第十一話 『女冒険者がゴブリンによる凌辱を受ける展開を挿入します。』
救援隊へ戻る途中、胸元の日記が熱くなった。
「……今度は何だよ」
嫌な予感しかしない。路地の脇へ入り、日記を開く。昨日までは俺が開かなければ勝手に文字が増えているだけだったのに、今はページそのものが熱を持っていた。
『アクセス数の減少を確認しました。』
「アクセス数?」
俺は固まった。
『直近の戦闘展開に対する初動は良好でしたが、継続率が低下しています。』
「待て。誰がアクセスしてるんだ」
答えはない。
代わりに次の文章が浮かんだ。
『刺激の追加が必要です。』
「いらない」
『成人女性キャラクターへの危機展開が有効と予測されます。』
「いらないって」
文字が止まった。
一瞬だけ、聞いたのかと思った。
そして。
『女冒険者がゴブリンによる凌辱を受ける展開を挿入します。』
「は?」
頭が真っ白になった。
「……は?」
もう一度読んだ。
意味は変わらない。
「ふざけんな!」
日記を地面へ叩きつけた。
閉じても駄目だった。蹴っても当然何も変わらない。拾い上げてページを破ろうとしたが、紙はびくともしなかった。
「誰がそんなもん読みたいんだよ!」
『高い関心が予測されます。』
「だからって現実でやるな!」
俺の声が路地に響いた。
通りを歩いていた人間がこちらを見る。構っていられなかった。
女冒険者。
真っ先に浮かんだのはセリアだった。
今のこの話に登場している女冒険者は、あいつだ。
脚を折っている。
肩の肉まで抉られている。
まともに戦えない。
「まさか……」
俺は走った。
救援隊とは逆。
パン屋へ。
息を切らして戻ると、女将が焼け残った棚を外へ運んでいた。
「何だい、もう行ったんじゃ――」
「セリアは!」
「二階だけど」
階段を駆け上がる。
扉を開ける。
「セリア!」
「うおっ!?」
セリアは寝台に座り、脚の包帯を巻き直していた。
「なんだよ!」
「いるな!」
「見れば分かるだろ!」
生きている。
無事だ。
「……よかった」
「何なんだ、本当に」
俺は壁へ手をつき、息を整えた。
その間にも日記は俺の手の中で熱い。
「セリア」
「なんだ」
「今日は絶対にここから出るな」
「は?」
「扉も閉めろ。窓にも近づくな。誰が来ても下へ降りるな」
「何がある」
「説明できない」
「それで従うと思うか?」
「頼む」
セリアが黙った。
俺の顔をしばらく見て、表情を変えた。
「……分かった」
「女将にも言っておく」
「ルーク」
「何だ?」
「お前、南街道へ行くんだろ」
「ああ」
「気をつけろ」
「お前がな」
階段を下りながら、日記を開いた。
『女冒険者がゴブリンによる凌辱を受ける展開を挿入します。』
まだ残っている。
その下へ自分で書いた。
『セリアは今日一日、ゴブリンから一切危害を受けない。』
文字が光った。
『改稿を開始します。』
「よし」
これでいい。
条件を指定した。
日記は書いたことを守る。
セリアは無事だ。
俺は救援隊へ向かった。
*
南街道は酷い有様だった。
荷馬車が三台横転し、道には荷物と死体が散らばっている。護衛の冒険者たちは既に何人も倒れていた。首を裂かれた男、腹を槍で貫かれた男、馬車の下敷きになった御者。
「生存者を探せ!」
救援隊が散る。
俺も荷物をどけ、馬車の下を覗き込んだ。
「誰かいるか!」
返事がない。
別の馬車へ向かおうとしたとき、森の方から声がした。
「いたぞ!」
冒険者たちが走る。
俺も後を追った。
木々の間にゴブリンの死体が転がっている。その先に、一人の女がいた。
冒険者だった。
成人した女。
鎧は壊れ、身体中に血と泥がこびりつき、目は開いているのに何も見ていないようだった。
生きてはいた。
だが、周囲の冒険者たちの顔を見れば、何があったのか聞く必要はなかった。
「……嘘だろ」
俺は日記を開いた。
『セリアは今日一日、ゴブリンから一切危害を受けない。』
その下には、
『進行中』
とあった。
「違う……」
俺は書いた。
セリア、と。
セリアだけを。
日記は守った。
セリアには何も起きていない。
その代わりでもない。
日記は誰かを身代わりにしたわけでもない。
俺が禁止したのは、セリアへの被害だけだった。
そして南街道には、最初から別の女冒険者がいた。
既存の襲撃。
既存のゴブリン。
既存の成人女性。
既に成立していた状況の中から、日記は条件に抵触しない展開を選んだだけだった。
『既存事象との整合性を確認。』
「……公平なんだな」
手が震えた。
「本当に、書いてないことには何もしないんだな」
日記から返事はない。
救援隊の一人が、自分の外套を女へ掛けた。
「王都へ運ぶぞ」
「ああ」
「他にも捕まってる奴がいるかもしれん!」
冒険者たちが森の奥へ走っていく。
俺も行かなければならない。
なのに足が動かなかった。
前世なら、こういう展開を見たことがある。
ゴブリン。
捕虜になった女冒険者。
悲惨な目に遭うヒロイン。
主人公が救出する。
敵への怒りが高まり、話が盛り上がる。
俺だって、そんな展開を読んだことがある。
何ならAIに書かせたことすらあったかもしれない。
「……文字だったから読めたんだな」
目の前では、一人の人間が震えている。
これが「展開」なのか。
これが「アクセス数を稼ぐイベント」なのか。
日記に新しい文字が浮かんだ。
『読者関心の上昇を確認。』
「黙れ」
『救出展開への期待値が上昇しています。』
「黙れ!」
『次話――ゴブリンの巣』
俺は日記を閉じた。
森の奥から悲鳴が聞こえた。
救援隊の誰かが叫ぶ。
「巣があるぞ!」
俺は顔を上げた。
今さら驚かなかった。
襲われた馬車。
連れ去られた人間。
ゴブリンの巣。
そこへ救出に向かう主人公。
嫌になるほど自然な次の展開だった。
「……人気が欲しいなら、俺だけ酷い目に遭わせろよ」
日記は何も答えない。
そんな条件は、どこにも書かれていなかった。
次からは、この「アクセス数」「継続率」「読者関心」がノートに明示され、**主人公自身が“人気が落ちると次の惨事が来る”と理解していく**構造にすると、さらに作品の軸が強くなります。




