出会い
小鳥のさえずりと、
清々しい朝の光で目が覚めた。
体を起こしてみる。
やはり、どこも痛まない。
長年私を苦しめていたあの重苦しい絶望感は消え去り、
驚くほど頭がすっきりとしていた。
「よく寝たなぁ・・・」
こんなに気持ちのいい朝を迎えたのは、
一体いつ以来だろう。
大きく伸びをすると、お腹が「ぐうぅ」と盛大に鳴った。
健康な体になった分、エネルギーの消費も早いらしい。
異世界での最初の朝食。
だが、私に豪華なご馳走のイメージなんてこれっぽっちも湧かない。
前世の過酷な日々で、
私の命を繋いでくれていた温かいものといえば――やっぱりこれだ。
私は視界に表示された【クリエイト】の項目を意識する。
ポイントは極力温存したい。
私は最低限のエネルギー補給のための、
一番安い醤油ラーメンを強くイメージした。
『1ポイントを消費しました』
視認していた数値が減少して
手元にポツンと見慣れたカップ麺が現れる。
昨日作った簡易水筒の水と、
拾った枝で箸を作り
まだ残っていた焚き火の熾火を使ってお湯を沸かす。
カップにお湯を注ぎ、箸を乗せて三分。
森の中に醤油とスープの、
えも言われぬ香ばしい匂いがじわじわと広がり始めた。
現代日本ならなんてことのない匂いだ。
だが、この文明のない静かな森の中では、
それは猛烈に五感を刺激する特別な匂いだった。
(早く三分経たないかな・・・)
じっとカップを見つめていた。
その時だった。
ガサッ。
川の上流すぐ近くの茂みから、
あからさまに何かが動いた音がした。
続いて
「くしゅんっ・・・!」
と、小さな、本当に小さな子供のくしゃみが聞こえた。
私は息を呑み
ゆっくりと音のした方へ視線を向けた。
揺れる葉っぱの隙間から、二つの丸い目が、
見開かれてこちらを凝視していた。
頭の上には犬か狐のような、
ピンと立った三角形の耳が生えている。
服は泥で汚れ、
小さな体は小刻みに震えていた。
近くの村から迷い込んでしまったのだろうか。
子供は私と目が合うと
ビクッと体を強張らせた。
その怯えきった
何かに絶望しているような瞳を見た瞬間
私の胸がズキリと痛んだ。
(あ……この目、知ってる)
いじめられ、理不尽な悪意に晒され、
誰も信じられなくなっていた頃の、私自身の目と同じだ。
この子は今
怖い大人に何かされるんじゃないかと死ぬほど怯えている。
私は近づけなかった。
いじめられている人間に
急に距離を詰めるのがどれほど恐怖かを知っているからだ。
私はその場にゆっくりとしゃがみ込み、
目線を合わせ、できる限り穏やかな声で話しかけた。
「驚かせて、ごめんね。私は怪しいものじゃないよ」
子供は何も言わない。
ただ、お腹が
「きゅるるる……」
と小さく悲鳴を上げた。
視線は私の手元にあるカップラーメンに釘付けになっている。
「お腹、空いてるんだね。これ、温かくて美味しいよ。
半分こ、しよっか」
私は割り箸をクリエイトスキルでフォーク状に変え、
水筒の蓋を器の代わりにして、
麺と温かいスープを半分に分けた。
そして子供が警戒しないように地面にそっと器を置き、
私自身は三歩後ろに下がった。
子供は戸惑うように私と器を交互に見つめていたが、
匂いに耐えかねたように、おずおずと茂みから這い出てきた。
小さな手で器を持ち
フーフーと不器用に冷ましながら、スープを一口すする。
「・・・っ!」
子供の目が、驚きで丸くなった。
そこからは夢中だった。
小さな口で麺をすすり
ハフハフと声を漏らしながら
あっという間に平らげていく。
温かいスープが体に染み渡ったのか
子供の表情が温かいスープに溶かされるように、
少しずつ、少しずつ和らいでいく。
「ぷはぁ・・・おいしい、です・・・」
ぽろぽろと大粒の涙をこぼしながら、
子供が初めて笑顔を見せてくれた。その瞬間。
キィィィン――!頭の中に
昨日感じたものとは比べ物にならないほどの
胸の中の熱と美しい鐘のような音が響き渡った。
『幸福ポイントの大幅な増加を検知しました!』
『対象:飢えからの解放、初めての安心、深い笑顔』
『+50,000ポイントが付与されます』
「ご、5万!?」
自分のために1ポイントしか使わなかったのに
子供に半分分け与えただけで
信じられないほどのポイントが舞い込んできた。
神様が言っていたのはこういう事か。
しかし、喜んでいる暇はなかった。
ふと見ると、子供の足首が赤く
腫れ上がっていることに気が付いた。
迷子になって森を彷徨ううちに
挫いてしまったのだろう。
「・・・痛かったよね。もう大丈夫だよ。
私がなんとかしてあげるからね」
私はまだ使いこなせていないスキルを使うと決めた。
それが駄目ならポイントを使って治してやる。
そう誓い
私がそっと手をかざすと
少年はビクッと体が跳ねるのを見て取れた。
「大丈夫、怖くないよ」
出来るだけ優しく声をかける。
そして私の手が患部に触れると
レピエ様から貰った[痛覚耐性(自動修復)]のスキルが発動した。
私の手からやさしい緑色の光が溢れ、子供の足を包み込む。
「あ・・・いたいの、ない・・・?」
子供は不思議そうに足首を動かし、
今度はパッと顔を輝かせた。
―――食事を終えた私たちは、村への道を探していた。
怪我は治ったけれど、子供の足取りは重かった。
何日も森を彷徨っていたのか
スキルで傷を塞いだだけで疲労までは消えないようだった。
「ごめんね。まだ足が重いよね・・・
今日はもう無理して歩くのはやめよう」
まだ日は高いけれど、
私は早めに「夜を越す準備」をすることに決めた。
周囲を見回すと、
近くに手頃な粘土質の土壁がある崖が見える。
「よし。即席の家を作ろう」
私は貯まったばかりのポイントと
自分のスキルをどう組み合わせるか暫く考える。
崖の比較的低い場所を探して移動し
丁度いい高さの場所を見つけた。
まずはスキル(0P)で、壁に横穴をガサッと掘る。
問題は、掘ったことで積み上がった大量の土砂だ。
収納スキルがない以上
ここに放置するわけにはいかない。
私はその土砂をターゲットにして
[クリエイト]でブロック状に圧縮し
新しく掘った部屋の中へと綺麗に敷き詰めていく。
そして位置を決め、まずは竈をクリエイトした。
続いて竈の上の天井にも穴をあけ、
そこで出た土砂もまとめて圧縮しながら
キュルキュルと「土管(煙突)」へと変えて外へ繋げる。
さすがにこの密室で火を使ったら、
一酸化炭素中毒で一発アウトだからね。
換気口は命綱だ。
入口を何とか目立たないように出来ないかと考え
私はポイントを惜しみなく消費する。
【カモフラージュ防犯扉(100P)】を設置しました。
※迷彩効果により、対象者以外にはただの岩肌に見えます
【ベッド用マット(50P)】を購入しました。
【ランタン(100P)】を購入しました。
仕上げに
スキルを使って[簡素なベッドの骨組み]と[テーブル]
を生成した。
これなら少なくとも一夜は越せそうだ。
出来上がった部屋は
ただの四角い穴だ。
壁と天井は圧縮して固めてはいるが
見渡す限り土色の四角い空間。
その奥に竈と煙突があり
簡易テーブルの上にはポツンとランタンが明かりを灯している。
少し離れた壁際にベッド。
たったそれだけの質素な
けれど、確かに
(人の生活する場所)
だと感じられる空間になった。
少し感動を覚えつつ、私は外
(別に掘った一時避難用の穴)
で休んでいる子供を中へと招き入れる。
「お待たせ。今日はここで一夜を過ごそうと思うんだ。
本当は早めに送り届けてあげたいけど
私の力では暗闇の中を安全に届けることは難しいからね」
事情を伝えると
子供は少し不安そうに
けれど深く納得したように
「うん」
と頷いてくれた。
落ち着いたところで
私はようやく自己紹介をすることにした。
「私の名前は、ミノリ。
もしよければ、君の名前も教えてくれるかな?」
「・・・ルカ」
小さな声が返ってきた。
「ルカくん、っていうんだね。
・・・うん、とても暖かく感じる素敵な名前だね」
私が微笑むと彼は少し照れたように
でも嬉しそうに俯いた。
「さて、まだお腹は空いてないかい?
待ってる間、お水だけで我慢させちゃってごめんね」
そう問いかけると
ルカくんはペコペコに凹んだお腹を押さえながら
複雑そうな顔をして首を横に振った。
さっき半分分けてもらったのに
これ以上は申し訳ないとお行儀よく遠慮しているのだろう。
「クスッ」
その仕草があまりにもかわいくて
私は無意識に笑顔になっていた。
「遠慮しなくていいんだよ。
今度は一人一個ずつ、ちゃんと食べようね」
私は新しくカップ麺を二個(-2P)クリエイトした。
さすがに今度は水筒だけでは足りない。
私はさっそくスキルを使ってみることにした。
周りの粘土をスキル(0P)でくり抜いて器の形に圧縮し、
さらにその内側へ薄く引き延ばして圧縮した石をピタリと貼り付ける。
直火にかけても割れない
即席の[耐火鍋もどき]の完成だ。
竈に火を入れ、その特製鍋でお湯を沸かす。
何もない空間から物が現れ、
土や石が形を変えて便利な道具になっていく。
その一連の作業を、ルカくんは隣で
目を丸くしてキラキラとした
「憧れの眼差し」で見つめていた。
箸やフォークを準備しながら
私は少年へ話を続けた。
「実はね、私は、ここへは最近来たばかりなんだ。
だから周りに何があるのか、村や町のことも何も知らないんだ。
もしルカくんが良ければ、明日村へ行く途中にでも
色々とお話しして聞かせてもらえると嬉しいな」
「うん」
ルカくんは、こころよく了承してくれた。
しばらくたって熱々のカップ麺を二人は食べ終える。
ガササッ……。
その時、洞窟の外。
遠くの森から不気味な獣の遠吠えが小さく響いてきた。
その瞬間、ルカくんは短い悲鳴を上げて
私の服の裾をギュッと掴んだ。
小さな体をガタガタと震わせ
恐怖のあまり涙を浮かべている。
「こわい・・・お化け・・・魔物、くる・・・?
お外、真っ暗、だから・・・っ」
どうやら彼は、夜の闇や
そこに潜む不気味なものに対して
異常なほど強い恐怖を抱いているようだった。
必死に耳を塞ぎ
世界から隠れようとするその臆病な姿は
ひどく痛々しい。
「大丈夫、大丈夫だよルカくん。
ここは特製の扉があるから。
外からはただの岩にしか見えないんだ。
お化けも魔物も
絶対にここには入ってこられないよ」
私はルカくんの小さな肩を抱き寄せ、
優しく頭を撫でた。
その時、私の脳裏に
前世の冷たい記憶がふと過った。
真っ暗な部屋、浴びせられる理不尽な悪意
孤独だった夜――
思い出すだけで
私の心にじわりと暗い影が広がり
一瞬、顔が曇ってしまう。
(……ダメだ、今は私がしっかりしなきゃ)
そう思って不安を振り払おうとした時。
きゅっ、とルカくんの小さな、温かい手が
私の手をそっと握り返してくれた。
「・・・あ」
不思議な感覚だった。
ルカくんの温もりが手のひらから伝わってきた瞬間、
私の心に張り付いていた前世のトラウマや
今さっき感じたはずの暗い恐怖が
まるで陽だまりに溶ける雪のようにフッと軽くなったのだ。
(あれ? 急に心が温かくなったような・・・)
彼自身はまだ気づいていないけれど
その優しく温かい魂の片鱗が
私の折れかけた心を確かに救ってくれた。
「・・・ありがとう、ルカくん。もう怖くないね」
私が微笑むと
彼はお腹が膨れた安心感も手伝ってか
瞼がとろんと重くなってきた。
今度は必死であくびを隠そうと
小さな手で口元を隠している。
「明日はまた移動があるから、早めに休んで備えようか」
「うん・・・」
最初の時の、
あの絶望に染まった警戒心はもう完全に消え去っていた。
先にベッドを使うように言っていたので
ルカくんはトコトコとそこへ向かって歩いて行く。
ぱちぱちと静かに燃える竈の火。
その光に照らされた彼の小さな横顔を見て、
私はふと思った。
(この子がいつか・・・この温かい炉の火のように
誰かを暖められる日が来るといいな・・・)
マットに潜り込んで丸くなったルカくんの寝息を聞きながら、
私もテーブルのランタンの明かりを消す。
残った熾火の微かな温もりを感じつつ
その場で横になり
深い眠りへと落ちていった・・・




