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対話術(+++)を持って生まれた俺が不殺のS級冒険者になるまで  作者: 絹田屋


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第二十話 見てたよ


 その夜は、眠れなかった。


 パスハイムから離れた山道の岩陰で野営した。エルツが風除けになっている。ダンダンが俺の胸の上で丸くなっている。いつもは顔の上に乗るのに、今日は胸の上だ。横腹が痛いのを知っているのかもしれない。


 祝福の回復力強化のおかげで、骨は折れていないと思う。でも打ち身がひどい。息を吸うと肋のあたりがずきずきする。


 空を見た。星が出ている。この星はエルストから見ても同じ星だ。でも今日あったことは、エルストでは絶対に起きなかったことだろう。


 ——テイムしていない方が悪い。


 あの冒険者の言葉が消えない。法律上は正しい。この領地のルールに従っている。悪気はない。でも、正しいことと納得できることは違う。

 エルツが目を開けた。俺が起きていることに気づいたのだろう。


『……眠れぬか』

「うん。考え事」

『汝が考えることは、いつも同じだな。どうすれば全員が傷つかずに済むか、だ』

「……今日は全員傷ついた。俺も、エルツも」

『我は傷ついてなどおらぬ。汝が傷ついたことに腹を立てただけだ』

「それも傷だよ」


 エルツが黙った。


---


 角が光った。

 淡い光。前触れなく。エルツの角の模様が、静かに浮かび上がった。


『——天の声が来る』


 エルツが目を閉じた。中継が始まった。

 神の声が届いた。今までで一番明瞭だった。ノイズがほとんどない。


『……見てたよ』


 短い一言だった。


『今日のこと。全部見てた。君が殴られているとき、エルツが怒ったとき、君がその子を止めたとき。全部見てた』

「…………」

『君は痛かっただろう。でも、その子を止めたのは正しかった。その子が人を害したら、その子自身が壊れる。それがわかっていたのだな』


 ——わかっていた、というか。体が勝手にそう動いた。エルツが人を傷つけたら、エルツがこの世界で生きていく場所がなくなる。それだけは駄目だと思った。


『……今日の話を、聞かせてくれないか』

「供物として?」

『供物でもいい。でも今は……ただ、聞きたい。君が何を感じたのか。その子が何を感じたのか。あの小さい子が何を感じたのか』


 神様の声が震えていた。魔物狂いの神。触れられない、体験できない神。今日、自分の眷属が初めて本気で怒った瞬間を、ただ見ていることしかできなかった。


 話した。


 パスハイムに入ったときのこと。テイム済みの魔物たちの声のこと。余白のない声。ダンダンが「静かすぎる」と言ったこと。エルツが値踏みされたこと。冒険者に追いかけられたこと。殴られたこと。ダンダンが叫んでいたこと。エルツの角が光ったこと。雷が落ちたこと。止めたこと。


 テイムしていない方が悪いという言葉。ギルドマスターが止めに入ってくれたこと。


 全部話した。

 長い沈黙があった。


『……ありがとう。聞けてよかった。——君に、もう一つ祝福を送りたい』

「え?」

『君には今、戦う力がない。それでいい。君のやり方は対話だ。それは変わらなくていい。だが、今日のようなことがまた起きたとき、君自身を守る手段がない。殴られて、蹴られて、それでも立ち続けるのは——見ていて辛い』

「……何をくれるんですか」

『魔力の操縦だ。魔力そのものを大量に与えることはできる。だが、君の体は魔力を扱ったことがない。いきなり大量の魔力を流し込めば、体が壊れる。だから、まず操縦を覚えてもらう。水路を作ってから水を流す。そういう順番だ』

「魔力の操縦……」

『操縦さえできれば、あとはその子が教えてくれる。エルツはもともと雷を操る存在だ。魔術の基礎を知っている。君が操縦を覚えれば、その子から魔術を学べる』


 エルツが目を開けた。中継しながら、自分の声で言った。


『……天が我に任せると言うのであれば、引き受けよう。だが、フリッツ。魔術は対話とは違う。体を使う。痛いこともある。それでもやるか』

「やる」


 即答した。今日、殴られて何もできなかったから。エルツに雷を落とさせてしまったから。次は——次は、エルツに怒らせる前に、自分で何とかしたい。


『……その目だ。君のその目が、わたしは好きだ。——では、祝福を送る。受け取ってくれ』


 体の中に、何かが通った。


 あの稜線で感じた「知らない風」に似ていた。でもあのときより穏やかで、あのときより深い場所に届いた。体の芯に、細い道ができた感覚。水路。まだ水は流れていないが、道だけがある。


 指先がぴりぴりした。足の裏が温かくなった。


「……何か、通った」

『魔力の通り道ができた。あとは水を流す練習だ。少しずつ、少しずつだぞ。急ぐな。——ああ、それと』

「まだあるんですか」

『あの小さい子の話もしてくれ。耳がぱたぱた動くやつ。あと、怒ると尻尾を打ちつけるやつ。あれ、今日はやらなかっただろう。いつもやるのに。今日だけやらなかった。それが——それが、一番辛かった。見ていて』


 ダンダンが今日、一度も尻尾を打ちつけなかった。


 ——神様が、それを見ていた。


「……明日、たくさん話します。今日はもう疲れてしまいました」

『うん。おやすみ。——その子たちの傍にいてくれて、ありがとう』


 角の光が消えた。


---


 エルツが俺を見ていた。


『我が神は……あのような話し方をする存在だったのだな。数百年仕えてきたが、知らなかった。二度目だが』

「前にも同じこと言ってたよ」

『言った。だが、今日のは前とまた違う。——あれは、泣いていたのではないか』

「……泣けるのかな。神様って」

『わからぬ。だが、汝が殴られているのを見ていることしかできなかった存在の声は、泣いている者の声に似ていた』


 俺はエルツの横腹に背中を預けた。温かい。ダンダンが胸の上で眠っている。


「明日から、魔術の練習を教えてくれるんだろ」

『ああ。まずは魔力を感じることからだ。汝の体に通った道を、意識して辿る練習だ。地味だぞ』

「地味なのは慣れてる。トレントの返事を三十分待つのに比べたら、なんだってマシだ」


 エルツが鼻から息を吐いた。笑っているのか呆れているのか。


 たぶん両方だ。いつも通りだ。


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