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対話術(+++)を持って生まれた俺が不殺のS級冒険者になるまで  作者: 絹田屋


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第十二話 特例と剣と金色の目


 エルツと暮らし始めて十日目の朝、ギルドに呼び出された。

 受付の人が妙に改まっていた。いつもの事務的な声じゃない。緊張している。


「フリッツ。本部から査察官が来ています。あなたに会いたいそうです」

「査察官?」

「エーデルホルンの観測報告を受けて。……大丈夫、怒られるわけじゃないと思うわ。たぶん」


 たぶん。その「たぶん」が不安だった。


---


 ギルドの奥の会議室に通された。入ったことのない部屋だ。窓が大きくて、テーブルが長い。


 テーブルの向こうに、三人の人間が座っていた。グスタフと、受付の人と、知らない男性。


 知らない男性は四十くらいだろうか。灰色の上着に銀の留め金。ギルドの紋章が胸にある。背筋が真っ直ぐで、目が鋭い。ただし、怒っている目ではない。興味のある目だ。


「フリッツ君だね。私はカスパル。本部の生態管理局の査察官だ」


 生態管理局。素材や魔物の生態に関する部署だろうか。


「座ってくれ。堅くならなくていい」


 座ってみたけど、普通に緊張する。

 カスパルが書類をめくった。


「エルスト支部からの報告書を読んだ。エーデルホルンの観測。三百二十年ぶり。しかも、Dランクの冒険者が——」


 グスタフを見た。


「対話に成功して、共に行動している。従魔登録はなし。対等な関係。……これは本当かね」

「本当です」

「そのエーデルホルンは今、北門の外の厩舎にいると」

「います」

「後で見せてもらう。……いや、『会わせてもらう』と言うべきかな。君の話を聞く限り」


 カスパルは書類を閉じて、こっちを見た。


「率直に言う。ギルドとしては、この状況に前例がない。エーデルホルンは希少種の中でもとりわけ特殊な存在だ。素材価値だけで見れば国が動くレベルだが、そういう話をしに来たわけではない」

「……はい」

「問題は二つある。一つは、エーデルホルンの存在。三百二十年ぶりに観測された個体だ。ギルドとして無視はできない。記録を残し、状況を把握しておきたい。もう一つは、君の居住環境だ」

「居住環境?」


 カスパルがグスタフを見た。グスタフが咳払いをした。


「厩舎は仮の住まいとしても限界がある。壁は半分崩れてるし、竈もない。冬が来たら人間の方が持たない」

「……まあ、確かに寒くなってきましたけど」

「寒くなってきましたけど、じゃないんだよ……!」


 グスタフの声に力がこもった。たぶんずっと言いたかったんだと思う。


---


 カスパルの提案はこうだった。


 北門の外、街道から少し離れた場所に、以前は街の備蓄倉庫として使われていた区画がある。

 建物が二棟と、柵で囲まれた広い庭。一棟は人間用の居住棟で、もう一棟は大型の倉庫。倉庫の方はエーデルホルンが入れる広さがある。


 ギルド本部の特例措置として、この区画をフリッツとエーデルホルンの専用居住区にする。修繕費はギルド持ち。条件は、エーデルホルンの生態記録への協力と、定期的な報告。


「生態記録?」

「君が日々つけている帳面があるだろう。グスタフから聞いている。あれをギルドに共有してくれればいい。もちろん、原本は君のものだ。写しを取らせてもらう」


 帳面。


「……絵が下手ですけど」

「絵の巧拙は問わない。三百二十年分の空白を埋められる記録だ。値がつけられない」


 あのキノコが四角くて蝙蝠が鳥に見えるメモ帳が、ギルド本部に共有される。普通に恥ずかしい。 


---


 北門の外に出て、カスパルをエルツに会わせた。


 カスパルは厩舎の前に立って、エルツを見上げた。長い沈黙があった。査察官の鋭い目が、少しだけ揺れた。


「……美しいな」


 それだけ言って、しばらくエルツを見上げていた。それから、呟くように言った。


「Bランク以上の推定が出ていたが、これはBではない。この体躯、この気配、この角の紋様。……文献でしか見たことがないが、S級相当だ。間違いない」

「S級……」

「エーデルホルンは元々、ランクの枠に収まる存在ではない。人間が勝手に測ろうとしただけだ。……失礼した」


 最後の一言はエルツに向けて言っていた。人間の尺度で測ったことへの謝罪のようだった。


「エルツ。この人がギルドの偉い人。住む場所を用意してくれるって言ってる。北門の外に、街からは離れた場所で——」

『待て。我から話す。汝は訳せ』


 エルツがカスパルの方を向いた。金色の目が、査察官を真っ直ぐに見た。


『人の子よ。申し出には感謝する。だが、条件がある』

「……エルツが条件があると言ってます」


 カスパルの目が変わった。姿勢が少し正された。


「伺おう」

『一つ。我は従魔ではない。従魔登録は受けぬ。この者の隣に在るのであって、この者に従うのではない。客人として扱え』

「従魔登録はしない。客人として扱ってほしい、と」


 カスパルが頷いた。「続けてくれ」


『二つ。必要があれば、我は街にも入る。人の街に身を置くことは本意ではないが、この者が街に用があるたびに離れるのは不都合だ。頑なであることと、道理をわきまえることは違う』

「必要なときは街にも入りたい、と。……俺もそうしてもらえると助かります」


 カスパルがしばらく黙った。何かを考えている。


「……従魔登録なし。客人としての扱い。街への出入りの許可。前例のない要求だが、前例のない状況だ。本部に掛け合おう」

『三つ目がある』

「まだあるの?」

『街の者が我を恐れるようであれば、控える。我の体躯は人の目には脅威であろう。その判断は汝に任せる』


 最後の条件は俺に向けたものだった。


「……わかった。俺が見て、大丈夫そうなら一緒に入る」


 カスパルが俺とエルツを交互に見た。鋭い目が、少しだけ柔らかくなった。


「君たちの関係がよくわかった。修繕は一週間で終わらせる。それまでは今の厩舎で凌いでくれ。……それと、フリッツ君」

「はい」

「通訳、ご苦労だった」


---


 ギルドに寄ったら、レオンがいた。カウンターに腕を乗せて、こっちを見ていた。


「聞いたぞ。本部から人が来たって」

「来た。居住区を用意してくれるらしい」

「……居住区。……Dランクの十三歳に、更には居住区……」

「エルツのだよ。俺はおまけ」

「エルツって何だ」

「あいつの名前。まだ会ってないだろ」


 レオンの目が少し変わった。あの山で見てきた存在。「格が違う」と言った存在。毛を布包みで持ち帰った存在。


「……会えるのか」

「会えるよ。来る?」


 北門を出て、厩舎に行った。


 エルツが横たわっていた。レオンを見た。レオンがエルツを見た。

 レオンの足が止まった。

 あの山で遠くから見たのと、近くで見るのでは全然違うはずだ。銀灰色の体毛が夕日で光っている。金色の目がレオンを捉えている。角が天に向かって伸びている。


 レオンが剣の柄に手を——置かなかった。置きかけて、止めた。深く息を吐いた。


「……でかいな」

「グスタフも同じこと言ってた」

「こいつが、あの台地にいたやつか」

「そう。エルツ。……エルツ、こちらはレオン。俺の友達」

『汝の話に出てきた剣の者か。山で我を見て、引き返す判断をした者だな。良い勘をしておる』

「なんて言ってる」

「いい勘してるって」


 レオンが俺を見た。


「……お前、本当にこいつと話してるんだな」

「ずっとそう言ってるだろ」

「聞くのと見るのは違う」


 レオンがゆっくり近づいた。エルツの前に立った。見上げた。


「よろしくな、エルツ。……俺はお前の半分も生きてないだろうが」

『半分どころか、百分の一にも満たぬ。だが、年の長さと器の大きさは別だ。汝の行動力は買っておる』

「なんて?」

「行動力を買ってるって」


 レオンが鼻で笑った。でも、嬉しそうだった。


---


 三人で——二人と一匹で——厩舎の前に並んだ。日が沈みかけている。


 レオンが干し肉をかじっている。俺は焼いた鹿肉の残りを食べている。エルツは何も食べていない。聞いたら、食事は三日に一度でいいらしい。


「住む場所が変わるのか」

「一週間後に。修繕が終わったら」

「広くなるなら、料理もできるだろ。お前の飯、見てらんないんだよ」

「最近は肉を焼いてるよ」

「焼くだけだろ。塩振って焼くだけ」

「……それ以外に何をするの」


 レオンが俺を見た。エルツが俺を見た。同じ目をしていた。「こいつ大丈夫か」という目。


『フリッツよ。新しい住まいに竈があるならば、汝は煮炊きの術を学ぶべきだ。我が獲る獣も、塩だけではもったいない。隅々まで——』


「隅々まで使え、でしょ。わかった。わかったよ」


 レオンが笑った。声を出して笑った。初めて聞いたかもしれない。


「何がおかしいんだよ」

「いや、お前って魔物と話せるのに、飯も作れないんだなって」

「関係ないだろ、それ」

「関係ない。だから面白いんだよ」


 エルツの金色の目が、俺とレオンを交互に見ていた。何を考えているのかは聞かなかった。でも、目が少しだけ柔らかかった。


---


 レオンが帰った後、帳面を開いた。


 今日のメモ。

 カスパルの訪問。居住区の話。帳面の共有。レオンとエルツの対面。


 レオンがエルツの前で剣に手を置きかけて、止めた。あの山で「格が違う」と判断して引き返したレオンが、今日は剣に手を置かなかった。同じ相手の前で。


 それはたぶん、俺がいたから。俺がエルツの隣にいて、名前で呼んで、声を訳して。それで、レオンはエルツを「敵」ではなく「誰か」として見ることができた。


 対話術が直接レオンに効いたわけじゃない。

 でも、対話の結果が、人と魔物の間にある距離を少しだけ縮めてくれた。

 ——こういうことが、もっとあればいいのに。


 帳面に書いた。

 レオン、エルツと対面。剣に手を置かなかった。


 それだけでいい。それだけで十分だ。


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