山狩り
「書の通りだ。恩赦の代わりだ。この山のある村を襲ってもらう」
「はいよ。部下もだがな」
男を縛っていた枷が落ちる。
固まって腕を小気味良く動かす。
「で、アンタらは誰のどこの奴らなんだ?直に使えてる男爵様の家来ってわけでもないんだろ」
唇を吊り上げて聞いてるも、返答は馬車に乗った兵士からの石突きだった。
痛いな
「お前が知る必要はない」
「はいよ。それで部下は」
「いいや、そっちは本物の盗賊だ。北の場所に投げ出しておいた上手く使え、お前も似たようなものだろう」
逃げられるわけないか。
荷物の中から乱暴に投げ出されたのは男の得物ーーー極端極まりなく曲がった異国の曲刀
土で汚れた紋章を見て男は鼻で笑う。
「アンタらもな」
互いに全く相手にせず兵士は瓶に収まった液体を差し出す
「それとこれもだ」
「なんだ。こりゃ」
「負けそうなら飲め」
「んだよ。得体のしれねえな」
男は難色を示す。
「ふん。その場合は預かっているペットは豚小屋行きだ」
「まったく。後で愛護団体に寄付でもすることにするよ」
戦場での捕虜は古来より身代金を要求するものだ。
全てが解放されるわけではない。
ましてや片目を失った戦士など、渇きを知る砂漠の民にはなるほど淘汰の対象にすぎない。
そうした捕虜は人道的な扱いを好む現王により、金食い虫となるのだ。
余裕があって羨ましい話だ。豚の餌行きにできるらしいが
指さされた方へ動く前に
「次に暗部のものから荷物が届く届いたとしても積荷に手は出すな」
隻眼の男は聞かず、振り返った。
山の麓、先には平野。男が連れられたときには山の中に押し込められることになった。
だから、感傷なのだろう。
ここが山の胃袋か
イェクはそう呟いた。
「無駄口を叩くな。隻眼」
異国の名を聞いても、自国の言葉で言われてもイェクチャシムは同じ言葉で呼ばれる。
どこの誰であろうとも彼を表現するのは下らなくも致命的なこの矢傷なのだろう。
石突を当てられ両手を挙げた。
南の砂漠は2方を海、一方を越えるに越えられぬ魔界、そして最後の一方を険峻な山とこの国に囲まれている。イェクチャシムと同じくきっと致命的なのだ。
ーーー
夜がきた。暗い時間だ。
リエントは異世界の灯火を知っている。
ならばこそいっそうそう思う。
襲撃すれば、早く面倒から逃れられる。
いなければまた別の箇所を調べる事になるが、待っていても危険なだけだ。集団生活は自慢できるほどに下手くそなのだから。
襲撃、というより奪われていたら奪還するのは巨大な山脈の一つ、山の中腹に貯水ポンプの施設がある。
川の側に、タンクと水かさの位置エネルギーで上の村へ水を送り込む仕組みがこさえられている。何度か見たことはある。その時には遠目に見ただけだが
エフィの持っていた資料で考慮されていたのは毒物の使用による汚染だ。
え…?
視界が急に開ける。
足を滑らせて掘りを覗きかける。
川を辿り降りると分岐のついた水車小屋、を改造したちょっとした要塞が見つかる。
半地下になっていて至近距離までこなければわからないほどに隠密性が高い。
よくみるとカモフラージュされた櫓に古びてるとはいえ縦型の矢狭間が存在している。
それなりには広く十数人は駐在し戦闘を行えるだろう。
弩用のスリットは存在せず塀自体も高いとはいえない。
だが、突破するには攻城兵器が欲しいはずだ。
水の拠点といえば重要であると考えられてもおかしくはない。
絡み付いたツタと葉っぱで隠された石材の要塞、多めの矢狭間をはじめとする数を必要とする要塞の兵器。
だが、人の気配は薄かった。
堅牢な要所として作られながらも破壊痕は無く。それでいて人の気配が少ない。
なぜ?まだ落とされていない。或いはそもそも攻撃を受けていないなら誰かいてもおかしくはない。内陸に存在するから普段は人が少ないにしてもいないと言うのは考え難いはずだ。
「あ」
茂みに隠れる。人がいる。
城塞の中だ。微かに漏れる火の光は遠く深い。
「どれだっけ?」
「全部動かせばいいだろ」
動かす?近付かなくては
鼻に植物の葉が触れる。
音がなるかな?
しかし、茂みの中では火の光が見えるようで見えない。
正面から入って、いやそこまでしなくてもせめて壁に張り付けば
考えに困る。しかし、悩む中でもまた葉が唇、鼻に触れる。
鬱陶しい。
思わず、振り払ってしまう。
ザっと音がなり身を一層ひそめる。
だが、城壁の後ろからはなんの動きも感じなかった。
考えすぎだったのかもしれない。
入るか。
味方なら誤魔化すのに厄介そうだし、敵なら…むしろ殺し合いになって楽かもしれない。
いっそどこかの旗でもくすねてくるべきだった。
壁に沿ってするりと張り付く。そのまま、入口となっている門を覗き込むと、何かの罠が仕掛けられていた。
入り口は防御陣地なだけあって正面の一つだけだ。
目を凝らしても何かがあるようには見えない。暗すぎるのだ。石壁に火をかける代はあるが消えている。いや消されているのか。ランタン、明かりは持ち込んでいるが見えてしまうとややこしい事になる。
あったとしたらトラップの解除方法は詳しくはない。武器で突っつくとか?
いや、そんな事しなくても
石の門から目を離す。
壁に触れる。
するりとすり抜けて入った。
火の明かりが見えた。
さっと、角に張り付く。
遠い。
踏み込んだ。むしろ大胆に
「ああー。あの城に繋がってるのはどれだ?」
遠い声が聞こえる。
通路を踏み込むと開かれたままの扉がる。
妙な窪みだ。
鍵、だろう。
視線を地面に向けると明らかに物が落ちている。
鍵だ。
仮に施設を預かっている職員とすればあまりにも乱暴。
確かに山賊の類がいると聞いている。それを理由として考えたとしても、それならばむしろ戸締りはしっかりとするだろう。
更に暗がりに踏み込むと、管が幾つか見当たる。
どうやら給水施設に繋がっているのだろう。
積水式、だったか。
おそらく水を重ねる事で位置エネルギーを作り目標までの移動を行う仕組みなのだろう。
扉だ。頑丈で輪形の取っ手のついた金属の物々しい扉、しかしその威圧感は無意味に、やはり無防備に開けられている。
本当に毒を入れるつもりなのか?
厄介な。
抜剣する。
先端が曲刀のように逸れながらも刃が付くのは内側。
だが、この武器にそんな事は関係ない。
「全部、開けちまいな」
「ダメだって言われてただろ。あの片目ヤロー、まじウゼエ」
「まあ、良いじゃねえの。国で縛り首になるだけだったんだからよ」
「チッ、ミスりやがったらただじゃおかねえ」
「手下取り上げられれば、腹の一つも立つわな」
この世界の形式なのだろうか?バルブが複数個見当たっている。
部屋の中には2人の男がボロボロの服と刃物を持って何か作業している。
数が多い。
剣をだらりと下げる。チクリと掌が痛み、刃は硬さがないかの様に“たらり”と下がった。
奇襲をかければ、簡単に始末できるだろうか。
だが、それだけでは水道管に傷をつけてしまうかもしれない。
「ていうか。なんでオレらが」
「あれだろ。任せられなかったか」
「それもとも、野郎共から離しておきたかったか」
「ああそうだ。三つ目だったろ。他はブラフ」
つまり、傷をつければややこしいことになる。
それは本当に面倒臭い。家の水も確か川から引いていなかったし、多分こっちか。
止めさせるわけにはいかない。
故にこそ、不意打ち。そして早急に始末を付ける。
腕を引く。
すると、柄と追随するように“しなって”刃の頭が続く。
鞭のようだ。
だが、次の行為は腕よりも早い行動であった。
剣の頭がまるで生きた蛇のように“うねり”中空のまま部屋にイキヨイよく滑り込む。
二つ感じる。終わったな。
ライトでもあればもっと虚をつけただろうか?。
ふと、そう思っていても何の声もしなくなっていた。
腕を振るって剣を戻すと、顔を給水室に覗かせる。
血だまりを二つ、見つけた。
大したこと、無かったな。
リエントは内心でつぶやいた。2人だけだし、ここにいた人間を退けたか。そもそも別の人間か。飲水にもなっている施設を放棄するとは考え難い。いや、新しい戦闘痕は無かったな。
もしかして、知っていた?何かしらで人がいないのを。それとも重要視していなかった?
こぽ
振り返ると奥の奥、管の一つが揺れている。いや、震えている。
なかに仕込まれた機構が働いているように
これは…?
恐らくは同じものであろう管についた取っ手の位置を確認する。管を追って行くと見え辛く隔離された様に箱に並んだ中に名札を見つける。
掠れてる。駄目だ。
他には…?
取っ手の向きだ。音を立てた取っ手と同じ向きをしているのは精々2つほど
水を送っている?。
あの人間達は水を送ろうとしていたという事は
この管を辿ればわかるか?
管の伸びている先、水道管を確認する。四角い石材のタンクに水を積みその位置エネルギーにより押し込む形式だ。
管の先を確認すると身を翻した。
建物の外に出ながら部屋の位置と管の位置を合わせようとする。
いや難しい。
多いわけじゃない。だが、樹木に埋れている。あるいはわざと埋もれる様にしているのだ。
そうだ。エフィが言っていたはず近くに山城があると、その水道なのではないか?
使われてないのなら止まっていてもおかしくはない。
廃城の地図上の位置は確か、…覚えてない。生かしときゃよかった。




