第十話 店が燃えたので冒険者になります
「金貨十二枚」
「……もう一回」
「だから、ちゃんと直すなら金貨十二枚だよ」
翌朝、焼けた店を見に来た大工はそう言った。
俺は黒焦げになった壁を見た。昨日の魔物騒ぎで扉は吹き飛び、床は焼け、棚も窯の周りも酷い有様になっている。それでも半分くらいは残っているのだから、俺はせいぜい銀貨何十枚かと思っていた。
「金貨十二枚って、パン何個売ればいいんだ?」
「考えない方がいいね」
女将が言った。
「考えないと払えないだろ!」
「だから困ってるんじゃないかい」
魔物の死体をギルドへ売った金と、被害に対する見舞金は出るらしい。それでも到底足りない。俺が銀貨一枚を欲しがった翌日に十七人死に、その次の日には一人死んで店が半焼し、結果として金貨十二枚の借金みたいなものが残った。
銀貨一枚なんか欲しがるんじゃなかった。
「私の金を使え」
二階から降りてきたセリアが言った。右脚にはまだ添え木があり、杖をついている。
「あるのか?」
「少しはな。九年冒険者やってたんだ」
「じゃあ、それで――」
「ギルドに預けてた分は、治療代と装備の弁償でほとんど飛んだ」
「ないじゃねえか!」
「少しはあると言っただろ。全部あるとは言ってない」
女将がため息をついた。
「ルーク、あんたは金のことなんか気にしなくていいよ。店はあたしの店だ」
「俺が燃やしたんだけど」
「魔物が燃やしたんだろ」
「油撒いたの俺なんだけど」
「撒いたんじゃなくて落としたんだろ」
「余計悪い!」
俺は頭を抱えた。
そのとき、二階に置いてきた日記が気になった。
嫌な予感がする。
ものすごく嫌な予感がする。
部屋へ上がり、開く。
『第十話 店が燃えたので冒険者になります』
「まだ決めてないからな」
その下には、すでに文章が増えていた。
『生活拠点の修復には多額の資金が必要となった。』
「ああ」
『主人公は前話においてダンジョン由来の魔物を討伐している。』
「女将とセリアもな」
『冒険者セリアとの関係が成立している。』
「成立って言い方やめろ」
『冒険者ギルドとの接点も成立済みである。』
「……」
『以上より、店の修理代を稼ぐため主人公が冒険者となる展開が自然です。』
俺は日記を閉じた。
もう一度開いた。
当然、消えていなかった。
「構成案を本文に書くなよ!」
下から女将の声が飛んできた。
「何騒いでんだい!」
「人生の進路を勝手に決められてる!」
「元気なら瓦礫運びな!」
「はい!」
*
その日の午後、俺は冒険者ギルドの前にいた。
「……来てしまった」
「自然な展開なんだろ?」
隣でセリアが笑った。
「お前に日記のこと話してないよな?」
「朝から『自然な展開じゃねえ!』って十回くらい叫んでたぞ」
「忘れてくれ」
「無理だ」
結局、俺自身が考えても冒険者になるのが一番手っ取り早かった。
農民の三男に金貨十二枚を稼げる仕事なんてほとんどない。パン屋で何年も働けば別だろうが、それでは店を直せない。一方、冒険者なら危険な依頼ほど報酬が高い。
そして俺は昨日、魔物を一匹倒した。
正確には、俺が口へ燃えた薪を突っ込み、セリアが短剣を投げ、女将が鍋で撲殺した。
どこからどう見ても英雄ではない。
だが討伐は討伐だった。
「登録したからって、すぐ危険な依頼を受ける必要はないんだろ?」
「ああ。最初は雑用だ」
「採集とか?」
「荷運び、薬草、下水掃除、害獣駆除」
「それでいい。それがいい」
俺は強く言った。
「絶対にそれでいい」
「なんで三回言った?」
「大事だからだ」
ギルドへ入る。
昨日とは違い、床の血は洗い流されていた。
だが壁際にはまだ大量の荷物が積まれている。剣、盾、鎧、鞄。持ち主が死んだ装備だ。
受付の横では、中年の女と小さな子供が泣いていた。
「夫の剣だけでも……」
「確認が終わるまでお渡しできません」
「死んだんでしょう!」
「規則ですので」
俺は目を逸らした。
十七人。
ただの数字じゃない。
一人死ねば、家族が残る。
俺が前世で読んでいた小説では、冒険者が十人死のうが百人死のうが、「多数の犠牲が出た」の一行で終わることもあった。
現実では終わらない。
「登録か?」
受付の男に聞かれた。
「あ、はい」
「名前」
「ルーク」
「年齢」
「十六」
「戦闘経験」
「……昨日、魔物を一匹」
受付の男が顔を上げた。
「昨日?」
「パン屋に入ってきたやつだ」
セリアが横から言った。
「ああ、あれか」
一気に話が通った。
「なら仮査定をやる。全くの素人扱いにはできん」
「いや、素人扱いでいいです」
「実戦討伐歴がある者を最低等級から始めると、依頼配分がおかしくなる」
「最低でいいです」
「規則だ」
「なんでこういうところだけちゃんとしてるんだよ……」
木札を渡された。
訓練場へ行けと言われる。
嫌な流れだった。
ものすごく、なろうっぽい。
「セリア」
「なんだ?」
「冒険者登録すると、先輩冒険者が絡んできたりする?」
「たまにいるな」
「模擬戦を挑まれたり?」
「ある」
「受付で才能が判明したり?」
「何の話だ?」
「いや、いい」
帰ろうかな。
本気でそう思った。
その瞬間、ギルドの入口が開いた。
「どけ! 重傷者だ!」
担架が三つ運び込まれてきた。
一つ目の男は顔の半分がなかった。
二つ目の女は腹を押さえていたが、指の隙間から血が溢れている。
三つ目には布がかかっていた。
「また東か?」
「違う! 南街道だ! ゴブリンの群れが出た!」
ギルドの空気が変わった。
「数は!」
「分からん! 護衛隊が半分やられた! 馬車がまだ残ってる!」
受付の男が立ち上がった。
「動ける奴は集まれ! 救援依頼だ!」
冒険者たちが一斉に動き出す。
俺だけが、その場で固まっていた。
「……いや」
まだ登録すら終わっていない。
「俺、今日は薬草採集とかする予定だったんだけど」
誰にも聞こえなかった。
セリアが俺を見る。
「ルーク」
「行かないぞ」
「私はこの脚じゃ行けない」
「だから俺を見るな」
「お前も行く必要はない」
「だよな!」
ほっとした。
受付の男が俺を見た。
「昨日魔物を倒したと言ったな?」
「言ってません」
「言った」
「忘れてください」
「戦える奴が足りない。荷運びだけでもいい。救援隊についてこい」
「ほら来た!」
「何がだ!」
俺は頭を抱えた。
店が燃れた。
修理代が必要になった。
冒険者になる。
登録初日に緊急依頼。
ゴブリンに襲われた馬車。
前世で何回読んだ?
「自然すぎるんだよ!」
俺は叫んだ。
周りの冒険者が変な顔をした。
*
出発まで少し時間があると言われ、俺はパン屋へ走って戻った。
日記を開く。
『第十話 店が燃えたので冒険者になります』
その下に、新しい文章があった。
『主人公が冒険者ギルドを訪れたところ、偶然にも緊急依頼が発生した。』
「偶然って自分で書くな」
『登録直後の実戦は、主人公の能力と資質を読者へ提示するうえで効果的です。』
「俺の能力は日記だよ!」
『現時点では公開できないため、別の活躍が必要です。』
「初めてまともに返事しやがった!」
文字が続く。
『また、前話から戦闘要素への関心が上昇しています。』
「だからってゴブリン出すなよ」
『ゴブリンは既存生物です。』
「そういう問題じゃない」
さらに一行。
『南街道におけるゴブリン襲撃は、日記による新規生成ではありません。』
俺の手が止まった。
「……元から起きてた?」
『既存事象です。』
まただ。
日記は事件を起こしていない。
少なくとも、そう読める。
現実のどこかでは、俺と関係なく盗賊も魔物も人間を襲っている。日記は、その中から今の展開に使えるものを拾ってくる。
俺がパン屋の倅になったからパン屋を使った。
ダンジョン事故があったから生き残った魔物を使った。
冒険者になったから、今度はたまたま起きているゴブリン襲撃を使う。
「公平なんだよな、お前」
返事はない。
「俺のためにゴブリンを出したわけじゃない。ただ、出てるゴブリンがいるから俺をそこに突っ込む」
『整合しています。』
「最悪だよ」
その下に題名が浮かんだ。
『第十一話 ゴブリンに襲われる美少女』
「……」
俺はしばらく見つめた。
「やめろ」
文字は消えない。
「絶対、護衛全滅してるだろ、それ」
日記は答えなかった。
答える必要がないのだろう。
もう南街道では、誰かが血を流している。
俺が行こうが行くまいが。
ただ、俺が行けば――それが次の話になる。
「……店の修理代を稼ぐだけだったんだけどな」
日記を閉じ、俺は救援隊へ戻った。
たぶん、これも自然な展開なのだろう。




