杖を求めて
夜中の最中、地下で石壁の冷気を感じる。
エフィは暗部の人間が倒れ動かないのを見て目を伏せる。
戦いの高揚と緊張が抜けたのだろう。その姿には酷く疲労を感じさせる。
「助かりました。でも、そういえば卿は騎士でしたね」
こてんとリエントは首を傾げた。
「別に軍人じゃないし」
「え?」
こてんとエフィが首を傾げる。
「確かに貴方は身勝手ですけど…」
話の途切れた所でリエントには都合がいい。
「ところで、逃げる?」
「ええっとまずは」
それこそ助かった。
リエントは頭が悪いしこの場所の知識もない。
だから、地形を調べて奇襲を仕掛けて仕掛けてしまいたかった。
その思惑は失敗した上にしかも推定の頭は頑強で強かった。
撤退だ。
リスクヘッジ、強いやつに相手の土俵で一人とかやってられない。
エフィにくっついて逃げてしまえばいい。嫌とは言わないだろう。
「そうだ。私の荷物を見ませんでしたか?」
「荷物?いいや、オレは隠し扉みたいなところから入ってきたし」
「隠し扉ですか。ああ、彼らなら知っていてもおかしくないのか」
エフィは彼女のいう彼らの死体の傍にしゃがみ込むと、衣服の中に手を入れ短めで暗色の短剣を二本とも、どうやら一般的ではない矢筒と折りたたみ弓の予備もくすねた。
最後に上着を奪うと自らを覆った。
「もう一人、こんな姿の女がいませんでしたか」
「いや、見てないよ」
「そうですか。それから…」
困った様に、少し言いづらそうに、へらっと微笑む。
「私の杖はちょっと奪われると困る物でして、ええと」
「それ、本当に必要なもの?」
「なくすと困るというか。仕方がないので一人でも探すことになります」
「…わかった」
正直、リエントとしては初撃に気付かれた時点で撤退するべきだった。奇襲で一度撃たせてもらえるなら、殺せる。そう思ったから来たに過ぎないのだ。だから、まあちょっと探し物をするくらいなら別にいいか
「わかった探そう」
倉庫だろうかそれとも誰かの手元だろうか。近くならばよし、そうでないならば諦めるだろう。
はじめに荒らしてしまった以上早く城を出たいが、世の中の全ては納得が優先されるべきだ。
「助かります。多分、近くです。上の城にある方が手に取りやすいでしょうけど、彼等は価値を分かっている。誰彼構わず手に取れる場所にはないでしょう」
遭遇戦になった部屋から出ると冷たくも暗い廊下は静まり返っていた。人がくるような通路ではないのだろう。少し出ると広間のようになって部屋が並んでいる。
エフィを伺うとうなづいた。
隣を覗いてもいまは使われていないのであろう部屋があった。
次を覗けば書斎、次もまた本来はどこからか引かれた水の流れているだろう部屋。
使われていない部屋、どうやら生活スペース。
どこにもない。そう思ったのは最後に武器庫のような場所を見つけたその時だった。
「武器だ」
さっと、エフィが滑り込んでいく。
リエントも続いて中身を検める。
一つ、鉄の穂先のついた武器をとる。しかし、半地下である事が災いして湿気が酷いのか錆いた。あるいは長く置かれて誰も触っていなかったのか。
「すみません。なかったみたいです」
そんなもんだろう。
「ん?」
脇に固められている布の塊のような物がちらりと目に入る。
杖と言われているから目についたのだろうか。
棒状の物体は妙にひしゃげていて曲がった箇所を境に極端に長さが違う。大きさは立て掛ければ胸のあたりほどだろうか。
「エフィ、これは?」
「それは、私のものではないようですが、あれ見覚えのあるような…」
エフィが進み出て布に触れる。
包み方が緩かったのだろう。するりと、布は解け中から“杖”が転がり落ちる。
カン、
酷く硬質な音だ。
木というよりは鉄、杖というよりは筒。
なるほど、ところでリエントは言うならば異世界人なわけで
だからだろう。目が離せなくなった。
「あ、この杖は暗部にいた魔法兵のです。なぜ手放して…?」
銃、それも銃身の長いライフル銃
それも縄がないので初期のマッチロックではない。使用済みだから?だといいけど
確かにファンタジー世界の住人が見たら魔法の杖で、まさか持ち主は異世界人?ならばチートを使うのか。無いならないで楽なのに
とはいえ、異世界人であるといえども正直興味のない鉄屑の詳しい機構なんてなんか知るはずもない。チートで作ったとか?
リエントはふと天井を意識する。
問題なのはこれを使ってくる山賊であった場合であり、斉射が飛んでくるのか。それとも音を聞いた時点ではもう遅い類のものなのか。そこが疑問であり、難題であると言える。
「これは持ち帰りたいですけど、私の杖ではありませんね」
でも厄介に絡まれるなら回収しておくべきだろうけど、後は地上階か。
扉に手を掛けると、音を立てて開かせた。
聞かれただろうか。困ったな。
思う間も無く。薄青の視界に橙色の光が差し込んだ。
火が付いている?
広間となっている場所はいつの間にか火のついた灯りが一つゆらゆらと揺れている。
照らし出された柱の横、松明だ。
掛けられていたのだろうか?だが、最初に見たときにはそんな器具を見た覚えはなかった。
いいや、松明が柱から離れ出す。
「あ、あれ」
エフィが呟く。
松明を持っていたのは人間であった。
女性…?
光に照らされた体型がだった。
しかし、すぐに現れた姿からは断言できなくなる。
体型のわかり辛い。そして個人の判別し辛い服装、あの黒い装束だ。
先程倒した彼らと違い顔は出ている。
女はこちらへ顔を目を細めて見つめ、そしてエフィがあ、声を出したその時だった。
長いであろう髪を苛立たしげに掻き乱したのだ。
「ちっ、クズどもがくたばったから逃げるだけだったのに」
短剣を抜いた。
その剣はどうも黒い装束とものと違い分厚い。
そもそもこの女はリエントの危惧が正しいなら異世界人かその可能性が高い。
“チート”を使うはず…
リエントはエフィの前に出た。
「別口って事かな」
眉を何処か感情的に揺らすと、次に唇を歪めた。
別の勢力なのか?だから武器を取り上げられて警戒されているのではないか。
「さてね。少なくともお前よりは強いよ」
「杖はこっちにあります。どこの誰かは知りませんが大人しく投降していただけますか」
エフィが誰何する。
「そういえば魔法使いってのバラされたっけね。まあ、いいわ。ライフルなんてなくても未開で野蛮なお姫様くらい一捻りよ」
来る…!
風がはためく女の肉体がブレて、斜めに浮き上がった。
頭上から、短剣により強襲。速い…!
リエントの応手は切り上げ
だが、女はリエントに目もくれずエフィに攻撃を仕掛けていた。
エフィは反応し切れてない。
速いからか?それとも、リエントが正面を塞いでしまったか?なら、裏目に出たのだろう。
リエントは剣は振り切り、刀身を伸ばす。
蛇の襲撃のように首を伸ばした剣はエフィと女の間に割り込み敵手の首を脅かす。
女は武器を振るい死霊の手鎌を叩き落とすと着地、ではない。
足を半端に畳んで乗っているのは四枚羽の足場、物として何処か不完全な道具だ。
あれは、ドローン?違うか。
チートだ。間違いなく。
「奇襲ってやつは決まらなくてもイラつくもんなんだけどねえ?、随分と冷静だ。ボクは自信アリってわけだ」
当然だ。強いのはリエントではなくこの武器そのものなのだから、全く自己に期待する理由がないのだ。
「4枚羽の足場を出す魔法?。記録石も無く。魔法で?まさかの異界の民!?」
驚いた様子で見た物をエフィは確認した。
異世界人の呼称だ。多くの場合、異様な魔術を使う事で知られるらしい。
「ご名答ってわけだ。お姫様、全くねえ。あなた達が生きづらくしている異世界のか弱い羊さんだよ」
「か弱いなど、地形すらも個人で変えるあなた方に思ったことなどありません」
エフィは何処か渋い顔で告げる。
空中に止まりながらもにじり寄ってくる。
「なら、お目溢しをちょうだいよ。殺すわけじゃないさ?私の持ち物を返してくれればね。逃げ帰るからさあ」
「魔法兵、いいえ冒険者ですね。文明の貢献はあっても暗黒の時代を作ったにあなた方の、特に邪心のあるものを見逃せるものですか」
殺気が増す。この女は暗殺者というわけではないのだろう。
「あはは、別のかもしれないって思わなかった?決めつけは良くないさ。ここは穏便にさ。武器を返して」
「秘密が分かっていて、所在が割れて、生かしておきますか?」
「ウチ、緩いからさあ」
滞空を咎めるべくリエントは真っ直ぐに剣を伸ばし延長させる。
女は柱の間を走り、剣はそこらかしこを滑るだけで終わる。
短剣が閃きエフィを狙おうとすれば、経路を無秩序に刻み怯めば首をかろうと剣が伸びる。
「せめて、記録石を持ち歩かせてくれればな。ケチが」
女は吐き捨てる。
リエントもまた酷く渋い顔をしている。
互いに、応手が同じになっている。
女の刃が灯に閃く。
数手前の同じ動きをなぞりリエントは空間を封殺する。
しかし、これまた応手は同じだ。距離を取られた。ただ、跳んでいるのは相手だ。追わずに剣身を戻す。
剣の柄が肉に食いついているのだ。
柱の合間から接近を試みている所に武器を突きつけ柱を目隠しに腕に潜んだ剣の触手を引きずり出す。
バレるわけにいかない。こちらが有利、そう認識させ続けられている。
エフィはおそらく柱の後ろに隠れたのだろう。
しかし、認識をつけられていないのか弓を構えられない。
だが、詰められると空中からの攻撃を受ける。
短剣が再び閃かされる。
牽制に刃を広げる。
魔法兵の女は剣先の牽制をすり抜けようとするが、柱の制限と魔法の足場が引っかかって通る事はできない。
そりゃそうだ。おそらく屋外であったら酷く困っていた。ましてや遠距離攻撃など守られればなおのことだ。
しかし今の彼女は武器も近接、そもそもが閉所の上、真夜中で互いに視界が悪い。
だからこそ、ミスというのは必然だ。
ミスというやつは負荷がかかる事で自然と生まれる。
ならばこそ、負荷がより多くかかっている側に発生する。実に嫌な実体験だ。
ーーー傾いた。
そう認識した。空間の制圧権を一方的に埋めているその状況が活きたのだ。
リエントは冷静に剣を伸ばして斬りかからせた。
「やってくれる」
視界の悪い中で柱と攻撃の密度に押し込まれ体制を崩した。
体を大きくしならせ打ち込む。
とった!
女は魔法の足場から飛び降りた。
短剣が閃き、柱を蹴り飛ばして動いた。
狙われてる?
エフィがだろう。剣身を手元に戻すと、直ぐに繰り出せば間に合う。
魔法兵の女は柱を蹴り飛ばして逃げ出した。
暗い闇から風の切る音がしたのだ。
「クソが」
弓矢だ。武器の剣身を引かした事で一撃入れる隙ができたのだろう。
女は身を翻す。
剣を振るって伸ばす。
逃したくはない。
単純に空を飛ぶ力、あまりにも順当に強く平地でとばれると決して追いつけないだろう。
魔法兵の女は階段に飛び込む。
リエントの放った剣身が階段の石を叩き付け刻みつける。
「《四円の鳥》」
飛び込んだ手に四枚羽の足場が生成される。
急角度に上昇し、仕留めんとする攻撃から逃れてしまう。
扉のドアノブに飛び付き向こう側、夜気が入ってくるのがわかる。
飛び出すか?
「追ってください!」
エフィが叫んだ。
続く言葉を全て聞かないうちにリエントは飛び出す。
「杖は上にあって、あの女の仲間は上にいます。でも夜中である以上は対応が早ければ軽傷で済みます」
外気を感じる。
飛び出すと共に女の姿を確認して剣の伸びを解放する。
鞭のしなりと同様に直ぐに音速へと至る先端は肉を裂く音を残した。
確かに魔法兵の女は倒れたのだ。
だが、一点だけを見据えすぎていた。
…囲まれている。
粗野な男たちだ。顔の細部は暗く見えないがどうにも荒っぽく獣に近い。




