第40話 ピグモーのお肉
いまだにエルフ魔導兵が撤退していない。
これは、どういうことだ?
僕は状況を確かめるため、ゼラルドのもとへ向かった。
ゼラルドは怖い印象こそあるが、誠実な人物だと思っていた。
まさか約束を破り、不意打ちでも狙っているのだろうか。
警戒しつつエルフ魔導兵の中を進む。
しかし、誰も攻撃してくる気配はない。
むしろ、昨日と変わらず皆ぐったりとしたままだ。
この状況は、もしかして。
ゼラルドのもとへたどり着くと、彼もまた昨日と変わらず、疲れ切った表情で座り込んでいた。
僕はとりあえず問いかける。
「ゼラルド、なぜ撤退しない? 約束はどうした?」
「……怪獣王か。私としても約束どおり撤収したいのだが、魔力が一向に回復せん。
逆に問うが、魔素は元に戻らんのか?」
やはりか。
道中のエルフ魔導兵の様子、そして今のゼラルドを見て、予想はついた。
万界魔素消滅息吹の効果が、まだ続いている。
この一帯の魔素が、いまだに復活していないようだ。
特訓のときは半日もすれば魔素は元通りになった。
だが今回は、あまりにも威力が大きすぎたせいか、回復までに時間がかかっているようだ。
一体いつになれば魔素が戻るのか――気にはなるが、僕にもまったく見当がつかない。困ったものだ。
「うむ、いずれ元には戻る。だが、いつかはわからん」
僕は正直に答えた。
「……なるほど。怪獣王ともなると、そうした細かいことは気にしないということか」
ゼラルドは少し勘違いしているようだが、特に問題はないので、そういうことにしておこう。
そう言ったあと、ゼラルドは「ふぅ」と息を吐く。
ゼラルドは師団長としての威厳をなんとか保とうとしているが、その表情には明らかに疲労の色が見える。
周囲を見渡しても、ぐったりと衰弱したエルフ魔導兵たちばかり。
そのうち何人かのエルフ魔導兵は、ボソボソとした携帯食を口にしている。
あれでは体力が回復しないのも当然だろう。
その様子を見て、僕は怪獣王国の王として決めた。
エルフも人間も関係なく、全員にピグモーのお肉でも振る舞うことにする。
皆でバーベキューだ。
今後、エルフとの交渉を円滑に運ぶためという打算もあるが、それはそれとして、この状況は見てはいられない。
そう思い立ち、さっそくエリシアさんのもとへ向かい、動ける人間の皆さんに協力をお願いすることにした。
「さすがレグオン殿です。とても有り難いお話です。もちろん協力しますよ」
僕の提案を聞いたエリシアさんは、嬉しそうに賛同してくれた。
であれば、まず種火を用意しなくてはいけない。
本来なら僕が怪獣形態になって火球を吐けば手っ取り早いのだが、今はエネルギー不足で、変身できる気がしない。
無理をすれば気を失ってしまうかもしれないし、そんな姿をエルフたちに見せるわけにもいかない。
この案は却下だ。
他の案を検討する。
エルフたちは魔力を使う魔道具しか持っておらず、火を起こすことができない。
一方で、人間たちは魔力に頼らない道具を持っている。
そこで、人間の皆さんに協力してもらい、大きな種火を作ってもらうことにした。
あとは、特訓のときに枯らしてしまった魔素樹を回収し、薪として使う。
飲み物には本当はビールでも用意したいところだが、それはさすがに無理だ。
ただ、水だけは豊富にある。
近くの断層からいくつか清水が湧き出しており、エルフも人間もそこを水場として使っている。
最後に、メインとなるお肉の確保だ。
これはピグモーたちに頼むしかない。
さっそくリアナによる念話で、お肉を融通してもらえるようにお願いする。
勝手に決めてしまったが、ピグモーたちは怒らないだろうか?
「ブモモモオゥゥ!」
元気な鳴き声が響き、ピグモーたちの尻尾がぴょこぴょこと動く。
どうやらご機嫌なようだ。
「たくさん食べていいけど、代わりにエルフに歌を歌って欲しいって」
「エルフの歌? あー、ピグ太が追いかけられたときの?」
「そうそう。ピグ太だけじゃなくて、他のピグモーたちも歌を聞いてみたいんだって」
「そうなんだ、いいと思うよ。ゼラルドに頼んでおくね」
エルフの歌でいいのなら、安いものだ。
やっぱりピグモーたちはいい奴だ。
こうして、メインのお肉も無事に確保できた。
怪獣たちと人間の皆さんの協力で、あちこちに焚き火が立ち上がる。
思ったより時間はかかったが、ついにバーベキューを始められる準備が整った。
エルフと人間の皆さんが見守る中、本日の主役でメインディッシュのピグモーたちに来てもらう。
「ブモモモオゥゥ!」
その鳴き声とともに、巨大なピグモーが地響きをあげながら姿を現す。
エルフも人間も、その迫力に思わず腰が引けている。
お肉を切り分けてもらう役は、エリシアさんにお願いすることにした。
彼女の剣技なら、手際よくサクサクと切ってもらえるはずだ。
そう思って、エリシアさんに声をかけると。
「えっ、わ、私ですか! ど、どのくらいピグモー殿を切ってよいのだろうか……?」
エリシアさんが戸惑いの声をあげる。
エリシアさんはピグモーを大切な仲間だと思ってくれている。
そんな仲間を自らの手で切るとなれば、ためらいもあるだろう。
その様子を見て、僕の隣にいたリアナが答えた。
「このくらいかなー」
リアナは両手を広げて見せる。
さらに、ピグモーのお腹とお尻の辺りを指差しながら言った。
「ピグモーはね、この辺とこの辺を切っても大丈夫だよー」
「そ、そうか。なるほど……ありがとう、リアナ殿」
エリシアさんは深呼吸してから、リアナの指差した部分を慎重に切り取っていく。
ピグモーはというと、エリシアさんにお肉を切り取られても、リアナが切り取るときと同じく無反応で、その立ち姿は余裕すら感じる。
結局、数千人分のお肉なので、エリシアさん一人では作業が追いつかず、他の人たちにも手伝ってもらうことにした。
そうして、ようやく皆にお肉が行き渡る。
すっかり夕暮れになってしまったが、いよいよバーベキューの開始だ。
枯れた魔素樹を燃やす焚き火が、パチパチと音を立てながら炎を上げる。
その上で焼かれるピグモーのお肉から、香ばしい匂いが漂ってきた。
軽く岩塩を振って焼き上げたピグモーのお肉。
ひと口食べたエルフたちは、たちまち目を丸くする。
「これが怪獣の肉か……どれどれ……う、うめぇぇぇぇ!」
「幻の食材と聞いたことがあるが……こ、これは美味すぎる!」
「お、俺にも食わせろ! やべぇ、こんなの初めてだ!」
「本当に美味いな! そういえば貴族が食す究極のメニューで見たことがあるぞ!」
「超高級肉がこんな無造作に食べ放題とは……」
どうやら、エルフの間では究極レベルのお肉らしい。
準備を頑張ってくれた人間の皆さんも、次々とピグモーのお肉を頬張っている。
こちらも「美味い! 美味い!」と大興奮だ。
その様子を見て、ピグモーも尻尾をぴょこぴょこと振って大喜びだ。
「ブモモモモッッ!」
嬉しそうな雄叫びに、どこからともなくピグモーコールが沸き起こる。
「ピッグッモー! ピッグッモー! ピッグッモー!」
美味しい食事を囲み、エルフたちは笑顔を取り戻し、人間たちも肩を並べて笑っていた。
焚き火の灯りが揺れる中、ピグモーの望んだエルフの歌が荒野に響く。
その穏やかな旋律の中で、夜はゆっくりと更けていった。




