第90話 余力無き勝利
第3章 渦巻く陰謀、邪悪の残滓。
第1幕 狂瀾怒濤
第90話 余裕無き勝利
「あぁ……参った、なぁ……」
魔力腺の損傷からくる全身の痛みに悶える私は、体を丸めて眠るヴァルの胴に背を預けて唸ることしか出来なかった。
結局のところ、私たちは勝った。一切の出し惜しみなくリソースを放出して、あらゆるポテンシャルを絞りつくして、これ以上ないってところからさらに20%もひねり出した上でようやく勝った。
しかしその代償は想定以上に重い。
まず、私が目を覚ましたのが今朝―――というか、まさに今しがたの事。安全確保のために出しておいた結界維持の魔道具の魔力残量的に、起動から5日は経っている。
つまりは丸5日間も私は気絶していたわけだ。幸い結界の効果により死ぬことは無かったが、脱水と低血糖により私の口と喉はカラカラに渇き、めまい、吐き気、そして酷い頭痛がする。
ひとまず水を飲まねば。そうして”水球”を生成しようと体内の魔力を呼び起こした瞬間だった。
「ガッ……っ!?ァッ……っ!!」
心臓の辺りを中心に、身を引き裂かれるような、意識が飛びかけるほどの激痛が襲った。
「っ~~~~!」
(わ、忘れてた……いま、魔法使えないんだった……!)
蒼龍を倒した魔法、”滅亡を告げる隕星”。
あれは、熟練の魔法師数名が息を合わせて使う『儀式魔法』に分類されるものだ。直前の”星海を望む天門”によって難易度を下げたとはいえ、そもそも単独で発動できるような魔法ではない。
それを魔力結晶による外部供給と体への負担を度外視した精神力によるゴリ押しで無理やり発動したのだ。
当然、キャパシティを遥かに超える魔法を使用した私の魔力腺はズタズタに引き裂かれており、まともに魔力が通っていない。今のように無理に魔力を使おうとすれば、目も霞むような痛みが襲う。
しばらく歯を食いしばって痛みに耐えていると、ようやく波が引いてきた。
か細い深呼吸によって各所のこわばりを解きながら、それでも常時苛み続ける痛みに、私は顔をしかめた。
(お母さんがあの時感じてた痛みって、こういうやつだったのかな。これと何十年、下手をすれば何百年も戦ってたんだ……)
不意に頭に浮かぶのは、晩年、今の私と同じ痛みを受け続けていた母の顔。つられて後悔の念まで湧き出してきたが、それを思うのは今じゃない。
結論から言えば、私は今死にかけている。
水を絶って生き残れるのはおおよそ3日。すでに5日が経過しており、結界が無ければ気絶した私が目を覚ますことも無かっただろう。早急に随分補給を行わなければならないのは火を見るよりも明らかだ。
しかし今の私には水を確保することが出来ない。魔法を封じられているために水は生成できず、料理や飲料を保管している虚界門も開くことができないからだ。
(あー……どうしよ。)
状態異常のオンパレードで頭が回らない。そのまま目を閉じて眠ってしまい衝動に駆られるが、そうしてしまえば今度こそ目覚めることはないだろう。
気合と根性、論理と理性。どうあっても体が動かせないなら、回らぬ頭の錆を砕いて無理やり回すしかない。
(まったく……最初を思い出すなぁ、この状況。)
15年前。突如この世界にやってきた時、私は籐編みの籠の中で身動きが取れずにいた。当時は混乱の中で絶望を感じずにはいられなかったが、今は違う。
私にはやらなきゃならないこともやりたいこともまだまだあるし、何よりノエルとの約束を守らなくちゃならない。こんなところでは終われないのだ。
(水……)
体を動かさずとも確保する方法はあっただろうか?出来ることなら雨でも降ってくれればよいのだが、どうやらそう都合よくは行かないらしく、見渡す限りの快晴であった。
サアァァ……サアァァ……
(あれ?そう言えばさっきから聞こえるこの水音は、いったいどこから……?)
そう思って戦闘当時の状況を良く思い返してみる。すると―――思い出した。
(ああっ!!そう言えば、蒼龍が創った湖があるじゃん!)
戦闘直後。痛む体にアドレナリンで鞭を打ち、この場所まで登ってきたときに見えた光景。”滅亡を告げる隕星”の直後で大量の粉塵が舞い上がっていた中でも、クレーターを囲む巨大な湖が見えた。
どうにかそこまでたどり着ければ、少なくとも命をつなぐことはできるだろう。
(でも……くそっ、やっぱり体が動かない……!)
脱水でひび割れる唇、乾燥した肌、力の入らない筋肉。立ち上がることはおろか、座りなおすことすらできないほど衰弱した体に、苛立ちが募る。
数分の奮闘の末に起こせた最初の動作は、ヴァルの胴に背を預けた状態から体を横倒しにすることだった。
それも少しずつ傾けたことで重心がずれて、重力に従って上半身が倒れただけで、手を吐くこともできず右肩から崩れ落ちるようにして寝転がった。
地面に肩を、直後には側頭部も打ち痛みに悶えることとなる。
(っ~~~!いっっったい、……けど、諦めるわけには……!)
腕も頭も上がらず、全てを引きずりながら水音がする方へ向かう。
その歩みはカタツムリもかくやというほどにのろい。水が見える場所に届くだけでも何分かかるのか。そこから水面へとなると……考えたくもない。
(それでも、死ねない……。死ねないんだよ……!せっかく勝ったんだ!全部を振り絞って勝ったんだ!!こんなところで自分に負けるわけには、いかないっ!!)
涙の一滴も出ないほどに乾いた体だが、悲愴と絶望すら己を奮い立たせる闘志に変えて這う。それはひとえに、自らに打ち克ち、自らを救うため。
***
Side 第2次調査隊安全管理責任者
「ハァ、ハァ……ちょ、ちょっと!ちょっとまって!」
「……何?」
息も絶え絶えに声を上げたのは、茶髪パーマに丸メガネが特徴的な男だった。彼は学術都市イルムの統括機構が各地に派遣する学者の一人で、アムヌーに配属されたのは数年前の事であった。
「も、もう無理です!少しだけ、休ませて!」
初期調査隊の帰還後、この第2次調査隊は早急に編成された。中でも彼も所属するこの『先行班』は、本隊が来る前に環境変化を観察し、前哨基地の位置取りと中央テントの設営を主な任務としていた。
「……何だって?」
「わ、私は普段、研究室に、はぁ……こもりきりの、学者なんですよ?それが、こんな荷物を抱えて、森を歩きゴホッゴホッ、続けるなんて……!せめて少し、休ませてください!」
この先行班には彼の他に救護要員が2名。支部情報管理課随伴職員が4名。資材運搬兼護衛が2名。
そして、先行班の班長にして第2次調査隊の安全管理責任者、現役Sランク冒険者である―――
「あんたに持たせたのは荷物の中でも一番軽い救急キットのカバン一つだけだろ。アンタが必要だって持ってきたこのクソ重い機材を持ってやってるのは私じゃんか。」
―――リュドミラ・クロムウェルその人の姿があった。しかしその顔には珍しく、何か切羽詰まったような余裕の無さが浮かんでいた。
「まぁまぁ落ち着いてくださいよリュドミラさん。確かに本隊と一緒に来るはずだったこいつが出発直前についてくるとか言い出して、その上この重さでこの量の機材を持てと言われた時には軽く殺してやろうかと思いましたが。別に急ぐ道程でもないですし、ゆっくり彼に合わせても問題ないのでは?」
「……っ。」
「……あの、なぜそんなにカリカリしてるんです?我々救護班も本体に同行する予定だったのをあなたが呼びつけたわけですし、もしかしてこの先に生存者でもいるんですか?」
「……分からん。ただ胸騒ぎがするんだ。急がないと大切な何かを失ってしまいそうな、そんな予感がするんだよ。」
その言葉に、先行班の一同は沈黙する。
勘というものは、一概にバカにすることはできない。冒険者となればなおさらで、職業柄多くの修羅場を潜り抜けねばならない彼らは、いわば歴戦のサバイバーなのだ。
そんな冒険者の中でもトップクラスのSランクともなれば、彼らを閉口させるには十分な説得力があった。
次に口を開いたのは、リュドミラの他の護衛二名の内一名だった。
「……では、リュドミラさんと救護のお二人で先に進んでください。私たちは休憩を挟みつつ、周辺環境の簡単な調査を行って待っていますから。この辺りにはもう魔物も居ませんし、私とアダロイの二人でも大丈夫です。」
「……分かった。救護の二人は、それでいいな?」
「もちろん。」
「分かりました。」
(……どうか、杞憂で終わってくれよ。)
そう願う心とは裏腹に、胸のざわめきは波を増すばかり。余計な荷物を降ろした三人は、先ほどまでより少しだけ歩幅を広げて森の奥へ向かった。
Side END
あとがき
戦闘による大きな負担から気絶は予期していましたが、外傷もなくせいぜい1日2日で目を覚ますぐらいにはなるだろうと思っていた主人公。しかし実際には5日間絶水絶食を余儀なくされ、外傷がなく命が繋がっただけの弱りはてた状態となってしまいました。
……まぁ、2日気絶した場合でもかなりマズいはずなのですが、そこは勝利からくる安堵とアドレナリンが悪さしたということで……
そう言えば今日は久しぶりに予定通り投稿できましたね!やはり戦闘シーンになると執筆速度が落ちるのは如何ともし難いものがあり……この先しばらくは大規模な戦闘はしない予定ですので、コンスタントにお話を提供できるかと思います!実際次回はすでに書き終えて予約済みですしね!
それでは、また次回でお会いできることを楽しみにお待ちしております!




