11話
いつにも増して、カエサルの表情はきらきらと輝いて見えた。不思議に思って見つめ返した瞬間、彼はカァッと頬を赤く染める。
その姿に、昨夜の出来事が脳裏をよぎり、今度は私の頬まで熱を帯びてしまった。
「おはよう、ローリス」
「おはようございます、カエサル様」
朝の挨拶を交わすだけなのに、どこかぎこちない。お互いに照れを隠しきれず、視線が合うたび胸の奥がむず痒くなる。
(……なんだか、落ち着かないわ)
「ローリス、朝食の準備が整ったようだ。食堂へ案内しよう」
彼がエスコートするように差し出した手を、そっと取る。この手に触れただけで、積み重ねてきた歳月が伝わってくる。
(キャロルもそうだけど……。カエサル様も相当な訓練を積んできたのね)
鍛え上げられた筋肉もすごかった。
⭐︎
「ローリス、ここが食堂だよ」
考え事をしているうちに、いつの間にか食堂へ到着していた。扉の向こうから漂ってくる香ばしい匂いに、ぐう、と正直なお腹の音が鳴った。
「お腹、空いたね」
「はい、空きました」
行こうか、彼と一緒に食堂へと足を踏み入れて、私は思わず足を止めた。
なんとそこには今日肖像画で見たばかりの人物、亡くなったと聞かされている、彼の両親が食事をしていた。
(ええっ!?)
「おはよう。カエサルが嫁をもらったと聞いてね。居ても立ってもいられず戻ってきたよ」
「ふふ。カエサル、良かったわねぇ」
穏やかに笑う二人には、自然と人を従わせるような威厳がある。さすがはカエサルのご両親だ。私は慌ててスカートの裾を摘み、深く一礼した。
「お義父様、お義母様、おはようございます」
挨拶する、その隣ではカエサルが額に手を当てるようにして、深いため息をつく。
「……はぁ」
「おはようございます、父上、母上。こちらに戻ってくるならひとこと言ってください。陛下に気付かれないように、魔法をかけなくてはならない」
「大丈夫、もうかけてあるから」
「ハハハッ! アーシャの魔法は完璧だ」
目の前で繰り広げられる、私だけが分からない家族だけの会話。その様子に気づいたのか、カエサルがそっと身を寄せ、小声で「あとで話すね」そう言って私の椅子を引いてくれた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
隣へ腰を下ろしたカエサルを見て、向かいに座る夫人が柔らかく微笑む。
「カエサル、素敵なお嬢さんね」
「ええ、母上」
「あなたたちも、私たちのように仲良くするのですよ」
「わかっております」
今私の前で、穏やかに笑うカエサルと優しそうなカエサルの両親。ここは、私を嫌う公爵家とは違い温かな雰囲気が流れている。
(素敵なご両親だわ)
和やかな雰囲気のまま、朝食がはじまった。
⭐︎
朝食を終えたあと、私たちは応接間へと移動した。
応接間の扉が閉められ、カエサルが静かに手を振ると空気がわずかに揺れる。どうやら、彼が遮音魔法を使ったことが分かった。
「さて、話そう。嫁に来た、ローリスさんは私たちが生きていて驚いただろう」
お義父様が腕を組み、低く落ち着いた声で切り出す。
「率直に言うと。私と家内、他の騎士は王家のやり方に疲れてしまった」
その言葉の後に「えぇ」とお義理母様が頷く。
「いくら、生まれながら力の強い騎士一族と魔力の高い魔女一族といっても、あれほど頻繁に我々を使われては持たないわ。私の、魔女一族はかなり怒りを王家に溜めている」
「俺の一族も同じさ」お義父様は大きな息を吐き「魔物討伐の遠征だと幾度も駆り出されて、こっちは疲労困憊。なのに手柄は全部、あの化け狸が持っていく」
その言葉に、部屋の空気が一瞬だけ重くなる。
カエサルは静かに目を伏せたあと、小さく頷いた。
「僕も陛下と直接話をして、父上の言っていたことがようやく分かりました」
そう言って、こちらを一度見てから続ける。
「ローリスも知っているだろう。王家は、自分たちが持つ国の騎士をほとんど使わず、魔物討伐はすべて辺境伯頼りだということを」
私はこくりと頷いた。殿下の代わりに執務をしていたとき届いた、魔物討伐の報告書は明らかにおかしかった。魔物の討伐に辺境伯の騎士たちが出たと聞いていたが、討伐後の報告書には魔物討伐に出たのは王家と騎士だと記されていた。
(おかしいと殿下になんどか伝えたけど、それでいいと話を聞いてくれなかった)
「我々の成果など、奪われても構わない。だが、それに見合う報酬が与えられないのは問題だ」
お義父様の低く押し殺した声には、長年積み重ねてきた不満が滲んでいた。
「陛下へ何度訴えても、聞く耳を持ってはくださらない。このままでは、傷ついた騎士たちを満足に治療することもできず、領民たちまで飢えてしまう」
一度言葉を切り、苦々しげに眉を寄せる。
「……さすがに我々への扱いが酷すぎる。カエサルには悪いが。カエサルが成人し、十分な力を備えた時点で後を託した。そして表向き、俺たちは死んだことにした」
「そうしたらあの人も。自分の息子と同じ歳で、若いカエサルには前のように言えないはず。私達はしばらくは休養して、体力が戻ったら手伝うつもり」
だから安心してと、お義母様が穏やかに微笑む。その声音は柔らかいけれど、その奥に積み重なった疲労までは隠しきれてい。
(……お二人と、古くからいる騎士達は疲れきっている。これは酷すぎる話)
長年、王家に尽くしながら、まるで消耗品のように扱われ続けてきた辺境伯と騎士たちの決断。
その現実に、胸の奥が熱を帯びる。
昨日嫁いできたばかりだとしても、もう私は辺境伯の人間だ。ここで生きていくのなら、使えるものは全部使うべき。
私は勢いよく立ち上がり、胸を叩く。
「お義父様、お義母様、これからは大丈夫です! ここには私がいます。私が研究した魔石爆弾を使えば魔物なんて一撃!! 回復だって任せてください!」
私の行動と発言に驚き、目を丸くするお義父様とお義母様と、なぜかキラキラと目を輝かせるカエサル。
そして。
「ふふっ」
「はははっ!」
お二人はとつぜん笑い出す。その反応を見て私はようやく自分が何を言ったのか気づく。
(ああ! いつもの調子でやってしまったわ……)




