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イェクチャシム

 男たちの中から一人の人物が進み出てくる。

粗野なそして乱暴な顔、何よりの特徴は隻眼。

その腰には儀礼的な杖が下がっている。最初に会った男だ。

 待たれている?

最初に会った男で、先に城へ入って、…狩りやすい場所で待たれている。

待ち伏せ、時間があったんじゃない。危険な場所に入らなかったからだ。

エフィが追いついてきた。

 何処か少女は渋い顔をしている。

「あの杖、私の杖です。矢を払う魔法を覚えている記憶石が付いているんです」

 少女の声は、静寂のせいか少し大きく響いた。

リエントにその正体を伝えようとしたのだろう。

魔法の杖?

 本当に?そんな滅多に手に入るような物じゃない。

リエントは一応魔法と呼ばれている力があるが、それはただの異世界チートにすぎない。

 そもそも、武装集団に突っ込んだとしてもぽんぽん現れるような物じゃないし、往々にしてとんでもない性能をしている…らしい

だからこそのチート呼び、ズルっこなのだ。


「見つけたぞ。魔法使い」

 隻眼の男、イェクチャシムが漸く声を出した。

魔法使い。その言葉にエフィが杖として構える。

だが異世界としての機構があるにしろ正体はおそらく銃、銃口が下、ストックが上になっている。

イェクは鼻で笑う。

「それの魔法を知っているのか?」

「何かしらの投射、以前見た限りでは理解しているつもりです」

 ふん、イェクはせせら笑う。

実際に全く警戒している節はない。

知っているのか。使い方を

「まあ、お前のことじゃない。そっちの奇怪な魔法の剣士だ。」

「記憶石を持っているんですか?」

「剣のことを勘違いしているんじゃない?」

チートに記録石は用いられない。実際には別の力でもおかしくはないだろう。

「そうでしょうか。いえ、そもそも死霊の手鎌は使ったら死ぬとか」

 エフィは納得いっていないのか呟く。

魔法の武器ではあると思う。それに、まだ見せては無いはずだが実際にある。本当に余計なことを言う。

エフィは少し進みでて、魔法を行使しようとしたのだろうか、眉を顰める。

そこでイェクチャシムもエフィに顔に気付いた。

面識があったのだろうか?誰だか分かったというように反応した。

片手の中の剣が機嫌良さそうにチクチクと掌をつつく。集中できないからやめて欲しい。

「お前に用のあった連中はどうした。いや、丁度いい」

 右手にシャムシール、左手に杖

牙を剥くと醜悪な獣が獲物を嬲ろうと笑った。

「オレはお前らが大っ嫌いなんだ」

視界の端で、ただの棒切れである事を理解したのか杖、あるいは銃を下げた。

エフィが動揺を滲ませて呟く。

「もう、囲まれてるなんて」

リエントは剣をしっかり握り込む。

「飛べ《四円の鳥》」

魔法兵が一人、夜空へ飛び立ち逃げ出す。

「ほうっておけ、むしろありがたい。なにせ繋ぎになる」

繋ぎ…?

「お前たちには関係ない。それに、つまらん賊がまともに殺り合えるとは思っちゃいないさ」

 リエントは腕を後ろに向け、エフィを下がらせながら自らも階段へ下がった。

多数に囲まれている。三方から襲われればひとたまりもなく。そして一方向でも疲弊することからは逃れられない。だが、やらないよりはいい。

 数を制限する必要がある。

そう。手段をまとめたときだった。ならず者もまた動き出す。

イェクは宣言する。

「テメェらは何も考えんな。おら、さっさと集り殺せ!」

奴等の首を取ればあの女と酒をくれてやる。

 男は短くそれだけを告げる。

徒党を組んだ山賊たちは我先にと鬨の声を上げて急速に襲いかかってきた。

細い階段に誘い込むが押し込まれる形になって間に合わない。

リエントはエフィを庇いながら、命令した。

或いは、詠唱のように聞こえるだろうか?

「爆ぜろ。バケモノ」

剣が、その体裁を保つのをやめる。

剣身が膨れ上がり、そして分裂する。

十、二十、百、千

 その先端は人権の手、腕を奪われた人の腕。或いは、この剣の食った人間の腕だろう。

幾つもの指が掴もうと伸ばした先には恐怖と動揺、麻痺した思考がこびりついている。

 一つ一つの腕が山賊に殺到する。

腕を掴み、足を掴み、腹に縋りつき、首を捕らえて、口腔を埋める。

鮮血が滲み弾ける。

ねじ伏せるように狭い通路を揉みくちゃに“食い荒らす”新しい腕を欲して人体を取り込んでいるのだ。

おそらく、いいや見るまでもないが外とも人間を殺そうと蠢いているはずだ。

「その手」

エフィが呟くのをよそに、武器を持っていない手で武器を引き抜いた。

 肩ほどまで入り込んでいたものが、“すり抜ける”。

後ろで息を飲むがわかる

「それが、使えば死ぬ理由ですか」

引き抜いた後の剣の柄、血みどろに引き抜かれたそれは触手であった。

引っこ抜かれた後にものたうち回っている。ああ、ここにあったはずなのにと

血管のように伸び、使い手を食らおうとする剣士のなれはて、運が良ければ利き腕を失うほどで済むという。

 強烈極まりない殺戮能力、強力で味方も食える力。そんな危険物を預けられるのは本来信頼のおける人物であり、強力であるからこそ手放せない。

だからこそ、この武器の担い手であることは栄光であり、同時にひどく疎まれる。


 剣の合間を潜って外に出る。

人が目の前を通ってどこか死霊の手鎌から逃れようとしている。

 リエントは顔を顰めた。誰かが逃げていったからではない。

意味がない。それよりもアレだ。隻眼のイェク。

「…これだから、超常の力という奴は嫌いなんだ」

 イェクはしゃがみ込んでいた。

リエントの武器は体の一部というわけではない。

感覚が通っていないからか何が起きているかはわからない。

死霊の手鎌は肝心のイェクに傷をつけられていなかった。空間に壁が存在するように、イェクの周りに阻まれていた。

道具の力で沢山の命を奪い。無手のまま出てくるリエントに対してイェクはため息を吐く。

「随分、バラバラになった。いいのか?」

 もう大半が逃げ出しているだろう。恐怖で、そしてそれは実に正しい。

人とは特別ではあり得ない。誤魔化された尊さを掲げて自己犠牲と情熱を正当化しても結局のところ生物という仕組み以上のものではない。

 はは

乾いたようにイェクは笑った。何を言っているんだかと何処か呆れたように笑った。

「当然だな。そりゃそうだ。あれは正規兵というわけではない民兵、しかも罪人で然るべき価値を見出せる人間が指揮をとってないときた。そりゃあ直ぐにでも崩れる。かくいう俺だって逃げたい」

 再び剣の柄を握り命令を出す。攻撃せよ。と

野放図に人を荒らしまわっていた触手の群れはしゃがみ込んだイェクに殺到する。

たかり殺すために球体状に群がり、そして人一人にしては大きすぎて綺麗すぎる球を描いた塊になった。

 手で引っ張ると悍ましく這いずらせながらも触手は引き下がる。

だが、同じように範囲の内側に通らなかったのだろう。無傷の男が現れた。

 リエントは死霊の手鎌をむんずと掴むと強引に収縮させる。

ぞわりとした感触が肉体への侵略を感じさせる。どこかで外さないと

この手が通じないとあれば仕切り直しだ。

「いいのかお前こそ」

イェクは鼻で笑う。

 硬い石の階段を靴が踏む音が聞こえる。

エフィだ。エフィが登ってきたのだ。

「あれは…私の杖ですか」

 少女は呟いた。

杖?ああ、地下で言っていた無くなると困るもの。

再び、イェクを見ると右手の曲刀とは反対に装飾を施された杖を持っている。

どこか。警戒したようにイェクは言う。

死霊の手鎌は使っていても怖い。というか使ったら死ぬ武器だ。

「そうだとも…、音に聞く弓矢殺し、この魔法が矢払いだろう?全く。クソみたいな雑魚を処された時にゃあなんて事だと思ったもんだが、まさに王の権威様々。どうにも魔法じゃないんだろ、そいつ。全くよくわからんバケモンもなんとかしてくれるってわけだ」

エフィは一度目を瞑り、そして開けて目を瞑った。

 既に切り替えたのかエフィは告げる。

「全く困りました。リエント卿、奪うか。最悪壊してください。ねっと」

 背後から迫った気配に階段から離れ横に進み出る。

直後背後から弓矢が通る。

エフィは弓矢を番え顔面上、続いて正面に構え矢継ぎ早に撃った。

 その全ては中空でぴたりと張り付くように止まる。

「聞いてなかったか?遠距離攻撃に対する圧倒、突破するには眉唾だが砲を雨霰とぶち込むしかねぇ魔法だ。無意味にも程がある」

賊は足を進め、曲刀で斬りかかる。

エフィの回避行動を尻目にリエントは前に出る。

 しかし、ならず者は全く動じなかった。

まるで余裕に無造作に杖を突き出す。

とっさに剣を盾にすると距離があるのに関わらず『身体を突き抜ける』

 衝撃波?が身体を駆け抜けた。弾き飛ばされる。

「そして恐ろしい事に近付いたとしても遠当てを跳ね除ける魔法が人間にすら作用する。魔法ってのは恐ろしいねぇ」

「知りませんでしたか?」

淡々としたエフィの声がする。

「なにを?」

ギロリとイェクはにらみつける。

「魔法とは即ち見い出すもの。そこに知恵は介在せず肉体は介在せず人の世の理一つ介在しない。閃きとはその時、一瞬のことを示します」

「はっ、上等な魔法が使えるって?ソレの魔法が使えなかった事を忘れたか?」

スラリと剣を構える。

「如何にもですが株分けである以上に一瞬のモノ、つまり見い出した本人でさえ記録石なしには何度も使うことが出来ない」

「それで?」

「あなたには、見い出すべきヴィジョンがない」

どこかテキトウにエフィは切りかかった。しかし弾かれるリエントと同じだが、踏み止まった。鍔迫り合い。

 目を細めたならず者は曲刀を持ったまま杖に両手をかける。その体躯は少女のもの。

両手持ちに持ち替えられると当たりだが肉体が違う。ジリジリと押される。

 まずいか?

リエントは剣を拾うと、急激に加速し斬りかかる。

 チェンジだった。エフィはふらっと剣を払い退がる。

見てとるとリエントは斬り込む。交代を待っていたのだろう。

イェクはちょっとした慣性を受けながらも悠々と立て直し剣を受けた。

同じく鍔迫り合いに…、ならばこそ伸びよ剣よ。

急速に伸びる剣身が曲がって武器越しに打ち据えようとする。

「お前のソイツは危険だからな」

しかし、イェクは片手の杖を向けると、まただ。

不可視の衝撃が、武器を弾きこの身体も吹き飛ばそうとする。

リエントは咄嗟に靴を踏み締めた。

 まるで風船だ。うちから圧をかけた膜を張られているかの様に武器の刃が止まっている。

力をかけ方を変えてみてもみても動くそぶりはない。

構図自体は膠着と変わらない。鍔迫り合いだ。

 片手の剣、曲刀シャムシールが閃く。

「うっ」

 首を狙ったのか上段へ向いた剣を、そういえば

この賊は、お前の魔法は危険だといっていたな?

だが、リエントは魔法を見せていない。

見せたのは死霊の手鎌の、魔剣の力だけ

 すうっと“すり抜ける”

刃が視線の先を通って消えた。

「なんだと、それはッ」

 知らないと言うことは奇襲に使えると言うことなのだ。

低くした姿勢からの、刺突。

ざっくりと剣先がめり込む。

 惜しい。

イェクは転がって逃げ出した。

それでも左腕から赤い血を流している。

血の匂いを聞きつけた剣から触手が伸びてイェクに迫る。

とっさにだろう。随分警戒していることもあって左手を振るい弾き飛ばした。

杖の先を死霊の手鎌から離さない。

魔法だ。その名は《矢を払う魔法》

 風を切る音がする。

一矢、弓矢を弦が放つ音がする。チラリと男は気にしたが結局無視する。

 《矢を払う魔法》というくらいだ。

無意味と思ったのだろう。


しかし確実に、弓矢を払う魔法をすり抜ける。

男は見向きもーーーせずに刺さる直前に身を翻した。

 赤い液が跳ねる。腕から一筋に血液を流しているのだ。

「どういう事だ!」

当たると気付いたのか。

シャムシールが、急角度で動き落とされた矢羽が目の前で転がった。

ふっと剣が魔力をすり抜ける。

 機会か?

認識するとリエントは切り掛かるが今度は飛び退いた。

元々、初めて触る道具だ。信用ができなくなったと言うところだろうか。

視野も狭く…

 いや、ならず者の目は奥のエフィを追っている。

接敵、そして真っ直ぐに刺突する。

杖を直接振るって弾き飛ばす事を試みられた。

リエントは飛ばされないように剣を引き、押し込める位置で構える。

 鍔迫り合い。

リエントの剣は空中で止められて浮いている。

矢を払う魔法で受けたのだ。

だが、その儀仗杖は身を守る位置から決して離されていない。

位置を変え、負荷を変え、剣圧を浮かせて惑わせる。回避と攻撃以上に思考スペースを削減するための行為

 エフィが回り込んだ。攻撃を試みたのだ。

しかし当然かイェクはリエントへの攻撃圧の掛け方を変え距離を取るように動き出す。

リエントも妨害しようと鍔迫り合いの掛け方を変えるが、自然と移動する形になる。


 エフィがふわりと出て剣を振るった。

「やはり、魔法を見い出す事を知らないんですね」

イェクは果たして、気を取られた。

一度、攻撃を受けたその事実が警戒心を刺激したのだ。

 リエントも忘れさせないように負荷をかけるために武器に体重をかける。

刃先が魔法の守りに切り込んだ。剣が沈み込む。杖から現れた魔力の力の内側に

“ハリ”が甘いのだ。弓が軋む音がする、すぐ後ろ構えている。


 ヒラリと空が煌めいた。

刃?いいや、鏃だ。

大きく曲げて放たれた弓矢だ。遅い。だからこそ、意識する。

「つまらん仕掛けだッ」

「ええ、そして」

杖が振り上げられる。杖と直線で重なった瞬間だった。

重力に引かれて落下する鏃は、弾き飛ばされる。

 指向性?。

リエントは視線が完全に離れた瞬間に回り込む。

2射目、弓矢が音を鳴らす。

イェクの反応は遅れた。回り込まれた事に気を取られ杖を持っていた左手に突き刺さる。

「矢払いなどと言う名は所詮人がつけたものに過ぎないと言うことです」

眼前だ。目の前にあと少しでの負傷に、ならず者のイェクは目を見開いた。

「魔法は?切らしてないはず」

エフィも切り込むつもりだったのだろう。

弓矢を防いだ後に小剣を突き刺すため腕が伸ばされる。

 イェクは目を伏せる。

「余分だ。飛び道具ってのは融通が効かない」

ふっと撓められた剣を振るい動揺のうちに踏み込む。しかして杖を捨てると曲刀で跳ね除けられた。

 エフィは“もろ”に剣を合わせてしまった。

 比較して小さな身体が大きく傾げる。

リエントは一度、“待った”

エフィは体格的に武器を持って真正面からの打ち合いには向かないだろう。それはわかる。

 だが、弓矢を、しかも閉所で当てられる腕を持ち、剣術も嗜んでいる。

リエントの知らなかった事実であり、なにより怪我をする。

弓矢が顔の横を通り抜けていった時から気づいていた。

互いに何をするのかわかっていないコンビ、窮地での連携など不可能だ。

どうなってるのか認識しづらい魔剣による理外の力なんて以ての外、手持ちの剣かその延長が妨害しあわない限界だろう。

 慣れない連携をして怪我をするよりも隙を伺うべきなのだ。

条件があるようだが杖には矢への耐性があり、エフィの体躯では力の掛け合いにどうしても劣る。

だが同時に膠着に付き合っていたのはリエントが膠着の崩壊に目を付け飛び込むためであった。イェクが攻撃姿勢の隙をだすのを待っていたのだ。

 突進、剣を突き込む。

うっすらと液体が闇に散る。出血だ。

イェクは杖を捨ててしまっている。

そのためか。間合いと立ち位置で複数戦を仕掛けようと距離を取った。

視界の端でエフィがしゃがむ。

 回り込むようにリエントは回り込む。

押されてる。自覚があったからだろう。

しゃがみ込んだ。有利に進めていた相手であるエフィへ振り返り曲刀を振りかぶった。

 少女は身体を伸ばし体勢が整わないまま突きを放つ。

差し込まれたのは杖だ。

その杖の魔法はイェクの肉体を大きくのけぞらせた。

 使い手の筋力も体勢とも関係がないのだろう。


エフィの杖、戦場の支配者たる弓矢を制する。

《矢を払う魔法》

エフィはその使い方を知っている。


疑問なんて興味はなかった。

 使えなければ何かしらあるだろう弱点などつけるものだろうか?

何より、身体の体勢とは関係なく力場を放つ魔法だ。

 怯んだイェクにエフィは走り出した。

 自らも使い理解しているからだろう。

咄嗟にイェクは防御姿勢を取る。顔を庇う。

走りの姿勢をそのままに身体を捻り、杖を振るうと空間を押しつぶすようなプレッシャー。

指向性を持つ力場が、イェクの顔面を腕の上から歪ませる。

「ぬ、おお」

 リエントは更に回り込む。

目が合った。イェクの目だ。

 押しつぶされることになった腕を回し、首の前に剣を構える。

直ぐに反応できる急所の位置、決定的にして防ぐべき即死

だろうね。でもそんなところは狙わない。

 横ばらに切り払い。死霊の手鎌が突き刺さる。

「うお、おおぉ」

苦しまぎれの呻きと血液が噴き出す。

邪悪な魔剣が歓喜を示す。このまま食おうというのだ。

反射的に降りてきたのだろう曲刀の手首を掴むと自然とイェクは膝を着いた。

「ーーーリエント卿」

 鋼のように冷たいエフィの声が聞こえる。

リエントは剣を引き抜く。ちょっとビビったとも言う。

イェクは荒く息をつくと、しゃがみ込んだ。

毒バチに刺されたような掌の痛み。厄介な末路を辿る前に引き抜いた。

「イェク・チャシム、貴公がいかな手段で外へ出て我々に牙をむけているのかは知りません。ですが、今の現状は見ての通りあなたが敗勢。今、武器を捨て投降するというのならば私の杖を盗み使用した事は目を瞑りましょう」

「…いかな手段を用いたかは知らない。か」

イェクはふらりと足元を揺らす。

「力関係ってのが残酷なことはわかったぜ。ケツの青いメスガキが」

イェクは強い言葉で吐き捨てた。

リエントは剣を構えた。

エフィが手で制する。

「もし、貴方の手があれば何かわかることがあるかも知れません。もし貴方が覚えていることがあれば厚遇しましょう」

恐怖心を振り切るように、首を振る。

「意味がない。お前では遅すぎる。仕方がないってやつだ。得体の知れないが、それでも不利を覆すには次を手に入れるしか…ない」

 男は腕輪を掴む。

きいいと何かの作動する音がする。

腕輪の装飾が、凹んだ。腕の中に何かを押し込んだように

「ま、待ってください!」

エフィの言葉を無視してリエントは剣を切り付ける。

 しかし、件の右腕が爆発的な巨大化を見せる。

剣は皮膚に弾かれ張り付いた。

 え?

足が浮き出した。

武器は張り付き、吸いついている。

リエントは武器ごと“すり抜ける”。

巨大化し続けるイェクチャシムが眼前から近くへ迫る。

落下により風景が流れ、足がついた所でリエントは一も二もなく逃げ出した。

胸部、腹部、左腕、下腹、頭部、両脚。その全てが膨れ上がり出す。

城の中庭の築材を巻き込みながら、そして死体や武器。

 着地したリエントの目の前で誰かの足がぶらんと揺れる。誰かの手が力なさげに乱立し掲げられた。胸像の言葉通りに胸だけ迫り出し、誰か達の顔が愛し合うわけでもないのに不気味な、人間には不可能な体勢で口付けをしていた。

 その全てが、怪物の身体から生えている。

そう怪物だ。化け物?そうだ。もう人じゃあない。

築材だけでは気づかなかったかも知れないが、全てを貼り付けて呑み込んでいる。

エフィが臆して一歩下がる。

「…隷兵のメダリオン。南ローマ王国の遺物がなぜこんな所に」

 その襟首を鷲掴みにするとリエントは背後に走り出した。

自爆だ。

 石で出来た足場を走り抜ける。

肉体がすり抜けていく。正面だ。

肉体の飛翔と加速感、もう直ぐに地面から足が離れた。

壁を通れば直線で通れば最短を走れる。

このままで、エフィを連れてそのままーーー

「いったい!」

 額を石の壁で強かに打ち付けた。

二人とも弾かれて転がる。

思わず、振り返り膨れる物を確認する。

 なぜ?どうして

リエントの中では確かに、壁のすり抜けが起こるはずだったのだ。

精神の一部が再度すり抜けを始める。

恐慌が動揺が、心臓の酷い速さを確認する。

「何をしてるんですか!」

「失敗した。抜道から出よう。ええと道は」

ひっくり返った。エフィは困惑したのだろう目を剥いている。

 珍しい表情だ。

覚えてない。記憶力がないのだ。

「こっちです」

エフィが手を出して掴み上げる。

「ああ、間に合うかな」

「多分きっと」


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