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第一話


「はいよ、これ今月の分」


「おう……って、やけに少なくねえか? 明らかに軽いじゃねえかよ、おぉん」


「人聞きがわるいなぁ……。しかたないだろ、最近急に寒くなってきてんだから。文句言うなら天気に言ってほしいもんだね!」


「そうかよ、測ってくるからそこで待っとけや」


 レンカが手渡した小瓶を手に、やけに額にしわを寄せた強面の店主、バンジが店の中に下がっていく。

 相変わらず商品が雑多に並べられ、足の踏み場がないような店内。当たり前のように客はおらず、レンカはひとりぽつんと立ち尽くす。

 その場でかがみ、足元に置かれた本の山を一撫でしてみるが指先はほこりで白くなるばかりで、掃除されてる様子はない。

 こんな状態なら、誰かにごっそり盗まれても一生気づかないんじゃないだろうか―――。


「レンカ……商品に勝手に触ったら殺すぞ」


「うわっ! びっくりした……わかってますよーっと」


 暖簾の奥の低い声がレンカを制する。

 いやいや、口に出したならまだしも、心の中で思っただけですけど……。だいたいこちらの様子は見えてないはず。


「も、もしかしてこの店内すべてを見通せる異能……千里眼???」


「はっ、バカなこと言うな、こっから磨りガラスで見えんだよ。魔眼なんて縁起でもねえ。ほら、少し少ないがおまけしといてやるよ」


 右手に小瓶を、左手に銀貨の入った袋を手にしたバンジが暖簾をくぐり、銀貨を投げ渡す。

 レンカは空中でその銀貨を受け取り、手際よく枚数を数え始める。そんな彼にバンジがぽつりと言葉をかける。


「レンカ、お前と妹、今いくつだっけか。親父さんとお袋さんが亡くなってから3年は経つだろ」


「15、16……ん? 俺が18歳で、妹が13。……って今数えてるんだから、枚数狂わせようと話しかけるのはズルいよ」


「はいはい。でも……そうか、もうそんなにか。立派になったもんだ。まったく……アイツの形見みたいなもんだからな」


 そう言いながらバンジが小瓶を手の中で回すと、ドロリとした液体が、まるで自ら発光しているかのように小瓶の中で光を放つ。

 それは黄金のーーー黄金の蜂蜜だった。



 アピス家は代々、養蜂家の家系だ。

 レンカ・アピスも、そして病弱な妹のシロハ・アピスもその一人だった。


 希少で高価な蜂蜜を作る仕事。という華やかな側面だけでは、この仕事は語れない。

 それは、虫と共にする仕事という点。

 その一点において、養蜂家は忌まれ嫌われていた。


 『蟲』ーーー精霊を喰らうことで進化したとされる大型の怪物。

 精霊だけでなく人間も喰らうその蟲に、人類はおびえて生活してきた歴史がある。

 「蟲」とただの「虫」が違うことは、知識としては誰もが理解している。

 しかし、人々は本能として拒絶し忌み嫌う。

 「虫を操る奴らは、蟲の仲間だ」と。


 レンカの父親と母親は、その理不尽な嫌悪に殺された。


 どれだけ忌まれようとも、蜂蜜の持つ滋養と魔力は国に不可欠だった。だからこそアピス家は代々養蜂家として、隠れながらも技術や知恵を受け継ぐことができ、このフォーミシア国でもそれなりの立場を保つことができていたのだ。


 ーーーあの、最悪な男が玉座に即くまでは。


 『蟲嫌い』そう呼ばれる王。

 彼が法を敷いてから、養蜂家は文字通りの「裏稼業」となり、レンカの父親と母親は人知れず殺された。


(絶対に、シロハまであいつらに見つかる訳にはいかない……)


 結果として、生き残ったレンカとシロハは、地図にも載らない山奥の小屋で、残された蜂と暮らしている。

 すべては病弱なシロハのために、そして両親の残した蜂を守るために。

 一瞬だけ、レンカの瞳から光りが消え、目の奥の冷静さが現れる。


「ーーーなんて、そんな暗い顔をシロハに見せるわけにもいかないし、バンジさんに余計な心配をかけるわけにもいかないよな」


 口の中だけでそう呟いて、レンカはいつものお気楽な笑みを貼り付けた。


「24枚……。うん、バンジさんいつもありがとう。そろそろ本格的に気温が下がるから、あんまり来られなくなるとは思う。寂しくなって泣かないでよ」


 レンカは硬貨を数え、それらを袋に戻しバンジのほうを見る。


「誰が寂しがるかって、バカか。ほらよ、これも俺からのおまけだ。なんだ……また何かあったらすぐ来るんだぞ」


 バンジが投げつけてきたのは、大きな麻袋。受け止めたレンカが中身を覗くと、そこには丸々と太った野菜や薬草がつまっていた。


「立派な野菜! それに薬草まで……。本当にありがとう、バンジさん」


「たまにはな、お前たちが困ると、アイツから殴られそうだからな」


 たまにはーーーと言うが、蜂蜜を卸しに来るたび、毎回こうして野菜や肉を持たせてくれる。顔が怖く口も悪いが、アピス家が潰されたあとも命がけでレンカたちを支援してくれた唯一の大人だ。

 バンジは親父の昔からの仲で、腐れ縁だったらしく、両親が亡くなってからレンカとシロハの二人を実の子のように面倒を見てくれている。

 この蜂蜜が大々的に市場に出回れば、また同じ悲劇が起こる。だから、バンジは独自の足のつかないルートで蜂蜜を売りさばいているらしい……が、レンカ自身その方法やルートは知らない。知る必要もないと、バンジは言う。

 レンカはその危険性を身をもって理解しているからこそ、この不器用な男に一生頭が上がらないのであった。


 今はとにかく、病弱なシロハのためにも、蜂たちのためにも、レンカは今のこの生活を守らなければいけなかった。


「というか、いいかげん片付けたほうがいいよ。この感じだとどこに何があるかわからないでしょ。それこそ、誰かに盗まれても知らないよ」


「余計なお世話だ。物の場所くらい全部頭に入ってるし、それに」


 バンジは腰にさげたナタを撫でながら言う。


「泥棒はこの手で追い返してやるよ」


「あはは、それならいいんだけどさ。……でも」


 銀貨と食料を背負い、商店の扉に手をかけたレンカは、最後に振り返って一言忠告をする。


「流石に生モノは片付けたほうがいいと思うよ。特にそこの戸棚のチーズ。あれ多分もうだめだと思う」


「……あ?」


「それじゃあ、またそのうちね!」


 ひらひらと手を振り、少年は去って行く。



「……ったく、レンカの奴、鼻がいいんだか、耳がいいんだか」


 静まり返った店内。

 いや、耳をすますと小さく羽音が聞こえてくる。

 バンジは戸棚の奥から恐る恐るチーズを取り出し、そこに蠢く無数の虫を見て大きなため息を漏らした。

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