第百二話 身体を奪われても機械で直せるようになりました
「ルーク。どう?」
振り向いて。
一瞬。
誰か分からなかった。
「……エリナ?」
「うん」
前より。
人間に見える。
腕の表面は金属じゃない。肌に似た外装へ変わっている。指も関節の継ぎ目がほとんど見えない。片方だけ人工的だった目も、遠目では普通の目と区別がつかない。頬も柔らかくなった。歩き方も、人形みたいな一定の動きではなくなっている。
「また替えたの?」
「うん」
「どこを?」
「いっぱい」
エリナが両手を広げる。
「前より人っぽいでしょ」
「……うん」
「よかった」
笑う。
その笑い方まで。
昔に近づいていた。
「感情も戻ってきた?」
「少しずつ」
「嬉しい?」
「うん。これは結構嬉しい」
自分の頬へ触れる。
「触った感じも、前より近い」
「人間に戻れる?」
聞いてから。
エリナは少し考えた。
「戻る、とは違うと思う」
「違う?」
「私、人間の身体に戻ってるんじゃないよ」
指。
腕。
顔。
胸元。
順番に。
自分の身体を見る。
「機械人形の身体を、人間に近づけてる」
見た目は。
逆だった。
助けた時より。
ずっと。
人間に見える。
でも。
中身は。
もっと複雑になっている。
「これも部品?」
「そう」
「……どこから?」
「いろいろ」
それ以上。
聞かなかった。
*
身体狩り。
いつの間にか。
そう呼ばれるようになっていた。
眠っている間に。
身体の一部を失う。
目。
耳。
皮膚。
指。
髪。
もっと。
大きな部分。
何を取られるのか。
誰が取るのか。
分からない。
ただ。
被害だけが。
増えていた。
でも。
今度は。
別の噂が増え始めた。
「見える?」
「……見える」
施療院。
片目を失った女が。
何度も。
瞬きをしていた。
「本当に?」
「はい」
医師が。
小さな灯りを動かす。
「これを追って」
女の目が。
動く。
人間の目ではない。
小さな人工感覚器。
機械人形の技術を応用して作られたものだった。
「見える……」
女が泣いた。
「見える!」
「完全に以前と同じではありません」
「いい!」
泣きながら。
笑う。
「見えるならいい!」
身体狩りで。
失った目。
戻ってはいない。
でも。
代わりが。
入った。
*
別の町では。
右足の親指を失った男が。
新しい指をつけていた。
「歩ける」
「違和感は?」
「ある」
「痛みは?」
「ない」
地面へ。
足をつける。
歩く。
少し。
ぎこちない。
でも。
転ばない。
「これ」
男が。
機械の指を見る。
「本物じゃないんだよな」
「はい」
「でも動く」
「はい」
「じゃあ」
何度か。
踏み込む。
「まあ、いいか」
その隣では。
頭皮の一部を失った女が。
人工皮膜をつけてもらっていた。
髪まで。
生えているように見える。
「分からない」
「何が?」
「鏡見ても」
女が。
自分の頭へ触れる。
「どこから偽物か分からない」
「感覚は?」
「ある」
「それなら成功です」
女は。
しばらく。
鏡を見て。
「……よかった」
呟いた。
*
身体狩りが増えるほど。
機械人形の技術も。
広がった。
失ったものを。
そのままにはしない。
人工の目。
人工の指。
人工の耳。
人工皮膚。
人工関節。
もっと。
大きな機械部品。
以前なら。
一生。
失ったままだった。
今は。
交換できる。
完全ではない。
元通りでもない。
でも。
生活できる。
歩ける。
見える。
聞こえる。
触れる。
そのため。
身体狩りを恐れる人間ほど。
機械部品を求めた。
「もし取られても直せる」
そんな言葉まで。
出始めた。
「保険みたいなものか」
「嫌な保険だな」
「でもないよりいい」
「そうだけど」
機械部品を作る工房が増えた。
施療院が。
人工部品の適合検査を始めた。
魔道具師が。
人間の身体を研究した。
義手。
義足。
義眼。
それだけじゃない。
以前なら。
触れなかったところまで。
交換できるようになっていった。
*
「エリナ」
「何?」
「それ」
新しい腕。
肌。
爪。
温度まで。
前より。
人間に近い。
「機械なんだよね?」
「うん」
「じゃあ何で温かいの?」
「その方が便利だから」
「便利?」
「人って、冷たい手で触られると嫌がるでしょ」
「……まあ」
「だから」
俺の手を。
握る。
温かい。
「こうした」
「感覚も?」
「あるよ」
「前より?」
「かなり」
エリナが。
俺の指を。
握り返す。
「ルークの手も分かる」
「……そっか」
「ねえ」
「何?」
「私、前より人間っぽい?」
「うん」
「よかった」
少し。
笑う。
「でも」
続ける。
「人間になったとは思わない」
「まだ?」
「まだじゃないよ」
首を振る。
「私は機械人形」
それは。
もう。
迷わない。
「人に似てる機械人形」
見た目だけ。
人間へ。
近づいている。
*
夜。
日記帳。
『身体狩りによる社会影響について。』
ページに。
文章が現れた。
『第一段階。』
『人体欠損への恐怖増大。』
『睡眠忌避。』
『単独行動忌避。』
『身体確認行動の常態化。』
『身体所有意識の上昇。』
昨日まで。
自分のものだったものが。
突然。
なくなる。
だから。
人は。
身体を意識する。
『第二段階。』
『欠損者増加による代替技術需要の急増。』
『機械人形技術の医療転用。』
『義肢、義眼、人工感覚器、人工皮膚、人工関節等の普及速度上昇。』
『従来治療不能だった欠損について、機能回復事例が増加。』
「……」
悪いことだけじゃない。
実際。
救われた人がいる。
『第三段階。』
『人体欠損の不可逆性低下。』
『「失えば終わり」から「失っても交換可能」への認識変化。』
『身体の機能単位化が進行。』
嫌な。
言葉。
『目――視覚部品。』
『脚――歩行部品。』
『皮膚――被覆部品。』
『指――操作部品。』
『耳――聴覚部品。』
『人間の身体を不可分な一個体として扱う必要性が低下します。』
「……」
エリナだけじゃない。
被害者まで。
部品を交換する。
人間も。
機械も。
壊れれば。
替える。
『第四段階。』
『機械人体境界の希薄化。』
『身体狩り被害者の一部は、失った人体部位を機械部品へ置換。』
『置換後、従来より高性能となる事例が発生。』
「……高性能?」
『視覚拡張。』
『筋力補助。』
『耐久性上昇。』
『疲労軽減。』
『感覚範囲拡大。』
失った。
だから。
前より。
良くなる。
『結果。』
『人体を失うことが、必ずしも能力低下を意味しなくなります。』
そこまで。
来た。
『第五段階。』
『欠損していない人体部位についても、機械部品との性能比較が開始されます。』
「……」
俺は。
ページを見る。
『身体狩りは、人体欠損事件として開始されました。』
『しかし。』
『社会へ与える最大の影響は、人体の価値を高めることではありません。』
『人体が交換可能であるという認識を普及させることです。』
手。
止まった。
『生まれ持った身体を、そのまま生涯使用する必要性――低下。』
『人体と機械部品の混在――一般化可能。』
『人間と機械人形の境界――継続的に低下。』
『社会変化効率――高。』
*
「ルーク」
日記を閉じる。
「何?」
エリナが。
新しい服を着ていた。
「どう?」
「似合ってる」
「本当?」
「うん」
「よかった」
鏡を見る。
普通の女。
そう見える。
昔より。
人間らしく。
見える。
その横を。
店の客が通った。
片目が。
人工の目だった。
その後ろ。
片腕。
機械。
でも。
普通に。
パンを買っている。
「ありがとう」
エリナが。
客へ。
笑う。
客も。
笑う。
人間の身体を。
失った人。
人間の身体を。
少しずつ増やしている機械人形。
どちらが。
人間へ近づいていて。
どちらが。
機械へ近づいているのか。
もう。
よく分からない。
ただ。
街では。
身体狩りが。
まだ。
続いている。
そして。
身体を奪われる人が増えるほど。
機械の身体を持つ人間も。
増えていた。




