第92話 見知らぬ天井
第3章 渦巻く陰謀、邪悪の残滓。
第2幕 久別重逢
第92話 見知らぬ天井
「……知らない、天井……」
目を覚まして、一度ゆっくりと深呼吸してから出した自分の声は、酷くかすれていた。
ここはどこだろうか。気になって部屋を見回すが、石造りの部屋の中でベッドに横になっていることしか分からない。
体の痛みはなくなっているものの、代わりのように全体的なだるさがまとわりついており、肺を空っぽにするような長い溜息を一つ吐いた。
ガチャ……
目を閉じ、だるさに任せてもううひと眠りしようとしていると、部屋の扉が開かれる音がした。誰だろうか?
「ぁっ、あんた……」
一直線に近づいてから私を見て目を丸くしたその女性は、自嘲するかのように鼻で笑って、涙をこらえるようにニヤリと言った。
「はっ、ようやくお目覚めかー?この寝坊助ぇ。」
「何、で……」
「そりゃ、あんたを助けたのが私だからに決まってるだろ?まったく、大変だったんだからなぁ?ここまで連れて来て、今の今まで傍にいてやるのはさ……ホント……目が覚めて、よかった。」
3年に渡って剣術を習い、2年前に別れを告げた師匠の一人。この世界を生き抜く上での表面的な厳しさを教えてくれた、リュドミラ・クロムウェルその人がいたのだ。
「はぁ……そうだな、あたしから聞きたいことは山ほどある。でも起きて早々質問攻めにするのはかわいそうだから、あんたの体調が回復するのを待ってやる。感謝しときな。」
「ありがとう、ございます……?」
「声カッスカスじゃん。神官は目が覚めれば大丈夫だと言ってたが、本当なんだろうな?流石にここまで来てコロっと死なれたりしたら、いくら私でも泣くぞ。」
「多分、大丈夫、です。痛みは、ありませんし。」
「それさ、ダメな奴も同じこと言うんだよな……」
「全身、凄くだるいですけど……」
「やばいそうな可能性が増えただけなんだけど……」
あんまり縁起の悪いことは言わないでもらいたいものだが。
というか、私は生死をさまよっていたのか……?だるさもあって頭は回らないし、なんだか色々忘れているような気もする。
「……あの、そんなに、死にそうですか?私。」
「まぁ……そうだな。何カ月も碌に食べられなかったみたいにガリガリだし、声もカスカスだし。それに何より、私が見つけた時のお前の状態があんまり酷いもんだったから。」
「何が、あったのでしょう。実は、ミラ師匠が来る直前に、目が覚めたばかりで。記憶が、混乱しているみたい、なんですが。」
「あたしだって、あんたが森のド真ん中で倒れてたとこしか見てないんだけど?まぁ、何があったかはだいたい想像がつくけどさあ。」
(森の中で、倒れて―――っ!?)
その時、思い出す。
突発的な蒼龍との戦闘。命がけで得た勝利。そしてその後の無情な結末。
その衝撃で、錆付いていた思考もキレを取り戻してゆく。
その中で、気付いた。
私が森の中で見つかり、ミラ師匠に運ばれた。おそらくはアムヌーの病院的な施設へと。
そして、あの場には瀕死の、私よりも酷い状態のはずのヴァルも居たはず。しかも悪いことに、ミラ師匠はヴァルの存在を知らない。
「ヴァルはっ!ご、ごほっ、ごほっごほっ!」
「ちょちょ、無理すんなって。病み上がり、って言うか絶賛病んでる真っ最中な自覚をもてよ……!」
「ヴァルが―――紅龍の子供が、私の近くに、ごほっごほっ……居た、はずなんです。私より重症の……!」
「は、紅龍の子供?いや、そんなの居なかったぞ。あたしはあんたを見つけてすぐアムヌーに戻った後、クレーター一帯の調査にも同行した。それでも見てない。」
「じ、じゃあ結界は?私が張って、魔道具で維持させた”天慈の聖護”と持続化させた”光癒”の結界が……!」
あの結界はそう簡単に破られるものじゃない。それこそBランク魔獣相当の力の持ち主が、破壊を目的に攻撃しないとならないぐらいには頑丈なはずだ。
「あー、そっちはあった。でもあたしが現地に戻ってからの次の調査を始めた時、つまり異変から7日後には消えてた。中に何かが居た痕跡はあったが……実際に中に居た何かを見た奴は居ないから、記録にも残ってないよ。」
「そんな!……あれ、でも移動したってことは、むしろ生きてる……?だったら直接―――あれ、ペンダントがないっ……!」
「あんたが這った後に転がってた綺麗な石の魔道具なら拾ったぞ。あんたのっぽいからって調査の後ギルドが返してくれたんだが、これか?」
そう言って、サイドテーブルの引き出しからミラ師匠が求めていた魔道具を取り出す。
「そ、それです!」
「やっぱあんたのだったんだ。でもそれ何なの?なんか遠話水晶に似てるっていうのは、調べた人が言ってたけど。」
「これは、私とヴァルの間でだけ使える簡易的な遠話水晶なんです。『ヴァル、お願い……お願いだから応えて……!』」
お母さん亡き今、彼は血がつながっているに等しい最後の家族だ。まだまともな旅すらしていないのに離れ離れになるなんて、そんなのはあんまりだ!
(お願いっ……!)
その祈りが届いたのか。それは定かではない。
しかし、頭のてっぺんから足の先に至るまでを全力の祈りで満たした私が求めた声が、ペンダントを通して聞こえてくるのだった。
『も~、朝から何~?あれ、……ミオ?ミオなの?よかった!起きたらどこにもいないし、魔道具でも返事がないからどうしたのかと思ったよ!』
『ヴァル!今までごめん。でもヴァルが生きててホントによかった!』
『生きてるよー?あ、でもすっごいいっぱいケガしちゃったから、元気じゃないかも。だから、前みたいに治してちょうだい?』
『ごめん、私も今動けなくって。前に話した剣の方の師匠がアムヌーまで運んで助けてくれたんだけど……』
(あれ?そう言えば、私魔力腺がボロボロで魔法どころか魔力すら使えないはずなのに、なんで普通に魔道具起動できてるんだろう?)
ふと疑問が湧いたが、使えるなら使えるでいいだろう。後で細かく検証すればいいだけだ。
『そうなの?じゃあしょうがないかー。』
『動けるようになったらすぐ行くから!今はどこにいるの?』
『今はでっかい木とすっごいしいおい水が湧いてるとこに居るよ。ほら、前に「だいせいれいのいずみ」って言って散歩に来た場所。魔力が濃くておいしいし、変なのも寄って来ないから。』
『そっか……分かった。何かあったらいつでも連絡して。こっちもそうするから。』
『は~い!待ってるよ~!』
「はぁ……」
安堵の溜息が漏れる。
ヴァルは無事だった。それにどうやらディニアさんの泉に居るらしい。彼女の下なら強力な魔物が近づく危険もないので安心だ。
……いや、逆にディニアさんが危ないか?何せ周辺の魔力を喰らうドラゴンは自然魔力に近い性質の魔力生命体である精霊の天敵だ。彼女自身を食べるようなことはないだろうが、周囲の微精霊はどうなるか……ヴァル自身に悪気は無いだろうが。
(出来るだけ早く向かわないと、ちょっとまずいかも……)
「……で、例のそいつは無事だった?」
「はい。ケガが、完治したわけでは、なさそうですが。命に別状は、無いかと。」
「ふーん。まぁ、あんたも十分重症なんだし、差し迫ってるわけじゃないならちゃんと休みなよ?」
「はい。……あ、看病、ありがとう、ございました。」
「いーの。目の前て弟子が死にかけてたら、師匠が面倒見るなんて当たり前なんだから。……じゃあ、あたしはこのままギルドの方に顔出してくるから。食事は神官に持ってきてもらえるよう言っておくから、くれぐれも安静にしてるんだよ。」
「はい。」
「じゃ、またねー。」
あとがき
日常パートの筆の進み方が凄い……!いや、むしろ戦闘シーンは執筆コストが高すぎる……ってコト!?
そんなわけで近頃は予定日での投稿が上手くいっておりますが、逆に描写の密度が下がっているようにも思えるのが少し不安です。
出来る限りテンポよく進めて参りますので、第3章第2幕もよろしくお願いします。




