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対話術(+++)を持って生まれた俺が不殺のS級冒険者になるまで  作者: 絹田屋


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第十五話 四角いキノコの値打ち

 翌朝、ギルドに行った。


 エルツに乗って北門を通った。門番が「おう」と手を挙げた。もう固まらない。エルツが街に入るのも二度目だ。街道沿いを歩くとき、通行人が道を空けるのは相変わらずだが、悲鳴は上がらなくなった。


 ダンダンは肩の上にいる。いつもの定位置だ。


 ギルドの前でエルツを待たせて、中に入った。ダンダンは肩に乗ったまま。受付の人が俺とダンダンを見て、もう何も言わなかった。慣れというのは人間にも魔物にも効く。


「報告があります。天の——えっと、エルツは神の眷属で、昨日、神様……エルツの接続先から、通信がありました」

「……神からの、通信」

「はい。地脈が乱れているという情報です。北部山岳地帯の水源を調べてほしいと」


 受付の人の手が止まった。

 「少し待ってね」と言って、奥に行った。グスタフとカスパルを連れてきた。カスパルはまだエルストにいたらしい。


---


 会議室に通された。前回と同じ部屋だ。

 事情を説明した。天の声。地脈の乱れ。エルツとの接続が不安定な原因。俺が中継地点として機能していること。地脈を安定させれば接続が太くなること。


 カスパルは黙って聞いていた。メモを取っている。


「地脈の調査。北部山岳地帯の水源。……これはエルスト支部の管轄を超えるな」


 グスタフが腕を組んだ。


「水源はエルストの北部だが、地脈の流れとなると、一つの支部の範囲で収まらない可能性がある。他の地域のギルドとも連携が要るかもしれない」


 カスパルが俺を見た。


「フリッツ君。一つ確認したい。君の帳面を見せてもらえるか」

「帳面?」

「前に共有すると約束してくれた、あの記録だ」


 荷物から帳面を出した。使い始めてからだいぶ厚くなっている。最初のページはシロツメコケのメモ。蝙蝠の洞窟の記録。トレントの一文三十分ペース。アカツキタケの絵(四角い)。蝙蝠の絵(鳥に見える)。


 そしてエルツの記録。声の特性。混乱時と平常時の違い。ブラッシングの方法。食性。体温の変化。角の模様。天の声の断片。


 カスパルがページをめくっていた。最初は流し読みだったのが、途中から手が止まった。何度も戻って読み返している。


「……これは、いつから書いている」

「Dランクに上がった頃からです。一ヶ月くらい」

「一ヶ月でこの量か」

「毎日書いてるので。ただ、日記と落書きみたいなのも多いです」


 カスパルは黙ってページをめくっていた。途中で何度か止まって、読み返して、また進む。グスタフが横から覗き込んでいる。


「……字は読みにくいな」

「すみません」

「絵はもっと読みにくい。このキノコは四角いのか?」

「丸いです。描くのが下手で」


 カスパルがページを戻した。蝙蝠の洞窟の記録のところで手が止まった。


「ここ。『北部岩壁の洞窟。蝙蝠系五〜六匹。おとなしい。入り口付近なら一泊可。お礼は岩壁上部の赤い実。翼が当たって取れないのを代わりに取ってやると喜ぶ』——これは君が実際にやったことか」

「はい。泊めてもらったお礼に、実を取ってあげました」


 カスパルがグスタフを見た。


「グスタフ。これを読み替えると、どうなる」


 グスタフが眉を寄せて読んだ。


「……Dランク帯の蝙蝠系魔物の生息地点と気性の記録。特定の果実を報酬として提供すれば、安全な野営地として活用可能。……要するに、泊まれる場所と条件が書いてある。他の冒険者にも使える情報だ」

「その通り。次」


 カスパルがトレントのページを開いた。


「『Dランク帯のトレント。声はシュリンガよりさらに遅い。一文に約三十分。樹皮の下に寄生植物の根が入り込んでいた。除去したら少し声が早くなった。痛みがなくなると声が変わる? 要観察』。……グスタフ」

「これは……読み解くと、トレント周辺の寄生植物を除去すれば、トレントが穏やかになる可能性がある。逆に言えば、寄生植物が残っていると不安定になりうる。冒険者への実用的な指針だな。トレントの縄張りを通るなら、周辺の雑草や寄生植物を抜いてやると穏便に通過できる、という意味になる」

「それを本人は『痛みがなくなると声が変わる? 要観察』としか書いていない」


 カスパルが俺を見た。呆れているのか、感心しているのか。


「……フリッツ君。エーデルホルンの記録を見せてくれ」


 後半のページを開いた。エルツの記録。カスパルとグスタフが二人で読んだ。


「角の模様の描写。表面に文字のような、年輪のような模様が走っている。天の声を中継する際に角が光る。……これは生態記録というより、エーデルホルンの身体的特徴と神性の関係を示す資料だ。三百二十年前の観測記録にはこんな詳細は一切ない」


 グスタフが付け足した。


「それと、ここ。『混乱時は滝のような声。落ち着くと流暢で古風。同じ個体から出る声のギャップ』。これは精神状態と発声の関係だ。エーデルホルンが危険とされていたのは、この混乱状態を『気性が荒い』と誤認していた可能性がある。つまり、人に害をなす危険性は本来低いと読み取れる。注意喚起の方針を変えるべきかもしれない」

「俺はただ、見たことを書いただけなんですけど」


 カスパルが帳面を閉じた。


「君はそうだろう。だが、見たことをそのまま書ける人間が、そもそもいない。魔物と対話できる冒険者が歴史上いなかったからだ。この帳面は玉石混交だ。字は汚いし、絵は判別が困難だし、個人の感想もたくさん混じっている。だが、その中に埋もれている情報は、他のどこにも存在しない」


 グスタフが頷いた。「率直に言う」とカスパルが続ける。


「この記録の中にある情報群を、本部は正式に評価すべきだと考えている。そして、その評価に基づいて、君のランクをCに上げることを推薦したい」

「……Cランク、ですか」

「Dランクでは、行動範囲が限られる。地脈の調査には他の地域——場合によっては他国のギルドの管轄に入る必要が出てくる。Cランク以上の冒険者証は国際身分証として通用する。つまり、国を跨いだ行動が可能になる」


 国を跨いだ行動。村からエルストに来ただけで遠くに来たと思っていたのに、さらにその先がある。


「でも、俺の実力はDランクのままですよ。戦闘スキルはないし、対話術しかないし」

「お前が見たことを書いた記録を、俺やカスパルが読み解いて使える情報にする。それが仕組みだ。お前の目と耳が現場にあって、俺たちの知識が読み解く。どっちが欠けても成り立たない」


 グスタフの声は、いつもの変な顔のときとは違っていた。真面目だった。

 カスパルが頷いた。


「本部への推薦書は私が書く。一週間以内に結果が届くだろう」


---


 ギルドを出たら、レオンがいた。入り口の壁にもたれて待っていた。


「長かったな。何の話だ」

「まずそっちは? なんか嬉しそうだけど」


 レオンが鼻で笑って、腰のベルトから冒険者証を出した。ランクの表示がEからDに変わっている。


「上がった。Dランク」

「おめでとう! 」

「一年半だ。Eランクに登録してから」


 一年半。レオンは一年半、Eランクで依頼をこなし続けていたということだ。 


「討伐だけじゃ足りなかったんだよ。Eランクの討伐依頼は数が出るが、一件あたりの評価が低い。結局、お前と一緒に動いた北部の偵察報告——単角獣の目撃情報、Dランク帯の魔物の分布図、ヴィルドボアの移動経路の記録。ああいう情報提供を何件も積み上げて、やっとだ」


 レオンもレオンで、自分の仕事をちゃんとやっていた。俺と一緒に動いた時だけじゃない。一人でDランク帯の縁を走り回って、情報を集めて、報告書を書いていた。剣を振るだけじゃなくて、足で稼いだ情報を積み上げて、一年半。


「これでDランクだ。お前と同じ帯域で動ける」

「……それなんだけど」

「何だ」

「俺、Cに上がるかもしれない」


 レオンの顔が止まった。


「……C。俺が今日Dに上がったのに。お前はC」

「ごめん」

「謝るな。……何でCなんだ」

「帳面が評価されたらしい。中身をカスパルさんとグスタフが読み解いたら、使える情報がたくさんあったって」

「帳面。あのキノコが四角い帳面か」

「そう。あの四角いキノコの絵にも値打ちがあるらしい」

「……嘘だろ」

「俺もそう思う」


 レオンが空を見上げた。何かを考えている顔だった。

 それから、笑った。声を出して。


「お前さ」

「うん」

「馬車の棘を抜いて、ボアを追い払って、蝙蝠の洞窟に泊まって、単角獣を連れてきて……。で、Cランクになった。……全部、話しかけただけだよな」

「……まあ、そうだけど」

「すげえな。いや、すげえとは違うな。なんだろう。変だな」

「変は前から言ってるだろ」

「変だけど嘘はつかない。それに変わりはない」


 レオンが壁から離れた。


「次、どうせ遠くに行くんだろ」

「行く。エルツと」

「俺も手伝えることをする。Dランクになったばかりだから管轄外にはまだ出られないけど、エルスト周辺の調査なら手伝える。お前が遠くに行ってる間、こっちの情報を集めておく」

「……ありがとう」

「礼はいい。お前が話すだけなら、俺は話す以外のことするさ」


---


 居住区に戻った。エルツが庭で待っていた。ダンダンが肩から飛び降りて、エルツの前足に鼻先を押し付けに行った。


「Cランクに上がるって」

『ほう。人の世界での評価か。汝の帳面が認められたのだな』

「なんで知ってるんだ」

『汝が帳面に何を書いているかは、毎日見ておる。あれが価値を持たぬはずがない』


 エルツはずっと見ていたのか。毎日帳面を書いている俺の横で。


「Cランクになったら、国を跨いで動ける。地脈の調査も広い範囲でできる」

『よかろう。ならば行こう。汝が行く場所に、我も行く』


 ダンダンがエルツの前足の上から声を上げた。


『ダンダン、も、いく!』


 尻尾がぱたぱた鳴っている。


「お前は留守番——」

『やだ!!!』


 ぱたんぱたんぱたん。床が鳴る。ダンダンの尻尾は小さいのに、打ちつける音だけは一丁前だ。

 エルツが鼻から息を吐いた。


『連れていくがよい。この小さき者は、置いていかれると追いかけてくる。それは実証済みだ』


 ——実証済み。確かにそうだ。村からエルストまでの相当なの距離を走ってきた実績がある。確かに置いていけない。


 帳面を開いた。今日のメモ。

 Cランク昇格の推薦。

 理由:帳面の学術的価値。下手な絵にも値打ちがあるらしい。地脈調査の準備開始。

 メンバー:フリッツ、エルツ、ダンダン。レオンがエルスト側で情報収集を手伝ってくれる。


 新しいページをめくった。


 ここまでの帳面は、エルストとその周辺の記録だった。ここから先は、もっと広い場所の記録になる。


 字はまだ下手だ。でも最初のページよりはちょっとだけ読みやすくなっている。

 キノコの絵を試しに描いてみた。相変わらず四角いけれど、モスリンの絵はちょっとだけモスリンに見えるようになった。


 この帳面に、どれだけの場所の、どれだけの声が書き込まれるんだろう。


 ——すごく、楽しみだ。

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