木漏れ日の騎士
ふふ、ふんふんふん
午後の微睡のことだ。
リエントが草刈りを終えてぼうっとしていると鼻歌が聞こえてきた。
「エフィ」
寝転がったまま呟くように口に出した。
「はい。エフィです」
にこやかな少女は深い籠を持ったまま笑顔を見せる。
身体を起こすと雑草を付けながら身を延ばす。
「あれから、どうなったの?」
「ふふふん。そりゃあもう、大満足ですよ」
そう言ったエフィはあれだけの事があってなおイキイキしていた。
「ほらこれ」
頭に何かがかぶさる。
硬い。鉄仮面?
もそもそがちゃがちゃとひっぱり出す。
「兜?」
やけに古びた。それでいて丁寧に整備された鉄兜と隠しきれぬシミのついた房飾りだ。
板金が重ねてあるらしいが、よく見ると掠れた紋が刻まれている。
黄色い竜だろうか?。
「ええ、あの城の隠し部屋にあったんです」
「へえ、誰のだろ」
この興奮気味の口調、さぞなのある英雄なのだろう。
それはそうと、事件の結末について聞いたつもりだったんだけど、具体的には給水施設。
…結局は石材や血まみれで水は止まった。
やっぱり流れ着いて詰まらせたり血液まみれになってしまったらしい。
ああ、見上げた木々の合間から日が覗いていた。
怪物化した怪物の体液まで入り込んで、ポンプが酷いにおいでいまも取り除かれている最中だ。
ごめんね。村はいまも井戸を使って急場を凌いでいる。
リエントは勿論、足場の悪い山道を小屋で水を運ばなきゃならない。
「嵐の騎士です。なんと隠し部屋には彼の記した書面、手紙まで発掘できたんですよ」
「手紙、荒らしの騎士?」
荒くれ?ネットのフルストレスみたいな?
「ええ、そうです。建国王の時代、この地、この山の覇権を争った他部族との戦い。そのための要塞だったんですね」
「国境が狭かった時って事?」
「いいえ、部族同士と言うべきでしょうね。中央部の平原を巡って争っていた地域ですから」
そう述べるとエフィは手紙を広げた。
「異界から来た英雄の真実、古い私信が新しい真実を教えてくれる。やはり最高の快感に…なるはずだというのに。ああ、なんと言う事でしょう」
アルファベット?いいや、それに近いようにも見える。受け取ってすぐに読めなかったのでリエントは考えるのを諦めた。
ぼうっとしているらしい。そういえば転生じゃなくて転移ということか。
割といるらしいがその大半がチートで何かやらかすか、或いは期待されて潰れるか。
嵐の騎士はどこから来たのだろう。いいや、同じ二十一世紀ですらないかもしれない。
「あーん。異界のそれも古代の言葉みたい。幸い嵐の騎士は読書家翻訳家としても知られた人物ですし、直筆の翻訳本に注釈グロスもあります。はやく翻訳ができるといいんですけど」
歴史の浪漫に震えるこの娘は、意外に後の世に名を残すだろうか。
遥か昔、あの世界の歴史の父が口伝を書にしたのが始まりだあえろうが…この世界の考古学とかどんなんなんだろう。
ふと、籠の中に棒が入っているのを見つける。頭には結晶のような石の付いた金細工の棒だ。
お菓子じゃない。残念
「それ、なに。指揮棒?」
「え?いえ、指示棒です。読書に使うものですね」
読書?
そういえば、籠のそばには大きな丁度兜を置いておけるような場所がある。
「ページをめくるのに棒?」
「あら?ご存知ありませんか。ページを手でめくれば手垢がつきます。それに、個人で本を読む事はほとんどありませんが講義としてなら要点を抑えるのにも役に立ちますし汚さないようにするものですね。…綺麗だし貰っちゃおうかな」
時代も世界も違うという事だろうか。
あと、考古学的価値があるならちゃんと納めたほうがいいと思う。
話終えたエフィはあたりを見回す。
視線がやがて止まったのをみてリエントは水差しから水を汲み差し出した。
「ああ、ありがとうございます。…生臭いってオチですか」
事情を知るエフィは水の匂いに思わず警戒する。
戦いの影響というわけだ。
どうも異世界人の支配の時代に由来する高機能な設備があった影響で一度崩れると大変らしい。
つまり水が生臭い。
にっこりと微笑んだ。ちなみに集落の井戸から取ってきた麗しき飲水である。
挑戦心溢れる娘は恐る恐ると匂いを嗅いで、安全を確かめると口をつけた。
勇気あるやつだな。
あるいは水差しに入っているものかと考えたのか。
「本題です」
エフィは飲み物を膝の上に置くと続けた。
「なぜ、陣地に入らなかったのかなぜ報告しなかったんです」
「目的は達成したと思ったからだよ」
「目的ですか。小さな戦い。それも内乱に過ぎませんが貴方には勲章、それから表彰が行われるはずです。勿論土地などは贈られませんが受けない理由のほうが少ないのでは無いでしょうか」
理詰めだった。とはいえリエントが苦手なエフィのように雰囲気が硬いわけではない。
困った。
別に威圧感は感じない。でも、強いて言うならば理由はない。
にも関わらず、人の返答とは早ければ早ければ尊ばれる。
酷く苦手なものだ。加えて暫く大量の人と関わる経験はしていない。
だからだろう。考えていると不意に言ってしまった。
「だって怖いし」
焦ってしまったからだろうか。
エフィの瞳を見つめあい。目を逸らす。
なんと言われるだろうか。弁えろとか?そう言うやつではないけど
そう。何かを言わなくては。えっと
「えっと、疲れるし、その困るし」
視線の中、物凄く上擦った声が出る。気付いた言った後に目があった。
何を考えてるのかもわからない目玉に、焦りがつのる。
殺す?いや、そう言うわけにもいかないし
不味いなあ。あるのかもわからない友情が壊れるかもしれない。
きょとんとエフィは困惑する。だが、やがて頷く。
おもむろに兜を撫でる。丁度、竜の紋章が残るあたりだ。
「《矢を払う魔法》は彼の騎士の魔法から見い出されました。例外なく強力無比な異界の民の魔法、チートは記録石に刻めません。なんでも世界を越えたためだとか、この世にはあり得ざるがゆえだとか。色々言いますけど、こんにちからは遠く。いえきっとこんな私信があると言う事は太古の昔からだったのでしょう。何もわかりません。古い事ですから」
でも、エフィの言葉が静かに響く。
「彼から生まれた魔法は強大な守りとして王の力として信仰すら集めています。きっと異界の民は良く伝え聞くほど恐ろしいだけの存在ではないのかもしれません」
少女は悟りを開いたかのように呟いた。
しばらくの間、時がたった。どんな返答を期待されたのだろうか。
リエントは何も語るつもりはなかった。恐れたわけじゃない。自身の出自などどうだっていい。或いは後になって暴かれたとしてもこの娘は拒絶しないだろう。
ただ、この世界において異世界人は恐れられている。
あえて脅かす必要はない。
言葉とは放つ際には覚悟がいる。人が思うよりもずっと、軽く扱われ過ぎているが下らないと取られる事でも、その悩みが矮小化される事には消してならないのだ。
ふと、エフィは口を開いた。
「ねえリエント卿。この家紋は貴方に預けますっていったらどうします」
囁くように、そして真剣に少女は言った。
「…オレは、そんな褒美を渡されるような成果を上げていないよ」
事実だ。
「まあ、お姫様の救出では不足ですか」
「お姫様がお転婆でね。功績も半分こだよ」
「なら、仕方ありませんね。今回のご褒美は、そうですね」
顎に手を当てて膝立ちのまま悩む。
光がうつろうつろと陰る。木の葉が揺れているのだ。
「そうだわ」
やがて少女は座り直す。
寝転がってる彼を頭を抱えて、膝に上げる。
指が頭に触れた。ゆったり、いったり、きたり。
初めてのされた膝枕。
ごろんと寝転がった視界には小さな顔が映っていた。
前世で、ある美女が言ったという。
私はもうすぐ閻魔様の沙汰を受けるでしょう。どうかこの世のほかの思い出に、もう一度お会いしとうございます。
リエントが死ぬ前に思い出すのは誰の顔であろうか。
…どうでもいいか
もっとも初めから堕落してる人間にはどうだっていいことだ。
リエントはひっそりと目を閉じた。
木陰がさわさわと揺れている。




