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対話術(+++)を持って生まれた俺が不殺のS級冒険者になるまで  作者: 絹田屋


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第三十七話 四人と、西への道

 翌朝、夜明けと同時に宿を出た。


 パスハイムの広場でレオンと合流した。レオンは旅装だった。剣を腰に、保存食の入った袋を背負っている。俺のアイテムバッグとは対照的だ。


「おはよう」

「おう。早いな」

「お前が言うか。俺より先にいたくせに」


 レオンが苦笑した。


 エルツは宿の裏の厩舎から出てきていた。ダンダンは俺の肩で目を擦っていた。まだ半分寝ている。


『フリッツ、おはよう。まだ、くらい……』

「もうすぐ明るくなるよ」

『……ねむい……でも、いく……』


 健気だ。


---


 西の門に向かった。門の手前で、俺はエルツを止めた。


「ちょっと待って。地図の確認」


 アイテムバッグから地図を取り出した。ギルドから借りた周辺地図。昨日の夜、宿でエルツとレオンと三人で確認したものだ。

 門の横の石のベンチに地図を広げた。レオンが横から覗き込んだ。エルツが首を下ろして、金色の目で地図を追った。


「昨日の確認の通りだけど、もう一回」


 指で街道の線をなぞった。


「西の門を出て、街道を西に進む。半日で渓谷の入り口に着く。渓谷自体は南北に長くて、地響きの報告があったのは渓谷の中央あたり」


 レオンが指で渓谷の印を叩いた。


「渓谷の入り口に宿場はあるか?」

「地図にはない。野営になると思う」

「了解。水場は?」

「渓谷を流れる川がある。水には困らないはず」

『渓谷の地形は複雑だ。崖と谷が入り組んでいる。我の体では入れない場所もあるだろう』


 エルツが低い声で言った。


「狭い場所は俺とレオンで歩く。エルツには入り口で待っていてもらうかもしれない」

『構わぬ。汝の判断に任せる』

「ダンダンは?」

『ダンダン、いく! フリッツ、の、かた! いつも!』


 ダンダンは肩の上から降りるつもりがなかった。


---


 地図を畳んで、アイテムバッグに戻した。


「レオン、何か聞いておきたいことはある?」

「一つだけ。地響きの頻度は?」

「ギルドの報告だと、一日に数回。時間帯は不規則。大きさもまちまち。地震計は反応していないから、地震ではない」

「地震じゃないのに地面が揺れる。地脈の乱れか、あるいは——」

「あるいは?」

「何かがいる、かもしれない」


 レオンが少し真面目な顔になった。


「地面の下で何かが動いている可能性もある。大型の地中魔物とか」

「……地中魔物」

「可能性の一つだ。水源では水棲系、北東の森では植物系。次は地中系でもおかしくない」


 言われてみれば、そうだ。水、木、土。地脈の乱れが、それぞれの場所で、その場所に縁のある魔物や現象として表れている。


「あと……関係がないかもしれないが」


 レオンにしては珍しく言いよどむような言い方だった。


「あのあたりに、ものすごい明るい流れ星が落ちたんだ。半年くらい前に」

「流れ星?」

「ああ。燃える星が落ちた、って当時はものすごい話題になったんだ。調査も入ったが結局詳しいことは分からずじまい」


 燃える星。なんでも辺り一帯が夜にもかかわらず昼間のように明るくなるくらいだったらしい。


「まあ……関係ないとは思うけど、そう断言できるわけでもない状態だし。一応共有な」

「ありがとう」


 けれど、何かいるのなら俺の出番だ。まずは待って、話をする。


「対話できればいいんだけど」

「できなかったら、俺が出る」


 レオンが剣の柄に手を当てた。頼もしくもあり、物騒でもあった。


---


 門を出た。

 西の街道は、北の街道よりも狭かった。舗装されていない。土の道だ。両側に低い木が並んでいる。パスハイムの交易路は主に北と南に伸びていて、西は裏道のような扱いらしい。


 朝の空気が冷たかった。秋が深まっている。吐く息が白い。


 エルツの蹄が土を踏む音が、静かに響いた。レオンはエルツの横を歩いていた。背中に乗ることもできるが、「足が鈍るから歩く」と言い張った。レオンらしい。


「フリッツ、お前はどこまでエルツに乗るつもりだ」

「渓谷の入り口まで。そこからは歩く」

「了解。——お前、体力は大丈夫か? 最近エルツの背中ばっかりだろ」

「……大丈夫だと思う」

「思う、じゃダメだ。渓谷に入ったら足場が悪い。岩場を登ったり降りたりする。普段から歩いてないと、すぐ足が売り切れるぞ」

「売り切れる?」

「足の体力がなくなって、動かなくなるってことだ」


 レオンが前を向いたまま、早足で歩き始めた。俺はエルツの背中の上から、それを見ていた。


「……降りて歩こうかな」

『降りるのか?』

「うん。少し、足を使っておきたい」


 エルツの背中から降りた。ダンダンは肩に残したまま、レオンの隣を歩き始めた。


 土の道は、エルツの背中より硬かった。でも、足の裏で地面を感じるのは久しぶりで、悪くなかった。


---


 街道を西に進んで、二刻ほど経った頃。


 道の両側の木が低くなって、景色が開けた。遠くに、灰色の崖の壁が見えた。渓谷だ。


「あれか」

「あれだ」


 レオンが目を細めた。


 渓谷の入り口は、二つの高い崖の間に口を開けていた。川が流れ出している。水は透明だが、少し濁っている。上流で土砂が崩れているのか、あるいは——地響きで崩されているのか。


 近づくにつれて、空気が変わった。湿っている。冷たい。崖の間に入ると、日の光が半分くらいに減った。影が深い。


 ダンダンが耳を立てた。


『フリッツ。ここ、ながれ、ある。でも、おかしい。ぐるぐる、してる』

「ぐるぐる?」

『ちか、の、ながれ、が、まわってる。ふつう、じゃない』


 地下の地脈の流れが、回っている。渦を巻いているのか。水源の時は「ひっぱられている」だった。今回は「ぐるぐる」。違う種類の乱れだ。


 帳面を出した。

 歩きながらメモした。「西の渓谷入り口。地脈の流れが渦を巻いている(ダンダンの報告)。

 水源の『引っ張られる』とは別種の乱れ。


---


 渓谷の入り口に着いた。

 二つの崖の間は、エルツがぎりぎり通れる幅だった。奥に進むともっと狭くなるかもしれない。


「エルツ、ここで待っていてもらう方がいいかも」

『そうだな。この先は我の体が邪魔になる。——だが、声は届く。何かあれば呼べ』

「うん」


 レオンが剣のベルトを締め直した。


「行くか」

「行こう」


 エルツが渓谷の入り口の横の広い岩場に横たわった。見張り番だ。ダンダンは俺の肩に残った。


 俺とレオンとダンダンの三人で、渓谷の中に足を踏み入れた。


 崖に挟まれた細い道。川のせせらぎが、壁に反響してやけに大きく聞こえる。足元は湿った岩。滑りやすい。レオンが先頭を歩いて、安全な足場を確かめながら進んだ。


 五十歩ほど進んだ時——。


 足の裏に、振動が走った。

 小さな、でもはっきりとした揺れ。一瞬で収まった。


「……今の」

「ああ。地響きだ」


 レオンが足を止めた。


 地響き。報告にあった通り、地震ではない。地面の奥の、もっと深い場所から来る、ごく短い振動。


 ダンダンが肩の上でぱちぱちした。


『いまの。ちか、の、ながれが、はねた。なにか、が、うごいた。ふかい、ところで』


 何かが、深い場所で動いた。


「——対話、試してみる」

「ああ。俺は後ろにいる」


 俺は目を閉じた。体の中の魔力の通り道を意識した。祝福で広がった範囲を、地面の下に向けて伸ばす。


 呼びかけた。

 ——地面の下にいる方。聞こえますか。


 しばらく、何も返ってこなかった。


 もう一度。

 ——俺はフリッツ。話を聞きに来ました。


 そして——遠くから、低い、重い、ゆっくりとした声が届いた。


『…………だれ、だ…………』


 声だ。何かがいる。


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