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獣剣の魔女  作者: Dy02-SK
第3章 渦巻く陰謀、邪悪の残滓。
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第88話 命を賭して

またまたお待たせいたしました!実は結構前から私生活の方に環境の変化があって、そっちに気力を裂かれていまして……出来る限り頑張りますので、どうか気長にお待ちいただけると幸いです。

あと、今回もかなーり長めです(約3700文字)。

 ドッッ、ザアァァーーーーーーーーーー!!!!


 地に落ちた水の巨塊は、形を崩して広がる。水辺の無い森に突如として大規模な津波が起きた。

 それらが飛沫を上げながら木々をなぎ倒すなか、波の先頭で煌めく炎の尾を引きながら残像を残すような速さで駆け抜ける影が一つ。


(あっぶなかったー!かんいっぱつ!)


 死に際に掴んだ新たな着想によって窮地を脱した彼は、再び蒼龍と目線を同じくして一息吐く。


『どんなにスゴい攻撃だって、当たんなきゃ意味ないんだよーだ!』


 不敵な笑みを浮かべ、強い意志を滲ませた瞳がらんらんと輝いている。けれどもそれは彼なりに己の気を引こうと知恵を絞った精一杯の虚勢である。

 不完全な制御により自傷した翼膜は端々が焦げ付き、その身から立ち上る魔力も先ほどまでより勢いがない。巨球を回避した時と同じような超加速は、もはや出来ないだろう。


 しかし蒼龍は動かなかった。否、動けなかった。

 魔神の瘴気が全身を苛む苦痛と、この世のありとあらゆる悪感情をドロドロに煮詰めたような精神汚染を喰らいながらも、わずかに残った心の芯でヴァルを天晴に思ったのだ。


 始めの内彼は、「所詮幼子ごとき」と思っていた。龍を名乗るには未熟で、先ほどの一撃を躱すこともできずに終わるはずだった。

 だが、今の加速は何だ?

 少なくとも彼が知る紅龍の中にあのような飛び方をする者はいなかった。それに自傷していることを見るに、この場の思い付きで壁を乗り越えたように思える。


 それはまさに驚嘆に値する偉業だった。


 世は弱肉強食。弱き者、小さき者は踏みつけにされ淘汰される運命にある。

 窮地に立たされた弱者が爆発的な成長を遂げる可能性が無いわけではない。しかしそれがどれだけ稀有なことか。

 少なくとも蒼龍がそれを目の当たりのするのは初めてのことであり、ドス黒い感情の海に沈んだ高潔な龍の魂をわずかに呼び起こすほどの衝撃であった。


 ……さりとて、彼を襲うヘドロのような悪感情の洪水が、再び意識をかっさらうまでさして時間はかからなかった。

 一瞬元の黄金の輝きを取り戻した蒼龍の瞳は、それに呼応するように気配を増した後頭部の光輪が、紅く塗りつぶす。


 再び狂乱状態となった蒼龍が狙うのは、この場で最も脅威となる相手。

 人の身に余る膨大な魔力の流れの起点を手中に収め、それを練り上げながら大規模な術式を織る少女。一定の距離を保ちながらこちらを睨み続けるお子様から目線を外し、振り向く。


『っ―――やめろ!』


 すぐに狙いに気付いたヴァルが、翼を焦がしながらその後頭部を狙う。

 先と同じトップスピードが出ずとも十分な加速力。飛び方の他に思い浮かんでいたもう一つの仮説を確かめるためにも、赤みを帯びた黒き光輪目掛け一直線に飛び込んだ。


 背を向けた敵ほど隙だらけな相手もそうはいない。絶好の機会、千載一遇のチャンスだ。


(……あれ、なんかおかし―――)


 あまりにも出来過ぎなその違和感に彼が気付きかけた時、強烈な衝撃が全身を襲った。


 ドッッ!!!―――ドッパァ!!


 しなりが効いた蒼龍の尾が、ヴァルの体をしたたかに打ち付けたのだ。

 死角からの奇襲に全く反応できなかった彼は打ち据えられた勢いもそのままに、眼下に広がる水面へと叩きつけられた。


 感情を感じさせない蒼龍の瞳が水飛沫を上げた水面を一瞥し、そして視線を正面の少女へと戻す。


 脅威を排除するため、目下の水面から再び龍を模した水の三つ首が伸びあがった。

 少女は自らの命が脅かされてなお、外界の一切を排除し、瞑目したまま必死に魔法の構築を進めている。


 無慈悲な処刑が始まろうとした、その瞬間。

 少女が握る魔力にも匹敵するほどの魔力が上空の暗雲へと蓄積されたかと思えば―――


 ゴシャアアアァァァン!!!!


 ―――蒼龍の全身を包み込むほどの極太の稲妻が降り注いだ。

 雷撃は地上を覆う水面へと即座に激突し、鼓膜を突き破る爆音を轟かせ、巨大な水柱を吹き上げた。


「グウゥ…………」


 魔法に耐性のある龍鱗と言えど、この威力を無傷で受けることはできなかった。水の龍は形を失い、蒼龍自身もいくつかの龍鱗がひび割れ砕けながらフラフラと徐々に高度を落としていく。しかしこれで戦闘不能になるかと言えば、それほどの効力があるわけでもなかった。

 蒼龍は魔力が飛来した方向である東の空を忌々し気に睨んでから、再び己の魔力を手繰って水の龍を編み上げた……が、またしても邪魔が入る。


『ぶはぁっ!はぁ、はぁ……ぼくは、まだ、死んでないぞ……おじさん!』


 まだ地上で生え残っていた木を支えに、水面からヴァルが姿を現したのである。

 だがその体には、打ち付けられた尾の形をなぞるように鱗にヒビが入っていた。その上残存魔力も風前の灯であり、もはや戦える状態ではない。

 蒼龍の優先順位が、変わることはない。


『おまえの相手は、ぼくだって言っただろ!』


 水の龍が、ミオに狙いを定める。


『やめろ……!ミオに手を出したら、ゆるさないぞ!』


 飛び出した3つ首はミオの周囲に貼られた15層の結界に噛みつき、際限のない咬合力で最外殻にヒビを入れる。


『やめろって言ってるだろ!』


 1枚目が、砕け散る。


『あいてはぼくだ!先にぼくのあいてをしてよ!』


 2枚目、3枚目。淡々と追撃を繰り出す蒼龍に、一切の容赦はない。


『やめろよ……』


 4、5、6、7。


『……ぼくの』


 8、9、10。


『ぼくの、あいぼーに、手を……!』


 そこで、ようやく攻撃が止まった。なぜなら、背後からただならぬ魔力の気配を感じたからである。

 振り向いた視界に映ったのは―――


 濃い橙に輝く大量の魔力を、ヒビを広げながら全身から放出して口内で収束させる、ヴァルの姿であった。


『出すなぁーーーッ!!!』


 今まで一度として彼の口から放たれることの無かった紅龍(レッドドラゴン)の奥義、『龍の光(ブレス)』。

 土壇場で放たれたそれは、鱗が剥げていた蒼龍の脇腹に突き刺さり、内側から龍鱗を弾き飛ばして貫通した。


「オオォっ!?」


 瘴気の波に沈められたはずの蒼龍の口から、驚愕と苦悶の入り混じった声が漏れだす。

 すでに無力化したと思っていた相手からの、不意打ちの痛打。これ以上勝手な真似をされる前に手を打たなくてはと、ミオに向けられていた優先順位が、ヴァルへと傾く。


「来たっ、”呼び覚ますは星の記憶”!」


 だがここに来てミオがその目を見開き、大詰めの詠唱を始めた。

 一瞬の逡巡の後、蒼龍は双方に対し自身の何倍もあるような巨大な水の龍を生み出し、けしかけようとして―――


 ゴシャアアアァァァン!!!!


「オァ……っ!?」


 再び、極大の雷撃が蒼龍を襲う。

 先ほどはふらつき程度で済んだが、今回は鱗が剥げ腹に穴が開いた状態での直撃だ。実際のダメージはさほどでもないが、意識を失いかけるほどの痛みと筋肉組織の麻痺を受け、再び彼の魔法は中断を余儀なくされた。


「”氷霜の華咲(かしょう)により地上を()き尽くした天彗(てんすい)墜堕(だつい)よ!塵芥(じんかい)(くびき)により万物を亡ぼした凶星(きょうせい)殞落(うんらく)よ!今一度太古の残響を呼び起こし、立ちはだかる大敵に比類無き滅びを与えん!”」


 ミオの掌握する魔力は高まり、光は輝きを増していく。

 蒼龍は激痛と混乱の最中にありながら、生存本能だけで狙いを定めた。もはや魔法などいらぬ。己の顎でもって確実に噛み殺してくれる、と。


『おまえの相手は、ぼくだって言ってるだろ!』


 しかしそれを許さぬ影が一つ。全身を橙に輝かせたヴァルが、彼の首に牙を食い込ませたのだ!

 しがみつく彼の力はとても死にかけのものとは思えぬ、まさに火事場の馬鹿力であった。


「”開け、星海を望む天門(エザグラーツェタウ)”!!」


 詠唱の完了と同時。ミオが握る魔力が天へ昇り、巨大な幾何学模様の陣を描いた。

 一瞬で広がったそれは直ちに効力を示し、陣中央の一点が上空へ向かって真っすぐ引っ張られ、その周りが渦を巻くようにして引きずり込まれていく。それはまるで空が天へ向かって落ちていくようだ。空間が引き延ばされることで光の進路も歪み、陣の内側にダム穴のように縁が滑らかな穴が形作られている。

 そしてその穴の先には、漆黒の闇に無数の光点が浮かぶ際限なき世界……宇宙が広がっていた。


 超常を現実のものとする魔法の真骨頂。仮想の宇宙へと繋がる門が開かれた。

 しかしここでは終わらない。むしろこの魔法は、この後のための布石に過ぎないのだ。


「”そして降臨せよ!!滅亡を告げる隕星(バルクスシーク)”ッ!!!」


 再びミオの手元から魔力が突き上がって、それは瞬く間に天門の先へと吸い込まれていき、その奥で一度だけ、小さく煌めいた。

あとがき


 やっぱり、終わりませんでしたね。まぁ、そんな気はしていました。だからこそ前回のあとがきには「予定」という文言が入っていたのですが。


 何せ書かなきゃいけないことが山積みですからね。

 前話でヴァルが成長した描写の続きを書いて。さらにその前の話でご老人の援護が入ることを予告しているので、その描写もして。それらに矛盾が出ないようにしながら、クライマックスに向けて盛り上げてから落としどころまで―――というのは、さすがに一話で書ききるには無理がありました。

 とは言え最終的には良い感じにまとめられて、書いている間も楽しかったので私的にはOKです。お待たせしている皆様には申し訳ありませんが……




《蛇足》


 そういえば、最近は蛇足を書くことも減りましたね。その分世界観的な解説が必要なくなってきているということなのでしょうが……どうでしょう?皆さんも『獣剣』の世界観の輪郭くらいは理解できているでしょうか?(正直なところ私は他者に伝わりやすい表現をするのが苦手なので自信は無いのですが……)


 まぁ、私の趣味の流行り廃れや心境の変化もありますから、執筆途中で根本的な設定から変更になる可能性は否定できないのですが……

 事実、国や人物、土地の名前が変わったりもしましたしね。


 さて。本当の意味で蛇足の一文が最初に入ってしまいましたが、私がこのコーナーで語りたいのはそんなことではありません。

 本来の目的としては、今回88話のラストで使った「主人公の魔法に関する設定」をぶちまけたくなりましたので、こちらの方で勝手に解説させて頂こうと思いまして。


オホンっ!


 ミオが最後に使用した「滅亡を告げる隕星(バルクスシーク)」。

 この魔法には実に4種類もの属性―――それぞれ界(空間)、闇、土、光―――が使われています。

 これは広域殲滅を目的とした魔法として威力や安全性を底上げするために、複数の魔法を組み合わせたものになっているからです。


 今回で行けば―――

 1.「夢想の網(後述)」を利用して効果を増幅するため、そして隕石が加速する場所を用意するために宇宙を模倣した空間とそこに繋がる門を開く魔法。

 2.術者の自爆を防ぐため、一般的な魔法を含む通常のダメージを受けない特殊状態化する(当たり判定のみを別次元に移動させることで全てを透過する)魔法。

 3.隕石を落とし、敵を攻撃する本命の魔法。

―――の計3つの魔法を連続して発動するため、ミオが手元に集めた魔力は魔力結晶15個分。実に自身の魔力総量の10倍にも及ぶ量の魔力を一度に操作していました。


 問題はここから解説する「夢想の網」ですね。

 これは「術者が過去に体験した事象」や、伝説などの「より説得力のあるイメージ」を再現する形で魔法を使うことで魔法の効力を増幅する一種の技術、もしくはコツのようなものです。


 アリステラや蒼龍が魔法で攻撃する時にわざわざ九頭龍や自身を模していたのは、イメージをより確固たるものとするため。つまりは「夢想の網」的な工夫の一つなのです。


 他で言えば、今回の魔法の主眼は「隕石の再現」ですね?

 そして前世で得た知識によって隕石の危険性をよく知っているミオにとって、その破壊力について想像することは、知識の無い異世界人と比較すると簡単なことだと言えます。これは知識に基づいたイメージの正確化であり、これもまた「夢想の網」的強化と言えます。


 また、その詠唱には「”呼び覚ますは星の記憶”」という文言がありましたね?これは本当に星から記憶を引き出しているのではなく、クレーターなどの形で「星に遺されているもの」から「星の記憶」として結びつけ、「説得力を維持したまま主語を大きくすること」が、術者のイメージ上の威力を向上させることに寄与しています。これもまた「夢想の網」的強化です。

 つまりは魔法や魔術の等級が上がるほど詠唱が仰々しくなるのにも、ちゃんと理由があるというわけなんですね。


 え?『魔法と魔術は別物のはずなのに、なんで今回ミオが使った魔法には魔術みたいに詠唱があるんだよ。話が違うだろ。』―――ですって?


 ではそちらもご説明しましょう。

 最初に、魔術は「術式」に当てはめることによって、魔法を使えない者にも使えるよう「自動化された魔法」であるという解説は覚えていらっしゃいますか?


 その通りです。

 魔術は十分な魔力がある状態で正しく発動すれば、「誰でも必ず発動する」んです。


 さて、では次に魔法は「イメージが大切だ」という解説も以前にしていましたね?……ふふふ、もうこの辺りで察した方もいるかもしれませんね。


 魔法はイメージ。発動することを心の底から確信できなければなりません。

 つまり魔法を使う場合であっても、魔術のような詠唱を付け加えることで発動や威力を安定させられるのです。

 要は「詠唱しているのだから思い通り発動するだろう」という、演繹(えんえき)法的な技術。つまりは「夢想の網」なんですね。


 だからオリジナルの魔法を使う際、魔術としての意味を持たずとも自分の思考を整理してイメージをより強固にするために「なんちゃって詠唱」を付け加える魔法師は少なくありません。

 魔術師の場合も、使う魔術の効力をより高めるために「同意かつより強い意味を持つ言葉」に置き換える魔術師もいます。

 まぁ、後者の場合言葉を強くし過ぎると術式のバランスが崩れて暴発、もしくは発動自体に失敗しますが。

 「あまり強い言葉を使うなよ―――」というセリフは、この世界では嫌味や慣用句的な意味を持つかもしれませんね。


《蛇足 おわり》

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