山の如くを見上げ
地下へと雪崩れ込み振り返る。
「どっち!?」
「あっちです!」
一瞬だけだ。止まってしまった。
しかし、その間に二人して青くなる。
嫌な軋みを立てた天井から突き破り巨大化した体が場所を塞いでいるのだ。
「こっちだエフィ」
迷うと死ぬ。
真っ青の思考の中、リエントはエフィの腕を掴んで反対方向に走った。
「どちらへ?」
「とにかく逃げる!」
道なんてわかるものか。
リエントの頭にあるのは行動と逃げる事だった。
階段を駆け上がり城の内部に再び出る事ができる。
しかし、今度は内部。
城の知見なんて無いというのに
「リエント卿、多分、こっちです」
今度はエフィが腕を掴み引っ張り出す。
リエントは迷わず走った。
ふりかえると怪物、一体どう動いたのか妙に複雑な構造をしている。
この城が要所としての扱いを受けているならばきっと単純な構造をしている場所もあったのだろう。
装飾の剥がれた壁、白く整えられた壁、埃をかぶっても飾り付けられた家具。
きっと本来は城主などが使う場所なのだろうか。
ふと、そう思ったのも束の間にどこからか外に出た。
いつのまにか城門の前までやってきて一息をつくまで
ふとエフィの足が止まる。
「行こう。早く」
しかし、腕は重くリエントもつられて立ち止まる。
振り返ると、巨大な怪物は別の方向へ動き出していたのだ。
幸運じゃないか。
「ダメです」
エフィは呟く。
視線の先には怪物の向かう場所、城の敷地から出ようとしている。
沢の先、なだらかに小川に出る方向だ。
「あのイェクが目的意識を保っているのならば、放っておけば村に行ってしまいます」
「そんなの」
「…せめて、時間を稼がなければ」
今度はリエントがエフィをとめた。
「時間を稼いでどうにかなるの?」
「はい。見たところ大きいだけですし、最悪でも兵器で山ごと吹き飛ばせば処せると思います」
そんなんあるんだ。
「…難民って、どんな扱いになる?」
「え、そうですね。近場の村か街。今回の場合は麓の街で一時的に収容することになると思いますけど、ああそうですね。村人の皆様のことを気になさっているんですね」
いや、それはどちらでもいいがちょっと止めれば良いのなら
「わかった。オレがやる」
「え、なんとかなりますか」
「どうだろう」
リエントは大真面目に答えた。
「確証ないんですか」
「確証を持てるものの方が世の中には少ないと思うよ」
それに、リエントはある意味で戦わない。
というか雑兵のようなものである以上いてもしょうがない。
固執しても仕方がないし、むしろ苦労する気がする場合は見捨てるべきだが生活インフラを守れるならそれに越したことはない。
「死霊の手鎌ならなんとかなるかなって」
「城砦を攻略した事もあると聞きます。できてもおかしくは無いですね」
「それに君の方が話を通すにはいい。あと」
エフィは首を傾げる。
「あと?」
「この武器なら壊れても痛くない」
エフィは微妙そうな顔をする。
「それは、そうですね。…代償の重さから、死者をも貪るという記述から忌避される傾向にありますが」
納得した。判断すると踏み出した。
エフィは戸惑って、そして山を降り始めた。
その姿を見届けると振り返る。
リエントは今一度、城の敷居を跨ぐ。
もはや人の気配はない。ただ廃城に怪物が一つ聳えていた。
走り込んだところで、見られていると確かに感じる。
手元にある武器を握る。
どうせ、自分の命なんて軽い。
生きればめっけもの、死ねばその程度。リターンが大きく苦しみが少ないならば手を出さない理由は少ない。
「爆ぜよ」
剣が、その体裁を保つのをやめる。
剣身が膨れ上がり、そして分裂する。
十、二十、百、千
その先端は人権の手、腕を奪われた人の腕。或いは、この剣の食った人間の腕で、そして新たに怪物を加えようと伸びた。
巨人の初手は咆哮、声を出した。
いくつもの城石が震える不快というよりも大きい音だった。
リエントは肩を震わせる。脳裏の内臓が軋みそうな不快感。
騒音は苦手なんだ。不快ではない分マシだろうか。
リエント本人は怯んでも魔物のような魔剣は止まらない。
悍ましい触手を伸ばし城の床を這いながらとりつく。
滲み肉が爆ぜた。
端々から途轍もなく肥大化した肉と石片を引きちぎり奪い合いが始まる。
怪物が攻撃姿勢に入る。
醜く群がられたままだ。
すなわち巨体による突撃。小細工など不要だ。質量攻撃なのだと
意思があるかも定かではないがイェクが慣れていないのかもしれない。
触手の腕達はへし折れる千切れ飛ぶ。
ああ、止まらないか。
リエントしては巻き込まれるわけにはいかない。
死にたくはないのだからとあたりを見回すと壊れている城の内壁の境があった。
幸運でちょうどいい。
壁の合間に、身を投げ出し逃げる。
視線を遮るのは唐突な石、道を塞がれたのだ。
落石。
というより剥離した城だろうか。
なんて、厄介。
なにより咄嗟のチートでは着地するものは回避もできない。
地面が揺れる。
振り返れば剣の触手を引きづりながらも顔をのぞかせる。
右の腕に張り付いた魔剣を辿ったのだろう。
酷くグロテスクな血だらけの相貌が死霊の手鎌の隙間からのぞいている。
ーーーダメージが足りてない?。
咆哮、今一度地を揺らすほどの強烈な振動だ
リエントはまたも怯んだ。
だが、今度は自分が動かなければならなかった。
狙われるのは自らなのだから
土砂に塗れながらも顔を出したリエントはひっそりと怪物を伺う。
武器の通りが悪い?。仕方がない逃げよう。
リエントは割と直ぐにそう思った。
触手だけが伸びて鋭さで傷をつけても重さも乗らなければ立ち位置も微妙だ。
自力で斬りに行けばダメージは与えられるか?でも、それは嫌だなぁ。
殆ど重戦車だし異常な存在に頑張って動き回っても個人の人生にはプラスにならないことも多い。むしろ、世の中は誰かがマイナスを請け負う形で成立してるわけじゃないか。
ふと見上げると、怪物の血みどろで欠損した顔のような一部分。
怪物が転がる。
踏み潰す気だ。コイツ
しかし、むしろじっとして、“すり抜けた”。
リエントは咄嗟にチートを使ったのだ。
すり抜けの効果で肉の断面にするりと入り込んだ。
まだ、リエントの身体はすり抜ける状態のままだ。怪物は転がってきている以上はこのまま通り過ぎる。
悍ましい肉の断面を想像していた。でも肉というよりは石材や死体が癒着した気味の悪い練り物といった状態だった。
断面が目の前に嫌に悍ましい。
何かの中身なんて見たいわけでもない。目を瞑る。
「いた」
足だろうか?怪我したらしい。
痛みが治るまでジッとして待った。
一人でジッとしていると、ある種の焦燥感が精神を焦がす。他に何ができるだろうか。何をするべきだろうか。しなければならないだろうと、でもそれじゃあ感情の奴隷、強迫観念に支配されているだけの操り人形にすぎない。
そう、こういう時はジッとするべきなのだ。
心臓がゆっくりと鳴る。
例えばそう助かる要素を考えよう。今はエフィはどこにいるだろう?直ぐにでも救助がいる。武器の力があっても人力で怪物にダメージを与えるのはかなり難しい。いいや、足止めと言っていたな。
ならばどこかで待ち受ける形で陣形をひいているのかも知れない。それは困ったな。
仕方ない。脱出しよう。
リエントは目を開ける。
いつのまにか、怪物は背中をむけ剣から伸びた触手を引きづり去ろうとしていた。
随分な巨体だ。
まあきっとコレで足止めは成功していると言えるだろう。
城の横にある崖の側、ゆらゆらと揺れている。
崖になっている。
崖の横だ。かなり高い。
そもそも今のアレに意思があるのだろうか。
そう疑問に思った時だった。
今まで名残のように歩く肉体は遠くなっているようには見えない。
にも関わらず、剣の触手が凄まじい速さで引き出されていく。
リエントは咄嗟に柄を掴んだ。
棘のように異物感が食い込む。
足が引きづられる。体が浮遊感と共に動き出した。
転倒?転倒しているのか。
いや、そんなことは巻き込まれて転がって巻き込まれてしまう。
手を離さなければ
思考を巡らせた時にはすでに遅く身体が瞬間的に浮き上がっている。
浮いた視界の中に水の流れる。崖の下、沢の音だ。
もみくちゃに視界を揺らしながら城の一角であろうどこかに身体がひっかかる。
脳を揺らされる。ふらふらする。
2階、くらいだろうか。城の頭の尖塔であった。
視界の中、巨体の怪物と崖が同時に存在している。
そうだ。
崖から叩きつければいいのではないか?
思いつき、そうして行動を移していた。
死霊の手鎌の触手を尖塔に絡みつけ、引っ張る。
動かない。人力でしかないのだ。
どうする?
硬直化した思考の中、出た行動はおそらく、そして無様なことにこの世界で生きる荒事で頼り切っていたからだろう。
「縮め」
短い命令を死霊の手鎌が聞きつける。
リエントの口から苦痛が漏れる。
既に皮膚の内側に侵入していた武器の一部が蠢く。
死霊の手鎌は伸びる武器だ。
同時に、縮む事で元の姿に戻る武器でもある。
急速に長さが縮み、リエントの身体が先に叩きつけられた。
つま先の一部が城のヘリに引っかかることで、強烈な圧迫
その代償か。
尖った尖塔を軸にして怪物の巨体を空中に投げ出した。
同時に、リエントの体も反対側の重しを失い空へと浮かぶ。
余計なことをしなければよかった。
空中で唇を噛み締める。
浅い思いつきのツケを払わされたのだった。




