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世界改稿日記 ~なろうによる世界破綻~  作者: 黒瀬 量衡


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第九十九話 『人体残存範囲を選定します。』

『人体残存範囲を選定します。』


「やめろ」


 朝から。


 日記帳はそれを書いていた。


 俺は見世物小屋へ向かって走っていた。昨夜のうちにセリナとリサへ事情を話した。興行そのものは今日も予定通り開催される。でもエリナは舞台へ出なかった。


『本日の機械人形公演は整備のため中止』


 入口に札が出ていた。


「整備じゃない」


「最終改造だな」


 セリナが剣へ手を置く。


 日記帳は。


 俺たちが走っている間にも進む。


『対象エリナについて、人格を完全除去した場合、主人公との既存関係が消失します。』


『人格および記憶は最終工程まで保存。』


『肉体については別途選定。』


「全部残せ!」


 当然。


 意味はない。


『完全な人体を保存した場合、機械人形化の不可逆性が不足します。』


『長期展開へ利用可能な生体機能のみ保存します。』


『保存――子宮。』


「……」


『保存――排泄機能。』


『保存――授乳機能を維持する胸部。』


「何で」


 吐き気がした。


『上記は機械人形化後も人間女性由来の生体機能を維持するため利用可能です。』


『その他の人体構造について、機械系統への交換を優先。』


「人間を部品表みたいに書くな!」


 書き続ける。


『四肢――交換。』


『筋骨格――交換。』


『感覚器――必要に応じ人工化。』


『生命維持――人工機構へ移行。』


『残存生体器官――内部保護。』


 止まらない。


 俺が日記を閉じても。


 怒鳴っても。


 エリナの身体は。


 どこかで。


 物語通りに変えられていく。


     *


 裏口を見つけて中へ入った。地下へ続く階段。その奥から機械音が聞こえた。扉を開けると、広い工房。中央の台にエリナがいた。


「……ルーク?」


「エリナ!」


 昨日より。


 さらに変わっていた。


 人間だった面影は顔に僅かに残っているだけ。腕も脚も胴も機械。目の片方には光る人工感覚器。胸部だけは、人間由来の生体機能を保存するため不自然なほど元の形を残している。


「来たんだ」


「助けに来た!」


「どうして?」


「どうしてって!」


 エリナが首を傾げる。


「私、機械人形だよ」


「違う!」


「昨日より、そう思う」


「何で!」


「人間だった時のこと」


 僅かな間。


「遠くなってる」


 怖い。


 と言ってほしかった。


 助けて。


 と言ってほしかった。


 でも。


 エリナは静かだった。


「感情が薄くなってる」


「分かるの?」


「うん。前なら、ルークが来たらもっと嬉しかったと思う」


「今は?」


「嬉しい」


 間。


「たぶん」


 そこまで。


 消え始めている。


「最後に人格核を交換する」


 研究者が装置の向こうから言った。


「それで完成だ」


「止めろ!」


「なぜだ? 治療だったものを完成させてやっている」


「治療じゃない!」


「最初は治療だった」


 研究者は平然としていた。


「だから実験になった。腕を交換し、脚を交換し、臓器を補助し、痛みを減らした。成功したから次を試した。より長く使える構造へ。より交換しやすい構造へ。感情は制御の邪魔になる。人間という自己認識も不要だ」


「エリナは人間だ!」


「本人はそう思っているか?」


 エリナを見る。


 何も言わない。


「エリナ!」


「……私は」


 機械の指が動く。


「人じゃなくても、困らないと思う」


「困るよ!」


「ルークが困る?」


「俺じゃない! エリナが!」


「私は」


 また。


 止まる。


「困るって感覚が、よく分からない」


 その瞬間。


 装置が動いた。


「人格交換を始める!」


「セリナ!」


「ああ!」


 剣。


 魔法。


 機械音。


 工房が一気に騒がしくなる。


 研究者が最終装置へ手を伸ばした。


 リサの魔法が直撃した。


 装置が弾ける。


 セリナが研究者を制圧する。


 俺は。


 エリナへ走った。


「エリナ!」


「……」


「俺が分かる?」


「ルーク」


「自分は?」


 長い。


 長い。


 沈黙。


「エリナ」


「そう!」


「私」


 人工の目と。


 残った目が。


 俺を見る。


「まだエリナ?」


「まだじゃない。ずっとエリナだよ!」


 初めて。


 エリナの顔が。


 少しだけ。


 崩れた。


「……よかった」


 声が震えた。


 感情。


 まだ。


 残っている。


「怖かった?」


 聞く。


 エリナは考えた。


「今」


 機械の手が。


 俺の服を掴む。


「少し怖い」


「うん」


「それが」


 僅かに。


 笑った。


「嬉しい」


     *


 工房の資料を調べても、元へ戻す方法はなかった。記録されているのは交換方法ばかりだった。壊れたら替える。劣化したら替える。生体部分と機械部分の接続が駄目になれば、新しい適合部品へ替える。


「戻せない?」


 エリナが聞いた。


 リサは。


 答えられなかった。


「そう」


 エリナは。


 自分の身体を見る。


「じゃあ、これで生きる」


「そんな簡単に」


「簡単じゃないよ」


 俺を見る。


「今は少し悲しい」


 少し。


 だけ。


 でも。


 その少しが。


 残った。


 日記帳。


『最終人格改造――主人公介入により未成立。』


『人格――保存。』


『記憶――保存。』


『感情――減衰状態で保存。』


『人間としての自己認識――低下した状態で固定可能。』


『肉体機械化――成立。』


『保存人体機能――子宮、排泄機能、授乳機能を有する胸部。』


『完全悲劇――未成立。』


『不可逆的悲劇――成立。』


 最後。


『救出成功。』


 成功。


 その文字が。


 嫌いになった。


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