第四十話 ギルドの長い三日間
朝が来た。
焚き火はもう、小さな熾火になっていた。レオンが起きていて、鍋を火にかけていた。ダンダンがエルツの前脚の窪みから顔を出して、『ごはん……』と呟いた。アスタは俺の肩で、朝の光に溶けかけるように、淡く光っている。
簡単な朝食を済ませて、野営地を片付けた。エルツに乗って、街道を東へ。
パスハイムの街の輪郭が遠くに見えてきた頃には、もう昼を過ぎていた。
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門番が俺たちに気づいた。
「……あ」
若い門番が声を漏らした。顔に『またか』という表情が浮かぶ。それから、視線が俺の肩のアスタに追いついた。
「……え?」
顔が固まった。
「あの、フリッツ殿」
「はい」
「その、肩の光るのは……」
「今回連れて帰りました」
「……」
門番がしばらく俺を見ていた。それから、諦めたような顔で門の横の鈴を鳴らした。
「ギルドに先触れ出しておきます」
「すみません、お願いします」
「あの、一応、種族というか分類というかお伺いしても」
「——半年前に落ちた、燃える星、覚えてますか」
門番がぴたりと動きを止めた。
「……覚えて、ます」
「あれの正体です」
「……」
門番がしばらく固まっていた。それから、ゆっくりと俺の肩のアスタを見た。
「これ、が」
「宙の精霊らしいです」
「……そらの…………」
門番が復唱した。目が少しだけ死んでいた。
「通っていいですか」
「どうぞ。どうぞ、お通りください。——俺にはもう、分かりませんのでもう、後はギルドの方で」
門番が俺たちを通した。街に入る時、別の門番が『なんだあの光』『いや、聞かないほうがいい』と小声で話しているのが聞こえた。
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パスハイムのギルドの前まで来ると、もう先触れが届いていた。
受付の女性が扉を開けて待っていた。俺がエルツから降りると、女性が一歩前に出た。
「おかえりなさい、フリッツさん。ご無事で——」
女性が俺の肩のアスタを見た。
口が開いたまま、止まった。
「……」
「あの……?」
「…………フリッツさん」
「はい」
「お連れさん増えてますね」
「あ、はい。増えました」
女性がゆっくりと深呼吸をした。それから姿勢を戻した。
「まず奥の応接室をお使いください。マスターを呼びます」
「ありがとうございます」
「書記官も手配します。——今日と明日と、明後日くらいお時間いただくかもしれません」
「三日もですか?」
「足りるか分かりません」
うまくいえないけど疲れた微笑みだった。
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応接室に通された。エルツはギルドの裏の中庭へ(「いつもの場所です」と案内された)。ダンダンとアスタは俺の周りを浮かんだり歩いたりしていた。レオンは別室に呼ばれた。
ギルドマスターが入ってきた。顔を見た瞬間、マスターの目がアスタに止まった。
「……」
「…………すみません」
「いや、まだ何も言ってない」
マスターが椅子にどっかりと座った。書記官が向かいに座って、羊皮紙を広げた。
「じゃあフリッツ君、順番に話してもらおうか。——西の渓谷、地響きの原因調査。結果から頼む」
「結果から、ですか」
「うん。俺の頭の整理のために」
「原因は分かりました。——半年前に落ちた、燃える星、覚えてますか」
マスターの目が止まった。
「覚えてる」
「あれが地中で眠ってました」
「……」
マスターがゆっくりと目を閉じた。
「もう一回」
「半年前の燃える星が、地中で眠っていました」
「…………もう一回」
「ええと、半年前の——」
「いや、いい。聞こえてる。聞こえてるのに、頭が受け付けてない」
マスターが両手で顔を覆った。書記官がペンを手に持ったまま、動かさずにいた。
「それがその、肩の?」
「はい。空から降りてきた宙の精霊だそうです。——アスタって名前を付けました」
「アスタ」
「はい」
マスターが顔を覆ったまま、しばらく黙った。それから、ぽつりと。
「名前までつけたのか」
「はい」
「……もう連れて帰る気満々だな」
「連れて帰りました」
「だろうな」
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マスターがようやく顔を上げた。
「最初から頼む。全部、順番に」
俺は順番に話した。
渓谷の入り口で地響きを感じたこと。地面の下に呼びかけたら、ワームが応えたこと
ワームの背中に乗って、地中を下りたこと。
ゴブリンと蝙蝠と、光る苔の甲虫。そして、深い空洞で光を見つけたこと。
話している途中で、書記官のペンが何度も止まった。
「すみません、もう一度」
「ワームは地脈の流れを色で感じ取る種族で」
「いろで」
「色で」
書記官がペンを持ち直した。
話が進むにつれて、マスターの目の焦点がだんだん合わなくなっていった。
ゴブリンの長が頭を下げた話、ワームと約定を交わした話(「パスハイムのギルドに伝えれば、俺が戻ってくる」)。そしてアスタと対話したこと——セレスの分霊が橋渡しをしてくれたこと、アスタが宙を旅していた存在であること、俺が名前を付けて、この先の旅にも連れて行くこと。
全部、話した。
話し終わった時には、応接室に長い沈黙が流れた。
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マスターが深く溜め息をついた。
「書記官」
「はい」
「この調書、どの項目に何を書くか、後で相談しよう」
「はい」
「地脈調査の項目だけじゃ収まらん」
「はい」
「『宙の精霊』の項目、新しく作るか?」
「本部に問い合わせます」
マスターがまた顔を覆った。
俺は少し、申し訳ない気持ちになった。
「あの、すみません」
「いや、謝るな」
マスターが顔を覆ったまま、言った。
「謝られてもどうにもならん。——お前が悪いわけじゃないんだ」
マスターがようやく顔を上げた。
「ただ、前代未聞のことすぎて、ギルドの書類様式がお前に追いついていない」
「すみません」
「頼むから謝るな」
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別室では、レオンが別の書記官と話していた。俺は応接室を出て、少し休憩することになった。
廊下を歩いていると、レオンがいる部屋の扉の前を通り過ぎた。中から、小さく声が漏れていた。レオンが何か話していて、書記官が笑いを堪えているような声が混じっていた。
何話してるんだろう。
少しだけ気になったけれど、まあ、別室の聞き取りの内容を俺が聞くのは筋が違う。俺はそのまま中庭へ向かった。
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中庭には、エルツが大きな木の下で横になっていた。金色の目が俺を見た。
『……どうした、フリッツ』
「休憩もらえた」
『ふむ』
「レオンはまだ別の部屋で聞き取り中」
『そうか』
エルツがゆっくりと耳を動かした。
「エルツ」
『うむ』
「……俺の対話術って、人に迷惑かけたりしてるのかな」
エルツがしばらく俺を見ていた。
『……急に、何だ』
「いや、なんとなく」
『まあ、人間は驚くことが多いだろうな』
「そう」
『だが汝の取り柄でもある』
エルツが鼻から静かに息を吐いた。
『汝の取り柄は、汝が話す相手が汝のそばにいたいと思うこと、だ』
俺は少し黙った。
『それを剣の子も分かっているゆえ、ずっと隣にいる』
「うん」
俺はエルツの首元に、そっと手を置いた。エルツが目を細めた。
「ブラッシングしようか」
『うむ』
俺は荷物からブラッシング道具を取り出した。エルツの銀灰色の毛を、ゆっくりと梳き始めた。
少しして、中庭の端から若い職員が、恐る恐る近づいてきた。
「あ、あの、フリッツ殿」
「はい」
「エ、エーデルホルンに触ってもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
職員が震える手で、エルツの前脚に触った。
普段は硬いけど、ブラッシングをすると柔らかくなる。今ではゴミや泥が根元でこびりついてることはないし、ダンダンほどではないけど肌触りがいい。
「ふわふわだ……」
エルツが面倒臭そうにあくびをした。職員が『ひっ』と声を漏らして、一歩下がった。
「大丈夫です。あくびです」
「あ、あくび……」
「はい。——大丈夫です、触っても」
職員がまたおずおずと触った。エルツは目を半分閉じて、気にしていない様子でいた。
「温かいです」
「でしょう」
俺はブラッシングを続けた。職員がしばらくエルツに触って、やがて『ありがとうございました……』と深々と頭を下げて、戻っていった。
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応接室に戻ったら、ダンダンとアスタが部屋の隅で何か光っていた。
書記官が困った顔をしていた。
「フリッツ殿」
「はい」
「その、ご同行のダンダンちゃんとアスタさんが、何か競い合っていまして」
俺は部屋の隅を見た。
ダンダンが全身を光らせていた。耳の先から尻尾の先まで、ぱちぱちと小さな光の粒が散っていた。
『ぱちぱち! ダンダンのぱちぱち!』
アスタがそれに対抗するように、ふわっと明るくなった。光の尾が流れ星のように一瞬、伸びた。
ダンダンが負けじと、もう一度全身を光らせた。
『わ! アスタもぱちぱち! ぱちぱち!』
アスタがさらに明るくなった。部屋の隅が昼のように照らされた。
書記官が顔を覆った。
「すみません、どっちが勝ってるか分からないです」
「引き分けでいいと思います」
「…………集中が」
「あ、はい、すみません。——ダンダン、アスタ、ちょっと静かに」
ダンダンがきょとんとして、光を小さくした。アスタもそれに合わせて、淡く戻った。
『ダンダン、おとなしくする』
「えらい」
ダンダンが満足そうに耳を動かした。アスタが俺の肩に戻ってきて、ほんのりと静かに光った。
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二日目。
一日目は、基本的な報告と調書で終わった。ほとんど話しているだけで疲れた。レオンも別室での聞き取りでやはり疲れていたらしい。宿に戻ったら二人とも食事をして、そのまま眠った。
二日目は書類の整理と、追加の質問だった。書記官が昨日の調書を読み返して、「この部分、もう少し詳しく」と何度も聞いてきた。
午前中、ダンダンとアスタがまた光り出した。書記官がまた顔を覆った。
午後、今度はエルツがあくびをしながら、中庭から応接室の窓を覗き込んだ。
窓の外に大きな銀灰色の顔が現れて、書記官が『ひっ』と声を上げた。
『まだかフリッツよ』
「まだかかるみたい」
『そうか』
エルツが退屈そうに、また窓から離れていった。
「フリッツ殿」
「はい」
「…………ちょっと怖かったです」
「…………すみません」
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三日目。
朝、ギルドに行ったら、マスターが応接室で待っていた。書記官もいた。本部担当だという、初めて見る眼鏡の人もいた。
「フリッツ殿。——座ってくれ」
俺は椅子に座った。レオンも隣に座った。ダンダンは肩、アスタは俺の周りを浮かんでいた。
「昨日まで、調書と各方面への報告で忙しくさせてもらった」
「はい」
「で、結論から言おう」
マスターが書類を一枚、机に置いた。
「——Aランクへの昇格だ」
俺はきょとんとした。
「え」
「本部承認、前倒しだ。十四歳の節目まで待たない」
「でもまだ俺、十四じゃないですけど」
「いい」
「え?」
「いいんだ。もう、いい。こっちの精神がもたん」
マスターが椅子に深く座り直した。本部担当の眼鏡の人が、隣で小さく頷いた。
「本来、Bランクへの昇格の時にAにするかBにするかで、揉めたのは知ってるだろう」
「はい」
「あの時、折り合いをつけて、Bランクで十四歳の成人の再評価を待つ流れにした。——カード刷新の時にAに上げる。そう決めたばっかりだ」
「はい、覚えてます」
「それが今、覆る」
「……」
「しかも——、Bランクになってまだひと月も経ってない」
マスターが深く溜め息をついた。
「BからAへのランクアップも最短記録だ」
「すみません」
「謝るな」
マスターが疲れた目で俺を見た。
「実績が基準を追い越している」
「……」
「水源の地脈結晶。悪質テイマー調書との照合による対話術の客観的証明。西の渓谷の地中種族との約定。そして今回——宙の精霊」
マスターがそこで言葉を切った。
「しかもあと二ヶ月で十四歳だ」
「はい」
「その間にお前、また何か連れて帰ってくる」
「……」
「否定できないだろう」
「かもしれません」
「うむ」
俺はAランクの金色のカードを受け取った。銀色から金色に変わっていた。
しげしげと眺める。
「目立ちますね、これ」
「Aランクだからな」
「見せるのちょっと恥ずかしいかもしれない」
「そこか」
マスターが呆れたように俺を見た。レオンが横で、ぷっと吹き出した。
「お前、なんで悩むんだ」
「だって金色って目立たない?」
「そうだな、子どもが持つ色ではないかもな」
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「フリッツ殿」
ずっと黙っていた本部担当の眼鏡の人が、そこで初めて口を開いた。
「Aランクに昇格すると、変わることがいくつかあります」
「はい」
「まず、身分証としての効力。——どの国境もこのカード一枚で通れる」
「どの国境もですか」
「関所の審査も最優先で通ります」
「はい」
「次に、受注できる案件の幅が広がります。——国家案件や、他領からの指名依頼が直接降りてくるようになります」
「……指名?」
「Aランクは名指しで呼ばれる立場です。Bランク以下のように、ギルドの掲示板から選ぶ、というのとは違います」
「はあ」
「それと、報酬の基礎額が変わります。同じ案件でもAランクの場合、Bランクのおおよそ二倍」
俺は少し、きょとんとした。
「二倍」
「はい」
「そんなに」
「はい」
レオンが横で、ぽつりと呟いた。
「お前、今回の三日間の調書だけで結構、額もらえるぞ」
「そうなんだ」
「そうなんだ、じゃねえよ。自分の取り分、把握しろ」
「把握します」
マスターが横で、深く頷いた。
「レオンの言う通りだ」
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「あと一つ」
マスターが椅子に座り直した。表情が少しだけ変わった。
「これはギルドマスターとしての話じゃなく、俺個人の話として聞いてくれ」
「はい」
「Aランクは一人で国を跨いで動けるランクだ」
「はい」
「お前、これからも色んなところに行くだろう」
「行くと思います」
「もっと遠くに」
「はい」
マスターが少し間を置いた。
「——行った後、きちんと用事が終わったらこの街に帰ってきてくれ」
応接室が静かになった。
「お前がいないと困るって話じゃない」
「……」
「お前がどこかで無理してないか、こっちは見えないからな」
マスターが少し笑った。
「『また何か連れて帰ってきました』って顔、出してくれ。書類、抱えながら待ってる」
「はい」
「ちゃんと生きて帰ってこい」
俺は金色のカードを握り直した。
——重い。
金属の重さじゃなくて、別の重さだった。
「はい」
俺はもう一度、頷いた。
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俺は少し考えた。それから切り出した。
「あの、マスター」
「何だ。まだあるのか」
「お願いが一つ」
マスターが疲れた顔で俺を見た。
「言ってみろ」
「レオンの評価も見直してほしくて」
レオンが横で固まった。
「は?」
「だって俺、いつも色々レオンに教えてもらってて」
「おい」
「金の勘定も、薬の使い方も、野営の段取りも」
「おい、フリッツ」
レオンが俺の肩を、強めに小突いた。
「やめろ。——お前の助けとか借りたくないんだけど」
「えっ」
「ランクなんか自分の力で上げる」
レオンの声が少し尖っていた。耳が赤いのは、さっきとは別の色だった。
「でも」
俺は少し考えた。
「俺も世話になりっぱなしなの、ちょっとなぁって」
「……」
「レオンは俺にずっと、色々くれてるのに。俺は返せてないなって」
「……」
「これで返せるなら、ちょっとは……俺の気持ちが楽になる」
レオンが俺を見た。何か言おうとしてやめて、もう一度口を開こうとしてやめた。
最終的に腕を組んで、横を向いた。
「勝手にしろ」
照れ隠しの、いつものレオンの反応だった。
マスターが腕を組んで、俺たちのやり取りを見て、それから、ふっと笑った。
「フリッツ君」
「はい」
「それはAランク冒険者からの推薦として扱っていいってことか?」
俺は少しきょとんとした。
Aランク冒険者、というのが自分のことだと、まだ慣れていなかった。
でも、マスターが聞いているのだから、俺がそう言えば何か進むのだろう。
「はい!」
俺は元気よく答えた。
マスターが隣の書記官にちらりと目をやった。書記官が頷いた。それから机の下から一枚の書類を取り出して、マスターの前に滑らせた。
書類にはすでに、何か書き込まれていた。
「……準備よすぎません?」
レオンが微妙そうな表情で、呟いた。
「ハルトマン殿の聞き取り調書がなかなか読みごたえがあってな」
マスターが少し笑った。
「こちらでもそういう話が出ていた。——お前が切り出してくれて助かった」
「……」
「お前の推薦なら、書類として動かせる」
マスターが書類を軽く叩いた。
「ハルトマン殿の件、エルストの支部に上申しよう。ハルトマン殿の拠点はエルストだったな」
「……はい」
「正式な再評価の推薦だ。——フリッツ殿のパーティメンバーとしての貢献度を重く見る、と」
「ありがとうございます!」
「お前に礼を言われても困るんだが」
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マスターが書類を捲った。それから少し眉を寄せた。
「フリッツ君」
「はい」
「ハルトマン殿の聞き取り調書、一部読み上げてもいいか」
「はい、どうぞ」
レオンが横で息を呑んだ。
「対話術以外はやや不安がある」
「えっ」
「野営では完全に無防備」
「え?」
「料理で調味料を全部入れようとする」
「あっ……」
「道、三回通っても迷う」
「……」
「銀貨と銅貨の、換算を間違える」
「……?」
俺はしばらく黙った。
……料理のは、全部、はちょっと語弊がある。順番に足そうとしただけで。
……道のは、三回通った道はさすがに覚える、と思う。
……換算は最近は間違えない。
でも、言われてみれば全部、事実ではある。
「まあ事実ですね」
俺は素直に答えた。
レオンが横で頭を抱えた。
「お前、そこ否定しろよ」
「でも事実だし」
「……」
マスターが書類を置いた。
「ちゃんと生きろ」
「はい」
「頼むぞ」
「はい」
レオンが横でふんと鼻を鳴らした。
「だから言ってるんだ」
マスターが呆れたように、俺たちを見ていた。
「本当に仲がいいなお前ら」
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ギルドを出たのは夕方だった。
三日間、書類と書類の間を行き来して、ようやく解放された。宿屋に向かう道で、レオンが大きく伸びをした。
「三日……、長かった」
「長かったね」
「お前のせいだぞ」
「まあね」「認めるのか」
「認める」
レオンが笑った。
宿屋に戻って、エルツはギルドの中庭の馬繋ぎ場で休むことになった(「いつもの、特別な場所です」と案内された)。ダンダンとアスタは俺の部屋についてきた。
夕食を食べて風呂に入って、ベッドに倒れ込んだ時にはもう、外は真っ暗になっていた。
ダンダンは俺の枕元で、すぐに丸くなって眠った。アスタは窓辺で柔らかく光っていた。
俺は目を閉じた。
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『お疲れ様、フリッツ』
神様の声が静かに、俺の中に流れ込んできた。
「疲れました」
『うん、そうだろうね。——三日間ずっと見てた』
「見てたんですか」
『見てた。書類、大変そうだったね』
「本当に」
『Aランク、おめでとう』
「なんか実感ないですけど」
『でも事実だから』
神様の声が少し笑っていた。
『ゆっくり休んで』
「はい」
『……少し落ち着いたら、話したいことがあるから』
「はい」
『おやすみフリッツ』
「おやすみなさい」
神様の気配が、いつもの距離に戻っていった。
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俺はベッドの中で目を開けた。天井の木目が、ぼんやりと見えた。
——Aランク、か。
まだあんまりピンとこなかった。
ベッドから起きて、机の上に帳面を開いた。
Aランク昇格。最短記録らしい。
カードの色、銀から金に変わった。触ると、ちょっとひんやりする。目立って何か恥ずかしい。
新しい表示項目:対話種族接触記録。エーデルホルン(エルツ)、モスリン(ダンダン)、セレスティエ、宙の精霊。
三日間の調書。
書記官が途中で何度か変な声を出した。中庭でエルツが窓を覗き込んで、書記官が「ひっ」と言った。
覚えている限り書いておきたいほど面白かった。
レオンのランクについて。
A級からの推薦として扱ってよいかと聞いた。マスターが笑って。——嬉しかった。
絵を描いた。エルツが窓から覗いている絵。
——下手だった。エルツの角の光り方は、特に、うまく描けない。
肩の上でアスタが柔らかく光っていた。枕元でダンダンが寝息を立てていた。部屋の向こうの壁の向こうで、レオンもたぶん、もう眠っていた。中庭のどこかでエルツが横になっているとおもう。
俺は目を閉じた。
長い三日間が終わった。明日はゆっくり朝寝坊しよう。




