第二十一話 『品質改善処理を開始する。』
地下水路から生きて帰った翌朝、日記には俺が一文字も書いていないのに、新しい頁が三頁も増えていた。
『第二十一話 感想を参考に執筆します』
「本当にやるのかよ……」
当然、返事はない。
『品質改善処理を開始する。』
『アクセス数は作品への到達および継続閲覧を示すが、個別要素への評価理由を特定できない。今後は感想欄から取得した定性的情報を併用する。』
『評価対象――ストーリー進行速度。主人公への好感度。女性キャラクターへの関心。成人向け要素。残酷描写。モンスター選定。ハーレム人数。日常回需要。』
「最後の二つまで読者に決めさせる気かよ」
日記は俺を無視して、そのまま文章を書き続けた。
『ただし、感想内容をそのまま採用することは品質低下の原因となる。』
「……お?」
『単独の感想は個人嗜好であり、全読者を代表しない。』
『複数意見、アクセス推移、既存設定、ストーリー整合性を総合評価し、採用可否を決定する。』
「そこだけ妙にまともなんだよな」
俺は思わず頷いた。
誰か一人が「王都を爆発させろ」と書いたからって、本当に爆発させられたら困る。
『なお、極端な意見は反応強度が高く、話題性に寄与する可能性があるため別途評価する。』
「前言撤回」
日記は次の頁へ進んだ。
『現時点では感想蓄積量が不足している。』
『したがって、次話以降も既存プロットを進行しながら募集を継続する。』
「よし。だったら今日は普通に治療と報告だけで終われ」
何も返らない。
『ストーリーを進行する。』
「その一文、本当に嫌いだな」
*
ギルドへ戻ると、地下水路の話は俺たちが報告する前から騒ぎになっていた。
行方不明になった清掃員は二人ではなく四人。
一人死亡。
一人救出。
残り二人は地下水路の奥。
さらに通常種とは明らかに違うスライムが複数確認され、その奥にはもっと巨大な個体がいる可能性が高い。
「封鎖する」
ギルドの責任者は、俺たちの報告を聞き終えるなり言った。
「今日中に入口を閉じる。一般作業員は入れるな。明日の朝、討伐隊を編成する」
「明日?」
俺が聞き返した。
「早すぎません?」
「二人残ってる」
「……そうでした」
分かっている。
時間をかければ安全になる。
でも、中にいる二人にとっては時間そのものが命取りになる。
「リサ。お前は参加できるか?」
「行く」
女魔術師は即答した。
「ダリオは?」
「肩がこれじゃ無理だ」
粘液を浴びた肩には厚い包帯が巻かれている。
「フェンも無理だな」
「見れば分かるだろ」
脚を焼かれたフェンは椅子に座ったまま吐き捨てた。
責任者の視線が俺へ来た。
「ルーク」
「なんで俺を見るんです?」
「お前も奥まで行った」
「行っただけです」
「地形を知っている」
「途中までですよ」
「変異種と接触して生きて戻った」
「逃げただけです」
「十分だ」
「冒険者ギルドって、生還しただけで評価上がりすぎじゃない?」
「死んだ奴は次の依頼を受けられんからな」
笑えなかった。
本当に、その通りだった。
昨日地下へ入った四人のうち、まともに動けるのは俺とリサだけだ。
まだ誰も死んではいない。
だけど、一歩間違えば全員死んでいた。
「参加は強制じゃない」
責任者が言った。
「断っても構わん」
俺は安心して、
「じゃあ――」
と言いかけたところで、報酬表が机へ置かれた。
「危険度が上がったから、報酬も上げる。調査参加者には金貨二枚。大型変異種を討伐した場合は追加報酬」
口を閉じた。
金貨二枚。
パン屋の修理費は金貨十二枚。
俺の頭の中で、数字が勝手につながる。
「……こういうの卑怯じゃない?」
「何がだ?」
「なんでもないです」
日記が俺を強制する必要なんてない。
現実の方が先に、断りにくい理由を用意している。
いや。
日記は、その断りにくい現実を選んで物語につないでいる。
「参加します」
「そう言うと思った」
「俺は思いたくなかったよ」
*
パン屋へ戻ると、セリアとミレアが待っていた。
「また行くのか?」
セリアが聞く。
「明日」
「今度は何人?」
「討伐隊になるから、昨日より多い」
「何人死ぬ予定だ?」
冗談のつもりだったのだろう。
俺は答えられなかった。
前話の日記には、はっきり書かれていた。
『地下水路で三人死ぬ』
すでに見つけた清掃員一人を数えるなら、残り二人。
でも、その数え方が正しい保証なんてない。
「ルーク?」
「……分からない」
セリアが俺を見る。
「最近、お前そればっかりだな」
「そうか?」
「何か知ってる顔してるくせに、何も分からないって顔する」
鋭い。
俺は日記のことを話していない。
話したらどうなるかも分からない。
世界を書き換えられる日記。
しかも勝手に連載し、アクセス数を追い、人気作を分析し、今度は感想まで集め始めた。
信じてもらえる方がおかしい。
「大丈夫」
そう言った。
完全に嘘だった。
ミレアが口を開く。
「私も行きます」
「駄目」
俺とセリアの声が重なった。
ミレアが驚く。
「でも、私は冒険者です」
「まだ無理だ」
セリアが言う。
「身体じゃない。今のお前は、戦場に戻る判断を自分でできてない」
「できます」
「じゃあ聞く。なんで行きたい?」
「役に立たないと」
「ほらな」
ミレアが黙った。
「お前、役に立てなきゃここにいてはいけないと思ってるだろ」
「そんなこと……」
「思ってる」
セリアは容赦がなかった。
「だから駄目だ」
ミレアは俯いた。
俺は何も言えなかった。
日記なら、このやり取りをどう評価するのだろう。
第二ヒロインの人格掘り下げ。
第一ヒロインとの関係構築。
主人公不在でも成立する女性キャラクター同士の交流。
そういう文章にするのだろうか。
嫌になった。
*
夜。
日記を開く。
『本話における人物情報を更新。』
『ミレア――自己価値を有用性へ依存する傾向を確認。戦闘復帰を急ぐ動機として採用可能。』
『セリア――ミレアへの保護的態度を確認。主人公以外との関係性を強化。』
「やっぱり全部拾ってる」
『リサ――地下水路再突入を即答。危険への抵抗感が低い、または職業責任感が高い可能性。次話で確認する。』
そこまではいつもの日記だった。
だが、その下に新しい見出しがあった。
『感想取得機能の試験を開始。』
「もう来たの?」
『現時点で有効な感想が存在しない場合、既存構成を維持する。』
『感想が存在する場合、内容を分類する。』
『要望。批判。キャラクター評価。展開予測。誤字脱字。性的嗜好。残酷描写への反応。』
「最後二つだけ別のサイトみたいになってるぞ」
返答はない。
『感想による直接的な世界改変は行わない。』
俺は少し安心した。
『感想は執筆方針の決定材料として利用する。決定された執筆内容が世界へ反映される。』
「余計悪い!」
間に一段階挟んだだけだった。
読者が書く。
日記が分析する。
日記が「面白い」と判断する。
続きを書く。
現実になる。
つまり、読者は知らないうちに世界改変へ参加することになる。
「……これ絶対、読者に知らせちゃ駄目なやつだろ」
ページへ新しい文章が浮かんだ。
『作品内で機能を開示することで、読者参加型要素として利用可能。』
「開示するなよ!」
俺の声を無視して、日記は補足を書き始めた。
『この形なら、読者感想を単純な命令として採用するのではなく、アクセス数、既存設定、ストーリー整合性と並ぶ評価材料として処理できます。これにより、一件の極端な感想だけで物語が無秩序に変化することを防ぎながら、読者の反応そのものを作品世界へフィードバックするメタ構造を強化できます。また、ストーリー面では地下水路再突入の報酬を金貨二枚へ引き上げることで、パン屋の修理費を必要とするルークが自発的に依頼を受ける理由を維持できます。ミレアの戦闘復帰願望とセリアの制止も描写することで、地下水路の外でも既存ヒロインの物語を進行できます。』
「感想を書く読者まで登場人物みたいになってきたな……」
日記はさらに次話の題名を書いた。
『第二十二話 読者の要望を確認します』
「まだ感想来てるかも分からないだろ」
その下。
『感想が存在しない場合も、その事実を反映します。』
「強いな、この連載……」
そして次の一行。
『地下水路討伐隊、十一名。』
俺は止まった。
『生還予定人数については、現時点では記載しない。』
「書かなくていい!」
日記を閉じる。
明日は十一人で地下へ行く。
残っている清掃員は二人。
大型変異スライム。
そして前に書かれた「三人死ぬ」という題名。
俺は寝台へ倒れた。
「……感想くらい、平和なこと書いてくれないかな」
誰に言っているのか、自分でも分からなかった。
この形なら、感想機能を導入した次話でただちに読者の命令通り世界を動かすのではなく、ノートが「感想を分析材料として利用する」という処理体系を明確化できます。また、討伐報酬、ミレアの復帰願望、セリアとの関係、十一名の討伐隊という具体的な次展開を同時に進めることで、メタ要素だけの回にならず地下水路編の緊張を維持できます。次話では実際に取得できた感想の内容、または感想が存在しないという結果そのものをノートが分析し、その評価によって地下水路編の描写方針を変化させる構成が自然です。
作品の品質向上のため、ぜひ感想をお寄せください。感想は今後の展開・キャラクター・構成・描写方針の参考として利用します。
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