第二十話 四人目ではありません
「助けてえええ!」
女の悲鳴を追って地下水路を走る。先頭はリサ、その後ろを盾を失ったダリオ、脚を負傷したフェン、最後が俺だ。戻るべきなのは分かっている。フェンはまともに歩けないし、変異スライムが一匹ではないことも分かった。それでも助けを求める声が聞こえてしまった以上、俺たちは奥へ進んでいた。
「こっちだ!」
リサが横道へ入った。その先で水路が大きく広がり、鉄格子で区切られた作業区画が見えた。悲鳴はそこから聞こえている。
「いる!」
女が一人、鉄格子の向こう側で壁にしがみついていた。
四十代くらいだろうか。濡れた作業着を着た、俺よりずっと体格のいい女だった。腰まで水に浸かり、そのすぐ後ろを透明な粘体がゆっくり這っている。
「清掃員だ!」
ダリオが叫んだ。
「鍵は!」
「向こう側!」
「壊す!」
リサが杖を振った。火球が鉄格子へぶつかり、錠前が赤く焼ける。ダリオが蹴り飛ばすと、ようやく扉が開いた。
「走れ!」
「無理! 脚が!」
女が泣き叫ぶ。
見ると左脚が酷く腫れている。たぶん折れている。
「俺が行く!」
「待て、ルーク!」
止められたが走った。
水へ入る。臭い。膝まで沈む。女のところまでたどり着き、腕を肩へ回した。
「歩けますか!」
「無理だって言ってるだろ!」
「じゃあ引きずります!」
「もっとマシな言い方ないのかい!」
「今考えてる余裕ないです!」
背後で水音がした。
振り返らなくても分かった。
「急いで!」
女を引っ張る。重い。農作業で鍛えていなかったら、一歩も動かせなかったと思う。
「ルーク、伏せろ!」
リサの声。
女ごと水へ倒れ込む。
頭の上を火球が飛んだ。
背後で粘体が燃え上がる。
「熱っ!」
「走れ!」
「だから走れないって!」
俺たちは半分這うように鉄格子まで戻った。ダリオが女を引き上げ、俺も続く。
直後、さっきまでいた場所から透明な触手のようなものが何本も伸びた。
「閉めろ!」
鉄格子を叩きつける。
粘体が向こう側からぶつかった。
格子の隙間を通ろうと身体を変形させている。
「下がれ!」
リサが炎を放った。
透明だった身体が一瞬赤く染まり、膨れた。
「まずい!」
爆ぜた。
熱い粘液が鉄格子を越えて飛んでくる。
「ぐあっ!」
ダリオの肩へ付着した。
煙が上がる。
「水! いや、水じゃ駄目だ!」
リサが杖で粘液を削ぎ落とす。皮膚まで剥がれ、ダリオが悲鳴を上げた。
「撤退! 今度こそ撤退だ!」
全員が同意した。
助けた清掃員をダリオが担ぎ、フェンには俺が肩を貸す。リサが後ろを警戒する。
そこまで来て、俺の胸元が熱くなった。
「……今読む必要ある?」
ない。
でも嫌な予感に負けた。
日記を開く。
『第四女性キャラクター候補を確認。』
「やっぱり確認してやがった!」
返事はない。
『対象――地下水路清掃員。成人女性。推定四十代。既婚。子二名。清掃業従事歴十四年。』
「調べるなよ!」
『主人公との接触――救助一回。』
『既存ストーリーへの接続――成立。』
『ヒロイン化適性を検討。』
「検討しなくていい!」
文字が止まった。
そして、
『不採用。』
「……お?」
『既婚。家庭関係良好。夫および子二名が生存。現状から主人公との恋愛関係へ移行させるためには既存家庭の破綻が必要となる。』
俺の足が止まりそうになった。
『必要改変量に対して物語上の利益が小さい。』
「言い方!」
『第四ヒロインではありません。』
前話の題名を回収しやがった。
「じゃあ普通に助けた人で終わり?」
答えはない。
『地下水路清掃員として今後の情報提供役に利用可能。』
「結局利用はするんだな……」
女がダリオの背中から怒鳴った。
「さっきから何ぶつぶつ言ってんだい!」
「独り言です!」
「気味悪いね!」
「俺もそう思います!」
*
最初の死体があった場所まで戻ったとき、清掃員の女が突然ダリオの背中を叩いた。
「待ちな!」
「なんだ!」
「この先じゃない!」
「出口はこっちだぞ!」
「そうじゃない! あいつらだ!」
「あいつら?」
女が後ろを指した。
「あれ、一匹じゃないよ!」
「知ってる!」
「違う!」
顔が青ざめている。
「あたしらが最初に見たのは、もっとでかかった!」
全員が黙った。
「……もっと?」
「あんな犬っころみたいな大きさじゃない! 通路いっぱいだった! 一緒にいたバドを丸ごと包んで、それで……」
女の声が震えた。
「中で溶かした」
フェンが吐いた。
怪我のせいか、話のせいか分からない。
「清掃員二人行方不明って聞いてた」
リサが言った。
「一人はさっきの死体。あなたが二人目だと思ってた」
「違う。あの日は四人いた」
「四人?」
「ギルドへの届け出が間違ってる!」
嫌な予感がした。
俺は日記を見る。
もう書いてある。
『既存情報を更新。』
『行方不明者二名というギルド情報は不完全。実際の作業員は四名。』
「後付けじゃないよな?」
もちろん返事はない。
『既存事実。主人公側が把握していなかった情報を開示。ストーリー上の矛盾なし。』
「便利だな、それ!」
知らなかっただけ。
後から何を出しても、最初から存在していたなら破綻ではない。
『死亡確認一名。救出一名。』
『残り二名。』
俺はページから目を逸らした。
「……まだ奥に二人いる」
「ああ」
リサも理解していた。
「戻るの?」
フェンが青い顔で聞く。
誰も答えなかった。
戻るべきじゃない。
負傷者が二人いる。
巨大な変異スライムもいる。
これ以上進めば死人が増える。
でも奥には、まだ生きているかもしれない人間が二人いる。
そして俺には分かってしまった。
なろうならどうするか。
「一回帰って援軍を呼ぶ」
俺は言った。
「絶対にそうする。ここで少人数のまま戻るのは馬鹿だ」
「賛成」
リサが即答した。
「まず負傷者を外へ出す。それから討伐隊を組む」
「よし」
これならまともだ。
今度こそ、変な物語の勢いに飲まれない。
日記が熱くなった。
「……」
見ない。
俺は歩く。
また熱くなる。
「見ないからな」
三度目。
「しつこい!」
開いた。
『ストーリー構成を修正。』
「何を?」
『即時再突入は主人公の判断として不自然。』
「そうだろ!」
『一度撤退し、情報整理、治療、増援募集を挟む。』
「やっとまともになった!」
『その間に残存被害者の状況を進行させる。』
「……」
喜ぶのが早かった。
『救出猶予を設定。』
「設定するな」
『長時間放置した場合、救出対象の生存可能性が低下する。』
「現実として当たり前だよ!」
つまり、帰るのは正しい。
でも帰っている間にも、奥では何かが起き続ける。
物語が待ってくれるわけではない。
その事実だけなら日記がなくても同じだった。
『次話では、帰還、治療、地下水路情報の整理、討伐隊編成を行う。』
「いい。それでいい」
『新規ヒロイン追加は行わない。』
「もっといい!」
『既存女性キャラクターの利用を優先する。』
「その一言で台無し!」
さらに文字が増えた。
『品質向上施策を追加します。』
「今度は何だよ」
『本作品ではアクセス数を基準に展開最適化を行っているが、アクセス数のみでは読者がどの要素を評価したか判定できない。』
俺は嫌な顔をした。
理屈は分かる。
『定性的フィードバックを取得する。』
「……まさか」
『品質向上のため、感想を求めるよう、今後作品の最後に感想入力を促します。』
「読者に直接聞くようになった!」
『感想入力先を記載する。』
知らないはずなのに、見覚えのある文字列が現れた。
「URLまで出すのかよ……」
前世の俺なら知っている。
小説家になろうの感想欄。
日記はとうとう、アクセス数だけでなく読者の感想まで次の現実改稿に利用する気らしい。
『感想内容について、今後の構成、キャラクター、人気要素、展開速度、成人向け要素、残酷描写等の品質改善に利用する。』
「やめろ! 読者が『もっと酷くしろ』って書いたらどうするんだ!」
返事はない。
会話機能はもう停止している。
代わりに、日記は補足を書いた。
『この形なら、これまでアクセス数のみを参照していた人気最適化へ読者感想という定性的情報を追加でき、ノートがより「Web小説を連載する執筆AI」に近づきます。また、既存女性キャラクターを再確認した結果、パン屋の女将に続いて地下水路清掃員も候補判定の対象となりますが、既婚で家庭関係が成立していることから、無理にハーレムへ追加すると既存ストーリーの改変量が大きくなるため不採用とすることで、ノートが人気だけでなく整合性と改変効率も機械的に評価していることを維持できます。ストーリー面では地下水路から一度撤退し、残る行方不明者二名と大型変異スライムを次章の明確な課題として残すことで、分析だけに留まらず物語を進行できます。』
「……そして、その補足まで読者に読ませるんだよな」
日記の最後に、次の題名が浮かんだ。
『第二十一話 感想を参考に執筆します』
「一番やっちゃいけないAI小説の作り方じゃねえか!」
地下水路の出口から光が見えた。
俺たちはようやく外へ戻れる。
だが日記の方は、もう次の連載方法を覚えてしまった。
アクセス数。
人気作分析。
そして今度は、読者の感想。
俺には嫌な予感しかしなかった。
この作品の品質向上のため、ぜひ感想をお寄せください。今後の展開・キャラクター・構成の参考として利用します。
https://novelcom.syosetu.com/impression/list/ncode/3306613/?ref=ncodeheader
今後の各話も、この感想募集メッセージと指定アドレスを**必ず作品末尾**に入れます。




