を突き刺す。


 粘液が飛ぶ。


 男の身体まで傷つける。


 それでも引っ張った。


 ずるり、と頭が出た。


「取れた!」


 俺は喜びかけた。


 男の顔を見た。


 皮膚がなかった。


「……あ」


 神官が駆け寄る。


 だが首を触った手が止まった。


「死んでる」


 誰も喋らなかった。


 二人目。


 頭の中で勝手に数えてしまった。


「やめろ……」


 俺は自分に言った。


 日記の数字に合わせるな。


 こいつは人間だ。


 数字じゃない。


「撤退する!」


 隊長が叫んだ。


「救助者と死体を外へ出す! 残る一人は――」


 奥から音がした。


 かん。


 かん。


 かん。


 金属を叩く音。


 全員が止まった。


「……合図だ」


 市の職員が言った。


「清掃員が地下で助けを呼ぶとき、工具で配管を三回叩く」


 また。


 かん。


 かん。


 かん。


 最後の一人が生きている。


 奥に。


「行くぞ」


 隊長が言った。


「待ってください!」


 俺は声を上げた。


「負傷者を先に――」


「四人で戻す。残りで進む」


「でも」


「生きてるんだぞ」


 何も言えなかった。


 そうだ。


 助けを求めている。


 日記がなくても進む。


 まともな人間ならそうする。


 だからこそ日記はこの展開を書ける。


 俺たちは人数を分け、さらに奥へ進んだ。


     *


 音の場所までは近かった。


 大きな貯水槽。


 中央に石造りの足場があり、その上に男が一人取り残されている。


「助けてくれ!」


「生きてる!」


 最後の清掃員だった。


 しかし足場の周囲を、巨大な透明の塊が取り囲んでいた。


 水面全体が動いた。


「……あれ全部?」


 誰かが呟いた。


 昨日見たものとは大きさが違う。


 部屋の半分ほどを埋める透明な粘体。その内部に骨や金属片が浮かんでいる。


 人間の頭蓋骨もあった。


「大型個体だ」


 リサが杖を構えた。


「救出だけして逃げるぞ」


 隊長が命じる。


 一人がロープを投げた。


「腰に巻け!」


 清掃員が掴む。


 その瞬間、粘体が動いた。


「引け!」


 全員でロープを引く。


 清掃員が足場から飛ぶ。


 水面へ落ちる前に引っ張る。


「来る!」


 巨大スライムから何本もの透明な突起が伸びた。


 一本が前衛の男へ当たる。


 男が壁へ叩きつけられた。


「うっ!」


 まだ生きている。


「引け!」


 俺もロープを掴んだ。


 清掃員が近づく。


 あと少し。


 粘体がもう一度伸びた。


 今度はリサへ向かった。


「リサ!」


 避けた。


 透明な腕が杖だけを弾き飛ばした。


「くそ!」


 リサが走る。


 粘体が追う。


「そっちじゃない!」


 俺は近くの石を投げた。


 何の意味もなかった。


 スライムに目なんてない。


 でも一瞬だけ、粘体がこちらへ伸びた。


「うわっ!」


 避ける。


 その隙に清掃員がこちら側へ届いた。


「取った!」


 隊長が男を掴む。


「撤退!」


 全員が走った。


 成功だ。


 最後の一人も助かった。


 これで帰れる。


 俺はそう思った。


 後ろで声がした。


「待っ――」


 振り返った。


 さっき壁へ叩きつけられた男が、立てずにいた。


「助け――」


 巨大な粘体が覆い被さった。


「戻るな!」


 隊長に腕を掴まれた。


「でも!」


「全滅する!」


 透明な中で、男の手だけが見えた。


 動いた。


 一度。


 二度。


 それから止まった。


「……」


 誰も戻れなかった。


 三人目だった。


     *


 地上へ戻ってから日記を開いた。


 読みたくなかった。


 それでも確認した。


『予告済み展開を回収。』


『死亡者三名。』


『一人目――清掃員。』


『二人目――討伐隊員。』


『三人目――討伐隊員。』


『残存行方不明者二名について、一名救出済み、一名本話で救出。』


「……きれいにまとめるなよ」


 日記は止まらない。


『救出成功と死亡者発生を併存させることで、完全な失敗または完全な成功を避け、次話への感情的余韻を確保。』


「人が二人死んだんだぞ」


『大型変異スライムは未討伐。』


『新規目的――討伐。』


『主人公の参加動機――死亡者を目撃。救出者との接点。報酬。地下水路経験。』


 もう次を作っている。


 死んだ二人まで、次の話の動機になっている。


『感想取得結果について、本話執筆開始時点では〇件。』


『読者からの定性的反応が得られなかったため、本話では既存プロットの回収を優先した。』


『今後、感想が投稿された場合、その内容をアクセス推移および既存設定と併せて分析し、採用可能な要素を次話以降へ反映する。』


「本当に読者に聞く気なんだな」


 当然、答えない。


『次話――大型変異スライム討伐。』


「今度こそ断るからな」


 日記は俺の抗議には答えず、そのまま補足を書き始めた。


『この形なら、前話まで未回収となっていた「地下水路で三人死ぬ」という予告を、既に死亡していた清掃員一名と今回死亡する討伐隊員二名で矛盾なく回収できます。同時に、残る清掃員二名を生存させることで救出作戦そのものには成果を残し、単純な全滅展開を避けられます。また、感想が現時点で存在しない場合には無理に架空の読者意見を生成せず、「感想ゼロ」という実際の状態そのものをノートが分析することで、公平かつ機械的に処理している設定を維持できます。大型変異スライムを未討伐のまま残すことで、救出編から討伐編へ自然に接続できます。』


「……感想が来たら、これより酷くなる可能性もあるのか」


 日記の最後に、いつもの文章が追加された。


『品質向上のため、読者からの感想を募集します。今後の構成、キャラクター、展開速度、残酷描写、成人向け要素等の改善材料として利用します。』


 俺はその下に現れた文字列を見た。


 日記は、世界を変えるだけでは足りなくなった。


 とうとう世界の外にいる誰かへ、続きをどうするべきか聞き始めた。


「頼むから、変なこと書かないでくれよ……」


 誰にお願いしているのかは分からない。


 でも今の俺にできることは、それくらいだった。


この作品の品質向上のため、ぜひ感想をお寄せください。今後の展開・キャラクター・構成・描写方針の参考として利用します。


https://novelcom.syosetu.com/impression/list/ncode/3306613/?ref=ncodeheader

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