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対話術(+++)を持って生まれた俺が不殺のS級冒険者になるまで  作者: 絹田屋


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第二十四話 割れた玉と、繋がった手

 翌朝から、仲裁を試みた。


 泉の岸に座って、両方に話しかけた。半魚人側に「玉を独占し続けると水源が枯れる」と伝え、人魚側に「半魚人も生きるために光が必要だ」と伝えた。


 反応は——良くなかった。


『しらない。おれたち、の、たま。かれるとか、しらない。うそ、だろ。にんげん、うそつき。』

『我らとて、あの者たちの事情は知っている。だが、我らの子の命より重い事情はない。清い水がなければ、我らは絶える。』


 どちらも譲らない。どちらも命がかかっている。


 二刻ほど話し続けた。同じ言葉が繰り返される。半魚人は「おれたちの」を繰り返し、人魚は「我らの子の命」を繰り返す。


 エルツが泉の横で横たわっていた。目を閉じている。寝ているのかと思ったが、耳が時折ぴくりと動いている。聞いている。全部聞いている。


---


 三刻目に入った。


 半魚人と人魚が、俺を挟んで直接言い争い始めた。


『——おまえら、が、ちかづく、から、わるい! さいしょ、から、おれたち、の、ば!』

『——最初から、とは笑わせる。あの玉が沈んだのは我らの水域だ。汝らが後から来たのだ』

『うそ! おれたち、さき! おまえら、あと!』

『証拠があるのか。我らにはある。水底の紋様は我らの先祖が——』

『もんよう、とか、しらない! おれたち、つよい! おまえら、まける!』


 力の話になった。対話が崩れかけている。半魚人が泡を激しく吹き上げ始めた。人魚の目が冷たくなった。


「待ってくれ。力の話じゃなくて——」


 エルツが目を開けた。


 金色の目が、泉の中を見ている。

 半魚人を、人魚を、泉の底の光る玉を。


 ゆっくりと立ち上がった。


 数百年を生きた神の眷属が、ゆっくりと泉の岸に歩み寄る。なんだかまずいことが起きる気がする。


『——もう良い』


 エルツの声が低く這う。半魚人が黙った。人魚が黙った。S級らしい強大な圧力が泉全体を覆った。水面が震えている。


『汝らの話は聞いた。三刻聞いた。十分だ。汝らが譲らぬのは理解した。だが、あの玉が地脈を吸い続ければ、この水源は枯れる。枯れれば汝らの縄張りも、清い水も、全て失われる。両方だ。汝らが守りたいもの全てが消える』


 水の中が静まり返った。


『それでも譲らぬか』


 沈黙。


『……そうか』


 角が光った。


「エルツ、待——」


 遅かった。


 白い光が角の先端に集まった。紫の稲光が走った。あの街で人間に向けたときの怒りの雷ではない。もっと細く、もっと正確に、泉の底の一点——宝玉に向かって、光が落ちた。


 水柱が上がった。


 轟音。水しぶきが顔にかかる。ダンダンが俺の襟に潜り込んだ。泉の水が一瞬沸き立って、波が岸を洗った。


 光が消え、水が落ち着いた。


 泉の底を見ると……。

 宝玉が——真っ二つに割れていた。


 割れた断面から、青白い光が溢れ出している。光ではない。エネルギーだ。地脈に溜め込まれていたエネルギーが、割れ目から一気に放出されている。


 ダンダンが襟から顔を出した。


『——ぱちぱち! すごい! ながれてる! じめん、の、した、ぜんぶ、ながれてる! つまり、とれた! みず、くる! みず、くる!』


 地脈の詰まりが取れた。エネルギーが解放されて、地中に流れ始めている。水がくる。


---


 半魚人と人魚が、同時に叫んだ。


『わった! わった! たま、わった! ひかり、が! おれたち、の、ひかり、が! くらくなる! しぬ!』


『割った! 何をした! あの玉がなければ水が濁る! 卵が! 子が育たぬ!』


 両方が泉の底に殺到した。割れた玉の破片に群がった。半魚人が破片を集めようとして、人魚がそれを阻もうとして、また揉め始めた。


「エルツ! なんで勝手に——」

『割らねばならぬと、汝も言っていたであろう』

「言ったけど! エルツも昨日言ってたじゃん!『割った後のことを先に考えなければ、割っても解決にはならぬ先に対策を』って」

『三刻待った。三刻聞いた。あの者たちは譲らぬ。ならば先に割って、後を考えるほうが早い。枯れてからでは遅い』


 ——悔しいくらいに正論だ。けど、なんだろう、それでいいんだ。


 自分の行動を思わず振り返ってみた。トレントの寄生植物を取り除いたとき、俺は事前に許可を取らなかった。トレントに「取りましょう」と言って、痛い場所を見つけて、取った。相手の同意を待たずに動いた。


 エルツも同じことをした。ただし規模が違う。


「……わかった。うん。けど割ったのはもう元には戻らない。ここからは俺がやる」

『うむ、期待している』


 ……エルツって、なんなんだろう。そうだった、「あの」神の眷属だった。


---


 泉の岸に戻った。水の中は騒然としている。半魚人と人魚が割れた玉の破片を巡ってもみ合っている。


「聞いてくれ!」


 声を張った。対話術が乗った声が水中に届いた。祝福で強化された声。前より遠くまで、前より深くまで届く。


 水の中の動きが止まった。


「玉は割れた。もう元には戻らない。でも、今から水が戻る。地脈の詰まりが取れた。この泉の水量は、数日で元に戻るはずだ」

『……ほんとう? みず、もどる?』


 半魚人の声。小さい。怖がっている。


「本当だ。ダンダンが感じてる。地脈の流れが戻ってきてる」


 ダンダンが肩の上で「ぱちぱち」した。緑色の光が泉の水面を照らした。


『ながれてる! ほんと! いっぱい、ながれてる! みず、くる!』


 人魚が水面から顔を出した。銀色の鱗。目がまだ怒っている。


『水が戻るのは良い。だが、浄清の力は失われた。あの玉がなければ水は徐々に濁る。我らの子は清い水でなければ——』


 半魚人も。


『ひかり! ひかり、なくなった! おおきいの、くる! たべられる! どうするんだ!』


 怒号。悲鳴。泡と波紋が入り混じって、泉全体が声で溢れている。


 ——でも。


 その中に、一つだけ違う声が混じっている。


 俺は目を閉じた。声の洪水の中を探った。祝福で広がった対話術の精度。前は聞こえなかった細かい声の「色」が見える。怒りの赤。恐怖の灰色。主張の黄色。


 その中に——淡い、青い声がある。


 泉の端。岩陰の近く。半魚人の群れの中に、一匹だけ、声の色が違う個体がいる。怒っていない。怖がっていない。悲しんでいる。そして——誰かを心配している。

 もう一つ。人魚の側にも、同じ色の声がある。波紋の中に、一筋だけ違う波紋が混じっている。こちらも怒りではない。心配だ。


 二つの声が、泉を挟んで、同じ方向を向いている。お互いを。


「……そこの、一匹。岩陰にいる半魚人。聞こえてるよな」


 声の洪水が少しだけ止まった。岩陰の影が、びくりと動いた。


『……にんげん。おれ、に、いってる?』

「お前だけ声が違う。怒ってない。心配してる。——誰を心配してる?」


 沈黙。群れの半魚人たちが、岩陰の一匹を見た。


「それから、人魚の方にも一人、同じ声がいる。そっちの、銀鱗が少し青い人。あなたも怒ってない。心配してる。同じ相手を」


 人魚の群れがざわめいた。


 二つの影が、泉の端と端から、ゆっくりと中央に出てきた。

 一匹は半魚人。もう一匹は人魚。並んで泳いでいる。近い。すごく近い。鰭が触れ合っている。人間の俺までなんだかドキドキする。


 半魚人の群れがざわめいた。


『おい! おまえ! なに、やってる! あいつら、と、いっしょに、いるな!』


 人魚の方も。


『——あの子、また……。何度言えばわかるのだ。あの者たちと交わるなと——』

「待ってくれ。この二匹の話を聞いてほしい」


 全員が止まった。


「俺は声を聞くことしかできない。でも、この二匹の声は、他の誰とも違う。怒りでも恐怖でもない。——何か知ってるんだろ。言えなかったことがあるんだろ」


 半魚人の方が、ゆっくりと口を開いた。泡の声ではなかった。泡と波紋が混じった、どちらの種族のものでもない声。


『……おれ、この、ひと、と、いっしょに、いる。ずっと。おまえら、が、けんか、してる、あいだ、ずっと、いっしょに、いた。みず、きれい、にする、ほうほう、みつけた。この、ひと、と。おおきい、さかな、おいだす、ほうほう、も。いっしょ、に、やった。できた。』


 人魚の方が続けた。波紋の声。透明で、静かで、でも強い。


『……わたしたちは、敵ではない。ずっとそう言いたかった。でも、聞いてもらえなかった。だから、二人で試した。この人が清い砂を集めて、水草を植えてくれた。半魚人は水の中で細かい作業ができる。わたしたちの手では届かない場所にも。小さな入り江で。半年かかったが、卵が一つ、孵った。』


 卵が、孵った。半魚人が人魚のために水を清めた。


『……それから、わたしが大きな魚を追い払う方法を見つけた。光ではなく、声で。人魚の声は水の中で遠くまで美しく響く。特定の高さの声を出すと、大きな魚は近づかない。光より確実で、光より広い範囲に効く。この人たちの縄張りを、わたしの声で守った。』


 人魚の声で半魚人の縄張りを守った。

 ——対話じゃないか。


 半魚人が水を清めて人魚の繁殖を助け、人魚が声で半魚人の縄張りを守る。お互いの得意なことを、相手のために使う。玉がなくてもやっていける。


 それをこの二匹は、周りに反対されながら、二人きりで証明していた。

 言い出せなかっただけだ。群れに言えなかった。


---


 泉が静かになった。

 半魚人の群れも、人魚たちも、二匹を見ている。半魚人の群れから、小さな声が上がった。


『……ほんとう、に? おと、で、おおきいの、おいだせる? ひかり、なくても?』


 二匹が頷いた。泡と波紋が一緒に揺れた。


『できます。私たちが歌うだけで、きっとそれだけでできます』


 人魚側からも。


『……清い砂と水草で……本当に卵が孵ったのか。あの入り江で?』


『かえった、みに、くる。いっしょ、いく』


 一緒に。


 泉の水位が、少しだけ上がった気がした。

 気のせいかもしれない。でも、ダンダンが「ぱちぱち」をして言った。


『……ながれ、かわった。あったかく、なった。じめん、の、した。あったかい。』


 地脈の流れが変わった。温かくなった。宝玉が割れてエネルギーが解放されて、地脈が少しだけ回復している。


 エルツの角が、一瞬だけ光った。


『……天の道が、少し太くなった気がする。微かだが』

「接続が回復してるのか?」

『まだわからぬ。だが、あの結晶が地脈を吸っていた分が解放されたのは確かだ。これだけで全てが解決するわけではないが——一歩だ』


 一歩。


 帳面を出した。今日の記録。

 水源の宝玉をエルツが割った(俺の許可なし。エルツは三刻が限界)。

 地脈のエネルギー解放。半魚人と人魚の中に、種族を超えて繋がっている二匹がいた。声の色が違った。群れに言えなかった本音を引き出した。

 代替案はすでにあった。半魚人が水を清め、人魚が声で守る。お互いの得意を、相手のために。——答えは最初からそこにあった。俺はそれを見つけただけだった。


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