第九十七話 『片手殺し関連回――アクセス数がありました。』
朝。
日記帳を開くと。
知らない数字が並んでいた。
『直近展開分析。』
『セリナ編――アクセス推移良好。』
『自己認識崩壊、他者統合、恋愛関係による人格固定について、継続閲覧率の上昇を確認。』
「……」
また始まった。
俺が何も書いていないのに。
ページは勝手に続く。
『既存人物再利用候補をアクセス実績から抽出します。』
『女将――安定。』
『リサ――安定。』
『セリナ――直近使用済み。』
『クラリッサ――制度変化向き。』
『マルタ――長期展開向き。』
『サラ――世界規模展開向き。』
『ミレア――高反応履歴あり。』
そこで。
文字が止まった。
少しして。
『片手殺し。』
「……」
嫌な名前。
ミレア。
今は普通にパン屋で働いている。
義手も義足も使いこなして。
客とも話す。
笑う。
俺とも普通に暮らしている。
その裏で。
何をしているのか。
俺は全部を知っているわけじゃない。
日記帳だけが。
何度か。
片手殺し。
という名前を書いた。
『片手殺し関連回――アクセス数がありました。』
「言い方」
当然。
返事はない。
『平均比――高。』
『初動――良好。』
『継続閲覧――良好。』
『異常人物でありながら日常生活を維持する構造について反応が得られています。』
女将と。
似ている。
でも。
全然違う。
女将の異常は家の中。
ミレアの異常は。
誰かが消える。
『特に有効な要素。』
『一。日常生活との落差。』
『二。主人公との通常関係維持。』
『三。本人の善悪判断と社会規範の不一致。』
『四。匿名存在「片手殺し」と固有人物ミレアの同一性。』
『五。正体が周囲へ広く共有されていない状態。』
ページを閉じたくなった。
でも。
次。
『再登場適性――高。』
「……」
*
「ルーク、それ取って」
「これ?」
「そう」
昼。
ミレアは何も知らずにパンを並べていた。
「ありがとう」
「うん」
「何?」
「いや」
「朝から変だよ」
「そう?」
「そう」
いつものミレア。
客が来れば。
「いらっしゃいませ」
笑う。
子供連れの客には低い棚からパンを取って渡す。
老人が財布を落とせば拾う。
女将に言われれば荷物も運ぶ。
普通。
何も。
おかしくない。
「ルーク」
「何?」
「また見てる」
「ごめん」
「本当に何なの?」
「何でもない」
言えるわけない。
日記帳に。
片手殺しの回は数字が良かった。
だから再登場向き。
なんて。
*
夕方。
また。
日記帳を開く。
『片手殺し再利用案。』
やっぱり。
来た。
『従来構造の反復は推奨しません。』
「……」
『同一形式の連続事件のみでは新規性が低下します。』
『推奨。』
『片手殺し本人を強化するのではなく、片手殺しという存在が社会へ与えた影響を利用します。』
少し。
予想と違った。
『既に匿名存在として噂が成立しています。』
『噂。』
『模倣。』
『誤認。』
『便乗。』
『英雄視。』
『恐怖。』
『被害者側による対策。』
『犯罪者側による対策。』
『以上を組み合わせることで、本人が直接行動しない回でも片手殺しを物語中心へ配置可能です。』
ミレア本人を。
暴れさせる必要はない。
片手殺し。
という名前だけで。
周りが変わる。
『アクセス実績のある要素は、必ずしも同一事件を再演する必要はありません。』
『読者が認識可能な記号を維持しながら、別方向へ展開することが有効です。』
「記号って……」
片手殺し。
人間なのに。
*
『ミレア本人について。』
『日常維持度――高。』
『主人公関係――良好。』
『社会的信用――維持。』
『異常性――維持。』
『匿名存在としての知名度――上昇。』
『固有人物としての知名度――通常。』
『両者の乖離――物語上有効。』
パン屋。
ミレア。
町の人。
普通。
一方。
片手殺し。
噂。
恐怖。
知らない土地まで。
名前だけ歩く。
『現在の最大資産。』
『本人ではありません。』
『「片手殺し」という概念です。』
「……」
また。
嫌な言い方。
『本人が何もしていない地域でも、片手殺しを理由に行動する人物を発生させることができます。』
『片手殺しを恐れて犯罪をやめる者。』
『片手殺しを騙る者。』
『片手殺しに裁かれることを望む者。』
『片手殺しを正義と呼ぶ者。』
『片手殺しを悪と呼ぶ者。』
『片手殺しを利用して他者を脅す者。』
『本人不在のまま社会現象化可能。』
そこまで来ると。
もう。
ミレア本人と。
関係がなくなってくる。
*
夜。
「ルーク」
「何?」
「これ、誰か忘れてる」
ミレアが。
店の隅から。
小さな紙を拾った。
「何?」
「知らない」
開く。
走り書き。
『悪いことをすると片手殺しが来るぞ。』
「……」
「何これ」
ミレアが笑った。
「子供を脅す言葉?」
「かも」
「趣味悪いね」
「うん」
ミレアは。
知らない顔をして。
紙を丸めた。
「捨てとくね」
「……うん」
そのまま。
ごみ箱へ。
俺だけ。
見ていた。
本人が。
自分の名前を。
噂話みたいに。
捨てるところを。
*
日記帳。
『分析結果。』
『片手殺し関連展開――過去アクセス実績あり。』
『本人の日常性と匿名存在の異常性を分離した構造――継続利用価値あり。』
『次回以降、本人の直接行動よりも、社会側が片手殺しを利用し始める展開を優先候補とします。』
『ミレア本人の人格改変――不要。』
『主人公との関係変更――不要。』
『新規犯行追加――必須ではありません。』
『既存の「片手殺し」という名称のみで展開可能です。』
最後。
『再利用評価――高。』
『理由――アクセス数がありました。』
「……」
それだけ。
本当に。
それだけだった。
人が何人消えたとか。
町がどう変わるとか。
ミレア本人が何を思うとか。
その前に。
数字。
日記帳にとっては。
それも。
物語を続ける理由になる。
店の向こう。
ミレアが。
「明日の分、これで足りる?」
女将へ聞いている。
普通の声。
普通の顔。
普通の仕事。
その外で。
片手殺し。
という名前だけが。
本人より先に。
次の話へ進もうとしていた。




