六章 二話 水場の完成
この村で初めてのため池周りでのキャンプファイヤーは
篝火日と名の付いた行事になった。
ため池という大きな目標が達成された翌日、
いよいよ川水を呼び込む事になった。
川からの取水口をふさいでいた石を取り除くために
朝から三時間をかけ、村の皆で移動してきた。
普通ならもっと早く着く。
だけどそんな距離を村長を歩かせるわけにもいかず、
台車に藁を敷いて乗ってもらう事にした。
最初は断っていた村長だけど、
他に老夫婦も居る。
水を通す時にはぜひその場にいてほしいという声と
挨拶もあるじゃないですか。
その声で納得してくれた。
こうしてこの日は老夫婦も台車に乗ってもらい、
時間をかけてゆっくり移動をした。
取水口をふさいでいる石の前には、
粗目の網目の付いた鉄の枠が取り付けられている。
何でも加工しやすいように持ってきていた、
細い鉄の棒を縄で縛って作ったらしい。
大きな魔物や動物の死骸が、
流れ込まないようにするのが当たり前だという。
その話を聞いて、私は深く感心した。
「私が見ていない場所でも何かが動いているんだな……」
そう考えていた。
「でも、それなら水を引き込んだ今日を記念日にしたほうが良かったのでは?」
と聞いてみたら、村長が一言
「今日もやればいい。」との事。
今まで祭りごとは話では聞いてはいても
シエ村でやる機会がほとんどなかった。
あるのは交易市くらい。
なら出来る事なら増やしてもよかろうという事だった。
「それにのう……
木工家に石工家のおかげで村の収入も増えた。
国に渡すものにも余裕が出来たんじゃ。
そして水路にため池、
今後は農家の方も収穫が増えるじゃろう。
数日程度の皆で集まり、
村の者だけで行う行事も大事になってくるじゃろうて。」
目を閉じ、未来の村の事を考えているのだろう。
少し微笑んでいるように見える村長は、
誰よりも村の先の事を考えているんだなと、
改めて思い知る事が出来た……
皆が取水口を見ながら談笑をしていた。
そしてその時が来た……
村長が声を上げた。
「昨日、ため池が完成した。
それも一重に村に来たばかりにもかかわらず、
村を見て回り、
水路を作ろうと考えてくれた、
トトさんのおかげじゃ。
そして今日、村の皆の協力のお陰で、
川水を呼び込む、この日を迎えられた。
皆に感謝をする。」
その声を聴いたトトさんは、
顔を背けて黙ったままだった。
「ではトトさんにお願いしようかの。」
トトさんに笑顔を向ける村長を恨めしそうな顔をしたトトさんは、
無言で取水口まで歩み寄り、
ふさいでいた石を勢いよく抜き取った。
塞がれた取水口から水が流れ込んでくる。
その瞬間村人たちの歓声が上がった。
笑顔で喜ぶ者。
涙を浮かべる者。
元気に水を追いかけようと村へ駆ける者。
その後を必死に追う者。
それぞれの表現は違う。
けれどこの瞬間を喜んだ気持ちは皆が同じだったと思う。
私はこの瞬間を見る事が出来たことを、
心から嬉しく思った。
「思ったよりはやいよ?
ソエル、ココ、ボクたちも追いかけようよ!」
ルカが笑顔でソエルにそう言うと、
ソエルも「うん、行こう!ココも早く!」
「誰にも負けない。」
とルカとソエルを追い抜いて走り去るココちゃん。
それを見たメリイとククさんは、
慌てて子供たちの後を追いかけた。
「子供は元気だな。
ミノリは行かんのか?」
と私に視線を向け何か言ってきた。
「私は子供ではありませんよ?
まあ気持ちは子供たちと同じなんですけど、
村長の事もあります。
今は大人しくしていますよ。」
まあ私が居てもとは思うけど、
皆がいる場所を放置しておくのは気が引けた。
ただそれだけだった。
帰りも三時間かけてゆっくりと村に戻った私たちは、
ため池に手を入れていた子供を見かけた。
やっぱり水があるとそうなるよな。
「冷たーい!」と元気な子供たち。
その少し離れた場所では、
ルカとソエルとココちゃんが、
黙って眺めていた。
そうか……
危ないと言っていた私たちの言葉を聞いて、
それをしっかり守っているんだ…
他の子は大人が見ているとはいえ、
その言葉をしっかり守っている……
私はその我慢しているルカたちを見て、
ある決心をする。
「村長。
広場にも子供が遊べる小さな水場を作っても良いですか?
そこにも水路を引いて遊び場にしようと思います。」
「まだ作るのか?
このため池だけで充分じゃろう?」
村長はいぶかしげに私を見ていた。
「今見てはっきりしました。
どんなに注意をしても子供は遊びたがります。
大人が居たら安全かもしれません。
ですが、それを危険と分かっている子供は、
大人がいても我慢するかもしれません。」
そう言ってルカたちを見る私の視線の先を見た村長。
「たしかにそうじゃのう……
まあ、それは構わんのじゃが、
これからまた掘っていくのか?」
「それについては考えがあります。
一度広場までお越しください。
私はサウロさんとトトさんたちも呼んできます。」
私とサウロさん、マローネさん、トトさん、カカさん、ククさん、
そして村長とルカ、ソエル、ココの子供たち。
が広場に集まった。
「どうしたんだミノリ、俺たちを集めて。」
集まった皆は不思議そうに私を見ていた。
私はその視線には答えず、
ルカとソエルとココに声をかける。
「ねえ、ルカ、ソエル、ココちゃん。
どうして他の子供たちが手を入れて楽しんでいたのに、
皆は手を入れていなかったの?
寒いから?」
私は分かってはいてもしっかり確認を取ることにした。
「だって……危ないって。
心配させたくないし……」
ルカが寂しそうに呟く。
「うん……触ってみたいけど、心配かけたくないよね。」
ソエルもうつむいてそう言った。
「私はルカとソエルの友達。
二人が我慢しているのに私だけ遊ぶは違う。」
二人を見ながらそう言ったココちゃん。
やっぱりそうなんだ。
危険だから我慢する。
私たちの会話を聞いていた子供たち。
当たり前だけどその大事なことをしっかり守っているんだ。
かといって他の子供が守っていないわけじゃない。
他の子供は別の家の子供。
私たちがどうこう言うのも違うんだ……
なら同じように遊べる場所を作る。
私は決心した。
「トトさん。ため池から伸びた排水路とため池。
どちらから水を引く方が良いと思いますか?」
私の言葉を聞き眉をしかめ口を開いた。
「なにを藪から棒に言っとる?」
他の皆も同じような顔をしている。
「私がこの場所に子供が遊べる小さな水場を作ります。
もちろん、皆さんの許可があればですが……
今は作業時間などは考えず、
ただ賛成か反対かだけをお聞きしたいです。」
村長への許可は貰った。
だけど、子供を持つ親の気持ちもしっかりと聞いておきたい。
「ワシは構わん。
子供が遊べる水場は賛成じゃよ。
位置ならため池からじゃろうな。
ただ柵の下を通すんじゃ。
多少面倒じゃがのう……」
そう答えた村長は、再度賛成してくれた。
子供たちに視線を向けたサウロさんたち。
「俺は構わんぞ。
ここなら村人の目も常にあるだろう。」
「そうね、私も賛成よ。」
「ワシもじゃ。」
「私も賛成します。」
「私も構わない。」
「私もですわ。」
皆賛成をしてくれた。
「では皆さん少し離れて下さい。
あと少し光るかもしれませんが驚かないようにお願いします。」
そして広場の片隅に膝を折り、
目を閉じて手をかざした……
そしてイメージする。
直径三メートルほど、
深さは十センチくらい。
底は足が滑りにくいように
ざらざらした砂が滑り止めの役割をしつつ、
足に付着しにくいクッション性を持ったマット状の地面。
淵にもマット状の土を三十センチほどで囲む。
頭の中でイメージを高めていく。
頭の中でクッションで囲んだ小さいプールをイメージして、
【クリエイト】と呟く。
その瞬間、四メートルほどの円が光を放ち、
その光は空へと吸収されていく。
寒空の下、日が差す空には目立たない。
けれどしっかりとその光の痕跡を残しつつ、
そして消えて行った。
私の先には直径三メートルの水場。
淵はクッション性を持った土が目立たないように囲んでいた。
その底も見た目はただの土。
けれど私がイメージした滑りにくい構造で、
それでいてしっかりクッション性を持ったプールが完成した。
その光景を目撃した皆はただ目を見開き、
口を開けて驚きを隠せない様子だった。
ただメリイとトトさんとカカさんだけは、
何か納得したような様子で黙ってみていた。
一方、子供たちは目を輝かせて、
私とプールを交互に眺めていた。
「ミノリ……お前……何をした?」
一番最初に口を開いたのはサウロさんだった。
「ええと、うまく説明できないんですけど、
特別なクリエイトスキルですね。
ちょっと特別なものを使用するので、
ほいほいとは使えないんですけど。」
そう苦笑いを浮かべる私を見たサウロさん達。
「ミノリお前……
本当に何者なんだ?」
そうつぶやくサウロさん。
その目は少し不安そうな目にも見えた。
その様子を眺めていたトトさんが話し始めた。
「凄いのう、ミノリ。
これでココが我慢する必要もなくなった。
ありがとうのう。」
そう言って何事もなかったかのように軽い感じで感謝を伝えた。
カカさんも笑顔で
「ありがとう。
子供たちの事を考えてくれて。」
と笑顔だ。
「まあお前のことだ。
当然と言えば当然だな。」
メリイも納得した様子だった。
深くを追求しないトトさんたちを見て、
サウロさんたちはため息をつき、何とか話だした。
「まあ、その通りだな。
ありがとうな、ミノリ。」
最初は複雑そうにしていたサウロさんは、
笑顔を見せてそう言ってくれた。
「ありがとう、ミノリさん。」
マローネさんもいつもどおりの笑顔を見せてくれた。
「感謝する、ミノリ。
お前さんのおかげで子供が安全に水で遊べそうじゃよ。」
村長さんも笑顔になってくれた。
大人の言葉を聞いた後、
子供たちも騒ぎ出した。
「おにいちゃん、凄い!
ぱああって綺麗だった。
今まで見た中でも一番きれいだったよ!」
ルカは目を輝かせてぴょんぴょんと跳ねている。
「ミノリにい、凄いね。
すっごく綺麗だった。」
ソエルもマローネさんと手をつないだまま、
体を上下に弾ませて喜んでくれている。
「ミノリ凄い……」
ココちゃんは驚いた様子だったけど、
笑顔のままだった。
「喜んでくれて良かった。」
子供たちの喜んだ顔を見て、
私も心の底から喜んだ。
「子供の遊び場になる水場は私が作りましたけど、
水路をまた作らないといけないです。
それはまた時間をかけて作ろうかと思います。
ただため池の水路のようにではなく、
村の中を通す水路は石を使って蓋をしようと思います。
万が一水路に足を取られると水場を作った意味もないので。」
そういって少し苦笑いを浮かべた私を見て、
「そうじゃのう。
その辺はしっかりせんといかんのう。」
トトさんが頷いてくれた。
「そうだな。それじゃあ明日からもうひと頑張りするか。」
とサウロさんも気合を入れていた。
女性陣もうなずいて、同じ意思だと伝えてくれた。
私が作った水場の水路は次の日の一日で完成した。
村人たちが子供の笑顔を見て、
ますますやる気を見せたからだ。
ココちゃんは私と一緒に蓋を作り、
トトさんとククさんが水路を引き、
他の皆が作られた蓋を運んでいく。
そうしてわずか一日にして子供の為の水場も完成した。
その後の話し合いで、常に水が通る水場は、
子供が遊ばない日は裁縫師などが、
使う事にも決まった。
こうしてシエ村のため池作りは、
子供の遊び場まで含めて、
本当の意味での完成を見せることになった。




