20話
王城の応接間。殿下が私を呼び出した理由は、私に執務をさせるためだった。あまりにも都合のいい物言いに、カエサル様と私は揃って呆れていた。
「申し訳ありません、王太子殿下。その執務は、あなたの婚約者にさせればよろしいのでは? 本来、将来夫婦となる者同士で支え合うもののはずです」
「ローリス嬢、俺もそうしたいのだが……ルルア嬢の王妃教育がまだ終わっていし。本人も無理だ、できないと言っている」
その言い方に、妹がぱちりと目を見開いた。
「ミサロ、私は『やりたくない』なんて言っていませんわ。王妃教育が大変で、今は無理だと言っているだけです。それに、私たちは姉妹でしょう? できるお姉様にお任せすればいいのですわ」
なんて理不尽な話なのだろう。
妹が大変なのはわかる。本来、王妃教育というものは数年、いいえ、幼い頃から何十年もかけて身につけていくもの。
それを、わずか一年で習得するなど並大抵の努力では到底できない。
(子供の頃から「あれも嫌、これも嫌」と、屋敷に呼んだ家庭教師にまで言っていた妹だもの。厳しい王妃教育についていくだけで精一杯なのかしら)
「ローリス嬢、頼む」
「お姉様、お願い」
だが、私たち夫婦をわざわざここへ呼び出した理由が、本当に執務の話だけなのだろうか。
どうにも、それだけではないような気がしてならなかった。
(まさか……)
脳裏に浮かんだのは、来る途中、王都の街中で見かけた街灯だった。そこに魔導具が使われていた。
妹があのノートを見たのなら、ほかにも魔導具を作っていてもおかしくはない。
しかし、この国では魔石の使用がまだ本格的に普及していない。そのため、魔石は辺境伯領で厳重に管理され、設備の整った隣国へと卸されている。
(魔導具を作ってみたものの、魔石が簡単に手に入らなくて困っている……とか?)
だが、魔物から採取した魔石には魔素が含まれている。そのままでは使用できず、専用の箱に入れて浄化しなければならない。
辺境伯は取引先となる国の設備を審査し、安全に扱えることを確認したうえで契約を結び、魔石を卸しているのだ。
(殿下たちは、そのことを知ったうえで魔導具を使用しているのかしら?)
そんなことを考え込んでいると、隣に座っていたカエサル様が深いため息を吐いた。
「ミサロ王太子殿下。無理なものは無理です。ほかを当たってください」
きっぱりと言い切ったあと、カエサル様は何かを思いついたように口元を緩めた。
「ああ、そうだ。宰相であるキーブロ公爵に頼んではいかがです? あれほど才のある公爵です。きっと僕たちより、ずっと良い案を出してくださるでしょう」
もっともな提案だった。しかし、ミサロ王太子殿下はなぜか渋い顔をする。
「いや……カエサル卿。宰相キーブロには頼めない」
「なぜです?」
「最近知ったのだが。奴の家に英才教育を受けている、俺の腹違いの弟がいる。しかも、かなり年の離れた弟だ」
「「腹違いの弟!?」」
思わず、カエサル様と声が重なった。
やはり、あの噂は本当だったのね。確か、側妃が産んだ第二王子サーラン殿下。まだ七歳だったはずだ。
しかし、ミサロ王太子殿下よりも出来が良いと、以前から密かに噂されていた。
(……なるほど。魔石の話ではなく、この話をするために私たちを呼んだのね)
陛下は、子供のいないキーブロ宰相のもとで第二王子に英才教育を受けさせていた。将来的には宰相として、王太子であるミサロ殿下を支えさせるつもりだったのだろう。
けれど、あまりにもミサロ王太子殿下の能力が伸びず、そのうえ婚約者である妹の王妃教育も進まない。
陛下は頭を抱えたに違いない。
このままでは、国を任せられない。
だから苦肉の策として第二王子を呼び戻し、次の国王に据えようと考えたのではないだろうか。
そうでもなければ、王太子であるミサロ殿下に、腹違いの弟の存在を今まで知らせなかった理由が説明できない。
「だから頼む!」
「いくら頼まれても無理です」
カエサル様は、きっぱりと答えた。
「次の政権は、その第二王子殿下にお任せすればよろしいのでは?」
冷たく突き放され、ミサロ王太子殿下は「嫌だ」とでも言うように首を横に振った。
「俺は国王になる。そのために、ローリス嬢を貸してほしい」
「……」
「ルルア嬢を王妃にすると、約束したんだ」
「ミサロ。ルルア嬉しい」
「「…………」」
この期に及んで、まだお花畑全開。
国の将来よりも、自分たちの約束が大切らしい。
ミサロ王太子殿下と妹のあまりにも呑気な様子に、私とカエサル様はただただ呆れるしかなかった。




