第79話 思いの丈
第2章 曙光と絆の先へ
第3幕 昼夜兼行
第79話 思いの丈
本編長めです……!
7月は足早に過ぎ去り、暑さに唸る8月となった。
前世では鬱陶しいほどセミが鳴く時期だったが、魔の森やアムヌーの周辺には生息していないらしく、15年のうちにその音を聞くことは無かった。
風物詩が見られなくなったことは寂しいような気もするが、騒音に悩まされることが無くなったという意味では、清々したような気もする。少し複雑だ。
アムヌー東の森。セミの代わりと言っては何だが、鳥の囀りだけはいつもと変わらず響き渡っている。
私は心安らぐその歌に耳を澄ませて暑さを紛らわせ、狩りをするルートの様子を見守っていた。
「―――シッ!!」
「……ナイッショー。」
獲物はホーンラビット。ここに限らず、森に住まう最も普遍的な狩猟対象だ。
彼が放った矢は頸椎を正確に撃ち抜いており、ビクリと硬直したそれは、すぐに脱力して倒れ伏した。
この2カ月間面倒を見たルートは、すでに一人前の冒険者として十分な成長を遂げていた。
そんな彼が選んだ得物は弓と剣。
村に居た頃から扱っていた弓の練度は高く、先ほどホーンラビットを仕留めたよう相当な腕前だ。
ただ、パーティに所属していない彼が弓一辺倒では少々心もとない。
だから私が基礎的な剣術を仕込んだのだ。いざという時の懐刀として。
「それで、弓と剣の使い心地はどう?」
矢を抜き、ホーンラビットの血抜きを始めた彼に問う。
すると、振り返ったルートは残念なものを見るような目で言った。
「最高以外にねぇよ。そりゃそうだろ。こんな良いもん渡されて不満なんか言えるかっつーの。」
彼に渡したのは、虚界門で死蔵されていたもの。銘は分からないが、出来る限り地味で無骨なものを選んだ。
一見すると普通だが、お母さんが収集していたのも頷ける代物らしい。
弓の良さは私には分からないが、剣の切れ味は私の雪宗と比べても遜色がないほどであった。
「俺、最近になってようやく気付いたよ。お前の異常さに。」
「ふーん。それは褒め言葉として受け取っておくよ。」
「そうしろ。実際褒めてるからな。」
話してるうちに血は抜けきり、足を縛って腰から提げた。
「今日はこれで終わろう。帰って昼飯食いに行こうぜ。」
「了解。『ヴァルー、降りて来てー』。」
『はいはーい!』
首から下げた通信の魔道具に魔力を込めて話しかければ、上空から元気な返事が返ってくる。
すぐに激しい風が木々を揺らし、一本の木をへし折りながらヴァルが降り立った。
『今日はもう終わり?』
「うん、終わり。だから町まで連れてってもらえる?」
『分かった!』
「じゃ、門前広場で待ってるから!お先にー!」
ルートはうらめしそうにこちらを見ているが、これは彼の能力を鍛えるための狩りなのだ。一人で街まで帰り、私が居なくてもいいことを証明してもらわなくてはならない。
何せ、私はそろそろアムヌーを発とうとしているのだから。
***
「えっ、アムヌーを出る!?」
ルートは目を見開き驚きの声を上げる。しかしそれはすぐにかき消された。
昼時の食堂―――騒がしいこの場所では、それもまた日常の一部なのだ。
「そ。ルートもDランクになったし、もう私が面倒見なくてもやっていけるでしょ?」
「そりゃ、そうだけど……なら俺も―――!」
「ダメ。それじゃあルートのためにならないし、私のためにもならない。」
彼は弱い。
……いや、これでは語弊がある。
『彼は私のパーティに入れるほど強くない。』
魔法ありはともかくとして、魔法なしでも相手にならないのだ。
そこまでの実力差がある相手に背中を預けるのは、今の私には難しい。
ただそれは私のパーティメンバーに限った話だ。
現にギルドからはDランクの冒険者証を授けられており、その弓捌きはどのパーティからも引く手数多だろう。
つまり、彼を連れて行くということは『WinWin』どころかその正反対―――『LoseLose』なのである。
「そんな……!」
「ノエルだけならともかく、君にも気を配りながら戦うなんて今の私には出来ない。」
打ちのめされたように項垂れたルートは、絞り出すように言った。
「っ……俺が、単にお前と同じ旅路を辿るだけならどうだ。」
「それは……構わないけど。でも私はヴァルに乗って移動してるんだよ?ルートがどんな旅をしようと自由だけど、絶対に追いつけない追いかけっこに何の意味があるの?」
「じゃあッ!!どうしろって、言うんだよ……!」
ルートは怒鳴りながら立ち上がり、はっとして再び座り込んだ。
食堂は突然走った怒号に一瞬だけ静まって、すぐに喧騒を取り戻す。
諦めてもらうために厳しいことを言った自覚はあった。しかし彼がこれほど追い詰められているとは思っていなかった。
確かに村に居るエレンたちと違って、お互い会おうとしても会えないかもしれない。
けれど、冒険者になったならそれは覚悟しておくべきことだ。自由には責任と代償が付きまとう。
精神的には別として、年上の彼ならそれは分かっていると思っていたのだ。
「何をそんなに焦ってるの?」
単純な疑問。
友との別れは名残惜しいかもしれない。ただそれにしては彼の反応が重いように感じた。
彼は目元を覆う。深いため息をつき、沈黙が私たちの間を満たす。
「……俺は―――」
そこで一度言葉を区切って、もう一度大きく息を吐き出してから、言った。
「―――俺は、お前が好きなんだよ。」
「…………は?」
(私が、好き?ルートが?私を?)
感情が理解を拒む。それでも、思考だけは止まらない。
つまり、私が好きだから一緒に居たいのかと。だから旅について来たいのかと。
「嘘……じゃ、ないんだよね。」
「この状況でこんな嘘つくバカがあるか!」
前世も含め、誰かに好きになられたことなんて初めてのこと。
どうしたらいいのか分からない。何が正解なのかも、どうするべきなのかも。
ただ……少なくとも、まずは私の気持ちを伝えるのが良いだろうか?
「えぇーっと……ごめん。私は、ルートは恋愛的な目では見てない、かな。」
「……だろうな。まぁ、分かってたよ。」
「……」
軽薄な口調とは裏腹に、沈鬱な表情。明らかに落胆している。
これは、正直に話すべきか。
「ねぇ、ルート。」
「なんだよ。」
「私が元々男だったって言ったら、どう思う?」
「…………は?」
今度は、彼が間抜けな顔を晒す番だった。
顎が外れるほど口を開けるとか、大声を上げるとかそういう反応じゃない。
完全に虚を突かれて、処理が追いつかずに顎から力が抜ける。そして乾いた喉から声が漏れるのだ。
「お前、それはさすがに……」
「嘘じゃないよ。」
「いや、それじゃ一体、どういう……」
「……実は―――」
私は話した。
自分が迷い人であって元は男であること。今は女で、女として生きることに抵抗は無いこと。
けれども、今の自分が好きなのは女性であって、男を愛することは出来ないということ。
彼が打ち明けたのなら、私も何も隠さない。
それが道理だ。友に報いるための筋でもある。
「マジか……」
「まぁ、好きになられて嫌な気はしないよ?でも、心まで女になりきれたわけじゃないからさ。」
「……それじゃあ、しゃあねぇわな。ったく、まさかが過ぎるぜ。」
脱力して椅子によりかかる彼の顔に、すでに影は無かった。
そこに浮かんでいるのは苦笑だろうか。困ったような、吹っ切れたような。
「だから、私のことは―――」
「諦めろって?」
「―――うん。だって、ルートも嫌でしょ?中身が男の女の子なんてさ。」
この世界に『LGBT』なんていう概念は無い。
男は男で、女は女。昔の日本のようなキツイ固定観念がある訳ではないが、そこに疑念の入り込む余地は無い。
それはきっと、ルートも同じだ。
「うーん、無理だな。」
「えっ……まさかルートって男もイケる口―――」
「ちっげぇわッ!!……お前は別にそのことを隠してただけで、全部嘘だったわけじゃないんだろ?そんで、俺が好きになったのはむき出しだったお前だ。なら何も変わんねぇじゃねぇか。」
「あー、そっちに行っちゃうかぁ……」
「うるせぇ!好きになっちまったもんはしょうがねぇだろ。責任取って俺の嫁に来やがれ!」
「それはおかしいでしょ!?誑かしたとかそういうのもなしに、私の責任とかないから!」
ヒートアップする私たち。
いつの間にか周囲は手を止め口を止め、頬を紅潮させながら言い合う二人に視線を向けていた。
それでも終わりそうになかった応酬を見かねて、店主が間に入る。
「お二人さん、痴話喧嘩なら外でやってくれ。ここは食堂なんだからよ。」
「ちわっ……!?」
「俺たちは別に、そんなんじゃ―――」
「食うなら注文しろ。食わねぇなら今すぐ出ていけ。どっちかハッキリしな。」
「「……食べます。」」
「おうよろしい。」
あとがき
……おやまぁ。
なんだか思ったよりも早くルートの恋心が打ち明けられてしまったような、むしろちょうどいいタイミングだったような。
ただ、ルートを出すとコメディっぽくしやすい気がします。彼が直情的だからですかね?
さて、今回は私としてはかなり重要な回なのですが、どうでしょう?
中身は男であり、男からの求婚を歓迎できない主人公と、吹っ切れてそれでも猛アタックするルート。
何と一途で素晴らしい恋心!まぁ、実際のところ主人公は相当な美少女ですし、距離感も近めですし、気安いですし、素直で誠実ですし、基本何でもできちゃいますし、正直これ以上は中々居ないほどの優良物件なんですよね。……中身が男で冒険者として自由を求めていることを除けば。
私がミオとしてこの状況になったらどうしていたんでしょう?やっぱり拒否反応が出ていたのか、それとも意外と受け入れてしまったりするのか……それもまた、神の味噌汁……




