第百話 部品集め
「ルーク。左腕がもうすぐ壊れる」
「え?」
救出からしばらくして。
エリナはパン屋の隅で帳簿を整理しながら、普通に言った。
「二週間くらい」
「直せる?」
「交換すれば」
「部品は?」
「ない」
「作れる?」
「金属部分は」
「じゃあ作ろう」
「でも、接続部分が足りない」
「何が必要?」
エリナは。
俺を見る。
「人間」
「……」
「人体由来の部品がいる」
救出後、感情は少しずつ戻った。でも全部ではない。笑う。昔の話をすれば懐かしそうにする。パン屋へ帰れたことも喜んでいる。その一方で、自分を人間だとはあまり思っていない。
「エリナ、人間だよ」
「人格は?」
「人間」
「記憶は?」
「人間」
「身体は?」
「……」
「ほとんど機械」
「だからって」
「私は機械人形でいいよ」
平然としている。
「嫌じゃないの?」
「少し嫌」
考える。
「でも、死ぬ方が嫌」
それが。
今のエリナだった。
*
研究者の資料には、機械人形を維持する方法だけは大量に残っていた。機械部分は作れる。でも、生体部分と人工機構を繋ぐための部品には、人間由来の組織が必要になる場合がある。どんなものをどう使うのか、俺は詳しく読みたくなかった。エリナも説明しなかった。
「死体から取れる?」
「合えば」
「それで足りる?」
「いつもは無理」
「じゃあどうするの?」
「探す」
「どこで?」
「各地」
戦場。
処刑場。
施療院。
事故現場。
身寄りのない死者。
エリナは。
人間の身体が集まる場所を。
部品の入手場所として考えるようになった。
「そんな顔しないで」
「どんな顔?」
「前の私なら、多分嫌がる顔」
「今のエリナは?」
「必要なら仕方ないと思う」
「人の身体だよ」
「知ってる」
「人間なんだよ」
「知ってるよ」
少し。
間。
「私も元は人間だから」
「元はって言うなよ」
「でも今は機械人形」
本人の中では。
もう。
そこが自然になっている。
*
最初の旅から帰った時、エリナは大きな鞄を持っていた。
「中身は?」
「部品」
「……見せなくていい」
「そう?」
「うん」
「分かった」
翌日。
動きが悪かった左腕は。
滑らかに動いていた。
「直った」
「……よかった」
「うん」
エリナが笑う。
俺も。
嬉しかった。
嬉しいのに。
空になった鞄を見ると。
何とも言えなくなった。
それから。
エリナは何度も出かけた。
戻ってくるたび。
身体のどこかが変わる。
「今回は右眼」
「人工の?」
「接続部だけ交換した」
「部品は?」
「手に入った」
「どこで?」
「遠く」
それ以上。
聞かなかった。
聞けなかった。
でも。
ある日。
町を歩いていたエリナが。
すれ違った男を見て。
止まった。
「あの人、合いそう」
「何が?」
「部品」
「エリナ」
「取らないよ」
普通に言う。
「生きてる人から勝手に取ったりしない」
「そういう問題じゃなくて」
「見れば分かるようになっただけ」
男が。
遠ざかる。
俺には。
ただの人間。
エリナには。
人間。
そして。
使用可能な人体部品。
両方に見えている。
*
夜。
日記帳。
『機械人形ヒロイン救出後展開について。』
『主人公介入により対象エリナの人格消失を阻止。』
『感情――一部回復。』
『主人公関係――維持。』
『人間としての自己認識――低。』
『機械人形としての自己認識――安定。』
『継続生存のため交換部品を必要とします。』
『交換部品の一部――人体由来。』
『個人による収集のみでは供給効率が低いため、社会的供給構造への拡張が可能です。』
「……」
『死体。』
『処刑者。』
『戦死者。』
『事故死者。』
『身寄りのない遺体。』
『以上に交換部品としての価値を設定可能。』
『需要発生後、売買、回収、保存、輸送、適合判定等の職業発生が期待できます。』
人体。
市場。
値段。
人が。
死んだ後。
誰かの身体としてではなく。
何に使えるかで。
評価される。
『主人公による救出が成立しなかった場合、エリナ人格は消失していたため、本需要は長期化しません。』
手。
止まった。
『主人公が救出に成功したため、エリナは生存を希望します。』
『生存を希望するため、交換部品を必要とします。』
『交換部品を必要とするため、人体需要が継続します。』
『救出成功を世界変化の原因として利用可能です。』
「……」
助けたから。
始まった。
『悲劇の一部のみ保存する構成――成功。』
『エリナ編――完了。』
*
「ルーク」
「何?」
「明日から西へ行く」
「また部品?」
「うん」
「どれくらい?」
「二週間くらい」
「戻ってくる?」
「戻るよ」
エリナは。
機械の手を。
俺へ伸ばした。
「ここが帰る場所だから」
握る。
硬い。
冷たい。
でも。
握り返してくる。
「ルーク」
「何?」
「私、人間じゃなくなったけど」
「俺はそう思ってない」
「うん」
「エリナは?」
少し。
考える。
「私は機械人形」
それから。
笑った。
「でもエリナでもある」
俺はあの日。
間に合った。
人格が完全に消される前に。
感情が全部なくなる前に。
エリナを助けた。
だから。
エリナは今も。
生きたいと思う。
帰りたいと思う。
俺たちを覚えている。
そのために。
人体を部品として。
集め続ける。
完全な悲劇は。
止められた。
止められなかった部分だけが。
エリナを生かしながら。
少しずつ。
世界の方へ。
広がり始めていた。




