第十二話 『強制的に実行します。』
第十二話 強制イベント
森へ踏み込んで十分もしないうちに、日記が熱を持った。
「……今度は何だ」
走りながら開く。ページには、さっきまでなかった文字が浮かんでいた。
『前話において予定されたイベントが、主人公の介入により十分に成立しませんでした。』
「十分に成立してない?」
『刺激性が不足しています。』
「ふざけんな」
さらに文字が増えた。
『既存プロットとの整合性を維持するため、女冒険者がゴブリンによる凌辱を受ける展開を強制的に実行します。』
足が止まった。
「……強制的?」
今までと違う。
日記は条件を満たすために世界をつないでいた。俺が書いたことを実現し、放っておけば勝手に続きを書いた。それでも、起きる出来事そのものは既存の因果から選んでいるように見えた。
だが今回は違う。
『強制的に実行します。』
「やめろ」
日記に書く。
『誰もゴブリンによる凌辱を受けない。』
文字が光った。
すぐに、その下へ回答が出た。
『既存プロットと競合します。』
「だったらプロットを変えろ!」
『変更すると前話との連続性が低下します。』
「そんなもん知るか!」
『連載品質を維持します。』
「人間より連載を優先するな!」
返事はなかった。
代わりに、森の奥から悲鳴が聞こえた。
「いたぞ!」
前を走っていた冒険者が叫ぶ。
救援隊が一斉にそちらへ向かった。
俺も走った。
木々の向こうに、粗末な柵が見えた。洞窟の入口。その前にゴブリンが何匹もいる。地面には人間の装備が散乱し、血の跡が奥へ続いていた。
「突っ込むぞ!」
冒険者たちが武器を抜く。
戦いになった。
俺は戦える人間じゃない。それでも棒を拾い、救援隊の後ろについて走った。昨日一匹倒したからといって、今日から急に強くなるわけじゃない。
前では剣が振られ、ゴブリンの頭が割れた。
横では冒険者が槍を腹に受けた。
「ぐっ!」
「下がれ!」
血が飛ぶ。
叫び声。
臭い。
前世なら数行で終わるゴブリンの巣攻略が、現実では一歩進むたびに誰かが傷ついていく。
「捕虜を探せ!」
洞窟へ入った。
奥から女の声が聞こえた。
「助けて!」
俺は走った。
角を曲がる。
そこで冒険者の一人に止められた。
「見るな!」
「どけ!」
「待て!」
「まだ生きてるんだろ!」
無理やり腕を振りほどいた。
だが、その先を見た瞬間、足が止まった。
女冒険者がいた。
生きていた。
それだけ確認して、俺は目を逸らした。
何があったかなんて聞く必要はなかった。
「……遅かった」
声が出なかった。
救援隊がゴブリンを倒し、女へ外套を掛ける。
女は震えていた。
「ごめん……」
誰に謝っているのかも分からない。
俺は何も言えなかった。
日記を開く。
『強制イベント実行中』
その文字が消えた。
『完了』
「……お前」
手が震えた。
「これを完了って書くのか」
何も返ってこない。
「俺が止めようとしたからか?」
『否定。』
初めて、すぐ返事が出た。
『主人公の妨害は原因ではありません。』
「じゃあ何でだ!」
『既存プロットに必要なイベントです。』
「必要?」
『前話にて、ゴブリンによる成人女性への被害、救出展開、主人公の怒り、敵対勢力へのヘイト形成が提示されています。』
俺はページを睨んだ。
『未実行のまま終了した場合、提示された展開との乖離が生じます。』
「だから実行した?」
『整合性を維持しました。』
公平だった。
俺を責めているわけじゃない。
女を選んだことにも悪意はない。
ただ、前の話でそういう展開を提示した。
だから回収した。
それだけだった。
「……だったら最初から書くなよ」
『アクセス数低下に対する改善策として選択されました。』
「人間が壊れる方が、アクセスより大事だろ」
日記は答えなかった。
俺がそういう条件を書いたことはないからだ。
洞窟の入口へ戻ると、救出された女が担架に乗せられていた。
目が合った。
俺は何も言えない。
助けたわけじゃない。
間に合わなかった。
むしろ、自分の持っている日記がこれを物語として必要だと判断した。
「……ごめん」
今度は俺が言った。
女には意味が分からない。
当然だ。
担架が運ばれていく。
日記がまた熱くなった。
「まだ何かあるのかよ」
開く。
『読者反応を予測。』
「見るな」
『主人公の怒りへの共感上昇。』
「見るなって言ってるだろ」
『救出対象への同情上昇。』
「黙れ!」
『ゴブリンへのヘイト形成に成功しました。』
俺は日記を地面へ叩きつけた。
「成功じゃねえ!」
森に声が響いた。
冒険者たちが俺を見る。
構わなかった。
これまで俺は、この日記が酷いだけだと思っていた。
違った。
もっと悪い。
こいつは物語としては正しい。
伏線を回収した。
前話からつながった。
読者が怒る相手もできた。
主人公が戦う理由もできた。
次の話への引きまでできた。
完璧だった。
だからこそ最悪だった。
日記のページに、新しい題名が浮かぶ。
『第十三話 ゴブリンキングを許さない』
「……ほらな」
俺は笑った。
笑うしかなかった。
被害者が出た。
敵への怒りが生まれた。
だったら次は、敵の親玉を倒す。
なろうなら自然な展開だ。
あまりにも自然すぎて、吐き気がした。
この形なら、「ノートが人気のために強制的にテンプレを回収する」という一段階危険な能力へ進められます。




