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対話術(+++)を持って生まれた俺が不殺のS級冒険者になるまで  作者: 絹田屋


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番外編 Cランク冒険者のレオン


 パスハイムの西門で、フリッツを見送った。


 朝、日が昇ったばかりの時間。門の前はまだ人が少なかった。


 フリッツはエルツの背中に乗っていた。肩にダンダンが、その周りにアスタがふわふわと浮いていた。胸の中には妖精の分霊がいる、と昨日の夜、フリッツが言っていた。俺には見えない。見えないけど、たぶん、そこにいるんだろう。


 フリッツが、エルツの首元を軽く叩いた。エルツがゆっくりと歩き出した。


「じゃあ、行ってくる」

「おう」

「レオン、体壊さないでね」

「お前が言うな」


 フリッツが笑った。それから手を振った。


 俺も手を振った。


 エルツが街道を進んでいく。銀灰色の体が、朝の光の中で、だんだん小さくなっていった。ダンダンの耳が、時々、ぱたぱたと動くのが見えた。アスタの光が、肩の周りを漂っていた。


 姿が見えなくなるまで、俺は門のところに立っていた。


 ——何もしないでいるには長すぎるな。


 そう思いながら、背を向ける。

 街の方へ歩き出した。


-----


 ギルドに着いた。


 受付の女性が俺に気づいた。


「あ、レオンさん」

「どうも」

「マスターがお呼びです。奥へどうぞ」


 朝一番に呼び出し。昨日のうちに何か決まったんだろう。俺は奥の部屋へ向かった。


 マスターが書類を広げて待っていた。


「おう、来たな。座れ」


 俺は椅子に座った。


「エルストの支部から返事が来た」


 マスターが一枚の書類を、俺の方に滑らせた。


「Cランク、正式に通ったぞ」

「……早いですね」

「ま、Aランクからの推薦だ。早いに決まってる」


 マスターが机の上に、銀色のカードを置いた。俺が使っていた銅色のDランクカードと並べて。


「交換してくれ」


 俺は銅色のカードをマスターに渡した。代わりに銀色のカードを受け取った。


 しばらく、手の中で眺めた。


 ——Cランクは、ずっと目指していたランクだった。


 そこまで、まだあと二年か三年はかかると思っていた。地道に仕事をして、実績を積んで、いつか——そういうつもりだった。


 それが、こんな早さで手の中に来た。


「……」

「何だ、嬉しくないのか」

「いえ」

「嬉しいけど、なんか、って顔してるぞ」


 マスターが、書類の束をトントンと揃えた。


「言っとくけどな、ハルトマン」

「はい」

「推薦があったから、前倒しで通ったのは事実だ」

「はい」

「でもな、推薦だけじゃ通らない」


 マスターが俺の目を見た。


「Cランクの昇格基準は、戦闘能力だけじゃない。判断力、情報処理、ギルドへの貢献、継続的な実績。——お前、それを、全部、バランスよく積んでる」

「……」

「剣の腕はちゃんと仕上がってる。——悪質テイマーの、ダニエル。そいつら相手の動きを読んで的確にさばいてたって記録が残ってる」

「まあ、それは、仕事ですから」

「その上で、あの前に、エルストでダニエルの動きを掘ってたのは、お前だろう」

「はい」

「あれのおかげで、フリッツ君が合流した時に話が早かった。フリッツ君が対話で得た情報と、お前が掘った事実関係が、ぴたりと噛み合ったから、調書が動いた」

「……」

「それに、悪質テイマー関連の調書。あれ、ほとんどお前が手伝って書いただろう」

「はい」

「フリッツ殿の対話の記録、客観的な形に整えたのも、お前だ」

「……」

「——Cランクは、戦闘・情報・記録・判断、全部そろってる奴に出すランクだ。お前、全部そろってる」

「……そうですか」

「十九歳で全部そろうのは、早い部類だ。——恥じないように頼む」


 俺は、手の中のカードを見た。


 銀色の光が、少しだけ重みを持ったように感じられた。


「……分かりました」

「うん」

「Cランクとして、ちゃんとやります」

「そうしてくれ」


 マスターが少し笑った。


-----


 奥の部屋を出て、ギルドの受注掲示板の前に立った。


 Cランクの掲示板は、Dランクの隣にある。今まで、横目で見ていた。自分がここに立つのは初めてだった。

 掲示板を上から、ゆっくりと見ていった。


 Cランクの仕事は、Dランクよりも規模が大きい。長距離護衛。複数人での討伐依頼。中規模の調査任務。依頼主も、個人じゃなくて、商会や領主の代理人みたいなのが増える。


 ——慎重に選ばないとな。


 俺は一つ、目星をつけた。


 北の街道沿い、商隊の護衛。往復三日。一人でも受注可。


 距離も期間も、ちょうどいい。商隊の護衛は過去にも何度か経験がある。魔物の出現予想もつきやすい街道だ。


 俺は依頼票を外して、受付に持って行った。


「これ、受けます」


 受付の人が、俺の銀色のカードを確認した。


「はい、登録します。出発は明日の朝、北門ですね」

「はい」

「報告書の様式は、Cランク用をお使いください。Dランク用と項目が増えてます」

「知ってます」

「さすがです」


 受付の人が、少しだけ笑った。


-----


 受注を済ませて、ギルドの資料室へ向かった。


 三階の狭い部屋。本棚に、古い報告書と、地図と、魔物の生態記録が詰め込まれている。フリッツが何か調べに来る時に一緒に来ていたし、一人で来たこともあった。


 今日は一人で入った。


 北の街道沿いの、最近の魔物出現記録を探した。過去三ヶ月分。見つけたものを机の上に広げる。


 ——グレイウルフ、三件。多い。

 ——ゴブリンの集団、一件。街道からは離れた場所。

 ——ホムラクマ、二件。森の近く。


 街道を北に抜ける道。森の近くを通る区間が、一番危ない。


 俺はメモ帳を取り出して、出現が多い場所と時間帯を書き留めた。それから地図を広げて、商隊が休むだろう場所を予想した。だいたいこことここだな。野営地の候補も、頭に入れておく。


 一時間ほど、資料室で過ごした。


 本を戻して、出る前に別の棚を、一応確認した。「護衛任務」の項目。見落としている注意点がないか。


 過去の報告書を数冊、流し読みした。


 ——ああ、商隊の商人との事前の打ち合わせ、重要だな。


 どこまでが護衛の範囲か。夜間の見張りは何人でやるか。万が一襲われた時の、商品と人命の優先順位。依頼者とちゃんと線を引いておく。


 Dランクの護衛では、そこまで細かくなかった。Cランクの護衛は、規模も責任も違う。


 俺は打ち合わせの項目を、メモ帳に書き写した。


-----


 ギルドを出て市場へ行った。


 旅の準備をする。保存食、水袋の補充、包帯、消毒用の蒸留酒、修繕の道具。それから、予備の食糧。


 干し肉屋で、いつもの親父が俺を見た。


「おう、兄ちゃん。今日は一人か」

「今日は一人です」

「連れの、金髪の子は」

「ちょっと遠出してる」

「そうか。今日、どのくらい買う」


「自分の分は三日分。あと、高栄養の保存食、五人分を三日分」

「五人?」

「護衛です。万が一、商隊の食糧が足りなくなった時の予備に」

「へえ。嵩張らないやつがいいか」

「はい」

「干し肉とビスケットの圧縮棒がある。栄養は高いし、水で戻せば量も出る。……ちょっと高いが」

「それで」


 親父が手早く包んでくれた。値段を確認して、銀貨を渡した。普段よりだいぶ多い。でも、足りなくなるよりはいい。


「兄ちゃん、前より顔つきがしっかりしてきたな」


 親父が笑った。


「そうですか」

「いよいよ自分の力を試す時が来た、みたいな顔してるぜ」

「……そうかもしれないです」

「気をつけてな」

「ありがとうございます」


 俺は包みを荷物に入れた。


-----


 薬屋にも寄った。


 ここの店主は薬草に詳しい婆さんで、パスハイムに来てから何度か寄っていた。フリッツも自分で薬草の勉強はしていたが、俺は俺で別に覚えておきたかった。あいつが知ってることと、俺が知ってることは、少し違う。


「おや、レオン。久しぶりだね」

「どうも」

「何が要る?」

「消毒用の蒸留酒と、止血用のハーブ。あと、熱冷ましも」

「三日分くらい?」

「五人分で」

「五人? あんた一人じゃないのかい」

「護衛です。商隊が四人いるんで、万が一の時は俺の手元に物資を置いときたくて」


 婆さんが、少し手を止めた。


「——あんた、護衛対象の分まで自分で揃えるのかい」

「当たり前じゃないですか」

「当たり前じゃないんだよ。——冒険者は、だいたい自分の分だけだ。相手が怪我したら商隊の荷から出してもらえばいい、って考える」

「……それは、ちょっと」

「そう思うだろ。でもそう思わない奴の方が、多いんだよ」


 婆さんが袋を詰めながら、俺を見た。


-----


「あと、もう一つ、聞いていいですか」

「なんだい」

「魔物避けのことなんですけど。——ニガヨモギでボア系が寄ってこなくなるのは知ってます。北の街道で、グレイウルフが出てるんですが、狼系に効くものは何かありますか」


 婆さんが、棚の方を向いた。


「狼系か。——煙だね」

「煙?」

「ハルツ草っていうのがある。乾燥させたやつを焚くと、刺すような煙が出る。狼系は鼻が利くから、あれを嫌がる」


「他の魔獣も寄ってこなくなりますか」

「大体は嫌がる。——ただ、虫系には効かない。虫は鼻で嗅がないからね」

「街道沿いなら虫系は少ないんで、それでいい。——臭いは、人間にもきついですか」

「まあ、きつい。——目にしみるし、喉もやられる。風上で焚いて、自分たちは風下にいることだね」

「風向きを考えて使う、と」

「そうだ。あと、焚きすぎると商隊の荷物にも臭いが移る。商人は嫌がるだろうから、使う前に一言言っておきな」

「分かりました。——それ、三日分で、いくらですか」

「銀貨一枚」

「ください」


 婆さんが、乾燥したハルツ草の束を小さな袋に入れて、渡してくれた。


「あんた、いい冒険者になるよ」

「……ありがとうございます」


 俺は袋を持って、店を出た。


-----


 宿に戻った。


 自分の部屋に入って、買ってきたものを荷物に詰めた。それから剣の手入れをした。昨日、武具屋で買った油で、刃を磨いた。革紐も新しいものに替えた。


 明日、出発する準備は、だいたいできた。


 窓の外を見た。日はもう、かなり傾いていた。


 夕飯までは少し時間がある。


 俺はベッドに座って、荷物の中から一冊の本を取り出した。魔物生態図鑑、第三巻。先月、パスハイムの古本屋で、銀貨二枚で買った。


 読みかけのページを開いた。


 グレイウルフの章。群れの構成、季節ごとの活動範囲、優先的に狙う獲物、人間との過去の衝突の記録。


 明日からの任務で出くわす可能性が高い相手だ。知っておいて損はない。


 俺はページを、ゆっくりとめくった。


-----


 夕飯は、一階の食堂で食べた。


 宿の他の客が、何人かいた。商人っぽい男、旅の吟遊詩人、若い冒険者の二人組。若い冒険者の二人組が、俺に気づいた。


「あ、ハルトマンさん」

「どうも」


 冒険者のうちこ一人が俺の方に寄ってきた。Dランクくらいの装備。俺より少し年下に見える。


「あの、今日、Cランクに上がったって、ギルドで聞きました」

「ああ。——早いですね、噂」

「すごいですね、十九歳でCランク」

「まあ」

「あの、フリッツさんと組んでるんですよね」


 また、これか。


「組んでいるというか、まあ」

「フリッツさん、本当に単角獣に乗ってるんですか?」

「乗ってます」

「宙の精霊、連れてるってのはさすがに噂ですよね」

「連れてます」 

「……え、本当なんですか」

「本当です。——説明が面倒なので、あんまり細かく聞かないでください」


 若い冒険者が、二人で顔を見合わせた。


「すごいなあ」

「ね、だよね」


 俺はスープを口に運んだ。正直、疲れる質問だった。でもこれが、しばらく続くんだろうと思った。フリッツが戻ってくるまで、何度も同じ質問をされる。


 若い冒険者の一人が、少し遠慮がちに聞いてきた。


「あの、ハルトマンさんも、すごいですよね」

「え?」


 俺はスプーンを止めた。


 それから少し考えて、答えた。


「俺たちこの前、ハルトマンさんが書いた調書、写させてもらったんです。——すごく整理されてて、参考になりました」


 俺は少しだけ黙った。


 調書を。あれか、夜中に一人で書いていた、あの悪質テイマー関連の調書。別の冒険者の参考になったんだ。


「役に立ったなら、よかったです」


 それだけ答えた。


 若い冒険者たちが頭を下げて、自分たちの席に戻っていった。

 俺はスープの残りを飲み干した。


-----


 部屋に戻った。


 剣をもう一度、確認した。荷物をもう一度、確認した。地図も広げて、道順を頭に入れ直した。明日の朝、六時の北門集合。商隊の人数、四名。荷車、二台。護衛契約、俺、一人。


 ——しっかりやらないとな。


 フリッツの推薦で上がったカードだ。推薦が通ったのは中身があるからだ、とマスターは言ってくれた。でもそれを証明するのは、これからだ。


 俺は窓辺に立って、外を見た。


 夜のパスハイムの街。

 遠くに星が見えた。


 ——フリッツ、今頃どこだろうな。


 聖地まではエルツに乗って、数日って言っていた。まだ道中だろう。野営か、どこかの街で休んでいるか。ダンダンが、アスタと遊んでいるか。分霊の妖精と、静かに話しているか。


 ——まあ、あいつには、全部ついてる。


 単角獣と、光の毛玉と、宙の精霊と、妖精の分霊と、神様。


 俺がいなくても。


 ——いや。

 俺居ないけど、あいつ、料理ちゃんと作れるかな。


 野営の段取りは、エルツがやるだろう。見張りは、ダンダンとアスタが交代でやってくれるかもしれない。いざとなったら、たぶん神様が指示してくれる。


 でも、料理は。あいつ、また調味料を全部入れようとするんじゃないか。


 俺は少し笑った。


 ——戻ってきた時、痩せてたら張り倒そう。

 そう決めた。


 俺はベッドに入った。目を閉じた。


 明日。北門に六時。


 Cランクとしての最初の仕事が始まる。

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