18話
そこにいらしたのは、この国の国王陛下だった。
しかも、騎士も側近も連れず、普段の執務中とは思えないほどラフな服装をしている。陛下は、なぜ私たちがここへ来たことを知っているのだろう。
(私たちが今日ここへ来ることを、ミサロ王太子殿下が伝えたのかしら?)
そんな疑問が顔に出ていたのか、陛下は私を見て、ふっと笑った。
「ん? わたしは、君たちが来ることを息子から聞いてはいないぞ。偶然、執務室の窓から辺境伯の馬車が見えてな。もしかすると、息子が君たちを呼び寄せたのではないかと思って、こちらへ来てみた」
「そうだったんですね」
なるほど。偶然、馬車を見かけたということらしい。カエサル様はすぐさま胸に手を当てて礼をし、私も慌ててカーテシーをする。
それにしても……今、陛下は私の表情を見ただけで、私が何を考えていたのかを見抜いた。
王妃様も人の心を見抜くことに長けていらっしゃるけれど、やはり国を治める王ともなれば、その洞察力は格段に違う。
下手なことを考えながら話していたら、こちらの思惑まで、あっという間に見抜かれてしまいそうだ。
(王妃教育の日々を思い出すわ……)
そう思うだけで、自然と背筋が伸びる。心を落ち着けて、言葉を選んで話さないと。
「うむ、遠いところをご苦労だったね。まあ、ここまで来たんだ……ウチの愚息の話を聞いてやってくれ。何を考えているのか、わたしにもさっぱりわからんのだよ。もし、あいつが危ない道へ進もうとしているのなら、止めてやってほしい」
陛下は王太子殿下のことを「愚息」と呼び、私たちに「頼む」と言い残すと、軽く手を上げ迎えに来た騎士とともに、その場を去っていく。
あの、王太子殿下を止めるのであれば陛下の言葉が一番効くのに。
(私がそばにいた頃、ただ陛下に認めてもらいたくて、必死にもがいていたから……)
そんなことを考えていると、隣にいたカエサル様が、ぽつりと呟いた。
「シャゴーリ国王陛下は、あいつが何をやっているのか知ってはいるんだろうね。ただ、止めるのが面倒なのか……それとも、彼女の話ばかり聞いてしまって、陛下の言葉には聞く耳を持たないのか。どちらかだろうな」
彼が言った「彼女」とは、妹のことだろう。
ころころと変わる、表情に可愛らしい見た目。
婚約者がいようとも妹と関わると人が変わったようになる男性は多かった。
例えるなれ「あんなに温厚だった人が、どうして?」そう思っているうちに、いつの間にか妹に熱を上げ、婚約者を蔑ろにしてしまう。
今は王太子殿下の婚約者となり、以前よりは落ち着いたようだけれど……。
ふと、疑問が浮かんだ。学園にいた頃、妹の一番近くにいたのはカエサル様だった。
(カエサル様は、妹のことをどう思っていたのかしら?)
今は、私のことを好きでいてくれるのはわかっている。けれど、当時の彼の気持ちはわからない。
考えていても答えは出ないなら、直接聞いてみればいい。
「あの、カエサル様は妹と一緒にいて、どうだったの?」
「え、僕?」
カエサル様は少し驚い顔をして、私を見つめた。
「ローリス僕はね、自分の野望があって彼女の側にいただけだから。彼女のことを真剣な目で見ていたわけじゃないんだ。だから、正直なところよくわからない。ただ……言い寄ってくる男性が多いな、とは思っていたけどね」
「ええ? あんなにそばにいたのに、それだけ?」
思わず声が大きくなる。
(それに……野望?)
カエサル様の野望って、いったい何なのかしら? そんな疑問が顔に出ていたのだろう。
「その顔……野望のほうを聞きたいのかな?」
「……はい。聞きたいです」
私が素直に答えると、カエサル様はふっと笑った。
「いいよ。僕の野望はね、ローリスとお近づきになりたい。君と話したい。君の好きなものを知りたい。どんな小さなことでもいいから、ローリスのことを知りたかった」
「……」
「そうこうしているうちに、あの子と王太子殿下を知り合わせてしまったのだけどね」
カエサル様の野望って……妹のことを知るためではなく私のことを知りたくて、そんな可愛らしい野望を胸に妹のそばにいた?
私は思わず、じっとカエサル様の顔を見つめた。
「ふふ、驚いた?」
「……はい。少し」
カエサル様の目に熱が宿り、伸びてきた手が、私の頬をやさしく撫でる。
(えっ……これって、もしかして……キスしようとしてる?)
心臓が大きく跳ね、思わず息を止める。
けれど次の瞬間、カエサル様のやさしげだった目が、すっと鋭くなった。
「あぁ、残念。この話は帰ってからにしようか」
「えぇ。そうですね」
少しだけ名残惜しい気持ちはあるけれど、仕方がない。
ちょうど、殿下と妹のもとへ話を聞いてきたのだろう。王太子殿下の側近と、妹付きのメイドがこちらへ戻ってきた。




