第91話 捨てる神あれば拾う神あり
第3章 渦巻く陰謀、邪悪の残滓。
第1幕 狂瀾怒濤
第91話 捨てる神あれば拾う神あり
サイドストーリーのみでもう一話書き上がってしまったので、本日は2話連続投稿になります!
「……っ。」
正午過ぎに目覚め、動き始めて暫らく。私は横たわるヴァルの陰から出て、クレーターの外側にあたるこの坂の下で涼し気な水音を立てる湖を直視した。
ようやくスタートラインに立った……けれども、私はすでに限界を感じ始めていた。
頭は上がらず、身をよじって移動するたびに頬が地面にこすりつけられて傷ができる。そこに乾いた土や石が付着して、再び移動する時にまた少し傷を深くするのだ。
絶え間なく痛む頬と、この先も自らそれを抉り続けねばならないという現実が、私の正気を、生への意欲を削り取ってゆく。
「……」
身をよじり、頬を削りながら15㎝歩を進める。
私は、バトル漫画に描かれるような主人公じゃない。
痛いのも、苦しいのも、つらいのも、怖いのも、全部大っ嫌いだ……!
今さら胸を張って「自分は普通の大学生だ」なんて言えないけれど、それでも根っこは日本人なんだ。こんな酷い仕打ちを、諸行無常と受け入れられるほど高尚な精神はしてない。
「……」
身をよじり、また15㎝。
痛い。苦しい。つらい。
魔法が使えればどんなに楽か。すぐにでも傷を治し、水を生み出して飲み、虚界門から病人食を取り出して食べる。そうして動けるようになるまで待つだけなのに。
魔法が使えない私は、所詮15歳の小娘に過ぎない。
「……」
15㎝。
痛い、痛い、痛い……!!!
何でこんな思いをしなくちゃならないんだ……?勝ったのに!
そう、だよ。私は、私は勝ったんだよ……!
勝者の栄誉は!?褒美は!?
……いいや、そんなのはもういらない。退屈な前世から、異世界でこんなにも鮮やかな人生を、私にはもったいないくらいの親をもらったんだ。これ以上誰かに与えてもらおうなんて思ってないし、特別なものだって求めない。ただ、ただノエルの下に帰って、夢を追いかけたいだけなのに!それなのに!
「……っ……。」
***
「……」
7㎝。
サアァァ……サアァァ……
どれくらい、繰り返しただろうか。
100回?それとも200回?いいや、数なんて覚えてない。そもそも数える余裕なんか1ミリも無かった。
地面に押し付け右頬は感覚を失い、酷く腫れ上がったせいで右目が塞がっていて視界が無い。
それに、傷ついているのは頬だけではないだろう。何も分からなくなる鈍くなった感覚の中でも微かに訴える全身の痛みからして、地面と接する部分は見るのもためらわれるような惨状になっているに違いない。
「……」
5cm。
パシャリ。
何かが、伸ばした右手に触れたような、気がする。
「……」
6cm。
パシャリ。
腕から熱奪う、冷たいソレ。
朦朧とする意識が、永遠とも思える時間求め続けた存在に浮かび上がり始める。
「っ……」
7cm。
パシャリ。
肘まで、浸かった。
どうかこれが、苦痛に狂った私が見ている幻覚でないように、切に願う。
「……!」
8cm。
パチャっ。
風に煽られた湖面の波が、私の顔に触れた。
「っ……!」
6cm。
半開きの口に、冷たい水がほんの少しだけ、入ってきた。
(ようやく……ようやく……!)
身も心もすり減って、弱り切って。何も考えることすらできなくなっても、それでも進み続けて。そうして、ようやっと手に入れた命の水。
……だが、私の喉はすでにものを飲み込む力を失っていた。
(な、んで……?嘘だ……ここまで来て、そんな……そんなのってないよ……!……私、頑張、った、の……に……)
まぶたが閉じる。浮かび上がっていた意識が、急速に浮力を失って沈み始める。
絶望的な実力差がある状況でも、一時間を優に超える地獄の中ででも、家族を失った時ですらかろうじて折れなかった少女。
しかし、その全てを乗り越えた果てで待っていた無情な沙汰に―――遂に、屈したのであった。
***
Side リュドミラ・クロムウェル
「はぁ、はぁ……ふぅーーー……これが、初期調査隊の、報告にあった、はぁ……クレーター周辺の、湖、ですかね?」
「そうだろうな。」
手ぶらにさせた救護要員2名を連れ、必要最低限の荷物は全て私が持ち、泥と沼だらけの森の中を樹木魔法で道を造ることで強行軍を敢行した私は、膝に手をついて呼吸を整える二人をよそに湖に向かって目を細めていた。
「はぁ、くっそ……それで、リュドミラさん?勘の正体、掴めました?」
「いや。でもそろそろマズいかもしれない。」
「はい?」
「さっきから不安が止まらないんだ。もしこれが生存者に関係があるなら、きっと危ない。」
無意識に顎に力が入り、ギリリと音を立てる。
(何がこんなにあたしを焦らせる?昔からこういう勘はよく当たるから嫌なんだっ……!)
「……あれ?」
「っ、どうした?」
「いや、あそこ。なんか黒い筋が入ってて。他には無いんで、何だろうと思って。」
一人が差す方向を見ると、確かにクレーターの盛り上がった部分から湖面まで一直線に伸びる、黒い線が……
「―――あれだッ!!!」
「えっ!?」
「なに!?」
あたしは瞬時に湖面を凍らせ、その線の根元。湖面に横たわる人影のようなものに向かって走り寄る。
「おいっ、大丈―――ミオッ!!」
そこに居たのは、つい2年半ほど前まで稽古をつけていた、私の弟子であった。
しかしよく見ると酷いありさまだ。
皮膚はからからに乾燥し、指の爪は全て剥がれ落ちてボロボロ。頬もこけている。
「いったい何が、っ!?」
いや、訂正しなければなるまい。今しがた私が見たものに比べれば、寝ている彼女などまだマシだった。
うつ伏せだった体の前面、地面に接していたところを見た私は、言葉を失うほかなかった。
「はぁ、ほ、ホントに人が、なっ―――!?」
「リュドミラさん!容体は!?っ―――!?」
それは、形容するのも憚られるほどの惨状であった。
この場に居るのが経験者だけでよかった。耐性が無い者が見れば、その場で吐き戻して一生もののトラウマになってもおかしくない。
赤黒く腫れ上がり、砂利と泥と体液に塗れた傷跡。皮膚が裂け、削り取られ、皮を失い筋がむき出しになっている。服も跡形もなく破れ去り、切れ端は泥と体液の塊に巻き込まれていた。
それも一部分ではなく、地面と接していた場所全体が。
「じ、じゃあ、この黒い線って―――」
「”光浄”!”光癒”!”光福”!”天光よ、ここに。それは人を守りし聖天の祝福。我が意に従い、彼の者を癒せ。天恵の残光”!”天光よ、ここに。それは人を守りし聖尊の慈悲。我が意に従い、彼の者を癒せ。天陽の微笑”!……”天衛の揺籃”、”光浄”。」
矢継ぎ早の詠唱と魔法の発動。全ての魔力がミオに集まり、その体を瞬く間に修復していった。
裂傷は塞がり、削げ落ちた皮膚は再生し、体に不足していたものが補充されていく。しかしこけた頬は元には戻らず、青白い顔はそのままだ。
その様子を見た私は、結界を張ってからようやく一息ついた。
(治癒魔法が効いたってことは、まだ生きてる。)
しかし鼓動は未だ弱く、危機を脱したとは言い難い状態であった。
「救護!患者がここにいるんだから、うろたえるのは後だよ!」
「!」
「わ、わかった!」
その後、あたしが創った担架にミオを乗せ、3人は森を駆ける。かろうじて助け出したミオを、街へと運ぶために。
Side END
あとがき
あれぇ……?何でまたこんな痛々しい話になってるんです……?
本来なら「うわー魔力腺ボロボロで痛ってー。でも動けないことはないしヴァルの看病しなきゃなー。」みたいな話にするつもりだったんですけど……(前回辺りからすでに流れが変わっている)
ま、まぁ、ちょっとグロくて暗い話にはなっちゃいましたけど、個人的には満足の出来にはなったのでOK……うん。OK……
……この後どうしよっかなぁ…………




