第36話 私たちの切り札
上空に青白い光を放つ巨大な魔法陣が現れた。
幾何学模様がいくつも重なったその美しい輝きは、空を覆う天蓋のようであり、次第に戦場の喧騒すらも呑み込んでいく。
しばらくすると、その巨大な魔法陣からキラキラと白い光の粒が舞い降り、それを浴びたエルフ魔導兵たちは、自身の魔力が回復していくことを感じて、活気づく。
広域に渡る魔法の効果により、数千にも及ぶエルフ魔導兵の魔力が一斉に回復していった。
「な、なんだ……! この魔法は――!?」
その状況にエリシアは動揺を隠せない。
「これは我が国が開発した大魔脈解放魔法。王国軍のみが恩恵を受け、魔力が完全に回復する神聖魔法だ。これで貴様らに勝ち目はない」
「王国軍? まさか魔導ゴーレムもか?」
「そうだ、この神聖魔法により最大限の能力を発揮する」
ゼラルドは、魔導ゴーレムがパワーアップしたことを告げ、さらに落ち着き払ってエリシアに問う。
「……エリシア、ここで剣を置くのであれば、命は取らない。貴様ら人間が、これ以上、戦闘を続けても無駄だ。それを理解できるよう、状況を教えてやったわけだが――さて、どうする?」
ゼラルドが勝負はついたとばかりに言い放つ。
それに対して、エリシアはうつむき、沈黙した。
その手に握られた剣の柄がきつく握りしめられ、微かに震える。
しばらく唇を噛みしめていたエリシアだったが、迷いを振り切るようにグッと顔を上げ、険しい表情でゼラルドを見据えて答える。
「……そうだな、お前の言う通り、これ以上の戦闘は難しい――剣を置くしかないようだ」
エリシアは疲弊しきった自分たちに勝ち目がないと判断し、抵抗勢力の仲間たちにも剣を収めるように指示を出す。
全回復したエルフ魔導兵とは対照的に、抵抗勢力の仲間たちは誰もが傷つき、息遣いも荒かった。
エリシアの下した判断に異を唱える者などなく、静かに剣を収めていく。
ここで自分たちの戦いは終わったのだと理解して、全員が無言でその場に立ち尽くした。
しかし、そんな状況でもエリシアの瞳は輝いていた。
それを見て、ゼラルドが問う。
「貴様、以前のように絶望した目をしないのだな?」
その問いに少し間をおき、エリシアは諭すように言い返す。
「――ゼラルド、切り札を持つのが自分だけだと思うなよ。それはエルフの傲慢さなんだよ」
そして、遠方にある大岩の方へ顔を向け、その口元が僅かに動く。
「……レグオン殿。私たちの切り札――怪獣の、王」
◇◇◇
――はぁ、良い匂いだし、モフモフして気持ち良いなぁ。
僕はモフ美(特大)の上で、のんびりとふっかふかの毛にくるまっていた。
ゼラルドの前にいたときの緊張感が嘘のようだ。
身体のぎこちなさも治ってきた。
僕が大満足で癒されていると、エレナから念話が入った。
『レオン様、すぐに戻ってください』
うとうとしていた僕はちょっと驚く。
モフモフの癒し効果が高すぎて、くつろぎすぎた。
これはいけない。
すっかり動きがスムーズになった僕は、慌てて飛び起き、大岩の上に急いで戻る。
エレナに呼び戻された理由は、聞くまでもなく、すぐにわかった。
なにしろ空を覆うほどの巨大な魔法陣が出現している。
気がつかない方がおかしいだろう。
「えぇ……、なにこの魔法陣、いくらなんでもデカすぎない?」
「そうですね。これほど巨大な魔法陣が存在するとは驚きですね」
空を覆う巨大な魔法陣に、エレナも驚いたようだ。
見た目は落ち着いているけれど。
「これだけデカい魔法陣なら、きっとエルフの切り札だよね?」
「はい、そうでしょうね」
この巨大で、どう見てもヤバそうな魔法陣が切り札でないのなら、嫌すぎる。
「どんな効果があるんだろうね?」
「私も初めて見たのでわかりません。でもレオン様なら大丈夫ですよ」
「そう? 本当に?」
「はい、魔素を用いる魔法である以上、レオン様にとって何であろうが関係はありません」
僕が力を出し切れば、大丈夫ということなのだろう。
不安しかないけれども。
「あっ、レオン様、北側を見てください。砂煙が迫ってきます」
エレナに言われて、僕が怪獣王の視力で確認すると、砂煙の中に魔導ゴーレムを発見した。
ついに追撃部隊が来たようだ。
新たに現れた魔導ゴーレムは八体。
砂煙を巻き上げながら、こちらへ向かって走ってくる。
これでピグモーたちと戦っている分と合わせて、合計で十六体だ。偵察のときに確認した数と一致する。
これが魔導ゴーレム部隊の全容と思って良いだろう。
そして、さっきまではもっさりしていた魔導ゴーレムの動きが、目に見えて素早くなっている。
しかもピグモーに倒されたはずの二体の魔導ゴーレムまで復活した。
これらが全て、魔法陣の効果ということなのだろうか。
数が倍増した上に、動きが機敏になった魔導ゴーレム。
その攻撃力は凄まじく、ピグモーたちが次々にぶっ飛ばされていく。
さらにモフ菜(大)がエルフ魔導兵に囲まれて、総攻撃を受け始めた。
オレンジ色の魔導矢なので爆炎魔法だろう、一瞬にしてモフ菜(大)が真っ黒焦げになってしまった。
どうやら魔導矢による攻撃も威力が上がっているようだ。
そうして、モフ菜(大)が真っ黒焦げになった瞬間、空中に紅く輝く塊が出現した。
あれはファイヤーホロウホーだ。
モフ菜(大)の惨状を見て、ホロウホーがファイヤー形態になったのだろう。
ファイヤーホロウホーは強かった。
地上に向けて激しい衝撃波を放ち、モフ菜(大)の周囲にいたエルフ魔導兵をまとめて吹き飛ばす。
そして、その勢いのまま、モフ菜(大)の近くに着地した。
いや、着地は不味いのではないか。
すぐに嫌な予感は的中した。
着地したファイヤーホロウホーは、スピードという武器を失って、魔導矢の総攻撃を受けてしまう。
ファイヤーホロウホーはモフ菜(大)を庇い、そのまま圧倒的な物量攻撃によって氷漬けにされてしまった。
なんということだ。
怪獣たちが次々にやられていく。
僕が呼び戻されてから、まだそれほど時間が経ったわけではないのに、これはいけない。
覚悟を決めて、すぐに怪獣形態になるしかない!
そう思ったところで、リアナが僕の方を向いた。
「そろそろレオっちの出番かなー?」
やはりか。
さすがの怪獣たちも苦しいのだろう。
ここで僕が負けたら全てが終わり。
これから先も人間たちは奴隷のままで、怪獣たちは家畜にされてしまうことだろう。
プレッシャーで吐きそうだが、ここからが僕の本番だ。
だが、敵軍は圧倒的にパワーアップしている。
もしかすると、これが最後のお別れになるかもしれない。
僕はそう思い、リアナに感謝の気持ちを伝えておく。
「リアナ、今までありがとう。怪獣たちを思って、ずっと応援してくれてたんだよね?」
リアナがコクリと頷く。
「うん、そだよー。みんなが国歌《怪獣のうた》を歌って、っていうから歌ってたんだよ」
「そうか、よくここまで……って、えっ、歌ってた? ん?」
リアナは今まで念話で歌っていたというのか。
あの真剣な表情で。
「そう、ピグモーはガオーの部分をブモーにしてって言うし、モグログはメタル調で歌ってとか言ってきたり、大変だったんだよー」
「えっ、ああ、そうなんだ、頑張ったね……」
いったいなんの話だ。
追い込まれてピンチなのかと思ったが、リアナと怪獣たちはいつもと変わってはいなかった。
さすがはリアナと怪獣たちだ。
プレッシャーに押し潰されそうな僕だったが、リアナの話を聞いて、すっかり肩の力が抜けた。
今の僕は、このどこまでもマイペースな怪獣たちの王様だ。
失敗したらどうしようなどど考える必要はない。
「レオン様なら大丈夫、安心して行ってきてください」
「レオっち、王様っぽく頑張ってねー」
「うん、さくっと終わらせてくるね」
僕は謎の自信に満ちて、怪獣形態に変身した。




