第80話 板付の入り
第2章 曙光と絆の先へ
第3幕 昼夜兼行
第80話 板付の入り
2週間と少しの間、大変お待たせいたしましたッ……!!
実はリアルの方で環境の変化があり、一時期そちらとの両立が難しくなった上、スランプも併発しまして……
この先も安定した投稿とはいかないかもしれませんが、第三章のプロットはすでに書き上がっておりますので一話一話着実に進めて行ければと思っております。
私の朝は早い。というより、この世界では朝が早い。
まず部屋を煌々と照らす照明器具が無く、その上時間を潰すような娯楽もない。そのため夜更かしは無駄の方が大きくなる。
ゆえに床に就く時間が早まり、目覚める時間もまた早くまるのだ。
私が起きるのは夜明け前後の東の空が微かに明るくなり始めた頃。
まだ薄暗い部屋の中で目覚め、のそりと体を起こしてから握り拳で眼をこすった。今度は目一杯腕を上げてのびをし、大きなあくびを一つ。
渇いたのどを潤すためコップに水を生成し、それを一息に飲み干す。深呼吸をして……そうしてようやく思考が回り始めた。
朝のルーティーンは、簡易的な風呂から始まる。
まず服も含めた全身に洗浄魔法をかけてから寝間着を脱ぐ。そして温水をベッドような形に生成し、そこへ身を預けるのだ。
これは冒険者として生活する中で考えたものだが、この方法なら浴槽の無い場所でも簡単に風呂を味わえる―――ただし、リラックスした状態で水の制御を維持できるだけの魔法の練度が求められるが。
以前ノエルにも勧めたことはあったが、どうやらお気に召さないらしい。今日に至るまで、この爽快感を共有できたことは一度も無かった。
使い終わった水はとりあえず虚界門へ放り込み、街の外へ出る時に森に撒くことにしている。美少女の出汁、というやつだ。きっと自然も喜ぶことだろう。
なぜかディニアさんがジト目でこちらを睨んでいる様子を幻視したが、私とて本気で言ったわけではないので、一応心の中で弁明しておこう。過ぎた冗談、伏してお詫び申し上げまする……
そうしたら服を着る。相変わらずの巫女服もどきだが、今ではすっかり愛着が湧いて、自分のトレードマークのようなものだと思って満足している。着付けは少々面倒だが、平面的なつくりのおかげで補修は容易なのだ。
それも終わればノエルを呼んで朝食になる。
手早く着替えを済ませた私は、隣室の戸を叩いた。
コンコンコン―――
「ノエル、入るよ。」
「うん。」
戸を開けば、すでに着替えを済ませたノエルがいつもの定位置に座っている。
彼女との生活はまだ始まって2カ月ほど。にもかかわらず買い与えた服はすでに5セットに登るが、それもノエルの可愛らしさゆえだ。
本日のコーデは白のフリルブラウスの襟元には大きな空色のリボンタイ。それに膝上まで丈がある紺のハーフパンツをサスペンダーで吊っている。
外へ出かけるときはこれに加えて腰まで隠れるような大きめの青いポンチョを羽織るのだが、高い襟が口元を隠すことで大きな目が強調されるデザインとなっている。本人としても視界が狭まることに安心感があるようで、お気に入りらしい。
「よし、じゃあ朝ごはん食べよっか。」
「分かった。」
口数は少なく声も小さいが、私との会話に抵抗がなくなったその声音は自然体だ。
その成長に感慨深く思いながらも、私は薄暗い部屋に明かりを灯して今日の朝ごはんを取り出す。
虚界門は内部の時間を大きく歪ませることができ、現在の私の調整ではこの中に入った物の時間はほとんど止まっているに等しいほどに引き延ばされる。
その機能を活用し、作った料理を大量にストックしておくことでいつでも出来立てアツアツの食事を楽しめるのだ。
本日の献立は卵サンドとレタスとトマトの生鮮サラダだ。
淡く焦げ目のついたパンの間には、自作のマヨネーズを和えた卵サラダがサンドされている。
「「いただきます。」」
焼きたての状態で虚界門へ放り込んだパンはまだ温かい。歯を立てればサクサクと音を立て、マヨネーズと卵の風味が一気に広がった。
咀嚼するたびにパンの食感は弱まっていくが、代わりに小麦の甘さが湧き出して卵サラダと混ざり合っていく。朝の空腹にちょうどよく、程よく食欲を刺激してくるいい旨味だ。
口内に傾けていた意識を引き戻すと、ノエルが卵サンドを頬張っていた……が、それを見てふと気づく。
(そういえばあの大喰らいはいつの間に収まったんだろう……?)
今の彼女が食べる量は私より少ないぐらいで、その小さな一口に以前の食欲は見る影もない。
ならきっとあれは、不足している栄養を補給するための一時的なものだったのだろう。
「どう?」
「ん、おいしぃ。」
「それはよかった。」
出会った時には心が死にかけていたノエルが、今ではこうして朝食に舌鼓を打っている。これが本当に感慨深いというか、胸が温まるというか。
私の努力―――いや、彼女自身の努力と忍耐が報われたことを、内心で祝福するばかりだ。
***
穏やかな一日ほど早く過ぎ去るものは無い。
明日の荷造りのため、今日は宿から出ることもなく黙々と虚界門の中身とにらめっこをしていると、気付いた時には窓の外で夜の帳が降り始めていた。
私は虚界門の中に全てを保管している。それは普段食べる料理や、そのために使う食材・食器。それから衣服や武具、書籍、素材などから金品に至るまで、私が所有する全てをこの魔法の中に収めているのだ。
要は荷造りと言いつつ、やったことと言えば必要なものがあるかどうかの最終チェックだったのである。
ではなぜただのチェックにこれだけの時間を要したのかと言えば、それは内部の整理にまで手を付けたのが始まりだった。
チェックの最中、この異空間の中を探ってみて思ったのだが、内部に保管されている物の量が本当に驚くほど多かった。
もともとこの魔法の習得以来、とりあえず手に入れたものは放り込み、必要になったら取り出すだけであったので、あまり中身を気にしてこなかった。その上で1300年余りを生きたお母さんのコレクションもすべて受け継いだのだから、その量の膨大さは言うまでもない。
「はぁ……面倒だなぁ、片付けって。」
この魔法はアイテムボックスのような便利なものではなく、ただの異空間だ。内容物をスキャンするような高性能さは持ち合わせておらず、中にどれくらい入っているのか、何が入っているのかという具体的なことに関しては、自分の記憶の範囲でしか把握できていない。
しかも不用意に扱うと危険なものもあるために、下手に触ることが躊躇われるのだ。
いくら回復魔法があるとは言え、ケガをするのは心地の良い物ではない。ならば触らぬ神に祟りなしと、ここまで放置してきたわけだ。
されどいつまでもそのままというわけにはいかない。いつかは必ず整理しなければならないものなのだからと手を付けたのが運の尽き。スイッチが入ると完璧になるまで諦められない私の性質と、高い集中力が災いし、日没を迎えてなお部屋いっぱいに取り出された本に頭を抱えることとなっていた。
「これでまだ全体の1%にも満たないって言うんだから、我ながら呆れるほどの容量だな。」
私が借りているのは、10畳ほどもある宿としてはかなり大きい部類に入る部屋だ。しかしその床は今や、本のビル街と化していた。
まずは分類しやすいこれらの目録を作るところから始めようと思ったのだが―――これが失敗だった。
表紙と目次を確認し、そこから内容を推測して分類。数としては大まかに10種類ぐらいに分けていた。
しかしここで私の悪癖が発動し、気になった本を読み始めてしまったのだ。そこからは整理整頓もそっちのけで読み漁り、大して作業が進むことなく日没を迎えたのだ。
「……さすがに今日はここまでか。」
明日は朝から依頼だ。それも2,3カ月ぶりの合同護衛依頼。
遅刻するわけにもいかないので寝ることにした私は、本の下全体に虚界門を開くことで一気に収納する。そうしてまだ余白ばかりの目録を一瞥してから、ため息を吐いた。
「時間が空いた時にでも、地道に進めますかね。」
明日から護衛する商隊が向かう先は、東方諸国でもトレイトス王国北東部で国境を接する”ハトロン=クセンツェイ公国”にある国境最寄りの要塞都市だ。
―――そう。目的地は東方諸国。遂に私は、アルとの再会を目指して旅を始めることにしたのだ。
あとがき
今回は日常兼虚界門の設定ちょい出し回となりました。
虚界門……異世界人にとって異空間を作るというのはイメージ的負荷が非常に高く、便利な反面発動の難易度が非常に高い魔法です。
さて。そんな虚界門でございますが、他作品で言うところのアイテムボックスとは少々毛色が違うんですね。
まずこの魔法の本質は、現実とは別の空間とそこへ繋がる門を作ることです。その空間と門の性質は、創造者である使用者のイメージに依存はするものの自由です。
また、ミオのように倉庫として常用する場合は魔道具と併用する場合が多く、ミオも発動した虚界門の術式を維持する魔道具を自作、所持しています。
そして、作中で言及された空間内をスキャンする機能がないという話は、これが”空間の創造”と”そこに繋がる門”に重きを置く魔法だからです。
先ほど空間内の性質は自由とは言いましたが、それは使用者のイメージに依存するとも言いました。
つまりミオには、内部の情報をまとめて一覧できている状態を想像できないというわけです。
これはミオがこの機能のことを、内部を撮影し、その画像に映っている物をAIのようなもので画像処理することで一覧にできるという、前世的な常識にとらわれているからなんですね。
逆に、内部から何を取り出すかは選べて当然であるという認識がある(”王〇宝物”、アイテムボックスなどから)ために、雪宗や料理などを迷いなく取り出すことができるのです。




