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第二話


「あのお騒がせ王女サマ、また脱走したみたいだぜ」


「えーまたかよ。兵団長に見つかる度にお説教くらってるっていうのに。懲りないもんだね」


「俺らこそ、昼間から酒飲んでる所を兵団長に見つかれば、お説教からの王女サマ探しにかり出されるぜ」


「それは嫌すぎる! 蟲退治以外で、これ以上タダ働きはしたくはないもんだ」


「……」


 バンジから受け取った銀貨を手に、市場で買い物をしているレンカ・アピスの耳に聞こえてきたのは、平日の昼間から酒場に入り浸っている二人の男の会話だった。

 だらしない笑い声と酒の匂い。しかし、彼らの腰に帯びているのは、精霊の加護が宿った特製の剣。

 会話からも推測するに、二人は王国勤めの『精霊使い』のようだった。


 ーーー精霊使い。

 それは世界を調停する精霊をその身に宿した、人類の最高戦力。

 精霊は蟲から身を守るために人間に宿り、人間は精霊の力を借り蟲に対抗する力を得る。いわゆる共生関係。

 国を蟲の被害から守る絶対的な盾である彼らは、国から身分は保証され、恐ろしいほどの高給をもらっている。だからこそ、こうして昼間から遊びに呆けている精霊使いも少なくなかった。


 精霊使いの生まれ方や王国に対する嫌悪から、レンカは精霊使いという存在があまり好きではなかった。むしろ嫌いといってもいい。


 精霊使いを生み出すためには、現体制である王族、女王の血を用いた神聖なる儀式が必要だと言われている。

 女王の血、王の血統……。

 アピス家を壊滅させた元凶の血が流れているというだけで、レンカにはあまり快く思えない。


 そのため、脱走したらしい王女サマとやらにも、あまり好印象を持っていなかった。


(まあ、王室の王女サマが追いかけっこしてるなんて、関係の無い話なんだけどな……)


 シロハの好物の果物を屋台の商人から受け取り、それを麻袋にしまう。不愉快な精霊使いの顔なんかよりも、早く帰ってシロハの顔が見たい。

 そう思ってその場所を後にしようとした、瞬間。

 二人の会話の続き、たった一つ、看過できない言葉がレンカの耳に入ってきた。


「その王女サマだけどさ……目撃情報だと、南の山のほうに向かって逃げたって話があるらしいぜ」



 南の山。

 それはレンカと妹のシロハが、世間の目を盗み隠れ住んでいる方角だった。

 王国から離れた位置にある南の山林はかなり広い。それに加え、地図にも載らないような、あの狂王の目をも誤魔化せる場所。レンカ達の住む小屋が見つかることはまずあり得ない。

 そう頭の中では考える。

 しかし、一人小屋に残っている病弱な妹のことを考えると、悪い思考の循環を止めることができなかった。


(もしシロハが王女に出会ったりしたら……俺たちの生活が……。いやもしかしたら、その王女は俺たちを探して山の中に……?)


 そして、レンカは少し迷ってから、踵を返して精霊使いの二人に話しかけた。


「精霊使い様、精霊使い様。その面白そうな話、ボクにも詳しく聞かせてもらえたりしない?」


 レンカとしても、国の精霊使いなんかに話しかけるなんてことはしたくない。

 幸い、レンカたちが生きていることはあの狂王も知らない。だから王国の精霊使いに接触したところで即座に正体がバレる危険はないが、嫌悪感的に話しかけたくはなかった。

 なにより、一刻も早くシロハの元へ帰り、シロハの安全を確かめたい気持ちもある。

 それでも今後の自分たちの安全のため、そして今この不安を解消するために、レンカはいつもの仮面を貼り付け、二人に話しかけたのだった。


「あ? なんだガキ」


「こう見えても18歳。もう成人してたりするんだけど……。店員さん、こっちにお酒ふたつ!」


 急に話しかけてきた青年に不審な態度を示す二人。それを横目に、レンカは景気よく酒を二つ注文する。

 運ばれてきた、なみなみと注がれた器。それにレンカは口をつけず、二人に差し出した。


「ボクはただ面白い話が聞きたいだけの、ただの野次馬ですよ」


 人懐っこい表情を浮かべ、いかにも身分の高い貴族様のゴシップに興味津々な若者を演じる。

 男二人は差し出された酒を一瞬見つめ、すぐにニヤリと下品な笑みを浮かべ、器を受け取った。タダ酒を拒む理由など、この手の怠惰な兵士にはなかった。


「それで、その王女サマが南の山に逃げたて本当なんですか? あんな場所何も無いんじゃあ?」


「俺らもウワサで聞いただけだけどな。あのおてんば王女、今回は馬まで持ち出して逃げ出したらしいぜ。毎回そうやって癇癪起こしては逃げ出して、最終的には兵団長様に捕まってるワケだ」


「へえ……ってことは王女さまはアテもなく飛び出したわけですか……。無事だといいですけどねえ」


 なんてレンカは思ってもない心配を言いながら、自分たちが目的で南の山に入ったわけじゃないことを確信する。


「そうなんだよ、護衛もつけずにそこまで街を離れたことなんてないはずだし……それによ」


 一瞬、真面目な顔をして声を潜めた片方の精霊使いに、「それに?」とたたみかけるようにレンカは促す。


「これはあまり広めないでほしいんだがーーー」


 一呼吸開け、精霊使いは小声で続けた。


「ーーー南の山の周辺には、冬眠前の『蟲』がいるという情報もあるんだわ」


 予期していなかった情報に、レンカの頭は凍り付いたーーー。

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