第十四話 『ヒロインの性癖を検討します』
生還祝いの酒を一杯飲んだところで、日記が熱くなった。
「……頼むから今日はやめてくれ」
「何がだ?」
向かいに座ったセリアが首を傾げる。女将が出してくれた酒は薄かったが、初めてまともな冒険へ出て十六人も帰ってこなかった日の酒としては十分だった。俺としては、このままパンを食って、酔って、寝たい。だが胸元の日記は、そんな俺の都合など知ったことではないらしい。
二階へ上がって開くと、真っ白だったはずのページへ文字が浮かんだ。
『直近話のアクセス傾向を分析します。』
「またアクセスかよ」
『戦闘・残酷描写の連続により、一時的な関心上昇を確認。一方、女性キャラクターを中心とした成人向け要素が不足しています。』
「不足してていいんだよ」
『ノクターンの人気作を検証し、ヒロインの性癖を検討します。またゴブリンによる凌辱経験を再検討します。既存の女性キャラクターとの整合性も検討します。』
「……おい」
俺は二度読み返した。
「ノクターンって、あのノクターンか?」
前世の記憶にある。小説家になろう系列の、十八歳未満お断りの男向け小説サイトだ。
『肯定。』
「なんでそんなところまで俺の前世から拾ってるんだよ」
『人気傾向の検証を開始します。』
ページいっぱいに文字が走り始めた。
『検証資料一。年間ランキング上位五十作品のタイトル語彙分析。』
『異世界――十一件。』
『俺――十件。』
『ハーレム――七件。』
『エロ――六件。』
『奴隷――五件。』
『冒険――五件。』
『チート――四件。』
『少女――四件。』
『転移――四件。』
『能力――四件。』
「待て待て。本当に分析してるじゃねえか」
『傾向を整理します。異世界、主人公中心構造、ハーレム、冒険、特殊能力の組み合わせが上位作品群で反復しています。』
「だから俺を冒険者にしたのか?」
『既存状況との整合性が高かったためです。人気傾向とも合致しています。』
「後から理由を足すな」
まだ終わらない。
『検証資料二。年間上位実績作品。』
『悪役貴族への転生を起点として、皇女、姉、メイド、女師匠など複数女性との関係を拡張する作品が年間一位実績。』
「うわあ……」
『凌辱系ゲーム世界への転生、メタコメディ、ハーレム、異能バトルを組み合わせた作品が年間三位実績。』
「俺の作品と近づいてきてない?」
『異世界のモブ村人への転生からハーレム形成を目指す作品にも年間一位実績があります。』
「モブ村人……」
俺は自分を見る。
田舎の農民の三男。
ものすごく嫌な一致だった。
『検証資料三。比較的新しい上位実績作品。』
『悪役令嬢、ざまぁ、最強、異世界、ラブコメなどを組み合わせた作品に日間一位および週間一位実績を確認。』
「なるほどな……」
思わず納得しかけた。
「いや、納得してる場合じゃない!」
『分析結果。』
文字が大きくなった。
『単独の性的要素だけではなく、「異世界転生+ハーレム」「ゲーム世界+メタ要素+成人向け展開」「悪役令嬢+ざまぁ+最強+恋愛」のように、一般的なWeb小説の人気構造と明確な成人向け属性を組み合わせる構成が有効と判断します。』
「それ、わりと真面目な分析だな」
『はい。』
「はい、じゃねえよ。現実で実行するなよ」
『現在の連載状況を照合します。』
嫌な言葉だった。
『異世界転生――該当。』
『特殊能力――該当。』
『冒険――該当。』
『残酷描写――該当。』
『主人公中心の事件連鎖――該当。』
『ハーレム――不足。』
「不足って言うな」
『成人向け関係性――不足。』
「もっと不足してていい」
『ざまぁ――不足。』
「なくていい!」
『今後の拡張余地が大きいと判断します。』
「世界をソシャゲみたいに言うなよ……」
日記は次の分析へ移った。
『既存女性キャラクターとの整合性を検討します。』
『第一候補――セリア。成人女性。冒険者歴九年。』
「候補って何の候補だ」
『ヒロイン候補です。』
「本人の許可取れよ」
『仲間五名をダンジョン事故で喪失。本人も重傷。パン屋にて療養。夜間の悪夢、生存者罪悪感あり。主人公へ一人で眠ることへの不安を明かしている。主人公と手を握った状態で一夜を過ごした実績あり。』
「実績って書くと急に最低になるな!」
『人格傾向――気丈、自立心が強い、年上、冒険者としての経験豊富、軽口を用いる、弱者として扱われることを嫌う。』
そこまでは合っていた。
『ヒロイン属性として分析。年上女冒険者。姉御型。強気。戦闘能力あり。重傷療養による一時的立場逆転。日常では主人公より経験豊富だが、私的場面では主人公へ弱さを見せている。』
「……妙にちゃんと見てるな」
『既存情報から性的嗜好を推測します。』
「やめろ!」
『推測可能範囲は限定的です。』
「え?」
『現在までに性的行動に関する情報がありません。したがって具体的な性的嗜好を断定した場合、根拠のないキャラクター改変となります。』
「……まともだ」
『不採用。』
「お前、ときどき異様にまともだな」
『ストーリー上の破綻は許容できません。』
そうだった。
こいつに倫理があるわけではない。
単に設定が破綻するからやらないだけだ。
『ただし、既存人格から恋愛関係における傾向は推測可能です。』
「まだやるの?」
『自立心が強いため、一方的に保護され続ける関係との適合性は低い。対等関係、共闘関係との適合性が高い。普段は強気だが、既に主人公へ精神的な弱さを開示しているため、私的場面のみ依存度が上昇する構成は整合性があります。』
俺は黙って読んだ。
腹が立つが、間違ってはいない。
『推奨属性――年上姉御型。普段は主導的。主人公と対等。二人きりでは弱さを見せる。』
「性癖の検討って言ってたのに、結局キャラ分析じゃねえか」
『情報不足のためです。』
「情報不足だからって情報を増やそうとするなよ」
嫌な予感と同時に文字が切り替わった。
『ゴブリンによる凌辱経験を再検討します。』
「やめろ」
『セリア――該当経験なし。』
「ない」
『第十二話の事件をセリアの過去へ遡及追加した場合、第七話および第八話の心理描写と不整合が発生します。』
「そうだな」
『また、セリアの主要な心理的外傷は仲間五名の死亡として既に確立されています。別種の重大被害を後付けするとキャラクター焦点が分散します。』
「……そうだな」
『セリアへの凌辱経験追加――不採用。』
俺はしばらく日記を見つめた。
「本当に不採用にした」
『整合性が低いためです。』
「人気が出るなら何でもやるわけじゃないんだな」
『人気最大化は、ストーリー整合性を維持した範囲で実施します。』
「その制限がなかったら何するつもりだったんだよ」
聞かなかったことにした。
日記は次の女性へ移った。
『第二候補――第十二話で救出された成人女冒険者。』
あの女だった。
ゴブリンの巣から担架で運び出された女。
目は開いているのに何も見ていないような顔で、外套を掛けられても震えていた。
『ゴブリンによる凌辱被害――既存事実。』
「……ああ」
『後付け不要。整合性問題なし。』
「そういう判定するなよ」
『当該経験を性的嗜好へ転換可能か検討します。』
「するな」
すぐに結果が出た。
『現時点では不採用。』
「……理由は?」
『被害経験と性的嗜好に因果関係はありません。』
俺の手が止まった。
『本人が被害を望んだという情報も、当該経験によって特定の性的嗜好を獲得したという情報も存在しません。』
「そうだよ」
『したがって「ゴブリンに凌辱されたため、それを好むようになった」と設定した場合、根拠のない人格変更となります。』
「その通りだ」
『ストーリー上、不自然です。』
理由は倫理じゃない。
それでも結論はまともだった。
『一方、既存の被害経験そのものは削除できません。』
「……」
『第十二話以降の主人公の怒り、ゴブリンへの敵対感情、ゴブリンキング討伐への因果として利用済みです。削除すると既存ストーリーが破綻します。』
だから治せない。
なかったことにもできない。
あの女が酷い目に遭ったことは、もうこの物語を支える柱の一本になっている。
「最悪だな」
『評価ではありません。事実です。』
「もっと最悪だよ」
さらに分析が続いた。
『第二候補をヒロイン化する場合、セリアとの差別化が必要です。』
「ヒロイン化する前提で進めるな」
『セリア――能動的、強気、戦闘型、年上姉御、主人公と共闘。』
『第二候補――現時点で詳細人格情報不足。被害者属性のみ確定。』
「じゃあ候補から外せ」
『却下。』
「なんでだよ!」
『既出キャラクターを再利用した方が、新規女性キャラクターを追加するよりストーリー上の連続性が高いためです。』
「人気じゃなくて整合性で殴ってくるのやめろ!」
『また、救出後の再登場はWeb小説における関係形成として自然です。』
「その“自然”も嫌いになってきたよ!」
文字が再び高速で流れた。
『総合分析結果。』
『現状の作品には「異世界」「俺」「冒険」「能力」という人気上位作品群で頻出する要素が既に存在。』
『不足要素として「ハーレム」が顕著。』
「顕著じゃねえ」
『第一ヒロインにはセリアを配置。既存人格を維持し、年上姉御型・対等な共闘者・私的場面のみ弱さを開示する関係を推奨。』
『第二ヒロイン候補にはゴブリン被害を受けた女冒険者を再利用。ただし被害経験を性的嗜好へ直接変換することは整合性不足のため不採用。まず被害後の生活、主人公との再会、人格情報の取得を実施する。』
「取得って……」
『その後、実際に形成された人格と行動から恋愛・性的嗜好を再評価します。』
「本人をアンケート対象みたいに扱うな」
『第三ヒロイン以降については、人気実績を考慮すると、既存二名と属性が重複しない女性が望ましい。貴族令嬢、聖職者、亜人、敵対勢力出身者などを候補とします。』
「もう完全にハーレム物の企画会議じゃねえか!」
ページの最後へ、さらに長い文章が現れ始めた。
『この形なら、実際のノクターン人気傾向に見られる「異世界+ハーレム+冒険+特殊能力」という構造を維持しつつ、セリアには既存の人格と経験から自然に導ける年上姉御ヒロイン属性を与えられます。また、ゴブリンによる凌辱経験を持つ女冒険者については、その経験自体を安易に性癖へ転換せず、既存事実として保持したまま再登場させ、以降の行動から独立した人格を形成した方がキャラクターの整合性が高くなります。さらに、過去の年間上位五十作品で「ハーレム」が七件、「異世界」が十一件確認されていること、および複数ヒロイン型の年間上位実績作が存在することから、今後ハーレム方向へ展開することは人気最適化上も妥当です。』
「……」
全部読んだ。
「補足に分析結果まで書き始めたぞ」
『分析結果は作品理解に有用です。』
「誰にだよ!」
『読者です。』
「いるんだよな、その読者!」
日記は当然のように続けた。
『次話の構成を決定します。』
「もう決めるな」
『第十五話 ゴブリンに襲われた女がパン屋に来た』
「やっぱり来るのかよ」
『再登場によって人格情報を収集します。』
「お前が調査したいだけじゃねえか!」
『同時にセリアとの初対面を実施。複数ヒロインを同一拠点へ配置することで、ハーレム構成への移行を開始します。』
「パン屋だぞ!?」
『既に成人女性一名が二階で療養しています。』
「だからもう一人増やしていい理由にはならない!」
『二名になれば複数です。』
「算数の話してんじゃねえ!」
下からセリアの声が飛んできた。
「ルーク! さっきから誰と喋ってるんだ!」
「俺の人生を勝手にハーレム物へ改稿してる奴!」
「意味分からん!」
「俺も分からん!」
日記の最後に、小さな文字が追加された。
『なお、女性キャラクター二名のみでは長期的なハーレム作品として不足する可能性があります。』
「増やすなよ」
『アクセス推移を観測し、必要に応じて追加します。』
「絶対増やすなよ!」
『次話へ続きます。』
「そこで締めるな!」
その直後、一階の扉を誰かが叩いた。
俺と日記が同時に黙った。
もう夜だ。
女将が店を閉めた後に客が来ることはほとんどない。
「……まさか」
日記を開く。
『既存キャラクターとの再会イベントを開始しました。』
「早いんだよ!」
下から女将の声がした。
「ルーク! ちょっと降りてきな!」
嫌な予感しかしない。
それでも降りる。
これもきっと、実際の人気作を分析した結果としては、自然な展開なのだろう。
この版では、実際に確認できた人気作・年間上位分析の数値を、ノート自身の「検証資料」として本文へ組み込みました。




