第百十八話 『原型リサのスライム化――十二日前に発生済み。』
翌朝、日記帳を開くと、昨日更新されたキャラクター一覧の下に新しい文章が増えていた。
『リサ関連展開を再評価します。』
「……リサ?」
『現状。スライム討伐を反復。精神状態――安定。主人公との関係――停滞。社会影響――限定的。』
嫌な書き方だった。
『他主要キャラクターとの世界影響度差が拡大しています。』
『セリナ――情報生命種へ移行。』
『マルタ――肉鎧集団形成。』
『サラ――寄生人口拡大。』
『エリナ――人体と機械の相互置換。』
『ティナ――交雑系新人類形成。』
『レナ――社会制度改変。』
『リサ――スライム討伐を継続。』
『相対的キャラクター利用効率――低下。』
「……だからって」
返事はない。
『リサとスライムの継続接触回数は十分です。長期間にわたる討伐、変異個体との接触、魔力汚染、体液付着等により、融合条件は既に成立していました。』
「融合?」
文字はそのまま続いた。
『原型リサのスライム化――十二日前に発生済み。』
「……は?」
十二日前。
思わず。
日付を。
数えた。
十二日前なら。
その後も。
リサは。
店へ来ている。
『変化過程を複数話使用して描写する必要性――低。』
『既存の身体変化ヒロインとの展開重複が大きいため、中間経過を省略しました。』
「省略……?」
人間が。
スライムになった。
それを。
省略した。
『主要展開は、スライム化そのものではありません。』
『スライムを憎むリサ自身がスライムになった後の行動を主要展開とします。』
その下に。
新しい文章。
『融合後、リサは自身をスライムと認識。』
『受容――失敗。』
『自己嫌悪――強。』
『自己個体をスライム殲滅対象として認識。』
「……」
リサは。
スライムを。
ずっと。
殺していた。
怒りを。
憎しみを。
全部。
そこへ。
向けていた。
それなのに。
自分が。
同じものになった。
『原型個体は自身を消滅させようとしました。』
喉が。
詰まった。
『結果。』
『分裂。』
「……」
『スライム特性により、身体損壊は死亡ではなく複数個体への分離として処理されました。』
『一個体――二個体。』
『二個体とも、リサ由来の記憶、人格、スライムへの憎悪を保持。』
『両個体とも自身をスライムと認識。』
『両個体とも自己個体を殲滅対象として認識。』
『再度、自己消滅を試行。』
『結果――再分裂。』
俺は。
ページから。
目を。
離せなかった。
『二個体――四個体。』
『四個体――さらに分裂。』
『現在、原型個体の特定は困難です。』
「……本物は?」
答えはない。
『全個体が自身をリサと認識しています。』
それだけ。
*
『追加特性。』
『融合後のリサ系個体は、損壊時のみではなく通常状態でも小型個体を生成します。』
「増えるのかよ……」
『新生個体も、リサ由来の自我、記憶断片、スライムへの敵意を保持。』
『各個体は周辺スライムを発見すると殲滅行動を開始。』
『戦闘によって個体損壊。』
『個体損壊によって分裂。』
『分裂個体も周辺スライムを殲滅。』
『通常スライム個体数――減少。』
『リサ系スライム個体数――増加。』
何度。
読んでも。
おかしい。
スライムを。
殺している。
でも。
スライムが。
増えている。
『スライム殲滅行動そのものが、リサ系統の増殖行動として機能しています。』
「……そんな」
本人は。
減らしたい。
殺したい。
自分自身まで。
許せない。
なのに。
それを。
続ければ。
続けるほど。
増える。
『本人がスライム化を受容した場合、自己殲滅頻度が低下し、増殖速度も低下します。』
嫌な予感がした。
『現在の自己嫌悪およびスライムへの敵意は、系統拡大に有効です。』
「……」
『人格状態――維持推奨。』
手が。
震えた。
治せるかもしれない。
受け入れられるように。
助けられるかもしれない。
でも。
日記にとっては。
苦しんでいた方が。
増える。
*
『直近の主人公周辺への影響を補足します。』
また。
嫌な文章だった。
『パン屋来店個体について。』
「……」
『十二日前以降、原型リサの来店記録は確認できません。』
息が。
止まった。
『直近十四日間にパン屋へ来店したリサ――分裂個体。』
「……あれが?」
六個。
パンを。
買った。
『今日もスライム?』
『うん。』
そう。
答えた。
いつもの。
リサだった。
『外見――原型個体と高い一致。』
『記憶――共有部分あり。』
『人格傾向――一致。』
『スライムへの敵意――一致。』
『本人認識――リサ。』
『日常生活上の識別――困難。』
偽物。
じゃない。
本人も。
自分を。
リサだと。
思っている。
『来店個体一。分裂個体。』
『来店個体二。分裂個体。』
『来店個体三。同一個体か別個体か判定不能。』
「……」
俺は。
今まで。
何人の。
リサと。
話していた。
『同時刻帯に王都東門、旧地下水路、北部街道でもリサ系個体を確認。』
同じ時間に。
別の場所。
『活動範囲――拡大中。』
『王都外への個体流出――開始。』
『通常スライム生息域への自発的移動――確認。』
スライムが。
いるから。
そこへ。
行く。
そこで。
殺す。
増える。
また。
別の場所へ。
行く。
『生態置換が進行しています。』
その言葉が。
妙に。
重かった。
『従来スライム――減少。』
『リサ系スライム――増加。』
『一部地域では、スライムという種群そのものがリサ系統へ置換され始めています。』
*
夕方。
パン屋の扉が開いた。
「六個」
声を聞いた瞬間。
俺は。
動けなかった。
リサだった。
いつもの。
顔。
いつもの。
服。
少し。
疲れたような目。
「ルーク?」
「……リサ?」
「何?」
「いや」
何を。
聞けばいい。
本物か。
そんなこと。
聞いて。
何になる。
「今日もスライム?」
「うん」
同じ。
答え。
「どこ?」
「東」
「昨日は?」
「地下」
「一昨日は?」
リサが。
少し。
首を傾げた。
「知らない」
「……知らない?」
「私は行ってない」
俺は。
何も。
言えなかった。
別の。
リサが。
行った。
「パン」
「ああ」
六個。
袋へ。
入れる。
リサは。
金を。
払った。
「ありがとう」
「リサ」
「何?」
口まで。
出た。
お前は。
本物なのか。
でも。
言えなかった。
目の前の。
リサは。
本気で。
リサだった。
「……気をつけて」
「うん」
それだけ。
リサは。
店を。
出ていった。
女将が。
奥から。
顔を出した。
「どうしたんだい?」
「何でもない」
「変な顔してたよ」
「……うん」
外を見る。
もう。
リサは。
見えない。
でも。
王都の。
どこかには。
別の。
リサが。
いる。
*
夜。
日記帳には。
最後の整理が。
追加されていた。
『リサ。』
『旧分類――成人女性魔術師。』
『旧役割――スライム殲滅。』
『現分類――リサ系スライム群。』
『個体数――計測困難。』
『全個体にスライムへの強い敵意あり。』
『全個体が自身をリサと認識。』
『自己個体もスライムであるため、自己殲滅対象に含む。』
『自己殲滅――分裂増殖へ変換。』
『通常状態――新規個体生成あり。』
『通常スライム殲滅――リサ系統置換へ変換。』
『生態影響――拡大中。』
俺は。
昨日の。
キャラクター一覧を。
思い出した。
女将。
ミレア。
マルタ。
サラ。
エリナ。
ティナ。
セリナ。
みんな。
一人から。
何か。
もっと。
大きなものへ。
変わっていく。
そして。
リサも。
『急展開に見える原因。』
最後に。
それが。
書かれた。
『十二日分の中間過程を本文から省略したためです。』
「……」
『物語上重要なのは、リサがスライムになる過程ではありません。』
『スライムを憎むリサが、スライムとして増え続ける結果です。』
俺は。
しばらく。
その二行を。
見ていた。
十二日。
その間も。
パン屋は。
普通に。
開いていた。
リサも。
普通に。
来ていた。
俺は。
何も。
気づかなかった。
『今後、変化過程の詳細描写は不要。』
『リサ系統による生態置換を継続します。』
俺は。
日記帳を。
閉じた。
世界は。
急に。
変わったんじゃない。
俺が。
見ていないところを。
日記が。
書かなかっただけだった。




