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対話術(+++)を持って生まれた俺が不殺のS級冒険者になるまで  作者: 絹田屋


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第十六話 旅の前に揃えるもの

 Cランクの冒険者証が届いた。


 カスパルの推薦から五日。想定してた予定より早い。受付の人が封書を開けて、中から新しいカードを出した。前のカードと形は同じだが、縁の金属が銀色になっている。Dまでは銅色だった。


「フリッツさん。Cランクの冒険者証です。国際身分証として他国のギルドでも有効よ。……おめでとう」

「ありがとうございます」


 受付の人が少し笑った。登録のときに困惑していた顔とは別人だ。


 カードを受け取った。手に触れると、表面に文字が浮かぶ。


 ランク:C

 スキル:対話術(+++)


 ——ここまでは前と同じだ。


 でも、その下に見たことのない行がある。


 祝福:無毒化 回復力強化 防御力強化


「……何これ」


 受付の人がカードを覗き込んだ。目が大きくなった。


「グスタフさん!」


 グスタフが奥から出てきた。カードを見て変な顔をした。いつもの三倍くらい変な顔だった。


「……祝福。無毒化、回復力強化、防御力強化。三つ。……お前、いつの間にこれを——」

「わからない。たぶん、天の——神様が送ってくれたんだと思う」

「神様」

「はい」

「……エーデルホルンと、通信をするっていう」

「そうです」


 グスタフがしばらくカードを見ていた。それから俺に返した。


「祝福つきの冒険者証は、歴史上で片手で数えるほどしか存在しない。しかも三つ同時は……いや、もういい。お前の場合はいちいち驚いていたらきりがない」


 諦めた顔だった。鑑定士が驚くことを諦めている。


---


 ギルドを出たら、レオンが待っていた。最近はいつもここにいる。


「受け取ったか」

「受け取った。見る?」


 カードを渡した。レオンが表示を読んだ。読んで、もう一度読んだ。


「……祝福? 無毒化? 回復力強化? 防御力強化?」

「ついてた」

「ついてたって……お前、これ、毒が効かなくて、怪我が治りやすくて、打たれ強いってことだぞ。冒険者が一番欲しがる三つが全部乗ってる」

「そうなのか」

「そうなんだよ。……お前、自分がどれだけおかしいか、わかってないだろ」

「よく言われる」


 レオンがカードを返して、腕を組んだ。しばらく考えたあと、口を開いた。


「いいか、フリッツ。お前はこれから遠出する。Cランクだから国を跨げる。祝福もある。だが、それとは別にやることがある」


 なんだかレオンが兄貴分の顔になっている。


「何」

「金の計算だ」


---


 居住区に戻って、テーブルの上にありったけの金を並べた。


 レオンが横で腕を組んでいる。エルツが窓から覗いている。ダンダンが銅貨の山に飛び乗ろうとして、レオンに捕まった。


「まず数えてみろ」


 数えた。

 銅貨が——多い。採取の納品が積み重なっている。Dランク帯の素材は単価が高い。エルツに乗ってからは一日に二件、三件と回れるようになって、納品ペースが上がっていた。さらにエルツの梳き毛をグスタフと薬屋に渡した分、鹿の解体・販売、植生調査の銀貨。


「銅貨二百十二枚と、銀貨一枚」

「銅貨百枚で銀貨一枚だから、全部で銀貨三枚と銅貨十二枚。……一ヶ月ちょっとでこれか」

「多いの?」

「Eランクの俺が一ヶ月で稼ぐのが銀貨一枚くらいだ。お前はその三倍。しかも討伐なし」


 レオンの声に感情が混じっていない。事実を確認している声だ。


「全部持ち歩くな。旅先で落としたら終わりだ。ギルドには銀行機能がある。Cランク以上なら預け入れと引き出しが他の街でもできる。銀貨二枚は預けろ。残りを旅の路銀にしろ」

「ギルド銀行ってそういう仕組みなのか」

「Cランクの特権だ。D以下は使えない。だからお前が先に使えるのは正直むかつくが、使える制度は使え」


---


 午後、街の市場に買い出しに行った。レオンが付き合ってくれた。


「旅で一番怖いのは怪我と病気と毒だ。お前は祝福で毒と怪我はだいぶ楽になるだろうが、備えはいる。薬は持っておけ」


 薬屋のおばさんに相談した。解毒の粉、傷薬、腹痛止め。小さな革袋にまとめてくれた。


「あんた、遠くに行くんだって? 薬は多めに持っときな。山の方は何があるかわからないからね。腹壊すと悲惨な思いするよ」

 

 正論だった。


 次に、乾物屋で保存食を追加した。塩漬けの干し魚、硬いビスケット、ドライフルーツ。それからレオンが「これも」と言って、小さな瓶を二つ籠に入れた。


「何これ」

「蜂蜜と酢。蜂蜜は肉に揉み込むと柔らかくなるし味が変わる。酢があれば野草が食いやすくなる。お前、塩しか使わないだろ」

「……塩以外に何を入れるのか知らなかった」

「知ってるだろ、薬草の知識があるんだから。ニガヨモギは苦いから薬に使う。なら甘い草は料理に使える。基本的な考え方は同じだ」


 ——確かに。薬草を勉強したとき、味と効能の関係は学んだ。苦い草は解毒、甘い根は滋養。その知識を料理に転用すれば、塩以外の味付けができる。


「あと、これ」


 レオンが香草の束を手に取った。乾燥したタイムに似た草。


「干し草のハーブだ。これも肉に擦り込んで焼くと匂いが全然違う。あと煮込みに入れてもいい」

「詳しいな」

「一年半Eランクで一人で飯を作ってりゃ覚える」


 レオンの一年半。その間にこいつは一人で稼いで、一人で飯を作って、一人でランクを上げた。料理の腕も、その一年半の副産物だ。


---


 次は革細工の店に寄った。


「あの……エルツ……ええと、大きいやつのブラッシング道具が欲しいんだけど」


 店主が首をかしげた。


「ブラッシング? 馬用のか?」

「もっともっと大きいやつ。毛が硬いから、馬用だと折れると思う」


 レオンが横から口を出した。


「野牛用の鉄櫛がある。あれなら硬い毛でもいける」


 店主が奥から出してきた。鉄の歯がついた幅広の櫛。重い。でもエルツの毛の硬さなら、これくらいがちょうどいい。


「あと、角の手入れ用に柔らかい布。泥を拭くのに使ってるけど、もう少しいい布がほしい」


 鹿革を鞣した柔らかい革布を買った。これなら角の模様を傷つけずに拭ける。


 帳面にメモした。

 エルツの手入れ道具:鉄櫛(野牛用)、鹿革の布(角用)。小刀の背で梳くのはもうやめる。


---


 居住区に戻って、買ったものを並べた。


 薬の革袋。保存食。蜂蜜。酢。乾燥ハーブ。エルツの鉄櫛と鹿革布。水筒の替え。火打ち石。それから、レオンが「旅先ではこれがあればいい」と選んでくれた深皿(持ち手つき)。直火にかけられる。鍋を持ち歩くより軽い。


 竈に火を入れた。出発前に新しい味付けを試しておきたい。


「全部入れるなよ」


 レオンが釘を刺した。


「蜂蜜と酢とハーブは別の味だ。一度に全部入れたら喧嘩する。今日は蜂蜜だけ試せ。明日酢を試して、明後日ハーブを試す。何がどう変わるか、一つずつ覚えろ」

「……一つずつ」

「料理も採取と同じだ。一個ずつ試して、何が効いたか確かめる。手引書と同じだろ」


 ——確かに。グスタフに「軸を折って色を確かめろ」と教わったのと同じだ。一つずつ。


 鍋に水と、蜂蜜を揉み込んだ鹿肉と根菜を入れた。いつもの煮込みだ。塩を入れて、それから香草をほんの少し。それだけ。


 ゆっくり煮た。

 匂いが変わった。塩だけのときと微妙に違う。甘い匂いがほんのりと立ちのぼっている。


 ダンダンが竈の前に座って、鼻をひくひくさせている。


『いつも、と、ちがう! いい、におい! ちがう! すごい!』


 尻尾がぱたぱた鳴っている。エルツが窓から覗きこんだ。


『……人の子の煮炊きは奥が深いな。汝の腕が上がっている』

「レオンの助言どおり、蜂蜜を使って、香草を入れただけだよ」

『助言を受け入れようと思ったことが進歩だ』


 味見した。


 ——美味い。塩だけの煮込みとは違う。蜂蜜の甘みが肉の臭みを和らげて、根菜の味を引き立てている。母さんの料理には程遠いが、昨日より一歩進んだ。


 明日は酢を試す。明後日はまた別のハーブ。一つずつ。


---

 夕飯を食べ終えて、竈に残っていた湯を使うことにした。

 鹿革布を熱い湯に浸して、しっかり絞った。それをエルツの首筋にぺたりと当てた。


『……む』

「熱い?」

『いや。……温かい。これは何をしている』

「汚れを浮かせてから梳くと、綺麗になるって。レオンが馬の手入れで見たことがあるって言ってた」


 蒸した布を当てたまま、しばらく待つ。銀灰色の硬い毛に、湯気がじわりと染みていく。泥や汗の汚れが、布の方に移っていくのがわかった。布を外すと、毛が少しだけ柔らかくなっていた。

 そこに、新しい鉄櫛を入れた。

 小刀の背で梳いていた頃とは段違いだ。鉄の歯が硬い毛にしっかり入って、絡まりをほぐしていく。蒸した後だから、毛の通りがいい。エルツが目を閉じた。


『…………以前より……はるかに良い。道具と、手順と、両方だ』

「今まで小刀で乾いたまま梳いててごめん」

『気にしておらぬ。汝が梳いてくれること自体が、数百年ぶりのことだ。方法の良し悪しは二の次だ』


 首筋から肩、背中、腹の横——部分ごとに、蒸し布を当てて、待って、梳く。全身はとてもやりきれないけれど、汚れが溜まりやすい場所だけでも十分に違う。エルツの銀灰色が、少しだけ明るくなった気がした。


 最後に角の泥を鹿革布で拭いた。白い表面の模様がくっきり見えた。いつか読めるようになるんだろうか。

 エルツの本名が、この模様の中にあるのかもしれない。


---


 夜。テーブルの上に旅の荷物を広げた。


 帳面。小刀。保存食(五日分)。薬の革袋。水筒二本。火打ち石。蜂蜜と酢。乾燥ハーブ。鉄櫛。鹿革布。深皿つきカップ。着替え。やかん亭の杯。


 ダンダンが荷物の上を走り回って匂いを嗅いでいる。


『これ、もっていく? これも? ぜんぶ?』

「全部」

『ダンダン、も!』

「……お前は荷物じゃないだろ」

『にもつ、じゃない! なかま!』


 ダンダンがなかま!なかま!と言いながら跳ねる。

 エルツが倉庫棟から声を出した。


『明朝、出発か』

「うん。北部の水源に向かう。地脈の起点を探そう」

『よかろう。我も準備は整っておる。……といっても、我に必要なものは汝だけだが』

「……そういうの、たまに言うよな」

『事実を述べているだけだ』


 帳面を開いた。

 旅の持ち物リスト。所持金。ギルド銀行に銀貨二枚預け入れ済み。路銀は銀貨一枚と銅貨十二枚。Cランクの冒険者証。

 祝福:無毒化、回復力強化、防御力強化。

 メンバー:フリッツ、エルツ、ダンダン。

 目的地:北部山岳地帯の水源。地脈の起点を探す。


 ——準備はできた。


 明日から、旅が変わる。村からエルストまでの旅は、「あいつの声を聞きたい」だった。

 エルストからの旅は、「エルツの接続を回復したい」になる。

 ——もっと遠くの声を聞きに行く旅だ。


 ダンダンが膝の上に乗ってきた。鼻先を押し付けてきた。苔の匂い。エルツの呼吸も聞こえる。鉄と土の匂い。


 二つの匂いが、俺の日常になっている。この匂いごと、旅に出る。


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― 新着の感想 ―
魔物と旅する僕の日々生活日記! と、いった感じでしょうか。 淡々と、でも驚きに満ちた、楽しいお話ですね! 続きを楽しみにお待ちしています。
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