第84話 契約と約束
第3章 渦巻く陰謀、邪悪の残滓。
第1幕 狂瀾怒濤
第84話 契約と約束
本編、少し長めです!
「おい!そっちは平気か!?」
突然の天変地異に馬も動揺していたので、商隊は足を止めて安全確認をすることになった。馬車を道端に寄せ、サヴカンド、レァクーラ、フェアトの三名と合流する。
「問題ないわ。気味が悪いけれどね……」
「そうか、よかった。―――どうするサヴカンドさん。馬の方は宥めれば進めそうだが、様子を見るか?」
「……いえ、進みましょう。下手に止まっても魔物に襲われるリスクが増えるだけです。最低でも次の宿場町までは行かなければ。」
「そうだね……なんか嫌な予感もするし、ボクも早く森を抜けた方がいいと思う。」
商隊の方針は迅速に固まり、各々持ち場に戻り始めた。
―――しかし、事態はまたしても急変する。
「オオオオオオオッ!!!!!」
腹の底から揺さぶられるような、魔力を帯びた咆哮。それと連動するように中心に向かって収束する赤黒い光。
馬は咆哮に怯えて暴れ嘶き、魔力の感度に関わらず今度は全員がその異質さと存在感に恐怖する。
「ねぇ、もしかしてあれ、セドナのドラゴンなんじゃ……」
震える声で言ったのはエヴァルだが、それは私たちが言おうとして、それでも言わなかったことだった。なぜならそれは、口に出すことで現実となることを恐れたからだ。
一瞬で凍り付いた空気に割り込むように、ミオのペンダント型通信機が音を発した。
『ミオ、さっきの光が集まっていったところからなんか出て来たよ!たぶんさっきの大声を出したやつなんじゃないかな。』
「出て来た?それが何かわかる?」
『なんかウネウネしててミミズみたい。でもすっごいおっきいし、空も飛んでる!』
「それは……!」
ドラゴンは、その種によって大きく姿が異なる。
例えば典型的な四足歩行のもの、ヴァルのように二足歩行も出来るもの、亀のように背の鱗が発達したものや、ヤマタノオロチやヒドラに似た異形のものも居る。
そして、中でも蒼龍とよばれる水属性魔法の扱いに長けたものは、東洋竜によく似た姿をしているという。
ヴァルの報告は、事の原因がその蒼龍であることを想起させた。
「……っ、私も直に見たいから、上まで連れて行ってもらえる?」
『はーい!今降りるね!』
少し離れた位置に急降下したヴァルは地面スレスレを飛びながら馬車の横をかすめるように迫った。
私はそれにタイミングよく鞍に飛びついて、全身に力を込めてよじ登り、跨る。
それを確認したヴァルは上昇に転じ、ジェットエンジンのように噴き出す魔力によって天高く舞い上がった。
鞍にしがみついてしばらく耐えていると、急制動をかけてヴァルが言う。
『あれ。ミオに見えるかな?結構遠いんだけど。』
「……いや、見えるよ。」
私は虚界門から望遠鏡を取り出し、あの異常現象の中心だった場所に浮かぶ何らかの影を覗きこんだ。
苦悶に歪む顔は牙を剥き、うねる胴は分厚く青い鱗に覆われている。体には暗赤色の靄がまとわりつき、どうやらそれが龍を苦しめているらしい。
靄はやがて龍の後頭部へと集まり、黒き光輪を形作る。すると龍は宙に浮いたまま脱力し項垂れる。
しばらくすると、元は黄金色だった瞳を紅く染めてかっと見開いた。
その目線はセドナ山脈の稜線の向こう側から国境付近、そして私たちの方へとゆっくりと見回し、最終的には―――私と目が合あった。
「やっば……!?」
「オオオオオッ!!!」
再び咆哮が轟く。声に乗せられた魔力は空に迸り、明るく澄み渡っていた晴れ模様は瞬く間に雲が湧き出して、曇天へと塗り替えられてしまった。
そうして振り出した雨は、商隊の頭上にも降り注ぐ。
バキィッ!
「うっ!?」
「あがっ!?」
降ってきたのは、人の頭ほどもある雨粒―――いや、雨塊だった。
それが右腕に直撃した私は望遠鏡を取り落とし、レァクーラは頭に当たったらしく地面に倒れ込み、それが馬車の幌に当たれば大穴を開けた。
雨……普段通りの大きさであればさしたる脅威ではないが、それがこうも巨大化すれば容易に人を殺しうるのか。
命の危機を感じた私は、半ば反射的に結界を展開した。
「”天慈の聖護”!!」
降り注ぐ雨を受け止める結界は、幸いにも一か所に集まっていた商隊全体を包み込んでいる。しかしそこから一歩でも外へ出ればそれは、地獄であった。
雨雲のかかっているすべての範囲でこの雨が降っているのか、雨塊が木々をへし折る音、地面に激突する音、それらが森の中で反響する音などの爆音が絶え間なく鳴り響いている。これほどの音の中では、声を介した会話は不可能だろう。
助け起こされたレァクーラはどうやら意識はあるらしく、アクティウラに肩を貸してもらいながら馬車の中へ運ばれていた。
それにしても右腕が痛む。この痛みからして、ケガをしたのは皮膚ではなく筋肉や腱の辺りだ。当たりどころが悪ければ骨が折れてもおかしくないだろう。
さて、この雨を生み出した元凶はどうしているだろうか。私は腕に治療魔法を掛けながら山脈の方を見やる。
それが居る場所はあまりにも遠いため、細かな機微は分からない。しかし私が目を向けたことで、再び私とそれの視線がかち合った気がした。気迫や威圧感のようなものが、私の背にのしかかったのだ。
すると、それまで動きを止めていた龍がぬるりと滑り出した。それは段々と加速しながらこちらへと迫ってきている。
それを見た私は即座に判断を下す。ヴァルから飛び降りながら即座に商隊全体へと念話を送った。
『ドラゴンが私を標的にしてこちらへ向かっています。可能な限り足止めしますので、この場から全速力で離れてください。ノエルに防御結界を維持する魔道具を持たせます。私が戻るまで彼女の面倒を見ていただけると幸いです。』
言い終えたら虚界門から魔術の維持を肩代わりする魔道具を取り出し、結界を完全詠唱で3重に貼りなおす。
「”天光よ、ここに。それは祝福されし天上の息吹。我が衛となりて、此の身を守らん。天慈の聖護”」
少なくとも、これで雨塊と攻撃の余波はしのげるだろう。後方の馬車の荷台を覗きこみ、ノエルを手招く。
相変わらず雨の音が酷いので、今度はノエルだけに聞こえるように念話を使った。
『ノエル、この魔道具を持って。この凄く危険な雨から皆を守ってくれるから、大切にね。』
『……行っちゃうの?』
『みんなを守るのが、私の仕事だから。』
『いかないで!お姉ちゃんは、ずっといっしょなんでしょ?居なくならないって、約束したでしょ……!』
眼に涙を滲ませていやだいやだと首を振るノエルのそれは、出会ってから初めて見せる強い自我の発露だった。
私は彼女を引き寄せ、強く抱きしめる。
『そうだよ。ずっと一緒。だから、今日もちょっと出かけてくるだけ。あんなのすぐにぶっ飛ばして帰って来るんだから。』
『……』
『確かに今回の仕事はいつもよりちょっと危ないから、ノエルの心配は分かるし、その気持ちは嬉しいよ。でもね、今まで言う機会が無かったんだけど、実は私は世界最強の魔女の弟子なんだ。だから安心して。』
『……ほんとに、帰って来る?』
『うん』
『……約束、してくれる?』
『約束する。私は約束を破ったこと、ないでしょ?』
『……わかった。』
渋々了承してくれたノエルをもう一度強く抱きしめて、何度か頭を撫でてやる。そうして私が馬車から降りれば、商隊はすぐさま出発した。
魔力糸の簡易エレベーターによって再びヴァルに跨った私は考える。
正直な話、あれに勝てるかと言われて元気よく「はい」と答えられるほど楽観視はしていない。でも、負けられない理由が一つ増えた。
まだSランク冒険者になっていないし、アルにも顔を出していないし、ダンジョンを始めとして行ってみたい場所なんて山ほどある。
それに―――
『約束したからには、帰らないとね。』
『あの変な水のおじさんは怖いけど、ミオのことはボクが守るよ!』
蛇のように宙をうねりながらまっすぐこちらに迫って来る最強種の一角を前にして、私たちは腹を決めるのだった。
あとがき
盛り上がって参りましたねぇ!
ミオの推察では分割封印された魔神の封印が剥がれたかと思われていましたが、現れたのは古歌に謳われた龍(本人ではありませんが)でした。これは一体……?
また現れた蒼龍にまとわりついていた黒い靄は?それは何故光輪に?
ちりばめられた伏線(?)は少しその数を増やしましたが、全てが明るみに出るのはすご~く先の話。やはり直近で楽しみなのは、ミオとこの蒼龍の勝負の行方ですよね!
それではまた次回で!各評価やコメント、お待ちしておりますよぉ~!




