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世界改稿日記 ~なろうによる世界破綻~  作者: 黒瀬 量衡


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第十三話 ゴブリンキングを許さない

 ゴブリンキングなんて、まだ一度も見ていなかった。


 なのに日記には、もうそう書かれていた。


『第十三話 ゴブリンキングを許さない』


「いることになってるじゃねえか」


 洞窟の入口で日記を睨む。救出された女冒険者は王都へ運ばれ、俺たちはさらに奥へ進む準備をしていた。捕虜がまだいる可能性がある。それだけなら救出に向かう理由は分かる。だが、ゴブリンキングなんて話は誰からも聞いていない。


 日記に文字が増えた。


『敵対勢力へのヘイト形成が完了しています。』


「だから?」


『通常個体のみでは、決着として弱いと判断されます。』


「決着の強さで敵を増やすなよ」


『集団を率いる上位個体の存在は、既存状況と矛盾しません。』


 俺は顔をしかめた。


 確かにそうだった。これだけのゴブリンがまとまって街道を襲い、人間を巣まで連れ去っている。指揮する個体がいても何もおかしくない。


 つまり、日記がゴブリンキングを突然生み出したわけではない。


 この群れの規模から考えれば、いてもおかしくない。


 だから――いる方を選んだ。


「嫌になるくらい公平だな」


 返事はなかった。


     *


 洞窟の奥には、さらに七人の捕虜がいた。


 二人は死んでいた。


 三人は歩けなかった。


 残り二人も、まともに喋れないほど衰弱していた。


「外へ運べ!」


 冒険者たちが救出に回る。その間にも横穴からゴブリンが出てきた。


「右!」


 誰かが叫ぶ。


 剣が振られ、ゴブリンの頭が割れた。直後、その冒険者の太腿に槍が突き刺さる。


「ぐあっ!」


 現実の戦闘は、順番なんて待ってくれない。


 一匹倒したから一息つけるなんてこともない。血を踏んで滑った男が倒れ、その上へゴブリンが飛びかかる。助けに入った女冒険者の頬が棍棒で潰れた。


「押せ! ここで止まるな!」


 俺も棒を握っていた。


 剣なんて使えない。


 それでも突っ込んできた一匹の腹を思い切り突く。倒れたところを隣の冒険者が斬った。


「坊主! 下がりすぎるな!」


「前にも行きたくないんだけど!」


「俺だって行きたくねえよ!」


 その男は笑った。


 三分後、喉に槍を受けて死んだ。


「……おい」


 さっきまで喋っていた。


 名前すら知らない。


 血を噴きながら倒れ、後ろから来た冒険者に引きずられていく。


 俺は立ち止まりかけた。


「ルーク! 動け!」


 前から声が飛ぶ。


 動いた。


 動くしかなかった。


 前世の小説なら、ゴブリン討伐なんて主人公の初仕事だ。新人でもなんとかなる敵。数が多ければ少し苦戦する。強い個体が出たら主人公の見せ場になる。


 現実では、一匹でも人間を殺す。


 十匹いれば十倍危険なのではない。


 逃げ道を塞ぎ、横から刺し、転んだ人間へ群がる。


「こんなの初心者用の敵じゃねえだろ!」


 叫びながら棒を振った。


     *


 奥の広間へ入った時点で、救援隊は十一人減っていた。


 六人が死亡。


 五人が重傷で後送。


 そして広間には、これまでのゴブリンとは明らかに違うものがいた。


「……あれかよ」


 人間より大きい。


 太い腕。


 傷だらけの身体。


 頭には、どこから奪ったのか金属の兜を無理やり被っている。


 その周りに、さらに二十匹ほど。


「キングだ!」


 誰かが叫んだ。


 日記が胸元で熱くなった。


「今、それやる必要ある?」


 開く余裕なんてない。


 ゴブリンキングが吠えた。


 周囲のゴブリンが一斉に動いた。


「来るぞ!」


 そこから先は、もう滅茶苦茶だった。


 剣。


 槍。


 血。


 叫び。


 腕を切られたゴブリンが、それでも冒険者へ噛みつく。腹を裂かれた男が腸を押さえながら壁にもたれる。その横を別の冒険者が走り抜ける。


 キングが棍棒を振った。


 一人の頭が潰れた。


 本当に。


 兜ごと潰れた。


「うっ……」


 吐きそうになった。


 でも、次は俺だった。


 巨大な棍棒が横から来る。


 避けたつもりだった。


 肩に掠っただけなのに、身体が飛んだ。


「ぐっ!」


 壁にぶつかる。


 息ができない。


 立てない。


「ルーク!」


 誰かが呼んだ。


 知らない声だった。


 キングがこっちを見る。


「いやいやいや……主人公補正とかないのかよ……」


 ない。


 日記は公平だ。


 俺だけ死なないなんて条件は、一度も書いていない。


 キングが近づいてくる。


 その背後から、冒険者三人が飛びかかった。


 一人が脚へ斧を叩き込む。


 一人が背中へ槍を刺す。


 一人が首を狙う。


 キングが振り返った。


 棍棒が一人を吹き飛ばす。


 だが、その隙に俺は立った。


 足元に剣が落ちている。


 拾った。


 重い。


 使い方なんて知らない。


「おおおおお!」


 走った。


 キングの背中へ、ただ突き刺した。


 刃が入った。


 浅い。


「浅っ!」


 振り返られる。


 死んだ。


 そう思った。


 だがキングの足が崩れた。


 さっき斧を受けたところだ。


 膝をつく。


「今だ!」


 冒険者たちが一斉に飛び込んだ。


 剣が刺さる。


 槍が刺さる。


 斧が振り下ろされる。


 俺も剣を押した。


 誰の攻撃が最後だったのか分からない。


 ゴブリンキングは、十人以上に囲まれて滅多刺しにされて死んだ。


「……俺が倒した感じにするなよ」


 肩で息をしながら呟いた。


 英雄的な一騎打ちなんてなかった。


 みんなで囲んで殺した。


 その間にも三人死んだ。


     *


 王都へ戻ったのは夜だった。


 討伐隊の出発人数は四十三人。


 帰ってきたのは二十七人。


 そのうち六人は担架だった。


 捕虜は七人救出。


 死亡確認された捕虜は九人。


 街道で死んでいた者まで含めれば、もっと多い。


 それが今回のゴブリン討伐だった。


「……人気出たか?」


 パン屋の二階で日記を開いた。


『第十三話 ゴブリンキングを許さない』


 その下には、


『強敵撃破。』


『捕虜救出。』


『主人公の初冒険として十分な成果を確認。』


「成果」


 十六人帰ってこなかった。


『前話からのヘイト回収に成功しました。』


「成功」


 九人の捕虜が死んでいた。


『アクセス数が上昇しています。』


「……そうかよ」


 俺は日記を閉じようとした。


 文字が続いた。


『戦闘回として高い評価が予測されます。』


『一方、直近の展開では残酷描写が連続しています。』


「やっと気づいたか」


『読者疲労を避けるため、次話では緩急が必要です。』


「そうだ。それでいい」


 初めて日記と意見が合った気がした。


「日常回にしろ。パン焼くとか、飯食うとか。それでいいんだよ」


 新しい文字が浮かぶ。


『次話では、戦闘後の休息および女性キャラクターとの関係進展を推奨します。』


「……関係進展?」


 嫌な言葉だった。


『また、直近のアクセス傾向から、成人向け要素への需要が高いと予測されます。』


「待て」


『第十四話――生還祝い』


「普通の生還祝いだよな?」


 返事はない。


『ヒロインとの距離を大きく縮める展開が自然です。』


「その“自然”が一番信用できねえんだよ!」


 日記にはさらに、俺が書いていない文章が追加された。


『この形なら、激しい戦闘回の直後に休息と色気を入れることで緩急が生まれ、セリアとの関係を一段進めることができます。また、主人公がようやく日常へ戻れると思わせた直後に、人気最適化による新たな問題を発生させることで、次の破綻にも自然につなげられます。』


「だから構成案まで連載するな!」


 俺は日記を閉じた。


 隣の部屋からセリアの声がした。


「ルーク、帰ってるのか?」


「ああ」


「生きてる?」


「一応」


「なら降りてこい。女将が酒を出してくれるってよ」


 俺は日記を見た。


 生還祝い。


 女性キャラクターとの関係進展。


 成人向け要素。


「……行きたくねえ」


「聞こえてるぞ!」


「行くよ!」


 俺は立ち上がった。


 たぶんこれも、物語としては自然な展開だった。


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