↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界改稿日記 ~なろうによる世界破綻~  作者: 黒瀬 量衡


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/125

第十話 店が燃えたので冒険者になります

「金貨十二枚」


「……もう一回」


「だから、ちゃんと直すなら金貨十二枚だよ」


 翌朝、焼けた店を見に来た大工はそう言った。


 俺は黒焦げになった壁を見た。昨日の魔物騒ぎで扉は吹き飛び、床は焼け、棚も窯の周りも酷い有様になっている。それでも半分くらいは残っているのだから、俺はせいぜい銀貨何十枚かと思っていた。


「金貨十二枚って、パン何個売ればいいんだ?」


「考えない方がいいね」


 女将が言った。


「考えないと払えないだろ!」


「だから困ってるんじゃないかい」


 魔物の死体をギルドへ売った金と、被害に対する見舞金は出るらしい。それでも到底足りない。俺が銀貨一枚を欲しがった翌日に十七人死に、その次の日には一人死んで店が半焼し、結果として金貨十二枚の借金みたいなものが残った。


 銀貨一枚なんか欲しがるんじゃなかった。


「私の金を使え」


 二階から降りてきたセリアが言った。右脚にはまだ添え木があり、杖をついている。


「あるのか?」


「少しはな。九年冒険者やってたんだ」


「じゃあ、それで――」


「ギルドに預けてた分は、治療代と装備の弁償でほとんど飛んだ」


「ないじゃねえか!」


「少しはあると言っただろ。全部あるとは言ってない」


 女将がため息をついた。


「ルーク、あんたは金のことなんか気にしなくていいよ。店はあたしの店だ」


「俺が燃やしたんだけど」


「魔物が燃やしたんだろ」


「油撒いたの俺なんだけど」


「撒いたんじゃなくて落としたんだろ」


「余計悪い!」


 俺は頭を抱えた。


 そのとき、二階に置いてきた日記が気になった。


 嫌な予感がする。


 ものすごく嫌な予感がする。


 部屋へ上がり、開く。


『第十話 店が燃えたので冒険者になります』


「まだ決めてないからな」


 その下には、すでに文章が増えていた。


『生活拠点の修復には多額の資金が必要となった。』


「ああ」


『主人公は前話においてダンジョン由来の魔物を討伐している。』


「女将とセリアもな」


『冒険者セリアとの関係が成立している。』


「成立って言い方やめろ」


『冒険者ギルドとの接点も成立済みである。』


「……」


『以上より、店の修理代を稼ぐため主人公が冒険者となる展開が自然です。』


 俺は日記を閉じた。


 もう一度開いた。


 当然、消えていなかった。


「構成案を本文に書くなよ!」


 下から女将の声が飛んできた。


「何騒いでんだい!」


「人生の進路を勝手に決められてる!」


「元気なら瓦礫運びな!」


「はい!」


     *


 その日の午後、俺は冒険者ギルドの前にいた。


「……来てしまった」


「自然な展開なんだろ?」


 隣でセリアが笑った。


「お前に日記のこと話してないよな?」


「朝から『自然な展開じゃねえ!』って十回くらい叫んでたぞ」


「忘れてくれ」


「無理だ」


 結局、俺自身が考えても冒険者になるのが一番手っ取り早かった。


 農民の三男に金貨十二枚を稼げる仕事なんてほとんどない。パン屋で何年も働けば別だろうが、それでは店を直せない。一方、冒険者なら危険な依頼ほど報酬が高い。


 そして俺は昨日、魔物を一匹倒した。


 正確には、俺が口へ燃えた薪を突っ込み、セリアが短剣を投げ、女将が鍋で撲殺した。


 どこからどう見ても英雄ではない。


 だが討伐は討伐だった。


「登録したからって、すぐ危険な依頼を受ける必要はないんだろ?」


「ああ。最初は雑用だ」


「採集とか?」


「荷運び、薬草、下水掃除、害獣駆除」


「それでいい。それがいい」


 俺は強く言った。


「絶対にそれでいい」


「なんで三回言った?」


「大事だからだ」


 ギルドへ入る。


 昨日とは違い、床の血は洗い流されていた。


 だが壁際にはまだ大量の荷物が積まれている。剣、盾、鎧、鞄。持ち主が死んだ装備だ。


 受付の横では、中年の女と小さな子供が泣いていた。


「夫の剣だけでも……」


「確認が終わるまでお渡しできません」


「死んだんでしょう!」


「規則ですので」


 俺は目を逸らした。


 十七人。


 ただの数字じゃない。


 一人死ねば、家族が残る。


 俺が前世で読んでいた小説では、冒険者が十人死のうが百人死のうが、「多数の犠牲が出た」の一行で終わることもあった。


 現実では終わらない。


「登録か?」


 受付の男に聞かれた。


「あ、はい」


「名前」


「ルーク」


「年齢」


「十六」


「戦闘経験」


「……昨日、魔物を一匹」


 受付の男が顔を上げた。


「昨日?」


「パン屋に入ってきたやつだ」


 セリアが横から言った。


「ああ、あれか」


 一気に話が通った。


「なら仮査定をやる。全くの素人扱いにはできん」


「いや、素人扱いでいいです」


「実戦討伐歴がある者を最低等級から始めると、依頼配分がおかしくなる」


「最低でいいです」


「規則だ」


「なんでこういうところだけちゃんとしてるんだよ……」


 木札を渡された。


 訓練場へ行けと言われる。


 嫌な流れだった。


 ものすごく、なろうっぽい。


「セリア」


「なんだ?」


「冒険者登録すると、先輩冒険者が絡んできたりする?」


「たまにいるな」


「模擬戦を挑まれたり?」


「ある」


「受付で才能が判明したり?」


「何の話だ?」


「いや、いい」


 帰ろうかな。


 本気でそう思った。


 その瞬間、ギルドの入口が開いた。


「どけ! 重傷者だ!」


 担架が三つ運び込まれてきた。


 一つ目の男は顔の半分がなかった。


 二つ目の女は腹を押さえていたが、指の隙間から血が溢れている。


 三つ目には布がかかっていた。


「また東か?」


「違う! 南街道だ! ゴブリンの群れが出た!」


 ギルドの空気が変わった。


「数は!」


「分からん! 護衛隊が半分やられた! 馬車がまだ残ってる!」


 受付の男が立ち上がった。


「動ける奴は集まれ! 救援依頼だ!」


 冒険者たちが一斉に動き出す。


 俺だけが、その場で固まっていた。


「……いや」


 まだ登録すら終わっていない。


「俺、今日は薬草採集とかする予定だったんだけど」


 誰にも聞こえなかった。


 セリアが俺を見る。


「ルーク」


「行かないぞ」


「私はこの脚じゃ行けない」


「だから俺を見るな」


「お前も行く必要はない」


「だよな!」


 ほっとした。


 受付の男が俺を見た。


「昨日魔物を倒したと言ったな?」


「言ってません」


「言った」


「忘れてください」


「戦える奴が足りない。荷運びだけでもいい。救援隊についてこい」


「ほら来た!」


「何がだ!」


 俺は頭を抱えた。


 店が燃れた。


 修理代が必要になった。


 冒険者になる。


 登録初日に緊急依頼。


 ゴブリンに襲われた馬車。


 前世で何回読んだ?


「自然すぎるんだよ!」


 俺は叫んだ。


 周りの冒険者が変な顔をした。


     *


 出発まで少し時間があると言われ、俺はパン屋へ走って戻った。


 日記を開く。


『第十話 店が燃えたので冒険者になります』


 その下に、新しい文章があった。


『主人公が冒険者ギルドを訪れたところ、偶然にも緊急依頼が発生した。』


「偶然って自分で書くな」


『登録直後の実戦は、主人公の能力と資質を読者へ提示するうえで効果的です。』


「俺の能力は日記だよ!」


『現時点では公開できないため、別の活躍が必要です。』


「初めてまともに返事しやがった!」


 文字が続く。


『また、前話から戦闘要素への関心が上昇しています。』


「だからってゴブリン出すなよ」


『ゴブリンは既存生物です。』


「そういう問題じゃない」


 さらに一行。


『南街道におけるゴブリン襲撃は、日記による新規生成ではありません。』


 俺の手が止まった。


「……元から起きてた?」


『既存事象です。』


 まただ。


 日記は事件を起こしていない。


 少なくとも、そう読める。


 現実のどこかでは、俺と関係なく盗賊も魔物も人間を襲っている。日記は、その中から今の展開に使えるものを拾ってくる。


 俺がパン屋の倅になったからパン屋を使った。


 ダンジョン事故があったから生き残った魔物を使った。


 冒険者になったから、今度はたまたま起きているゴブリン襲撃を使う。


「公平なんだよな、お前」


 返事はない。


「俺のためにゴブリンを出したわけじゃない。ただ、出てるゴブリンがいるから俺をそこに突っ込む」


『整合しています。』


「最悪だよ」


 その下に題名が浮かんだ。


『第十一話 ゴブリンに襲われる美少女』


「……」


 俺はしばらく見つめた。


「やめろ」


 文字は消えない。


「絶対、護衛全滅してるだろ、それ」


 日記は答えなかった。


 答える必要がないのだろう。


 もう南街道では、誰かが血を流している。


 俺が行こうが行くまいが。


 ただ、俺が行けば――それが次の話になる。


「……店の修理代を稼ぐだけだったんだけどな」


 日記を閉じ、俺は救援隊へ戻った。


 たぶん、これも自然な展開なのだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。