第86話 英雄
第3章 渦巻く陰謀、邪悪の残滓。
第1幕 狂瀾怒濤
第86話 英雄
「くそっ、キリがない!!」
結界表面に激突する雨塊を無視して全速力で飛び回るヴァル。それを追いかけるのは無数の水の柱だ。
初撃の突進の後に龍が繰り出してきた攻撃は、奇しくも2か月前に私が使った魔法に類するものだった。
『ヴァル、しばらく一人で逃げられる?勝ち筋を掴まないと埒が明かないっ!』
『できるよ!あいぼーにまかせて!』
周囲の雑音をシャットアウトし、思考を巡らせる。
考えるべきは、私の『勝利条件』だ。
前提として、この龍を無傷で討伐することは不可能だ。それには戦力差が開き過ぎている。
そして私には討伐することにこだわる理由が無い。この戦いの意味は、龍の攻撃から己の身を守っていることにある。
つまり、重要なのは如何に戦闘を終わらせるかだ。目標がそこにあることを忘れてはならない。
ではその上で、私に課せられた条件は何だろうか?
まず一つは生きて帰ることだ。そもそも死んでは元も子もない。ノエルとの約束もあるのでこれは絶対だ。
二つ目は時間を稼ぐこと。商隊が危険域を脱するまで気を引き付けるか、もしくは脅威が商隊に向かないようにする必要がある。それが護衛依頼の本質であり、私が果たすべき責務だからだ。
ノエルには魔術維持の魔道具と一緒に発信機のような魔道具も持たせたので、商隊がどこにいるかは分かる。
問題なのは彼らがどこまで行けば安全なのか。そして、それまでの時間をどうやって稼ぐか。
これほどの広範囲に影響を及ぼす魔法を使う相手に、安全な場所まで逃げるというのは解決策として有効性に欠ける。
そもそもこの龍は500㎞近い距離を3分もせずに走破する速力を持っているのだから、商隊の避難をただ待つだけでは何の解決にもならない。
「要はアイツと何百何千kmってぐらい距離を引き離すか、戦闘不能に追いやるか、私を追う理由を無くすかの三択になる訳だ。」
ヴァルの三次元機動に振り落とされないよう、龍鞍にしがみつきながら口にした結論は、どれも実現が難しいと言わざるを得ない。
『念の為に聞くんだけど、ヴァルがアレをどうにかできたりする?』
『むりーっ!避けるので精いっぱいだよ!』
『本気で飛んだらどっちの方が速いと思う?』
『多分あっちだと思う!それよりちょっとマズいかもなんだけどー!?』
目線を周囲に向ければ、水臨樹ほどもあるあの龍を実寸大で模したような三つの水の龍の首が、螺旋を描きながら私たちを追い越して、その体を使って包囲しようとしているところであった。
「……まずはこの窮地をどうにかするしかないか。『ヴァル!攻撃したらそこに突っ込んで!包囲を抜けるよ!』」
『あいさー!!』
『3―――』
緊張で強張る体に喝を入れ、剣に魔力を集める。
『2―――』
かつての強敵を葬り去った光が、あの時と同じ輝きを放つ。
『1―――』
狙うは魔法で象られた龍の腹、その一点。地を割り、天を裂くはこの奥義。
「”世を穿つ光剣”!!!」
放たれた光が激流に突き刺さり、流れを裂いてわずかな穴を作る。
ヴァルは即座に突っ込んだ。彼の巨体が通るにはわずかに狭いその隙間を、翼をたたむことで何とかすり抜ける。
大技をいなして手に入れた束の間の休息。私は魔力結晶から魔力を補給しながら、ヴァルに語りかけた。
『―――ヴァル、私たちはノエルたちが逃げるために時間を稼がなきゃいけないんだけど、このまま消耗しながら時間だけ稼いでも私たちが逃げきれなくなる。だから、何が何でもアイツを倒すしかない。だけど……はぁ。具体的な作戦は思いつかなかったよ。』
言い切ったはいいが、我ながらあまりに現実離れした結論にため息が漏れた。大言壮語も甚だしい……これではアクティウラさんに小言を言われてしまう。
しかし、光明は意外な相手から齎された。
『分かった。それならぼくにいい考えがあるよ。』
『え?』
いつもは私の言うことを素直に聞くだけだったヴァルが、自信満々にそう言ったのだ。
『ほら、あのときといっしょだよ。ぼくが敵を引きつけて、ミオがさいきょーのまほーをぶつけるんだ!』
『いや、あれは相手がスコーパーだったからできたことで……』
『だって、倒さなきゃ負けちゃうんでしょ?だったらぼくより強いミオが攻撃のためにちからをためて、その間はぼくがミオを守るしかないでしょ?』
『そんなこと言ったって……』
―――いや、そうじゃない。
この戦いでどんな作戦を立てたって、それが成功する確率はたかが知れてる。だから出来ない理由を並べても不毛なだけだ。
ならどうする。どうすればヴァルの作戦は成功する……?
『……ミオ、そろそろあのおじさんの攻撃が来そうだよ。』
『……よし。やるぞ……!ヴァルの作戦で、勝ちを取りに行く!』
『そう来なくっちゃ!』
***
Side ???
ヴァルとミオが微かな希望に懸けて覚悟を決めた、数分先の未来。
「遠いな……」
老いた男が一人、開かれた窓の外を睨みながら呟いた。
視線の先にあるのは西側の空。セドナ山脈のその向こうに広がる、異様な暗雲だった。
「だがここならばかろうじて届くか。」
男はそこで起きた厄災をある程度察していた。
何せ、それは彼が生涯のほとんどをかけて戦い続けた宿敵と同質のものだったからだ。
「事が起きたのが今でよかった。これならばまだ手が届く。」
男は慎重に魔力を練り始めた。
ここ数十年。特に直近二年で急激に己の力が衰えていることを強く実感していた男であるが、それでもなお常人を遥かに上回る魔力が唸りを上げる。
あまりに膨大な魔力が集まったことで彼の意図とは関係なく風がざわつき、第二の太陽とも呼ぶべき魔力光が煌々と輝いている。
「災いと相対する英雄よ。姿は見えぬが、先達より無上の敬意を捧げると同時に、微力ながら助太刀いたそう。」
Side END
あとがき
んん~っ!熱い展開です!絶望の最中、二人がお互いを信じてわずかな光明に手を伸ばす!固い絆で結ばれた相棒!素晴らしいッ!
しかし戦闘描写は難しいですねぇ……ガルーダの際も思いましたが、敵の威厳を維持しつつ主人公にも花を持たせられるようにしなければならない。ここがやはりネックな気がします。
それにしても最近は筆が良く乗りますねぇ!私もようやく戦闘描写に頭を抱えるだけでなく、楽しみを感じられるようにもなってきました!




