扉
いよいよ交易日、本番。
サウロさんとマローネさんはすでに出かけていた。
ルカ君は私を待っていたようで、
遅くなってごめんねと一声かけると、
笑顔で「一緒に食べよ!」
と返してくれる。
嬉しい気持ちがあふれる中、
並べられた食事を取り、
横に並んで雑談をしながら一緒に食器を洗った。
洗いながら相談して先に近くの広場へ向かう事にした。
普段は見かけない人もちらほら見える。
普段は風の音だけの静かな場所も、
今日だけは賑わいの声が行き交っている。
組み立て式の木工家具や石農具など複数個と、
鉄製の農具を交換しているようだ。
番頭さんだろうか、ガラムさんと
似たような衣装の人が部下らしき人へ指示を出していた。
一つ一つ商品を確認しつつ声を掛け合っている。
にぎやかだなぁ。
普段は見かけない他の子供たちの姿もちらほら見える。
大人も子供もみんな素敵な笑顔を浮かべて、
幸せそうにしている。
空を見上げる。
私は今、幸せです……。
心の中でそう呟きながら目を閉じた。
その仕草を見ていたルカ君が
頭をかしげちょっと悩んだ後
私の真似をして空を見上げ目を閉じていた。
可愛いな、ほんと……
広場の沢山の笑顔と子供達の笑い声
この場を離れる事を寂しく感じながら
ルカ君と手をつないで、集会所へ向かった。
集会所の前には昨日もあった馬車と昨日の冒険者。
私に視線を固定してるように感じるけど
今はルカ君も一緒だし、
先にガラムさんと会う事を優先する。
馬車の事も気になるし……
中に入ると商隊の人たちと冒険者四人が中で寛いでいた。
休憩時間かなと思いつつ受付に商隊の一人に声をかける。
「こんにちは。本日ガラムさんと
お会いする約束をしていました、
ミノリと言います。
この子はサウロさんの息子さんで、ルカ君です。
今ガラムさんのご都合はいかがでしょうか?」
商隊の人は
「少々お待ちください」
と言い、奥の部屋へ入って行った。
暫く待っていると、戻ってきた商隊の方が
私たちを奥の右手の部屋へ案内してくれた。
ノックをしてガラム様お連れしました。
と部屋の中に声をかけると、どうぞと聞こえてきた。
入室すると机に向かって書類を横へ移動している所だった。
「ガラムさん、こんにちは。
昨日のお約束通りお伺いいたしました。
時間を決めていなかったので、
お仕事の邪魔になっていませんでしょうか」
ガラム「問題ありませんよ。今の私には
貴方との会話の方が重要だと思っているので」
そう言い、着席を促した。
含みを持った笑顔を浮かべ、
次にこう切り出してきた。
「単刀直入にお聞きします。
あの木吊り台を作ったのは、
貴方で間違いないですか?」
「そうです。」
ふむ、と頷き質問を続ける
「あなたは若そうに見受けられますが、
あの発想をどこで誰に教わったのですか?」
「発想ですか?井戸ですね。
朝、井戸を使った時に興味があって、
構造を見て覚えてたんです。」
そうですか……
暫く考え込んだ後、何かを決めたのか、
「その権利を我が商会へ売るつもりはないでしょうか?」
と言ってきた。
「どういうことでしょうか?」
と聞いてみる。
すると咳ばらいをして
「私は木吊り台は必ず日の目を浴びると踏んでいます。
その権利を是非我が商会へ売って欲しい。
あの肩たたきもそうです。
発想が面白い、絶対に売れると確信を持っています。」
そう強く主張してきた。
その勢いに気圧されて、しばらく固まった。
何とか態勢を整えて答える。
「木吊り台は構いませんよ。
正直そこまで手を回すとこの村では、
サウロさんの負担が大きくなりすぎる。
それでは困るので、
木吊り台をお譲りする事は出来ます。
ただ肩たたきだけは譲れません。
あれは、ルカ君の作品だからです。
もし肩たたきが欲しいのなら
ルカ君にお願いするか、
権利の交渉をして下さい。」
それを聞いたガラムさんは目を見開き、
暫く硬直していた。
ルカ君も目が点になっている。
私は頭を撫でながら、
「あれはルカ君の作品だからね。
ルカ君が交渉するんだよ。
作って売っても良いし、
権利を売って対価を得ても良い。
それを決めるのはルカ君自身だよ。」
そう伝えると笑顔を浮かべながら、
力強くうなずいてくれた。
それを聞いたガラムさんはルカ君へ向かって話しかける。
「ではルカさん。もし宜しければ、
肩たたきの権利を譲って頂けないでしょうか?
もちろん権利は買う形になりますが、
ルカさんが上げたい人へ渡すのは自由です。
私どもから何か止めようとはいたしません。」
と子供相手に敬語を使い、そう提案してきた。
ルカ君は、その言葉を聞いてきょとんとした。
でもすぐに気を取り直して頑張って発言する。
「えっと……けんりを売るので、おなべとか、
やさいのたねとか、てつのナイフとか、
てつのけずるのとか、てつのおのとかがほしいです。」
と元気よくその想いを伝えていた。
私は胸が熱くなるほど感動して
その雄姿を黙って眺めていた。
それを聞き笑顔を浮かべてガラムさんは答える。
「鉄製品は沢山は流石に無理ですが、
今回は1セットずつ、次の行商時に、
もう2セットお出ししましょう。
種は訪れる際に手元にある種から
お好きな五種類を毎回、
ルカ君のお家に届けましょう。
それでどうでしょうか?」
丁寧に大人と同じように話してくれた。
ルカ君が戸惑いつつ私を見上げたので、
私は笑顔でうなずいて見せた。
するとぱあっと花が咲いたような笑顔になり、
「それでおねがいします。」
元気よく同意の意思を伝えた。
それを聞きガラムさんも笑顔になり、
ありがとうございます。
と同時にルカ君へ手を差し出していた。
ちょっと戸惑った後、緊張した顔をして、
それでもしっかりした目つきで
手を握り返した。
すごいなルカ君。
心の底から尊敬するよ……
ルカ君との取引が終わり、私との交渉へと移った。
「先ほどおっしゃっていましたが、
木吊り台の権利をお売り頂けると、
そう考えてよろしいでしょうか?」
私は無言でうなずく。
そして条件を出す。
「私の方もお金は要らないので、
出来る限りの鉄を卸してほしいです。
鉄製品ではなく鉄のインゴットが望ましいですが、
無加工品でも構いません。
木吊り台の権利と言っても、
正直どれくらいの価値なのか?
私には判断がつかないので、
鉄の量などはガラムさんへお任せします。」
「あなたも鉄ですか?」
「ええそうです。
この村では鉄の桑は畑の拡張時に
貸し借りしている現状です。
なので鉄はいくらあっても、
困るものでも無いのです。」
「分かりました。
私の方でも木吊り台の価値を
測りかねますので、
今後の状況を見て卸すという
形でお願いできればと……」
「もちろんです。
私は量が少なくても、確実に手に入れられるのなら、
そちらの方が、魅力を感じるので。」
そう伝えるとなるほど……
と何かを悟ったようにつぶやき
ではその条件で宜しくお願いします。
と手を差し出してきた。
私も握り返し宜しくお願いしますと伝えた。
交渉が終了して少し雑談をした。
車軸部分を鉄に変えるだけで安全性が上がる事。
組み換え式ではなく固定式なら、
枠を鉄などで補強すれば丸太どころか、
もっと重いものも吊り上げる事が
出来るかも知れないことも伝えた。
それを無言で聞いていたガラムさんが
唐突にルカ君へ声をかける。
「ルカ君。ちょっとミノリさんと二人で話したいので、
ちょっと隣で待っていてくれないかな?」
ルカ君は驚いたように固まっていたけど、
「ごめんね、ルカ君。ちょっと秘密の話が、
あるみたいなんだ。
少しだけ隣の部屋で待っていてくれるかな?」
ルカ君はわかった。と元気に返事をして
ガラムさんが呼んだ商隊の人と一緒に
隣の部屋へ向かっていった。
「ルカ君に席を外させたのは、
馬車の中にいる女の子の事ですか?」
「そうです」
暫く間をおいてさらに続ける。
「あの子は隣村の口減らしでしてね。
幸い怪我などはありません。
ただ、心を閉ざしてしまっているようで……」
恐れているというより、
人を信用できなくなっているのかもしれません。
冒険者の一人が仲良くなったのか、
食事を取るようにはなりました。
ですが、それ以外の者にはほとんど心を開かず……
国中旅を続ける以上、
私の方で安全を確保する事も難しく……
王都まではまだ長い道のりです。
我々は商人です。
助けた子供が途中で亡くなるなど、
信用問題にもかかわります。
ですが、それ以上に、
せっかく助けた子供を不幸にしたくない。
しかし私どもでは命を守ることはできても、
心までは救えそうにありません。
自分の発明でありながら、
ルカ君が作ったものだとして権利を譲る。
そんな優しい貴方へお願いします。
あの子を引き取っては頂けないでしょうか?
もちろんお礼はします。」
「……分かりました。
ですが今の私はサウロさんの家で、
居候のような状態なので、
一度サウロさん夫婦へ
相談してからでもいいでしょうか?」
複雑そうな顔つきで
「もちろんです。
明日まではこの村に滞在しますので
二日後までにはお返事を頂けると助かります。」
部屋の外へ出てルカ君のいる部屋の扉の前。
入る前にいったん深呼吸をして
気持ちを落ち着かせて部屋に入る。
「お待たせルカ君。
そろそろ日が落ちるかも知れないから、
一緒におうちに帰ろうか。」
うんと元気に返事をして手を握ってくる。
今の私にはこの温もりは救いだな……
集会所の外へ出ると、
思わず馬車の様子を見た。
女の子は顔を伏せたまま、
まだ馬車の中にいる。
その傍らでは、
女性冒険者が今も護衛を続けていた。
馬車を見る私を警戒して
こちらに視線を向けている。
私は会釈をして帰路についた。




