17話
私たちを乗せた馬車は、王都の賑やかな街並みを抜け、やがて王城へと続く大きな門の前で静かに止まった。
先頭を進んでいたキャロルが馬を降り、門番へ王家から送られた手紙を差し出す。門番が内容を確認すると、重々しい音を響かせながら王門がゆっくりと開いていった。
もう二度とここへ戻ることはない、そう思っていたはずなのに。知らず知らずのうちに、小さなため息が唇からこぼれ落ちる。
その吐息に気づいたのだろう。私を抱き寄せていたカエサル様の腕に、そっと力が込められた。何も言わないまま伝わってくる温もりに、胸の奥が少しだけ軽くなる。
「通ってよし!」
門番の威勢のいい声が響く。
その声を合図にキャロルが馬を進め、王門をくぐった。続いて私たちの馬車、そして護衛の騎士たちが次々と城内へ入っていく。
窓から見える、高くそびえる城壁を見上げながら、私は静かに息を吐いた。
懐かしさと、わずかな不安。そして、それ以上に隣にいるカエサル様の存在が、今の私を支えてくれていた。
「ローリス。ここから先は、気を引き締めよう」
「ええ、わかりました」
カエサル様は膝の上に座る私を見上げる。その真剣な眼差しに応えるように、私は静かに頷いた。
どうやら門番から私たちの到着を知らされたのだろう。ほどなくして、ミサロ王太子殿下の側近と、一人のメイドが城の中から姿を現した。
馬車を降りた私たちの前までやって来ると、側近は恭しく頭を下げる。
「ローリス様は、ミサロ王太子殿下がお待ちです。こちらへお越しください」
続いてメイドがカエサル様へ向き直った。
「カエサル様は、ルルア様のお部屋へご案内いたします」
しかし、その言葉を聞いたカエサル様は、きっぱりと首を横に振った。
「別々なのは困る。僕たち夫婦は、二人に招かれてここへ来たんだ。たとえ王太子殿下が相手だとしても、妻と二人きりになるのは遠慮していただきたい」
すると、私も負けじと言葉を重ねる。
「私も同じですわ。夫と妹が二人きりで会うなんて、嫌ですもの」
はっきりと拒絶されるとは思っていなかったのだろう。側近とメイドは顔を見合わせ、慌てた様子で頭を下げた。
「し、しばらくお待ちください」
「確認してまいります」
二人はそう言い残し、足早に城の中へと戻っていく。
その姿が見えなくなると、先ほどまで張り詰めていたカエサル様の表情がふっと和らいだ。
そして彼は、そっと私の手を握った。
「ああ、学園の頃を思い出す。厳しい物言いをするローリスも、素敵だったよ」
「……ありがとう。カエサルも素敵よ」
思いがけない言葉に、胸がどきりと跳ねる。
厳しい物言い、と言われて思い出したのは、ただ一度だけ妹を強く叱った日のことだった。
『婚約者のいる方に言い寄ってはなりません! ルルア、あなたのせいで泣いている令嬢がいるのですよ』
あのとき、私は確かにそう言った。
もちろん、そのあと妹は「お姉様にいじめられた」と泣きながらミサロ殿下に訴えたのだけれど。
それでも、言わなければならなかった。
傷ついた令嬢たちのために。そして何より、大切な友人であるカナリアが悲しんでいたのだから。
「わかってはいたんだ。けれど、僕はあの場で何もできなかった。ただ傍観しているだけだった……」
そう言って、カエサル様はわずかに眉をひそめると私の手をそっと取り、その甲へ静かに唇を落とした。
「それは違いますわ、カエサル。男性であるあなたが言うのと、女性であり姉でもある私が言うのでは、言葉の重みが違いますもの」
私はそう返しながらも、手の甲から伝わる温もりに胸が高鳴るのを感じていた。
「あ、あの、カエサル? それ以上は……」
「それ以上は、何かな?」
困っている私を見て、カエサル様は楽しそうに目を細めるばかりで、やめてくれそうにない。
「もう、わかっているくせに!」
熱くなる頬を隠すように顔を背け、私は小さく息を吐いた。
「わかりましたわ、カエサル。宿へ戻ったら、仕返ししますからね!」
じろりと睨みつけると、カエサル様は肩を揺らして笑った。
「ハハ、ローリスは可愛いな。その言葉だけで、今から頑張れそうだ。それに、今夜を楽しみにしているよ」
「っ……!」
さらに頬が熱くなった、その瞬間。
カエサル様は素早く、私の頬へ口づけを落とした。
⭐︎
「うらやましい。君たちも、ずいぶん仲が良いみたいだね」
不意に背後から聞こえた声に、私の身体がぴくりと強張る。どうやら、それはカエサル様も同じだったようだ。先ほどまで柔らかく細められていた瞳が、一瞬で鋭さを帯びていく。
私たちはゆっくりと振り返った。




